Pierced Earrings

Über das glückliche Leben(UGL) -Lion & Uwe -

 重苦しい雲が低く垂れ込める冬の朝、早くファッシングが来ないかと、冬の定番になっている暖炉前に置いたソファベッドで魔法のブランケットと呼んでいるそれにくるまりながらぶつぶつと文句を好きなだけ垂れ流した後にベッドに潜り込んでいたリオンは、ウーヴェに優しく起こされて伸びをし、ふわぁと大きなあくびを一つしたあとに笑みを浮かべる。
 「・・・ゴット、オーヴェ」
 「ああ、おはよう。今日は白パンを買いに行く時間が無かったからゼンメルで良いか?」
 ウーヴェのキスを頬に受けつつ起き上がったリオンは、告げられた言葉にしばし考え込むが、ゼンメルはゼンメルで美味しいことを思い出し、言葉にする代わりに目覚めたばかりの腹の虫がそれで良いと返事をする。
 「チーズを挟んで食べようか」
 「賛成」
 その用意をする間にシャワーを浴びてこいとウーヴェが再度頬にキスして促すと、リオンが勢いよくベッドから降りたってバスルームに駆け込んでいく。
 ベッドはリオンが寝ていた姿が良く分かる乱れ具合が残され、やれやれと溜息を吐いたウーヴェが枕をベッドヘッドに立てかけるように置いてコンフォーターも何とかしようと持ち上げて整える。
 その時、良く注意をしていれば小さな何かがコンフォーターから跳ね上がってベッドの下に落ちたことに気付けたのだが、認識できないほどの大きさだったためにウーヴェも気にすること無く整えたコンフォーターを一撫でし、シャワーから出てきたリオンの為に朝食の仕上げに掛かろうとキッチンに戻るのだった。
 濡れた髪を手早く乾かしただけのリオンがキッチンにやって来たとき、壁際の小さなテーブルにはゼンメルのサンドが並べられ、昨日の夜に食べたトマトスープも出されていて、視覚と嗅覚から空腹を刺激されたリオンは、アンペルマンのマグカップをテーブルに置こうとしているウーヴェの頬にぶちゅっとキスをする。
 「ダンケオーヴェ愛してる!」
 「はいはい。早く座って食べないと遅刻するぞ」
 「そうだった」
 呆れを隠さないウーヴェの声に舌を出して座ったリオンは、同じように早く座れと隣の椅子をぽんと叩いて合図を送ると、ウーヴェもエプロンを外して苦笑する。
 「どうぞ召し上がれ」
 「ダンケ!」
 出身が教会に併設されている孤児院だから、食事の前には必ずお祈りの時間があったのだが、その祈りを一度たりともしたことのないリオンだったが、ウーヴェと付き合いだして悲喜交々の出来事を乗り越えた頃から、ウーヴェの召し上がれとの言葉を待つようになっていた。
 その変化はリオン自身気付いていないものだったが、某かの心の動きがあることだけを感じ取ったウーヴェもあえて何も言わずにただどうぞと掌を向けているのだ。
 今朝もそれを当然のようにした二人は、リオンが大口を開けてゼンメルに齧り付く横ではウーヴェがスクランブルエッグを二つに割ったゼンメルに載せていた。
 「今日は事件が無ければ早く帰れそうか?」
 「んー、多分大丈夫だと思うけど、どうした?」
 「いや、早く帰ってこられるならパスタを食べに行かないか?」
 ウーヴェの言葉をまるで今口の中に入っているゼンメルと一緒に咀嚼しているように斜め上を見たリオンは、噛み砕いた言葉とゼンメルを飲み込んで満面の笑みを浮かべる。
 「良いぜ。あ、パスタも良いけどさ、この間上手いタコスを食わせてくれる店を見つけたからさ、一度行こうぜ」
 「タコス?メキシコ料理か?」
 「そう。刺激が強すぎるってことはねぇからオーヴェでも大丈夫」
 日頃の言動からリオンは陽気で賑やかで-時には騒々しい-と言ったように動的なイメージで、逆にウーヴェは物静かで穏やかといった静的なイメージを持たれることが多かった。
