Der Abergläubischer.

Über das glückliche Leben(ÜGL)-Lion & Uwe -

 どれだけ楽しいことがあろうと、胸を掻きむしりたくなるような辛いことがあろうとも、時間は止まること無く流れ続ける、それを肌身で感じる寒さから実感したのは、寝相の悪い伴侶に抱き枕よろしく羽交い締めにされる苦痛に目を覚ましたウーヴェだった。
  寝起き早々一体何を考えているんだと、まるで蟹のハサミによって固定されているかのような足を慎重に抜き取り、タコのように絡みつく腕を解いて盛大に溜息を吐き、抱きしめていたものがいなくなったことで寝心地が悪いのか、もぞもぞと身動ぐリオンをなんとも言えない顔で見下ろしたウーヴェは、目覚ましが小さな音を立てたことに気付いて大きく伸びをする。
  真冬の寒さは一日ずつ和らいでいき、もう少しすれば街は春の色に染まり始めると思うと、朝と言ってもまだまだ暗い窓の外があまり気にならなくなり、ゆっくりとベッドから降り立つと、リオンに次いで必要不可欠なステッキを頼りに立ち上がる。
  春の訪れが近いことは窓の外の空気だけでは無く、痛めてしまった左足がどうしようも無いほど痛みを訴える回数や、好きなものを食べようがほんの世界に浸ろうが心が浮上しない夜が減ったことでも教えてくれていた。
  ゆっくりとベッドルームからキッチンへと向かったウーヴェは、今日が金曜日である事を壁のカレンダーから確認し、ああ、13日かと日付も確認すると、今日の診察予定患者の中に13日の金曜日を病的に恐れる人はいたかと思い出すが、寝起きで空腹の今思い出せないと苦笑し、冷蔵庫を開けて己と己以上に空腹を抱えて目を覚ますリオンのために朝食の準備に取りかかるのだった。

 

 

 季節が変わろうともいつまでも寝ていたいのに何で起こすんだ、そもそも朝が来るのが悪い朝の馬鹿野郎と、ベッドの上で凶悪な顔で胡座をかいてついでにくすんだ金髪も掻きむしったリオンだったが、そんな朝の最悪の気分を最高近くにまで上げてくれるウーヴェのキスを頬に受け、今日も一日頑張って働いてお前の実力を皆に見せつけてやれと、刑事として毎日忙しくも充実した日々に囁いてくれたものと同じ言葉を囁かれて素直に頷くと、拳を突き上げて大きく伸びをする。
 「チーズオムレツとスクランブルエッグのどちらが良い?」
 顔を洗っている間に準備をしておいてやると笑うウーヴェに間髪入れずにオムレツと返したリオンは、ウーヴェの返事を聞くよりも早くにバスルームのドアに突進し、今日は13日の金曜日だから気持ちを切り替える、お前の香水を貸してくれと叫んで返事を聞くよりも先に香水を振りかける。
 その背中を開け放たれたままのドアから見つめたウーヴェは、寝起きの不機嫌さは本当に手を焼いてしまうものだが、己に向けられたものではないと理解している為、今日も今日とて好きにさせるのだった。

 

 

