Über das glückliche Leben 2

Über das glückliche Leben(UGL) -Lion & Uwe -

 夜中に降った雪が分厚い冬の雲の隙間から差し込む光で少しだけ溶かされた昼、一人で使うには大きすぎるベッドで伸びをした後、惰性で腕を振り下ろして勢いを付けて寝返りを打ったのは、先日まで追いかけていた犯人を何とか逮捕した後、ようやく送検に持ち込めたリオンだった。
 刑事は天職だと思っているし好きな職業ではあるが、この事件のお陰で帰宅時間はここのところ日付が変わる頃が多く、帰宅しても愛して止まない恋人を起こさないように静かにベッドに潜り込み、翌朝も疲れから必要最低限の会話と、感謝の思いを完食することで表すという、コミュニケーションをとる時間すら惜しまなければならないことへの不満だけは胸の裡に充満していた。
 そんな不満を抱えたまま目を覚ましたリオンは、ぼんやり起き上がると、無意識に隣を手で探ってしまい、己の温もり以外残されていないことに気付いて舌打ちをする。
 ろくなコミュニケーションを取れなかった数日間、それでもあの誰よりも優しくて己の心を理解してくれる恋人は、疲労のあまりろくに口も利かない己に対し、ただ黙って抱きしめてくれていたことは疑う余地のないことで、高い天井を見上げて嘆息する。
 どうしてそこまで優しくなれるのか。そんな態度を取る己をどうして許してくれるのか。
 そんな疑問が芽生え、天井から吐息が己の顔に降りかかるか否かの時間で瞬間的に悩み、その悩みから目を逸らすようにサイドテーブルの時計へと目を向けると、正午前まで寝ていたことをアナログ時計が教えてくれたため、気分を切り替えるようにもう一度伸びをしてベッドから飛び降りる。
 素足のままベッドルームからキッチンへと向かい、冷蔵庫を開けてミルクボトルを取り出し、いつもならば恋人に叱られる飲み方をして喉を潤す。
 行儀悪くボトルに直接口を付けて飲んだリオンがこれもまた行儀悪く足で冷蔵庫を閉めた時、冷蔵庫にマグネットで留められているメモに気付き、ボトルをテーブルに置いてメモを手に取る。
 そこに書かれているのは、朝食か昼食かは分からないが、起きたら冷蔵庫の中にあるホットサンドを温めて食べろというありがたい言葉だったが、リオンを何よりも喜ばせたのは、声が聞きたいから起きたら電話をしてくれとの、恋人のいつにない素直な一言だった。
 俺も声が聞きたいとメモにキスをした後、大急ぎでベッドルームに戻ったリオンは、携帯を耳に宛がいながらキッチンに戻ってくると、冷蔵庫からホットサンドを取り出してトースターの蓋を乱雑に開け放つ。
 肩と頬で携帯を挟みながらホットサンドをトースターに突っ込んだリオンだったが、聞こえてきた穏やかな声に自然と顔が綻んでしまう。
 「・・・ハロ、オーヴェ。今電話大丈夫か?」
 『ああ。大丈夫だ。今起きたのか?』
 「うん。すげー寝たけど、何か疲れが取れねぇ」
 もう若くないってことかと笑うと通話先でも同じ笑い声が上がり、笑うなよーと楽しげに不満を訴えれば、軽い笑い声が更に返ってくる。
 『ははは。・・・ホットサンドは食べたのか?』
 「今温めてる。あ、そうだ。メシ食ったらホームに行ってくる」
 自宅に帰る時間が深夜近くだった最近、実家とも言える孤児院にも顔を出すことが出来ていなかったことを思い出し、久しぶりに弟妹達の顔を見てくると笑うと、先ほどとは少し違った穏やかな笑い声が同意してくれる。
 『ああ。マザーによろしくお伝えしてくれ』
 「ん、分かった。・・・オーヴェ、忙しいからってさ、ろくに話も出来なくて・・・寂しかった」