 それ故なのか根本的なものからなのか、食に対する好奇心もリオンは初めて目にするものでも食べてみたいという好奇心を常に持っていたが、ウーヴェは馴染みの無いものに対しては一歩引いた姿勢を見せることが多かった。
 だから馴染みのないメキシコ料理に対しても今も身構えるような表情を浮かべるが、その頬をリオンが人差し指の背で優しく撫でて警戒心を解けと伝える。
 「マックスと一緒に食いに行ったんだけどな、マックスも美味いって食ってた」
 「彼が美味しいと言ったのなら大丈夫かな」
 「そうそう。大丈夫大丈夫」
 リオンの愉快な仲間達の中でも堅物として定評のあるマクシミリアン-通称マックスは、食べるものに関してもカリーヴルストはこの店、ゼンメルはこの店と決めればそこ以外ではほとんど食べることが無かった。
 だが、そんな彼が初めてリオンと一緒に訪れたメキシコ料理店でタコスを食べたようで、ウーヴェの脳裏では初めて訪れた店の前で尻込みしている知人の姿が浮かんでいて、かなり勇気がいるがそれをしたのは称賛に値すると苦笑すると、リオンも似たような感想を持ったらしく微苦笑を浮かべて大変だったと肩を竦める。
ウーヴェが称賛した彼の行動の結果が美味しいというポジティブなものだったことは本当に良かったとも笑ったリオンにウーヴェも頷き、それなら一度行ってみても良いなと笑みを浮かべると、己の意見が通ったことよりもウーヴェの思考が変化したことが嬉しいと言いたげにリオンも笑みを浮かべる。
 「他にも色々あったけど、あ、食いたくなってきた」
 「・・・・・・今日はメキシコ料理にするか?」
 リオンの言葉にウーヴェがそっと夕食の変更を申し出ると、リオンの顔が、日が差した時のように明るくなる。
 「良いのか?」
 「ああ」
 そんな顔を見せられてイヤだとは言えないと胸の奥で自嘲したウーヴェは、店の名前を教えてくれ、後で調べておくとも告げると、再度頬にぶちゅっとリオンの口が押しつけられる。
 それを感謝の思いがこもったキスと受け止めるか、歓喜のあまり口を押しつけただけなのかの判断がなかなか出来なかったが、犬や猫じゃあるまいしと口にすると、リオンが目と口を丸くしてウーヴェの横顔を見つめる。
 「オーヴェ?」
 「何でも無い。早く食べてしまえ」
 晩ご飯の予定を朝食を食べながら決めることのおかしさに気付きつつも仕事に遅刻してはいけない思いから促すと、リオンが用意された朝食を綺麗に平らげた後、今日も美味い朝飯をありがとうと言い残してキッチンを飛び出して行く。
 深く溜息を吐きながらもリオンのその行為を決して疎ましく思えないウーヴェは、リオンよりは時間が掛かるが同じように食べ終えた後、食洗機に皿を纏めて放り込むと、昼はクリニックで、夜はメキシコ料理を食べに行くことになるから食洗機のスイッチを入れると、リオンが支度をしているであろうベッドルームに向かうのだった。

 

 今日も彼の元を訪れる患者に誠実さをモットーに向かい合い、少しでも明るい表情で帰宅する患者の背中に安堵の溜息を零していたウーヴェは、本日最後の患者が次の予約をして帰りましたと、クリニックの事務を一手に引き受けてくれているリアから報告を受けて全身の力を抜くような溜息を吐く。
 「お疲れ様でした」
 「ああ、リアもお疲れ様」
 二人で切り盛りしているクリニックのために互いを労いあい、お茶の用意をするが今日は何が飲みたいか問われ、疲労感からか甘いものが良いと口にすると、ココアとビスケットを食べましょうと笑みを浮かべるリアに同意の頷きをしたウーヴェは、デスクに手をついて立ち上がり、二重窓の外を見るために手を突いたデスクに尻を乗せる。
 二重窓の外はすでに日が沈んでいるために夜の暗さになっていて、等間隔に立つ街灯の頼りない明かりと広場を囲むように立つ建物の店からこぼれる明かりが足早に通り過ぎる人達の姿を浮かび上がらせていたが、そんな人々の上に音も無く雪が降り始めていて、夜半になれば積もりそうな気配を見せていた。
