Mein Schatz.

Über das glückliche Leben(ÜGL)-Lion & Uwe -

 靴の跡がくっきりと残るほど積もった雪の上は昼間の喧騒が想像できないほど静かで、夜に降る雪は周囲の音を吸い取ってしまうようだった。
 そんな静かな、クリスマスイブを翌日に控えた夜、冬の定番である暖炉前のソファベッドで、これまた定番の魔法のブランケットに包まれたリオンがボンヤリと暖炉の炎を見つめていると、隣で雑誌を捲っていたウーヴェの手が頭に伸びてきて、次に何が起こるのかと待っていると、ほぼ無意識の動作だろう、ウーヴェの右手が青い石の嵌るピアスを撫でるように耳朶をつまむ。
 いきなり耳朶を摘まれて驚いたリオンだったが、この後、何をするかが更に気になり、大人しく様子を伺っていると、耳朶での手遊びに飽きたのか、顎のラインをまるでマグカップの取っ手の縁をなぞるように往復させた後、今また伸びてきて一つに括ることが多くなったくすんだ金髪に辿り着く。
 人の顔や耳で手遊びするなよーと上目遣いにウーヴェを見つめたリオンだったが、視界に飛び込んできたのは真剣に本を読んでいるウーヴェの横顔で、これは意識が本の世界に入り込んでいると呆れそうになるが、ふと今までとは違う感覚を抱き、その違和感の元を探る。
 ウーヴェと付き合いだして気づいたことだったが、本を読んでいる時、集中するあまり周囲から意識を断絶する癖があったのだ。
 その癖は今では数えられないほど見せられた結果、当然のものと受け止めるようになっていたが、今までと決定的に違うのは、意識が本の中に入っているはずなのに、今のようにリオンの存在を確かめるように手を伸ばすようになったことだった。
 今ウーヴェの手はリオンの頭を撫でているのか触れているのか微妙なタッチで動いているが、以前ならばやらなかったことをするようになったのは何故だと、己の頭の上をゆっくりと動く手を感じながら考えるが、弾き出された答えは、去年の夏から誕生日前までの半年間の別離があったからだとの言葉だった。
 去年の夏、ウーヴェが足を悪くする事件以上の不幸な悲しい出来事はもうないだろうと思っていた二人に降りかかった最悪な出来事は、何があっても離れることはないと誓い、支え合って生きていこうと決めていた二人の間にどうしても必要な距離を作ってしまったのだ。
 必ず戻って来る、絶対にこのまま別れたりはしないという強い意志を持っていたが、それでももしこのまま戻ることが出来なければという不安をリオンは抱え、リオンが戻ってこないかもしれないという不安をウーヴェに抱かせていた。
 それを乗り越えたのは去年の誕生日直前で、自宅に戻ったリオンが見たのは、毎年二人で飾り付けをしようと決めたアドヴェントクランツが例年通りに部屋に飾られ、結婚してからの習慣になりそうだった巨大なもみの木の飾り付けもしっかりとされた光景だった。
 その光景に言葉を無くしたリオンだったが、ノルやエリー達が手伝ってくれて飾り付けをした、今夜は誕生日会をここでするらしいと、許可を取らずに悪いと言いたげな顔で苦笑したウーヴェをただ黙って抱きしめることしか出来なかった事を思い出すと、今のこの手遊びをやめさせる事など出来ず、くすぐったさに耐えながらちらりとウーヴェを見上げれば、前髪をかき上げる右手が見え、薬指に二本のマリッジリングが光っているのも見える。
 掌側の一本はウーヴェの指には少し大きいもので、少しのショックで回ってしまうほどだったが、その指輪の内側には元の持ち主を示すイニシャルと日付と小さなターコイズが嵌め込まれていて、外側のもう一本には1本目とは違う日付とロイヤルブルーの小さな石が嵌め込まれていた。
 そのリングの煌めきに目を細めつつ己の胸元に意識を向けると、そこにはシルバーのチェーンの先にぶら下がっている、同じデザインのリングがあった。
 それは、別離の前に二人が交わした約束を形にしたもので、あの日二人はリングを交換し、離れていても忘れない事を誓い合ったのだ。