 ホットサンドが温まったのをにおいで感じ取り、トースターの蓋を開けたリオンだったが、メモに残されたメッセージから感じ取ったものと同じ思いを口にすると、ほんの少しだけ躊躇うような気配が伝わってくるが、仕事が終われば連絡をする、だから今日は家でゆっくりしようと誘われ、小さな声で返事をする。
 「うん」
 『ああ。────気をつけて行ってこい、リーオ』
 「ダンケ。オーヴェもあと半日頑張れよ」
 『ああ』
 お前の助言を求めてやってくる人達に精一杯向き合うのだろうが、仕事が終われば自分にだけ向き合ってくれとも囁くと、有りっ丈の思いを込めたらしい短い言葉が返ってくる。
 「これ以上仕事の邪魔をしたくねぇから切るな」
 『ああ』
 再び短く返される言葉にキスで返事をした後、名残惜しさを隠して通話を終えたリオンは、ホットサンドが文字通り温められているのを確かめた後、他者が見れば呆れるほどの早さでそれを食べミルクで流し込んだ後、前言を守るために出かける支度に取りかかるのだった。

 最愛の恋人と短い会話をしただけで胸に渦巻いていた不満が少しだけ解消されたことに気付き、そうと分かれば疲労が取れていないと思っていた身体も少し軽くなる。
 軽くなった身体は足取りも軽くしてくれたようで、連鎖反応的にすべての物事が明るく見えてきたリオンは、長年着続けているためによれよれになっているブルゾンのポケットに手を突っ込み、咥えタバコで路地を進む。
 道すがら出逢う人達はほぼ顔見知りで、リオンの帰宅を喜ぶ声や仕事でいつヘマをやらかすか楽しみにしているといったからかいの言葉を投げかけられては、それぞれに応じた言葉を投げ返し、彼方此方が破れているフェンスの奥に見える古い小さな教会の敷地に足を踏み入れる。
 庭とも呼べない小さな庭を突っ切り、子ども達が天国と呼ぶ教会の聖堂ではなく、その横にある更に古くて小さな家の玄関のドアを開けたリオンは、ロビーに入るなり大声でこの教会の精神的な大黒柱の名を呼ぶ。
 「マザー!」
 その声は小さな家中に響き渡り、程なくして廊下の先のドアが開いてシスターが姿を見せる。
 「お帰りなさい、リオン」
 「・・・マザー、腹減った」
 「お昼をまだ食べていないのですか?」
 廊下を大股に進み、胸の前で手を組んでいつもと変わらない笑顔で出迎えてくれるマザー・カタリーナに素っ気なく言い放ったリオンは、さっきオーヴェが用意してくれたホットサンドを食べたがマザーを見たら腹が減った、ドーナツが食いたいと彼女の頬にキスをする。
 「そうですね。今日のおやつはドーナツにしましょうか」
 「賛成。オーヴェの仕事が終わるまでホームにいるって言ってある」
 マザー・カタリーナの肩を抱いてキッチンに入ったリオンは、子ども達の姿が無いことに気付くと、さして広くないキッチンを見回して窓の外へと目をやる。
 「あいつらは?」
 「聖堂の掃除をしてくれています」
 「そっか」
 キッチンにテーブルに腰を下ろして足を組んだ時、今までならばここに口うるさくて厳しいが暖かな存在がいたことを不意に思い出すが、それが永遠に喪われた日のことも思い出してしまい、無意識に拳を握ってそれを堪える。
 彼女が記憶の中でのみ生き続ける存在になってから何年が経過したのか、ぼんやりと思い出そうとするリオンだったが、彼女の存在を喪った年月を数えるのは止めよう、いつか必ず再会できるのだからと、リオンの心を第一に思った言葉を優しく伝えてくれる恋人の言葉が脳裏に響き、それに頷いて伸びをすると、マザー・カタリーナが穏やかな目で見守っていたことに気付く。
 さすがに少しばかり照れを感じたリオンは、それを誤魔化すように咳払いをし、風邪を引いていないのか、誰も体調を崩していないかと問いかける。