 「・・・・・・雪が降ってきたな」
 「早く春が来ないかしら」
 そろそろ街中でファッシング-いわゆるカーニバル-の準備をしている人々を見かけるようになったが、早く春が来て欲しいとリアが呟くと、リオンもそう言っていたと昨夜の不満タラタラの恋人の顔を思い浮かべて小さく肩を揺らしてしまう。
 「暖かい方が良いじゃない」
 「ああ、確かに暖かな方が良いな」
 リアの言葉を笑ったわけではないと立てた掌を彼女に向けたウーヴェだったが、ドアをノックされたことに気付いて二人顔を見合わせる。
 今日の診察は先程返った患者で終わったはずだと目で語るリアに頷いたウーヴェは、どうぞと声をかけて緊張した面持ちで入室者を待つが、入って来たのがたった今不満顔を思い浮かべてつい笑ってしまったリオンだと気付いて驚きに目を瞠ってしまう。
 「・・・・・・ハロ、オーヴェ」
 「あ、ああ。もう仕事は終わったのか?」
 「・・・・・・うん、終わった」
 いつもやってくる時にするノック-とはリオン以外誰も認めない-をせずに普通にノックをしてきたため、逆に慣れないそれにウーヴェやリアが驚くのも無理は無かったが、それについての二人の反応にも不満の意思を示さないどころか、入室するなり床の絨毯を見つめている様子から何事かを察したリアがウーヴェに目で合図を送ったため、それを受け取ったウーヴェが頷き、静かに出て行く彼女に口の中で礼を言う。
 「どうした、リーオ?」
 仕事で何かあったのか、それともお前がホームと呼ぶ孤児院で働く心優しい人たちに何かあったのかと問いかけつつリオンの俯く頬に手を宛がうと、手の中で頭が左右に揺れてその言葉を否定する。
 「ならどうした?」
 「・・・・・・無くなった」
 「ん?何が無くなったんだ?」
 リオンの手がウーヴェの手に重ねられたあと、ぽつりと呟かれた言葉にウーヴェが眉を寄せ、一体何が無くなったんだと問い返したとき、ようやくリオンが顔を上げてウーヴェを正面から見つめる。
 「お前に買ってもらったピアス、無くなった・・・・・・!」
 その声と表情がまるでこの世の終わりを迎えたかのようだったため、告げられた言葉の意味を脳内で噛み砕くが、ウーヴェの口から出てきたのは何だそんなことかと言う苦笑交じりのものだった。
 「そんなことって何だよ。お前が初めて買ってくれたピアスが無くなったんだぜ?」
 ウーヴェの一言がリオンの中の感情のボタンを押してしまったようで、一瞬で切り替えられた表情と重ねる手に込められた力から己の言葉が誤解を与えたことを察したウーヴェは、今ならば誤解を解いて機嫌のボタンの掛け違いを訂正できると気付き、逆にリオンの手を掴んでその手に口付ける。
 「・・・・・・今のは俺が悪かった。お前を傷付けるつもりは無かったが、言葉足らずだった」
 今からちゃんとその真意を説明したいから俺の話を聞いてくれないかと、拗ねてそっぽを向く蒼い瞳に語りかけたウーヴェは、不機嫌そうに結ばれている唇と視線を合わせないことからかなり機嫌を損ねたことも察するが、聞いてくれないかと真摯な声で頼むと、程なくして不機嫌な声が何だよと返してきたため、無意識に安堵の溜息を吐く。
 「ありがとう、リオン。────話を聞いて欲しいからそこに座ってくれ」
 いつもウーヴェが患者と向かい合う為の一人掛けのソファにリオンを促すと、話は聞くが何だと不満を態度で表すようにウーヴェを見上げたため、肘置きに腰掛けつつくすんだ金髪を撫でる。
 「そんなことかと言ったのは、お前が大切にしてくれているピアスが無くなったことに呆れたからじゃない」
 「じゃあ何だよ?」
 「お前がここに入ってきたときの顔が暗かったから、マザー・カタリーナやホームの子ども達に何かあったのかと思った」
 「・・・・・・」