 そういえば今日は13日の金曜日だから、ジェイソンがマチェット片手に追いかけてくるんじゃないのかと、希望のチーズオムレツを食べながら天井を見上げるリオンの言葉に、最近飲むことが増えたホットミルクを喉に詰め掛けたウーヴェが苦しそうに咳き込む。
 「大丈夫か、オーヴェ?」
 「お前が変なことを言うからだろう・・・!?」
 13日の金曜日にジェイソンが暴れまわるのはハリウッド映画の中の話であり、現実にそんな事件はないと、咳き込んで上下する背中を加害者に撫でられながら涙目になったウーヴェは、13日が不吉だと言うのは迷信だと断言すると、リオンの蒼い目が途端に細められる。
 「・・・マザーは信じてるみてぇだったけど?」
 「それは、彼女はカトリックだからな」
 13という数字が不吉なのは、英語圏やドイツフランスぐらいじゃなかったかと、ホットミルクを全て飲み干して満足そうに息を吐いたウーヴェは、お前はどうなんだと問いかけながらリオンを見る。
 「へ、俺?」
 「そう。どう思う?」
 「んー、迷信だろ。13日が不吉だってのなら世界中の彼方此方で飛行機が落ちたり船が沈没したりするんじゃねぇの?」
 ただ、それを間に受けたのかそれとも便乗しただけかは不明だが、ホッケーマスクを被った強殺犯を捕まえたことがあると、遠い昔を思い出す顔で太い笑みを浮かべるリオンに何も言わずに頭を左右に振ったウーヴェは、食後のコーヒーはどうすると問われてもちろん飲む、俺の朝の楽しみを奪うなと似たような太い笑みを浮かべれば、嬉しそうにリオンが目を細めてウーヴェの頭にキスをする。
 「そのホッケーマスクって、白い穴がいくつか空いてる・・・」
 「そそ。あれを被って強盗と序でに殺人もしたやつがいてさー」
 そのマスクを被っていたジェイソンはマチェットだったが、そいつはサバイバルナイフを武器にしていたと、コーヒー豆を必要分だけ挽きながら何でもない事のように教えるリオンを、朝からあまり聞きたい話題ではないとウーヴェが遮ると、確かにそうだなぁと暢気な声で刑事だった頃に遭遇した事件について口を閉ざす。
 「今日は早く帰れるだろうしさ、ゲートルートで食って帰ろうぜ、オーヴェ」
 「そう、だな・・・それも良いな」
 「決まり。じゃあ仕事が終わったら迎えに行く」
 クリニックで待っていてくれ、もし遅くなりそうだったら先にゲートルートに行っておいてくれと、牛柄のマキネッタに豆をセットし、コンロに掛けたリオンが振り返って嬉しそうに笑みを浮かべると、朝からスプラッタだホラーだのの話題から危うく現実の殺人犯の話に移行しかけたのを何とか押しとどめられた安堵にウーヴェが胸を撫で下ろす。
 「・・・13日の金曜日かぁ」
 「・・・年間に3回程度はある、13日と金曜日がただ重なっただけの日だ」
 スペインかポルトガルのどちらか忘れたが、その国では不吉なのは17日だという話を聞いた気がするし、さっきも言ったが、13日の金曜日が不吉だというのは迷信だと再度断言したウーヴェだったが、前髪をかきあげて一つ吐息を零す。
 「ただ、迷信だと俺は言い切れるが、そのことによって恐怖を感じて日常生活ができなくなる、そんな人もいるからな」
 「オーヴェの患者にもいるか?」
 「ん、いや、そこまで明確に恐怖を覚えている様子の人はいなかったかな」
 ただ何となく言葉に出来ない程度の不安や違和感を覚える人は何人かいた気がすると、コンロから漂ってくるコーヒーの香りを吸い込んで微苦笑したウーヴェは、ペリカンのイラストが描かれた大振りのマグカップをリオンに差し出されて受け取り、コーヒーの湯気を顎で受け止める。
 「・・・今日は少しだけいつもより良い事があればイイな」
 「そうだな・・・そうなると嬉しいな」
 ウーヴェと同じマグカップ−リオンのものはブタが可愛く描かれている−を片手に、コーヒーに息を吹き掛けながら、一部の人たちが恐怖する13日の金曜日に幸運な出来事が訪れますようにと、自分達にとってはただの迷信でありただの13日と金曜日だと再確認した二人は、出勤の準備に取り掛かるまでの短い時間、淹れたてのコーヒーの香りを友に、他愛もない話題で盛り上がるのだった。

 

 

 