 息子の照れ隠しに気付きながらも心遣いに感謝の言葉を述べた母は、今年の冬は寒さが厳しいので新しい毛布を子ども達に買ってあげたいがと呟いた後、悲しげな顔でもっと頑張らなければなりませんねと笑みを浮かべた為、その一言ですべてを察したリオンが頬杖をつく。
 「・・・ほどほどにしろよ、マザー」
 マザーが倒れてしまえばここは忽ち立ち行かなくなるのだからと心配を口にし、もう一度伸びをする。
 「毛布なぁ。湯たんぽとかは使ってるのか?」
 「ええ。寄付で少しいただきました」
 「そうか」
 リオンがここで寝起きしていた学生時代、暖房が効いていても建物自体が古いためにすきま風が彼方此方から入り込んでいて全く温かくなかったことを思い出し、毛布と口の中で当時も求めていた物の名を呟く。
 あの当時、毛布も欲しかったが最も欲していたのは人の温もりだったことを思い出し、今己は求めていたものに包まれていることにも気付くと、いつも感じているが時々忘れてしまう幸せに自分が今いるのだと思い出す。
 人によって感じ方が違う幸福感だが、幼い頃から思い描いていた温もりという言葉にすべて包むことの出来る存在が今はリオンの周囲に満ちているのだが、それをもたらしてくれた人のことを思えば自然と胸の裡が熱くなり、自分は間違いなく今幸せなんだと気付かせてくれる。
 それが嬉しくてつい笑みを浮かべると、マザー・カタリーナが何か楽しいことを思い浮かべているのですかと優しく問いかけてきたため、オーヴェと出会えて良かったなぁと自然に返し、母の穏やかな同意の声に我に返って目元を赤らめる。
 「・・・んだよ、マザー」
 「あなた達が仲良くしているのは本当に嬉しいことです」
 照れ隠しに乱暴になる言葉にも笑顔で頷く母に勝てるはずも無く、そっぽを向いた息子の口から流れ出したのは、掃除が終わったあいつらと一緒にドーナツを食うから作っておいてくれとの言葉で、それに対しても笑顔で頷き用意をしておきますので掃除の手伝いをしてきて下さいとお願いするマザー・カタリーナに渋々-と見せかけただけ-頷いたリオンは、掃除をしてくるかーと呟きながら伸びをし、キッチンから出て行くのだった。

 

 マザー・カタリーナが作ってくれたドーナツを、掃除を終えた子ども達と一緒に食べていたリオンは、予想以上に早く診察も終わり明日の準備も終わったためにクリニックを閉めたことをウーヴェからの電話で知り、何事かと心配そうに見つめてくる母に笑いかける。
 「オーヴェの仕事が早く終わったから迎えに来てくれるってさ」
 「そうですか」
 もし時間があるのなら少し寄って下さいと彼女が笑顔で告げたそれをそのまま伝えると、一瞬躊躇うような気配が携帯の向こうに広がるが、少しだけ寄らせて貰うと答えられてリオンの顔に笑みが浮かぶ。
 『何か買っていこうか?』
 「んー、今マザーが作ってくれたドーナツ食ってるから大丈夫」
 リオンと一緒にここにウーヴェがやってくる時はほぼ毎回子ども達に食べて欲しいとケーキやお菓子を持参するのだが、今日はもう食べているからいらないと答えたリオンだが、今最も欲しいのはおやつやお菓子ではない、別のものだと答えかけて言葉を飲み込む。
 『リーオ?』
 「ん?ああ、大丈夫。待ってるからゆっくり来いよ、オーヴェ」
 『ああ』
 携帯にキスをし、ついさっき伝えたものとは真逆の、やっぱり早く来いと伝えた後、じっと見つめている幼い弟妹の曇りの無い瞳に気付き、早く食わなければ俺が全部食うぞーと戯けた声を出すと、途端に賑やかな声がキッチン中に響き渡る。
 その声にマザー・カタリーナが楽しそうに笑い声を上げ、何事だと廊下から顔だけを突き出してキッチンの様子をうかがったブラザー・アーベルが、子ども達と一緒にドーナツを食べるリオンの様子にただただ呆れたように溜息を吐く。