 「仕事中にお前を良く思わない人たちからシスター・ゾフィーのことでまた何か揶揄されたのかとも思ったんだ」
 だからその予想が外れたことに安堵し、そんなことかとつい言ってしまったと素直に思いを吐露すると、リオンの蒼い目が見開かれたあと、忙しなく瞬きが繰り返される。
 「オーヴェ・・・」
 「お前があのピアスを大切にしてくれていることは十分分かっている。ずっと付けてくれているからな」
 「・・・すげー気に入ってた」
 「うん。ありがとう。いつ無くなっていることに気付いたんだ?今朝家を出るまではあったと思ったんだけどな」
 今朝の出かける直前の儀式-互いの手に敬意を表すキスをすること-をした時には気付かなかったとウーヴェが苦笑するとリオンも一つ頷いて吐息を零す。
 「うん。昼飯を食ってるときにダニエラが教えてくれたんだよ」
 「そうなのか?」
 無くなったピアスが填まっていた右耳朶を軽く引っ張りつつ仲間が教えてくれたことを伝えると、さすがに女性はその辺りの変化に敏感だとウーヴェも苦笑する。
 「あちこち探してみたんだけどな、見つからなくてさ・・・」
 だからその後は仕事にも集中できないほど落ち込んでしまったと、肩を竦めるリオンの頭を撫でたウーヴェは、服に引っかかっていないのかと問いかけつつリオンのシャツの襟元を覗き込むが、リオンの目と同じような色をした石が填まったピアスは見つからなかった。
 「オーヴェぇ・・・」
 そのピアスが無くなったことが本当にショックだったのか、珍しく泣きべそを掻きそうな顔で見上げられて息を飲んだウーヴェは、リオンの頬を撫でてもう落ち込むなと囁きつつ頭頂部にキスをする。
 「落ち込むっての」
 「そうだな。でもさっきの話にも繋がるが、ピアスはまた買いに行けばいい」
 まったく同じものを購入することは不可能だが、ピアスを買った時と同じ気持ちで買うことは出来るとも告げると、リオンが呆然と見上げてくる。
 僅かに羞恥を覚えつつも、大切なことだからと己に言い聞かせながら肘置きから尻を浮かせてリオンの腿に軽く座ると、当たり前のようにリオンがウーヴェの腰に腕を回して肩に顔を押しつけてくる。
 「マザー・カタリーナやお前の愉快な仲間達に何かあった時、悲しいことに取り返しのつかないことになる可能性もある。でも、ピアスならまたあの時のように二人で買いに行くことも出来る」
 あの時以上に互いを知り、もうだからそんなに落ち込むなと告げてリオンのこめかみにキスをしたウーヴェは、胸の辺りからくぐもった同意の声が上がったことに気付き、安堵の思いを隠さないで吐息に混ぜる。
 「次の休みか早く帰ってこられたときに彼女たちの店に行こうか」
 「・・・・・・うん」
 「そこで新しいピアスを買っても良いし、他の店で気になるものがあるのならそっちを見ても良い」
 だからもう落ち込むな、お前にはいつも笑っていて欲しいと偽らざる本心を伝えたウーヴェは、ようやく上げられた顔が先程よりも明るさを取り戻していることに安堵し、無くなったピアスの代わりを見つけに行こうと笑って顔中にキスをすると、何度目かのあとにクスクスと小さな笑い声が流れ出す。
 「くすぐってぇ、オーヴェ!」
 「やっと笑ってくれたな」
 「・・・うん。ダンケ、オーヴェ」
 無くしたことを責められるかとも危惧していたが、そんな思いは杞憂だったし落ち込みからも回復できたことに感謝の言葉を伝えると、ウーヴェが黙ってリオンの頭を撫でて頬を宛がう。
 「次もさ、似たようなピアスが良いなぁ」
 「そうか?」
 「うん、そう。あ、でもリングに填まってるターコイズと似てるのも良いかも」
 二人の右手薬指に填まっているリング、そのリングの内側には互いの目の色に似通った石が填まっているのだが、それに似たピアスも良いと笑ったリオンは、気分を切り替えるように頭を一つ振ると、ウーヴェの腰をぎゅっと抱きしめる。