 その幾重にも誓いがなされたリングは、本来の持ち主ではなく交換したままそれぞれが持つことにし、再出発の意味も込めてマリッジリングをもう一本作ったのだ。
 その二本のリングの意味を改めて思い出し、あんな無様な姿は二度とウーヴェには見せないと胸の奥でひっそりと誓ったリオンだったが、不意に頭から柔らかく温かな手の感触が無くなっていることに気付いて慌てて顔をあげると、そこにあったのは、一瞬呆気にとられてしまいそうになる程、静謐な笑みを浮かべて己を見下ろしているウーヴェの顔だった。
 その顔は、リオンが物心ついた時から見上げ続けてきた、古びた教会の聖堂で静かに自分たちを見守り続けてきていたマリア像を簡単に想像させるもので、言葉を無くして唇を噛み締めると、額を優しい手が撫でてくれる。
 その手の温もりは、概念としての聖母の温もりよりも、何があってもどんな時でも常に己を守り信じてくれた母のそれに直結するもので、咄嗟にその手を掴んで手の甲を頬に押し当てる。
 「・・・・・・」
 「どうした?」
 「・・・どうした、じゃねぇよ、オーヴェ」
 何でそんなに綺麗な顔で笑っているんだと、のそのそと起き上がりながらウーヴェにしがみつくように腕を回すと、笑顔と同じ優しい腕が背中に回ってぽんと一つ合図を送って来る。
 「何でだよ」
 「どうして、だろうな・・・ああ、読んでいた雑誌が面白かったから、かな」
 今読んでいた雑誌は面白かったぞと笑うウーヴェの声に潜む悪戯な気配を敏感に察したリオンは、泣きそうになっていたことに気づいてその気持ちを振り払うように太い笑みを浮かべると、ウーヴェの鼻先を指で軽く押さえながら目を細める。
 「あー、素直じゃねぇんだからー」
 俺がそばにいて嬉しいって素直に言いなさい、言えよ、言って下さいお願いしますと、徐々に謙る言葉を並べ立てれば、驚きに見開かれていたウーヴェの目が徐々に細くなり、最後は笑みを表す細さになる。
 「命令しているのか懇願しているのかどちらだ?」
 「どっちも!」
 だからお願い、俺がそばにいて嬉しいって言ってオーヴェと、今度は泣きつくように声を大きくすると、ウーヴェが静かに眼鏡を外し、二本のリングが光る右手で大騒ぎをするリオンの頬を撫でる。
 「それはいつも思っていることだからなぁ」
 今更口にするのはどうかと思うけれど、誰かさんが素直になれと言うので素直になろうか。
 呆然とするリオンの前、ウーヴェが直視することすら難しい綺麗な綺麗な笑顔で一つ頷いたかと思うと、言葉に込められない思いを双眸に浮かべ、そっと額に口付ける。
 「────Ich liebe dich,mein Lion.」
 その5つの単語からなる言葉を伝え聞くためにどれだけの苦難や喜びを繰り返してきたのかと、今まで二人が経験してきた数多の出来事が脳裏を過ぎり、想いの一欠片も言葉に出来ずに俯いてしまったリオンは、この気持ちをどう表せばいいのかが分からずに頭を一つ横に振るが、自然と腹に力が入り、顔を上げて破顔一笑。
 「Mein Schatz,Uwe」
 周囲はともかく、リオンが滅多に本人に向けて発することのない名を呼び、嬉しそうな顔でウーヴェを見つめれば、目尻のホクロがわずかに赤くなる。
 互いの額を重ねてひとしきり笑いあった後、自然と重なる唇で思いを伝えた二人だったが、リオンがウーヴェを引きずり倒すようにソファに押し倒す。
 「こら」
 まだ本を読んでいるだろうとウーヴェが言葉だけでリオンを嗜めるが、本は後でも読めると笑うリオンに溜息一つで先を許すが、今ここで抱き合うつもりではなく、ただこうしていたいと小さな声で懇願されてしまい、何も言わずにリオンの頭に腕を回してそっと抱きしめる。
 「・・・そう言えばさ、ノアがパーティに来てもいいかって聞いてきたからさぁ」
 ウーヴェの腕の中でただ穏やかな気持ちのまま先日の会話を思い出して伝えると、どうしたとキスで先を促される。
 「何か妙な遠慮してるからさ、一発殴っといた」
 「こら」
 「大丈夫だって、軽く頭を叩いたぐらいだから」