 リオンがいるだけで部屋中が明るくなると、いつだったかウーヴェがマザー・カタリーナやブラザー・アーベルに語ったことがあったが、それをほぼ同時に思い出した二人は、視線を重ねた後互いの顔に同じ表情を見いだし、ブラザー・アーベルは他の作業のために聖堂に向かい、マザー・カタリーナは、おやつを食べ終えた後に始まったケンカを仲裁するために泣きべそを掻く男の子を肩に担ぎ上げるリオンを頼もしそうに見つめるのだった。

 

 ウーヴェがリオンの相反する言葉の片方を選択し、可能な限りの早さで孤児院にやって来たのは、それから小一時間も経たない頃だった。
 スパイダーからウーヴェが出てきたとき、雪が降ることを一足先に冬の女王が太陽に教えた結果早々に日が沈み、今彼女がそれを守って雪を降らせているのか、降りしきる雪の下を足早に教会敷地内に入ると、孤児院のドアの前でシスターが立っていることに気付き、大股に駆け寄る。
 「マザー!中にお入り下さい!」
 「今日もお仕事お疲れさまでしたね、ウーヴェ」
 待っていたマザー・カタリーナにリオンほどでは無いが顔色を変えて駆け寄ったウーヴェが労いの言葉を掛けてくれる彼女の肩に首から掛けていたストールを広げて掛けると、感謝の言葉が返ってくる。
 「マザー、ガビーにミルク飲ませたぜー」
 その時、彼女の背後のドアが開き、ようやく首が据わりだして縦抱きが出来るようになったと思われる乳児の背中を叩きながら顔を出したのは、己の言葉通りにその子どもにミルクを飲ませていたリオンで、肩の辺りから小さなゲップの音が聞こえたことに気付くと、腹一杯飲んだ証拠だと子どものような笑みを浮かべるが、マザー・カタリーナの向こうにウーヴェを発見すると、ガビーと呼んだ乳児を彼女に預け、今度はウーヴェの腰に腕を回してその肩に額を押し当てる。
 「・・・オーヴェ」
 さっきまで饒舌に動いていた舌がぴたりと動きを止め、脳味噌が言語中枢の働きも停止させたのか、それとも今日初めて顔を見て体温を感じたことからか、何とか絞り出すように出したのはウーヴェの名前だけだった。
 「どうした?」
 なるべく早く来たが何かあったのかと、リオンの広い背中を撫でながら問いかけたウーヴェにマザー・カタリーナが先に中に入っていますと小さく告げ、それに頷いたウーヴェがリオンの頭に手を回して抱き寄せると、安堵の溜息が胸元にこぼれ落ちる。
 「・・・早くオーヴェに会いてぇって思っただけ」
 「そうか?」
 「うん、そう」
 だから大丈夫安心しろと告げるリオンの髪にキスをし、中に入って皆に挨拶をしてから帰ろうと誘いかけると、ようやく顔が上げられる。
 「うん」
 リオンの不可解な様子が気にはなるが、顔を上げて浮かべた笑みに嘘は見いだせないことから、二人きりになってから聞き出そうと決め、リオンの頬に顔を寄せる。
 「あ、そうだった。────お疲れ様、オーヴェ」
 「ああ」
 労いのキスをしていないことを思い出し、ウーヴェの頬と唇に小さな音を立ててキスをしたリオンは、窓から何対かの目が見つめている事に気付くと、ウーヴェをハグしつつドーナツを食べていたときのように戯けた声を出す。
 「じろじろ見てるとクランプスを呼んでくるぞー」
 子ども達を脅す言葉なのだが、その言葉を吐く張本人が最もクランプスを恐れているのだと知っているのはウーヴェだけだったため、笑いを何とか堪えるが、じろりと睨まれて咳払いをする。
 「マザーにご挨拶をしようか」
 キッチンで二人が入って来るのを待っていたマザー・カタリーナやブラザー・アーベルらに挨拶をしたウーヴェは、マザー・カタリーナの肩に掛けたストールに乳児がミルクを吐き出してしまったことを詫びられ、気にしないで欲しい、ガビーの様子は大丈夫なのかと逆に問い返し、問題は無いと聞かされて胸を撫で下ろす。
 「それならば良かった。────今日はそろそろ失礼します」