 「オーヴェに話をしたらホッとしたから腹が減った。メシ食いに行こうぜ」
 「ああ、そうだな。今日はメキシコ料理だったな」
 「うん。エンチラーダっての食ってみたい」
 リオンが食べ物の話をするようになったことから、ピアス紛失のショックから少しでも立ち直り気分転換が出来ていることを察したウーヴェは、エンチラーダとくちのなかで呟き店に行ってメニューを見ようと笑いかけると、リオンも満面とはいかないがそれでも嬉しそうな顔で頷いて立ち上がる事を伝えてくる。
 「あ、そうだ」
 「うん?」
 「・・・・・・今日も一日頑張ってきた。オーヴェも頑張ったよな?」
 クリニックにリオンが顔を出したときにはここで、どちらかが休暇で自宅にいるときには自宅で交わされるその言葉をまだ今日は伝えていなかったことを思い出して鼻の頭をカリカリと引っ掻いたリオンにウーヴェが微苦笑を浮かべるが、逆にリオンの腰に腕を回して抱き寄せると、額と額を重ねながら今日も一日お疲れ様と労いの言葉をかけてキスをする。
 「・・・ダンケオーヴェ」
 「ああ」
 額を重ね合って互いの労を労う二人だったが、ドアがそっと開いたことに気付かず、小さな咳払いが聞こえてきたことで我に返り、そちらへとほぼ同時に顔を振り向ける。
 「・・・お茶の用意をしたのだけれど、要らなかったかしら?」
 リアが遠慮がちに湯気を立てるマグカップを差し出してくれるのを、先程まで忘れていた笑みを浮かべてリオンが両手を広げて大歓迎をする。
 「ダンケリア!すげー嬉しい!」
 「そ、そう。それは良かったわ」
 入室したときと比べればいつもの明るさに戻っているように感じ、己の思いを確かめるようにウーヴェを見た彼女は、それが間違っていないこと、お茶を持ってきてくれたタイミングも間違っていないことを笑顔で教えられて胸を撫で下ろし、今日はビスケットを焼いたから食べるかと問いかけ、断るはずが無いと断言されてついくすりと笑みを零してしまう。
 「良かったら持って帰ってちょうだい」
 「んー、マジダンケ、リア!オーヴェはいつもリアの作るお菓子を食えて良いよなぁ」
 「・・・・・・」
 ここに来るたびにいつも必ず何かしら食べているはずの男が何を言うと、リアが呆気に取られてリオンを見るが、ウーヴェもリアと同じ思いだったのか、眼鏡のフレームを押し上げつつ溜息を吐く。
 「・・・・・・閉める準備をするからそれを飲んで待っていてくれないか、リーオ」
 「ん、分かった」
 リアが差し出すマグカップとビスケットの載った皿を両手で受け取ったリオンだったが、帰り支度を始める二人を少し離れた場所にあるチェアから見守りながら優しい甘さのココアとビスケットをかじり、ピアスを無くした傷心をこうして甘いものと己にだけ見せる甘い顔で慰めてくれる二人に言い表しきれない感謝の思いを抱くのだった。

 

 リオンが望むようにメキシコ料理店で夕食を終えた二人だったが、食べている間も思い出した様にピアスの紛失を嘆くリオンを慰め気分を浮上させる為にいつもより優しく言葉をかけ、近いうちに必ずピアスを探しに行こうと約束をしていたが、その甲斐あってか、帰路についたときにはすっかりとリオンの気分も晴れているようだった。
 ようやく気持ちが晴れたかと内心で胸を撫で下ろしていたウーヴェは、自宅のドアを開け長い廊下を進みながらふと思いついた事を問いかけるためにリオンに呼びかけて振り返る蒼い瞳に笑いかける。
 「なあ、リーオ。ピアスだけど、家にあるんじゃないか?」
 「へ?」
 「俺たちは気付かなかったがダニエラが気付いたのは昼だったんだろ?」
 さっきもいったが、女性は小さな変化も見逃さないことがあるが、もしそうならば外で無くしたのではなく、家で無くした可能性もあるのでは無いかと告げると、リオンの顔に一縷の望みが笑みとして浮かび上がる。