 今日もいつもと変わらない態度で診察に臨み、予約患者の総てを診察したウーヴェは、患者と向き合うデスクに気持ちの切り替えを図るかのようにジャケットを脱ぎ捨て、ステッキを突きながらお気に入りのチェアに向かう。
 そこに深く沈み込むように腰を下ろし、二重窓から見える明るい灰色の空に目を細めると、ドアがノックされてどうぞと疲労感の滲んだ声を出してしまう。
 「・・・お疲れさま、ウーヴェ」
 今日は患者の数も多かったし、やっぱり13日の金曜日が影響しているのかしらと、二人分のタルトと紅茶をトレイで運んできたリアが眉尻を少し下げると、ウーヴェも眼鏡を外して目頭を指で押さえながらそうかも知れないなぁと呟く。
 冬はそろそろ終わりを迎えようとしているが、冬の間どうしても抑えることの出来ない不安や事件の後遺症である足の痛みに悩まされ、例年ならば秋のヴィーズンの時期にクリニックを休みにしているのを、事件があった冬にも同様の休暇を取った方が良いだろうかと、ウーヴェに比べれば軽微だがそれでも決して忘れることの出来ない事件で同じく傷を負ったリアと相談していたのだ。
 冬の間の疲労感がなかなか抜けない現実に溜息を零したウーヴェだったが、視線を戻したとき、テーブルに良い香りのする紅茶とタルトがある事に気付いて自然と顔を綻ばせてしまう。
 「・・・美味しそうだな」
 「ありがとう。急にね、リンゴのタルトが食べたくなったの」
 決してあなたに食べて少しでも疲れを癒やして欲しいから、ただそれだけでは無いと口早に言い訳をする彼女に笑顔で頷いたウーヴェは、向かい合わせの席に座るリアの手をそっと取ると、驚きに目を瞠る彼女を前に手の甲にキスをする。
 「ウーヴェ!?」
 「どんな理由であれ美味しいタルトを食べさせてくれるこの手に感謝だな」
 本当にありがとうと、この現場をリオンが見れば嫉妬で怒り狂うこと間違いないと、珍しく茶目っ気たっぷりに片目を閉じるウーヴェにリアが僅かに頬を赤くするが、お代わりならまだあるからどうぞ食べてと掌を向ける。
 「ダンケ、リア」
 いつもそんな礼の伝え方をしないのに、何を思ったのかウーヴェ以外がすれば眉を潜められそうなそれにリアが珍しく視線を泳がせて頬に手を宛がう。
 「も、もう恥ずかしいから止めて、ウーヴェ」
 リンゴのタルトが嬉しいのは分かったからと、顔の前で空いた手を必死に振って止めさせた彼女にウーヴェもやり過ぎたかと小さく舌を出しつつも、タルトが嬉しいのは本当だと頷き、二人揃ってタルトを食べようとしたとき、再度ドアがノックされる。
 そのノックが世間一般でも通用するノックだったため、二人が顔を見合わせるが、リアが慌てて立ち上がってドアを開けるが、ノックの主人の顔を見てさっきは赤らめた顔を今度は真っ青にして小さく悲鳴を上げてしまう。
 「・・・!?」
 「あー、悪ぃ!」
 ドアをノックしたのは、ホッケーマスク-あのジェイソンが被っているマスク-の下からニヤリと笑みを浮かべつつも謝罪の言葉を告げたリオンで、リアの悲鳴に腰を浮かせたウーヴェが来訪者を察し、深々と肺を空にするような溜息を零す。
 「・・・リオン、そのマスクを何処で手に入れたんだ?」
 己の伴侶の今朝の様子から何かしでかすかと思っていたが、まさかホッケーマスクを被ってクリニックにやってくるとは思わず、まだ顔を青くして小さく唇を震わせているリアに気付き、彼女に分からないようにリオンに目で合図を送る。
 「リア、大丈夫か?」
 今日は13日の金曜日だからホッケーマスクを被ってみただけだ、そもそもノックをしてオーヴェが出て来ると思っていたと、マスクを完全に脱ぎ去って少し前かがみになりながら彼女と視線を重ねたリオンだったが、我に返ったように顔を上げたリアの目尻に涙が滲んでいるのを発見し、やりすぎたと反省しながらリアをそっと抱きしめる。
 「────もうやらねぇから許してくれよ、リア」
 「も、う・・・!驚くでしょ!?もう二度とやらないでよ!」
 リアがリオンの腕の中で珍しく声を荒げた為、リオンも素直にもうしないと反省の弁を伝え、許してくれとその頬にキスをする。
 「・・・最近見つけたんだけど、新しい焼き菓子専門店のフィナンシェが食べたいわ!」
 それを買ってきたら許してやっても良いと、許すと断言しないリアの言葉にも素直に頷いたリオンは、了解しました女王陛下と戯けた顔で一礼し、その店の情報をそこでお茶をしながら教えて下さいと謙ると、ようやくリアが目尻をハンカチで押さえながら小さく頷く。
 「リンゴのタルトが冷蔵庫にあるわ」
 「ヒャッホゥ」