 リオンの様子を視界の隅に納めつつマザー・カタリーナに告げると、残念という気持ちと元気な顔が見られて良かったと安堵する彼女に頷き、また近いうちに二人で来ると伝え、マザー・カタリーナの頬にキスをする。
 「寒いですからね、風邪を引かないように気をつけるのですよ、二人とも」
 「ありがとうございます。マザーも気をつけて下さい」
 「そうだぜ。マザーが倒れたら大変だからな」
 いつでも己よりも子ども達の身を案じてくれるマザー・カタリーナの言葉をありがたいと思いつつも気をつけて下さいと言葉を残し、リオンと一緒に孤児院を後にしたウーヴェは、車内でも何やら奇妙な静けさのリオンを気にかけつつも自宅に帰り着いた時、エレベーターの中でリオンの手がウーヴェの手に重ねられたため、そっと握りしめる。
 何か不安なことがあるのか、心配なことでもあったのかと聞きたいのをグッと堪え、ただ一つのドアを開けて中に入ると同時にリオンが廊下側にあるバスルームに駆け込んでしまう。
 「リーオ?」
 「・・・・・・一緒に風呂入ろうぜ、オーヴェ」
 ドアから顔だけを廊下に突きだして笑うリオンの顔はいつもと変わらないもので、本当にどうしたと問いたい気分を抑えて苦笑したウーヴェは、廊下側のバスルームに湯を張っていることからリオンが何を望んでいるのかを察すると、食事はどうするかを問いかけつつベッドルームに入って着替えを済ませる。
 「んー、正直な話、腹減ってねぇんだよなぁ」
 「熱でもあるのか?」
 「へ?何だよ、それ」
 俺が食欲が無いことがそんなに珍しいのかと瞼を平らにするリオンだったが、お前の口から食欲が無いだのそれに近い言葉を終ぞ聞いた事が無いとウーヴェが口角を上げると、途端にリオンの頬が膨らんでいく。
 「むー。オーヴェのイジワル」
 「冗談だ」
 「だから、笑えねぇ冗談は禁止!冷蔵庫にチーズ入ってたからそれとビールで良いかな」
 「じゃあハムを切ってチーズとオリーブも一緒に食べようか」
 膨らんだ頬はデモンストレーションであり本心から怒っている訳ではない事を伝えたリオンにウーヴェも機嫌を取るわけでは無いが同じくリオンの好物を口にすると、下がっていた口角があっという間に上を向く。
 「ダンケ、オーヴェ」
 「ああ」
 軽い食事にしてお前が望むように一緒に風呂に入ろうかと笑ってリオンの頬を撫でると、僅かに頬が赤らむが、嬉しそうに笑みを浮かべたリオンがウーヴェの掌にキスをする。
 「・・・・・・昔話、聞いてくれるか、オーヴェ」
 くぐもった声で掌にされた告白にようやく重い口を開く気になったことに気付いたウーヴェが目を細め、逆の手でリオンの頭を抱き寄せて口付ける。
 「ああ。聞かせてくれ」
 今その旨の中に渦巻いている思いは過去から連綿と続くものだろうから、その根源を教えてくれとも囁くと、リオンの手がウーヴェの手をぎゅっと握りしめるが、早くメシにしようと笑ってウーヴェの腰に手を回し、二人並んでキッチンへと向かうのだった。

 ウーヴェがバスタブにもたれ掛かり、その足の間に座り込んだリオンがウーヴェの肩に後頭部を預けながら湯気が立ちこめる天井を見上げる。
 リオン曰くの昔話はまだ聞かされていないが、根気強く待つことには慣れているウーヴェがリオンの頭に顎を乗せ、湯の中から出ている膝に泡を載せるとリオンの楽しそうな笑い声が小さく響く。
 ただ、いつまでも待っていては話し出さない可能性もあったため、膝に乗った泡を洗い流しながら青いピアスが填まった耳に口を寄せる。
 「なあ、リーオ。今日はホームで何をしていた?」
 「ん?ホームで?」
 「そう。俺は今日は少し面白い人と知り合った」
 診察の合間にやって来た営業の人だったが、話を聞いているだけでも面白い人だったと笑うと、蒼い目が面白くなさそうに見上げてくる。