 「オーヴェ・・・!」
 その言葉がただの気休めではないことを示す様にか、リオンの腰に腕を回しながら足下を見下ろして廊下を進むウーヴェにリオンも同じように己の足下を見つめる。
 「もし俺がピアスを見つけたらどうする?」
 「見つけてくれたら好きなものを買ってやる!」
 「本当だな?」
 その言葉にウーヴェが顔を上げて目を光らせ、この間飲んでしまったバーボンが欲しいと笑うと、絶対にそう言うと思ったとリオンも笑みを浮かべるが、ブッカーズでもフランケンワインでも何でも買ってやるからお願い見つけてくれと懇願する。
 「ブッカーズでもフランケンワインでも何でも買ってやるからさぁ、オーヴェぇ」
 だからお願い、ピアスを見つけてくれとどうしてもあのピアスが良いと泣きつかれて苦笑したウーヴェは、リオンのくすんだ金髪を撫でながら、酒が欲しいと口にはするが本当のところは酒などどうでも良く、少しでもリオンの顔に心よりの笑みが戻って欲しい一心で早く見つかれば良いなと告げながら廊下を進み、ベッドルームに入って着替えをするためにクローゼットの鏡張りのドアの前に立ってドアを開ける。
 その行為はいつも行っているものなので何も考えることは無かったが、クローゼットの中でスーツからルームウェアに着替え、リオンの着替えも用意してクローゼットを出るが、ふとベッドの上が乱れていることに気付いて溜息を零す。
 出勤前にコンフォーターを整えたはずだったが、その後にリオンがクローゼットからブルゾンを取り出すために戻って来たのか、ベッドの上に外したままのマフラーが朝に出かける前のままの姿で横たわっていた。
 脱いだ服ぐらいすぐに戻せと何度口を酸っぱくして言っても聞き入れることの無いリオンに諦めていたウーヴェだったが、今も溜息をつきながらマフラーを手に取り、皺を伸ばすようにしたとき、足下に小さな何かが転がり落ちたことに気付いて身を屈めると、絨毯の上できらりと光る青い石が目に飛び込んでくる。
 「・・・・・・・・・・・・」
 それは、リオンが紛失に気付き、滅多に見せない泣きべそを見せてしまうほど落ち込んでしまったピアスだった。
 ブッカーズを買って貰おうと笑みを浮かべたウーヴェだったが、これを見せた時にリオンがどれほど喜ぶのかを想像すると、己のことのように歓喜がじわじわと滲み出してきて、咄嗟に空いた手で口元を覆い隠さなければならないほどだった。
 クリニックでそんなことかとつい軽く告げてしまったが、己がプレゼントしたピアスを紛失したリオンがあれほど落ち込んでいる顔を見てしまうと、どれほど大切に思ってくれていたのかを逆に感じてしまい、ピアスを目の高さに掲げて苦笑する。
 「お騒がせだな」
 見つかるのならばどうして朝の内に耳から外れたことを教えてくれなかったと苦笑交じりにピアスに不満を訴えたウーヴェだが、ピアスを載せて広げた手の指の間からもう一つの小さな何かを発見し、再度腰を屈めると、詳しくは分からないがピアスを裏側から止める何かのようだと気付き、その二つを一緒に手に取ると、マフラーをクローゼットに戻してリオンの着替えをベッドに置く。
 その時、ドアが開いてリオンが顔だけを出して呼びかけてきたことに気付くと、返事をする代わりにベッドに俯せに寝転がり、訝るような顔で入って来るリオンを出迎える。
 「オーヴェ?」
 「・・・・・・ブッカーズかフランケンワインを買っても良いんだったな?」
 「────!!」
 立てた膝をリズムに合わせるようにぶらぶらとさせ、まるで映画のワンシーンのように頬杖をついて笑うウーヴェにリオンが一瞬何を言っているのかを理解出来なかったようだったが、その指が小さな蒼い貴石を摘まんでいることに気付くと、勢いよく駆け寄ってベッドに飛び乗り、ウーヴェの身体を弾ませてしまう。
 「こらっ!」
 「どこにあったんだ!?」