 死ぬほど驚かされたリオンに対し、デザートの残りがあるから取って来いと伝えるリアを感心した顔で見守っていたウーヴェだったが、席に再度腰を下ろす彼女にもう落ち着いたかとそっと問いかける。
 「・・・ごめんなさい、取り乱しちゃった」
 「気にするな」
 あれは誰がどうみてもリオンが悪い、だから気にするなと彼女を慰めた後、13日の金曜日の話題で朝から少し盛り上がってしまった事も伝え、全くと呆れたようなため息が彼女の口から零れ落ちるが、取り乱した様子は掻き消えていた為、ウーヴェがリアに気付かれないようにそっと安堵に胸を撫で下ろす。
 「・・・全く。ジェイソンなんて映画の影響を受けすぎよ」
 「そうだな・・・ただ、今日診察した患者の中でもその話をする人が何人かいたな」
 「そうなの?」
 診察室での中のことは当然ながらリアには伝わらない為、驚いたと目を丸くする彼女に肩を竦め、いつもとは何か違う感じがしたり心がふわふわするそうだと、患者の一人が伝えた言葉をリアに告げると、その気持ち分かる、事件の前に尻がモゾモゾする事があったけど、その感覚に近いのかもしれないと、リンゴのタルトを持ってきたリオンがウーヴェの隣に腰を下ろしながら二人の顔を交互に見ると、そうなのかと異口同音に問われて素直に頭を上下に振る。
 「するなぁ。なぁんか腹の据わりが悪いっていうか、尻のあたりがこそばゆいっていうか・・・」
 とにかくいつもと何かが違う感じだけが明確に分かることがあったと、タルトに齧り付きながらリオンが当時を思い出してわずかに居心地の悪そうな顔をするが、朝話題にした強殺犯も逮捕した時に13日の金曜日で不吉だからとか叫んでいたと告げると、途端に二人の眉間にくっきりと皺が刻まれる。
 「・・・ただの迷信にかこつけて何を言っている」
 「そういえばいつだったかそんな犯人が逮捕されたってニュースで見た気がするわ」
 いつだったか忘れたが、ホッケーマスクとサバイバルナイフで武装した男だったはずと、リアが当時を思い出したのかリオンを見つめれば、そうそう、そいつと気軽な声が同意する。
 「不吉な日であろうと最高の日であろうとさ、強盗して殺人はダメだろ」
 どんな日であっても人の財産を奪ったり命を奪ったりするのはダメだろうと、直球すぎる正論をタルトを飲み込んだ口で告げたリオンにウーヴェが好意的に目を細める。
 学生時代には目を覆いたくなるような暴力沙汰が日常茶飯事だったし、刑事として働いていた時も罵詈雑言は当然のリオンだったが、刑事としても人としても当然の倫理観もちゃんと持っている事を疑ってはいなかったが、何気ない言葉の端々からそれを感じられてウーヴェが自然と口角を上げる。
 「あ、でもさ、会社を出てすぐに後ろの車から煽られたんだよ」
 「え?大丈夫だったの?」
 「ああ、平気平気。シートの後ろにホッケーマスクをかぶせてたからさ、ヘッドライトでそれが浮かび上がったんだろうな、一気に距離を開けたぜ」
 バックミラーで様子を見ていたが、かなり動揺していたようで、フラフラしながら走っていたなぁと、ウーヴェの紅茶を一口飲みながらリオンが嘯いた為、ウーヴェの上がっていた口角が一気に急降下する。
 「・・・お前は」
 「や、煽ってくるのが悪いんだっての」
 仕事が終わる時間はいくら春が近づいているからと言ってもまだまだ暗く、そんな中ヘッドライトの中にホッケーマスクが浮かび上がったとすれば、さぞかし仰天しただろうと、煽っていた事実を抜きにしてその運転手に気の毒なことだったと呟くと、本当に気の毒なのは何もしていない、ただ会社からの帰り道を楽しく車で帰っていただけなのに煽られた俺だと嘆くリオンの頭を指先で軽く押したウーヴェは、全くと何度目かの呆れたような言葉を告げた後、お前にもそのドライバーにも何事もなくて良かったと苦笑し、タルトに手を伸ばす。
 「それ食って片付けたら帰ろうぜ、オーヴェ」
 「ああ、そうだな」
 リアもそろそろ終わってくれていいと、ホッケーマスクのリオンに驚かされるハプニングはあったものの、今日もいつもと変わらずありがとうと、恒例になった終業の挨拶を交わしたウーヴェは、彼女も同じようにタルトを食べて紅茶を飲んだ後、フィナンシェを忘れないでとリオンに念押しをして診察室を出て行くのを見送る。
 「・・・結構人気の店らしいぞ」
 「げー」
 自業自得だから誰にも文句を言えないが、仕方がない女王陛下のために買ってくるかと気合いを入れるリオンに黙って肩を竦めたウーヴェは、ベルトランのスマホにもう少しすれば店に行くとメッセージを送り、リオンが告げたようにタルトを早く食べて後片付けを済ませようと頷くのだった。