 「ふぅん」
 「その人と話をしている時に思ったのは、お前と似たような考え方をする人だな、ということだ」
 面白いと評した人のことが気になるのか、リオンが僅かに身動いだかと思うと、ウーヴェの頭を抱き寄せるように後ろに手を伸ばしたため、ウーヴェがその手に従う様に背中を丸める。
 「その人と話をしていて確かに面白かったけど、本当はお前と話をしたいと思った」
 「・・・・・・オーヴェ」
 「だから、今日お前が思ったこと、感じた事、今も一人で考えている事を教えてくれ」
 リオンの耳に直接囁くように口を寄せ、今ここで何を考えているんだとも囁きながらリオンの胸に手を宛がうと、ウーヴェの顎に擦り寄るようにリオンが顔を寄せる。
 そんな甘えているような仕草やホームで抱きついてきたときの様子から、過去に繋がる何かを思い出し一人で抱え込んでいるのだとの見当は付けていたが、本心と表に出る感情が裏腹なことがあるため、思いを口にしろと再度囁くと、あいつらのための毛布が欲しいと思ったと答えられる。
 「毛布?」
 「そう。俺がいた時もずっと欲しいなぁってゾフィーが言ってたなーって」
 遠い昔、姉が呟いていた言葉が蘇ったと同時に何か苦しくなったとも教えられてその場所に宛がっていた手でそこを撫でると、安堵にも似た吐息が零れ落ちる。
 「・・・・・・湯たんぽはさ、寄付で貰ったって言ってた」
 「そうか。今お前の弟妹達は何人いるんだ?」
 ガビーと呼ばれた乳児が一番年下の弟妹かと問いかけた後、リオンの額にキスをすると、ガビーは一時的に預かっているだけで、今ホームにいるのは5人だと教えられる。
 「たった5人なんだけどな」
 その子ども達が寒さから身を守るための毛布が欲しいと、上空に望むものがあるかのように手を上げたリオンは、本当はホーム自体の建て替えが出来れば良いが、そんな金は逆立ちしたって出てこないと悲しい現実を口にするが、ウーヴェが伸ばされた手をそっと掴んで軽く組み合わせると、リオンの顔から悲哀の色が僅かに薄れる。
 「・・・それを考えてたら今の俺は・・・・・・本当に幸せなんだなーって」
 こうして話を聞いてくれるだけではなく、暖かな場所を作ってくれるお前がいてくれる、それが本当に幸せなんだなって思ったと笑うリオンを両手で抱きしめると、照れたような笑い声が小さく響く。
 「・・・それをずっと考えていたのか?」
 「マザーはもっと頑張るって言ってたけどな、無理するなとしか言えないなぁって」
 無理をしなければあの孤児院の暮らしが成り立たないことはリオンが誰よりも分かっていることだったが、その言葉しか伝えることが出来なかったこと、己の無力さに正直な話打ち拉がれていたことも聞き取りにくい声で伝えると、自分たちに出来る事は限られている、だからその中で出来る事をやっていこうと囁かれて素直に頷いたリオンは、バスタブに張った湯よりも温かな腕の中で何とか向かい合うように体勢を入れ替え、いたわるように見つめてくるウーヴェの鼻の頭に泡を載せて子どものような顔で笑う。
 「俺が出来る事はあいつらと遊ぶことだけだ」
 「今みたいに?」
 「そう」
 己の鼻先に泡を載せて笑うリオンににやりと笑みを見せつけると、悪戯が成功した子どもの顔で笑らわれたため、今度はウーヴェがリオンの頭に泡を載せる。
 「わっ!オーヴェ、止めろよっ!」
 「こうして遊ぶのも楽しいものだな」
 だからいつも子ども達と一緒に遊んでいるのかと笑うと、泡の下からリオンが恨みがましい目で睨んでくるが、つい先ほどまで胸に抱えていたやるせなさが少しだけ解消したのか、笑みを浮かべてウーヴェに抱きつき、バスタブの湯をタイルの上に溢れさせる。
 「・・・・・・悪い、オーヴェ。嫌な話聞かせた」