 お前の嫌いな暴力行為は働いていませんと笑うリオンに溜息一つで再度先を促したウーヴェは、リオンが不在時、ノアの存在にどれほど助けられたかを思い出し、仄かな後ろ暗さも思い出してしまうが、それを見透かされているようなリオンの言葉に鼓動を速めてしまう。
 「気にするなって言ってるのにな」
 「・・・ああ」
 「お前は大事な人だって面と向かって何度も言うの、恥ずかしいんだぜ」
 オーヴェにならばいくらでも言えるが、それ以外の人には恥ずかしさが先立って素直になれないと笑うリオンに同じように笑ったウーヴェは、それでノアは来るのかと問いかけ、問答無用でプレゼントを二人分用意して来いと命令しておいたと笑われ、笑みを苦笑に切り替える。
 「まったく」
 「それぐらい言わねぇとあいつ遠慮するだろ?」
 リオンが言わんとすることを察し、確かにそうだと同意を示したウーヴェは、そのノアも明日になればプレゼントを持ってきてくれるだろう、明日の誕生日パーティは賑やかなものになるなと笑うと、リオンもウーヴェの胸に腕をついて顔を上げ、本当に楽しみだと笑みを浮かべる。
 「みんなにおめでとうって言われるの、嬉しいな」
 「そうだな」
 その言葉をかけてくれるのが両親であったり祖父母であったり、はたまたは友人や会社の同僚であったりするだろうが、そのどれもが嬉しい言葉だと、昨年の事件を乗り越えた今ならば素直に思えると照れたような笑みを浮かべるリオンにウーヴェが頭を軽く持ち上げてそっとキスをする。
 「────おめでとう、リーオ」
 「・・・オーヴェも、おめでとう」
 同じ日が誕生日の二人が互いに祝いの言葉を伝え合い、鼻先を触れ合わせて目を閉じる。
 「・・・明日のパーティ、楽しみだなぁ」
 「そうだな・・・バートも料理を頑張ってくれているようだし」
 「まじ?すげー楽しみ!」
 「ああ」
 フィンランドから今年は帰ってきている姉とその夫も来てくれるし、明日の誕生日とクリスマスパーティは楽しいものになるだろうなと笑うウーヴェにリオンも同意の笑みを浮かべ、そんな楽しい時間を用意してくれる皆とお前に感謝をと、この時ばかりは真顔で思いを伝えると、受け止めた方も真顔で一つ頷く。
 「リオン・・・生まれて来てくれて、ありがとう。それがどんなものよりも嬉しいプレゼントだ」
 そして、出会いはともかく、それからも俺と一緒にいたいと思ってくれてありがとう。
 生真面目だなぁと笑ってしまいたくなるような真面目な言葉もウーヴェが口にすれば不思議とすんなりと心に届く事を数えきれない程改めて感じたリオンは、その言葉に秘められた膨大な感情に気付き、さっきは笑顔でしか返せなかったがと目を伏せ流が、意を決したように顔を上げる。
 「・・・ダンケ、オーヴェ!」
 こんな俺を支えてくれて、いつもそばにいてくれてありがとう。
 愛している、俺の宝、色々な言葉で思いを伝える事は出来るが、それら全てを内包する言葉を伝えると、しっかりと思いが伝わったのか、ウーヴェの目が愛おしさに細められる。
 「ああ」
 明日の誕生日パーティ、主役は俺たち二人だ、俺たちが楽しく仲良くする事を誰よりも祈ってくれる人達にその願いが叶った事を教えるように楽しく笑顔いっぱいで過ごそうと笑い合い、誕生日の前夜の二人だけの静かな時間を狭いソファベッドで身を寄せ合いながら過ごすのだった。

 

 翌日の夜、ウーヴェの家族とノア、教会での用事を他のシスターらがするから行って来いと半ば追い出される形で駆けつけてくれたマザー・カタリーナらがウーヴェの家に集まり、二人の誕生日とクリスマスを祝う料理の数々をチーフと共に用意してくれたベルトランに感謝しつつ、前夜の静かな穏やかな時間とはまた違う、笑顔の絶えないただ楽しい時間を過ごすのだった。

 


2019.12.24
誕生日おめでとう、リオン&ウーヴェ!二人が出会ってから本当に色々楽しいことも辛いこともあったけど、それでも、おめでとうと言いあえる日を迎えられて、本当に幸せだな。


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