 

 

 連絡を入れておいたゲートルートに到着した二人は、いつものようにウーヴェをリオンが支えるように腕を差し出し、それにそっと手を重ねてドアを開ける。
 「よぅ、ウーヴェ、リオン」
 「────!!」
 いつもならばチーフが満面の笑みで出迎えてくれるのだが、そこにいたのはどこからどう見ても、小太りになったジェイソンだった。
 咄嗟にリオンの腕にしがみついてしまったウーヴェの耳に心底楽しそうな笑い声が流れ込み、眼鏡の下で目を見張る。
 「驚いたか?」
 今日は13日の金曜日だから少しだけ驚かせてみたと、ウーヴェ達の車が店の前の駐車スペースに停まったのを確かめたベルトランが、用意していたホッケーマスクを被って二人を出迎えたのだ。
 ウーヴェの反応が楽しかったとベルトランがさも楽しそうに肩を揺らすのに、カウンターの奥で準備をしていたチーフが流石に申し訳なさそうに眉尻を下げ、悪ノリをしてすみませんとベルトランに代わって謝罪をする。
 「〜〜〜バート!!」
 チーフの様子と対照的なベルトランの様子と驚かされた気恥ずかしさから幼馴染を大声で呼んだウーヴェは、ほかのスタッフがその大声に珍しいと集まって様子を見守るのも構わずにリオンの腕に回していた手を解いて腕を組み、リンゴのタルトを来週一週間食わせろと居丈高に命じる。
 「げ!一週間もか!?」
 「当たり前だ!」
 「オーヴェ、毎日タルトを食えば太るからやめた方がいいぜ」
 「何か言ったか、ジェイソンもどき1号」
 ベルトランに命令した顔でジロリと睨んで来るウーヴェの様子にリオンが何かを察し、すすすとベルトランの横に向かうと、素直に謝った方が良いぞと忠告をする。
 「・・・いつだったかさ、ベルトランがクランプスの格好でクリニックに来た事あっただろ?」
 あの時も確か似たような事でウーヴェを怒らせてしまい、その結果フランケン産のワインとタルトを結構ウーヴェに貢いで許しを得た気がするとリオンが声を潜めると、ベルトランもそんな事があったと過去を振り返る。
 「そこのジェイソンもどき1号2号、何をこそこそ話している」
 「・・・ごめーん、オーヴェ!許して!」
 先手必勝とばかりにウーヴェに謝罪の言葉を並べ立てたリオンの様子に一瞬呆気に取られていたベルトランだったが、幼馴染の怒りがどの様なものかをリオン同様に身をもって知っていたため、その横に並んで同じ様にごめんと素直に謝る。
 「・・・とっておきの白ワインとクヌーデル」
 「今すぐ用意する!ベーコンとマッシュルームはどうだ?」
 ウーヴェの口から流れ出した謝罪を受け入れる条件にビシッと背筋を伸ばしたベルトランは、ウーヴェの好物にプラスするものはないかと問いかけ、鷹揚に頷かれて安堵から胸に手を宛てがう。
 「悪ノリもいい加減にしろ、バカタレ」