 ウーヴェと顔をぶつける距離にまで近寄ってベッドに座り込んだリオンは、お前が朝に外してそのままにしてあったマフラーに引っかかっていたと教えられて呆然と目を瞠る。
 「マフラーをするかしないか悩んだんだけど、結局外したんだよな。じゃあ、その時に引っかかったってことか?」
 「そうなるのかな?」
 朝食を食べるときには気付かなかったのは、小さな変化に疎いからでは無く、その後に外れてしまったからでは無いかと、互いの鈍さを庇うように苦笑したウーヴェにリオンがじわじわと笑みを浮かべたかと思うと、ウーヴェにのし掛かるように身を伏せる。
 「重いっ!」
 「ダンケオーヴェ愛してる。────マジで嬉しい」
 ウーヴェの背中に覆い被さりながら素直な思いを告げるリオンに苦笑し、後ろに手を伸ばして髪を撫でたウーヴェは、早くピアスを付けないと本当にまた無くしてしまうぞと告げつつ寝返りを打ち、目尻を少し赤くするリオンの鼻先に小さな音を立ててキスをする。
 「良かったな、リーオ」
 「うん。・・・・・・うん」
 短い言葉を繰り返すことで思いを伝えたリオンは、受け取ったピアスを耳にそっと付けるが、ウーヴェがこれも見つけたがと差し出したキャッチに苦笑し、ピアスが本来正しくあるべき場所に納める作業を慣れた手つきで行うと、ウーヴェも見慣れた場所に青い石のピアスが鎮座する。
 「ああ、やっぱりお前にはそのピアスが似合うな」
 自画自賛では無いが、やはりその色のピアスが似合っていると笑ってリオンの頬を撫でたウーヴェは、感謝の思いを伝えるように再度覆い被さってくるリオンの背中を笑って撫でる。
 「もう無くさないようにしろよ?」
 「うん、そうする」
 ピアスという小さなものを紛失してしまえば探すことが難しいが、今回は運良く見つかったことから、これからはもっと気をつけると反省の弁を口にするリオンに頷いたウーヴェは、シャワーを浴びて着替えを済ませようとも告げて起き上がると、リオンも同じように起き上がるが、本当に良かったと感慨深い声で告げて礼を言う。
 「ダンケ、オーヴェ」
 「ああ」
 早くシャワーを浴びてこいと笑ってリオンの頬にキスをしたウーヴェは、どうしても今以上に感謝の思いを伝えたいのなら、寝る前にマッサージしてくれと片目を閉じるが、マッサージと呟いたリオンが不気味な笑みを浮かべたことに気付き、思わずリオンを突き飛ばして距離を取る。
 「いてぇ!」
 「お前が不気味な顔をするからだ!」
 「ひでー!何だよ、それ!」
 ベッドルーム内のバスルームに向かうだけで何故そんなに大騒ぎになるのかと、友人達が今の二人を見れば呆れた様に呟くだろうが、幸か不幸か今ここにいるのはその二人だけだったため、ぎゃあぎゃあと言い合いながら結局は二人でシャワーを浴び、ウーヴェが望むようにベッドで身体のコリを解すマッサージをした後、リオンが望んでいる別の意味でのマッサージをする羽目になるのだった。

 ウーヴェの身体のこりが解れた後の全身運動は強力な睡魔を呼び覚ましたようで、指先一本動かす気力もないウーヴェにリオンが覆い被さるように横になる。
 「・・・・・・リーオ」
 「ん?」
 「・・・ピアス、もう・・・」
 無くさないでくれとの言葉はウーヴェの寝息に溶けてはっきりとは聞き取れなかったが、それでも思いをしっかりと受け止めたリオンが小さく頷き、目を閉じたウーヴェの瞼にキスをする。
 「おやすみ、オーヴェ」
 「・・・・・・」
 返事は無かったがリオンの腰に載せられていた手がぴくりと動き、それに釣られてリオンも欠伸をすると、少し遅れて眠りに落ちるのだった。

 

2017.02.28
新しい連載を始める前に日常の二人のお話を書きたくなったので書きました(笑)いつもこんな感じですよね、はい。


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