 「・・・どうせなら、聞いてくれてありがとうと言ってくれないか、リオン」
 昔話を聞いてくれと言われたから聞いたが、それに対しての謝罪などは聞きたくないと、リオンの背中を抱きながら告げると、逡巡する気配が伝わってくるが、耳元に口を寄せたリオンがウーヴェが望む言葉を囁きかけるが、まだ不安な気持ちが残っているのか、ウーヴェにしがみつきながらぼそぼそと何事かを呟く。
 「こんな弱い俺、嫌だよな・・・・・・」
 「嫌ではないが、不安になるな」
 「?」
 ウーヴェの言葉の真意が分からずに端正な顔を間近から見つめると、一緒にいるのに不安を感じさせてしまうなど、どれだけ自分は無力なんだと思ってしまうと苦笑され、予想外の言葉にリオンの蒼い目が驚きに見開かれる。
 「んなことねぇよ」
 「じゃあ嫌だとか聞かないでくれ」
 割と長い時間一緒にいるが、今まで嫌だの何とかしてくれだのと思った事は、食前食後にチョコレートを食べたがる癖と寝相の悪さぐらいだと笑ってリオンの前髪を掻き上げたウーヴェは、蒼い目が驚きから拗ねた色に変化したのを見逃さずに鼻を軽く摘まんで片目を閉じる。
 「ぶっ!」
 「俺だけに見せてるんだろう?」
 「・・・・・・そう」
 「俺も、お前にだけ弱い姿や恥ずかしい姿を見せてる。だから気にするな」
 自分にだけ見せている顔なのだから気にしなくて良いと笑うとリオンの顔にも似たような笑みが浮かぶが、すぐに俯いて表情を隠してしまう。
 「弱い姿を隠すような関係は好きじゃない。いつも強い人間などいないだろう?」
 俯いたリオンの頬に手を宛がってどうか言葉が届きますようにと願いつつ囁くウーヴェに、カインはいつでも強いとの言葉が返ってくるが、弱い顔を見せても良い相手に出逢えていないだけだ、出逢ったとしたら彼もきっと変わるはずだと囁き、俺はそんな相手にもう出逢ってしまったから、以前のように隠すことなど出来ないと苦笑すれば、ようやくリオンの顔が上げられる。
 「お前に、出逢った」
 こればかりはもうどうしようもない事実で、今更取り消すことも出来ないのだ、だからいつだったか話をしたように、最後の最後まで付き合えと優しく命令すると、リオンの蒼い双眸が左右に泳ぐが、何かを納得したのか一度伏せられた後、ウーヴェの目を真正面から見つめ、破顔一笑。
 「仕方ねぇなぁ、オーヴェは我が儘だからな」
 「そうだな。たまには素直になってそれを認めても良いな」
 笑うリオンに釣られて笑みを浮かべ、素直な俺が好きなんだろうと囁くと、リオンがにやりと笑みを浮かべる。
 「すげー好き。素直じゃないオーヴェも好きだけど、素直なお前は本当に好き」
 だからこんな俺を認めて受け入れてくれてありがとう、出会ってくれてありがとうと、今まで何度となく伝えてきた思いを口にすると、ウーヴェがリオンの頭を抱き寄せるように腕を回す。
 「お前が思う以上にお前を────」
 愛しているの言葉はリオンがウーヴェにキスをした為互いの口内から体内に溶け込んでしまい、満足するまでキスをしたあとどちらからともなく小さく笑い出す。
 「そろそろ出るか?」
 「そーだな」
 風呂から出た後はベッドで心身が満足するまで抱き合おうと誘うリオンに黙って頷いたウーヴェは、泡を流すだけで出ようとするリオンをシャワーブースに閉じ込め、自らも手短に身体を洗うのだった。

 リオンが望んだように、肩で息を整えなければならないほど激しく濃密な時間を過ごした後の空白の時間、それでも離れたくないのかリオンがウーヴェの腰に手を回してしがみつく。
 今日一日の様子から精神的に不安定になっていることは察していたが、この気怠い今考える余裕はさすがになく、明日にでもまた聞けばいいと思いつつ汗ばむブロンドをそっと撫でる。
 「・・・・・・オーヴェ、朝飯にチーズ食いたい」