 幼馴染と伴侶を二人同時にバカと罵ったら気分が落ち着いたのか、チーフが準備をしてくれていた窓際のいつもの席に向かい、少しだけ大人しくなったリオンの前髪を指先で軽く弾くと、蒼い目が許しを求めるように見上げて来て、ついつい微苦笑交じりに頷いてしまう。
 その目に弱いとは口が裂けても言わないが、ああ、本当に弱いと胸中で自嘲したウーヴェは、車のキーがぶら下がるキーホルダーをリオンの前にそっと置き、帰りを頼むとどうあってもリオンの方が逆らえなくなる笑みを浮かべて頬杖を着く。
 「・・・う」
 「う、じゃない」
 リアを驚かしたことも反省しているのかと問われて更に小さくなったリオンだったが、反省してますすみませんと口早に言い放ち、それに満足したウーヴェが良しとため息で返事をする。
 「ウー、明日のランチに食べるガレットを持って帰らないか?」
 「ん?良いのか?」
 「ああ。二人分作ってやるから持って帰れ」
 カウンターの向こうに回ればどれだけ悪ノリをしていたとしても、料理人の顔になる幼馴染の嬉しい言葉にウーヴェも素直に嬉しそうに頷き、明日のランチが決まったなとリオンに笑いかける。
 「そーだな」
 「ブランチにしても良いな」
 「うん、賛成」
 13日の金曜日だからと、悪ノリした結果リアを泣かせたことを反省したと、小さな声で詫びるリオンにもう怒っていないことを伝える代わりにくすんだ金髪を軽く撫でる。
 「もう気にするな」
 「・・・ん。あー、腹減った!」
 ウーヴェのその言葉に許された事をようやく実感したらしいリオンが表情を切り替えてメニューを覗き込む。
 「チーフ、シュニッツェルとラドラー一つ」
 「了解」
 リオンの顔にいつもの表情が戻った事がチーフにも嬉しかったのか、リオンのオーダーを厨房内に伝えると、他の客の料理が出来上がった事を教えられてテキパキと動き出す。
 店に入るなりホラー映画の主人公が被っているマスク姿の幼馴染に驚かされたが、それでも居心地の良い店でリオンと向かい合って料理が出て来るのを他愛もない話をしながら待っていると、程なくしてお気に入りの白ワインのグラスとチーズ、ラドラーなどが運ばれて来る。
 「乾杯」
 「うん」
 驚いたり怒鳴ったりと色々あったが、そんなことはひとまずおいて乾杯しようと笑うウーヴェにリオンも嬉しそうに笑い、ラドラーのグラスの底とワイングラスの底を軽く触れ合わせるのだった。

 

 そんな二人が座るテーブルから見える窓の外に目を向ければ、つい先程飛び上がりそうなほど驚かされたホッケーマスクが車の運転席のヘッドレストに後ろ向きに被されていて、二人の車を車上荒らしがさりげなく物色しようとした瞬間、そのマスクに驚いて奇妙な声を発しつつ逃げていくのだった。


2020.03.13
13日の金曜日ですね(でしたね/笑)


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