 「・・・分かった」
 唐突に何を言い出すと訝りつつも声に陰りを感じる事は無く、ようやくリオンの不安定さが解消されたかと顔を覗き込むと、汗を流したら不安も流れていったと答えられて目を瞬かせてしまう。
 「・・・・・・ドイツ人にとってのセックスはスポーツみたいなもの、とは良く聞くな」
 「そうそう」
 しかもその相手が好きで仕方の無いお前なのだ、気持ちの良い汗がかけるに決まっていると笑うリオンに何も言えずに溜息を吐いたウーヴェは、気持ち良いのならもう寝てしまえと告げてコンフォーターと毛布を引っ張り上げる。
 「朝になれば・・・大丈夫」
 だからもう少しだけ甘えさせてくれと囁かれて嫌とは言わないウーヴェは、寝返りを打ったリオンの背中に覆い被さるように身を寄せると、腹の前でしっかりと手を組んでやると、安堵の溜息が枕に溶けていく。
 「おやすみ、リーオ」
 「・・・おやすみ」
 お前の言葉を疑ったりはしないが、朝が来ればまたいつものように元気なお前になってくれとも囁くと、返事の代わりに組んだ手に力がこもり、安堵に胸を撫で下ろしたウーヴェは一つ欠伸をすると、一足先に眠りに落ちたリオンを追いかけるように目を閉じるのだった。

 夢も見ない眠りから覚めた翌朝、ベッドの中で昨日のように伸びをしたリオンは、ドアが開いて人がやって来たことに気付き、顔を振り向けてふわりと笑みを浮かべる。
 「おはよ、オーヴェ」
 「ああ、おはよう。お前が食べたいと言っていたチーズとゼンメルを用意したから一緒に食べよう」
 昨日お前に望んだように笑顔を見せてくれてありがとうと、リオンの眠気がまだまだ残っている頬にキスをしたウーヴェは、早く起きろと笑ってリオンの髪を撫でる。
 「すぐに準備する」
 「ああ。今日はお前のコーヒーが飲みたいな」
 「分かった」
 すぐに用意をするからもう少しだけ待っていてくれ、ダーリンと笑み混じりにウーヴェの頬にキスを返したリオンは、手早くシャワーを浴びて身支度を調えることを伝えてバスルームに駆け込む。
 その姿に呆れつつもいつもの元気が戻って来たことに安堵し、ブラインドを開けて薄暗い冬の朝に一つ溜息を零すと、今日一日を元気に過ごすための食事の用意を仕上げる為にキッチンに向かうのだった。
 二人で朝から賑やかに朝食を終え、ウーヴェがリクエストしたコーヒーも飲んだ後、互いの出勤時間が近づいてきた為に少しだけ慌ただしくベッドルームに駆け込むが、ネクタイを手にリオンがキッチンで朝食の片付けをしていたウーヴェの前に駆け戻ってくる。
 「オーヴェ、ネクタイ!」
 「はいはい」
 ネクタイぐらい自分で結べとは思っても恋人の中で何かしらの意味を持っていることを理解している為、ウーヴェの好みにネクタイを結んでやると、その手を取ったリオンがキスをする。
 「ダンケ、オーヴェ」
 「ああ。今日も一日頑張って来い」
 「ああ」
 毎朝交わす儀式のようなそれをここ数日出来ていなかったことを不意に思い出した二人だったが、それがまた出来るようになって良かったと胸を撫で下ろすと、リオンが刑事の顔で踵を返し、長い廊下の先のドアの前で振り返って一声叫ぶ。
 「オーヴェ大好き愛してる!」
 「・・・遅刻しても知らないぞ」
 その告白が面映ゆかった為に素直では無い言葉を返すが、今夜はチーズフォンデュにしようと廊下の先に告げると、歓喜の舞を踊りながらリオンが出て行く。
 昨日とは打って変わった明るさに、一瞬双極性障害でもあるのかと疑ってしまうが、何を馬鹿なことをと自嘲しつつウーヴェも出勤の用意に取りかかるのだった。

 

2017.02.04
弱いお前も、お前だから。


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