夏が終わりを迎え、世界が秋色に染まりだした頃、いつものように精一杯患者と向かい合い、何とか社会復帰の手助けをしていたウーヴェは、本日最後の患者の診察を終え、珍しく乱雑な字でカルテを記入したあと、パタンと閉じて大きく息を吐く。
今日診察をした患者の半数が、少し注意が必要な患者だったからか、いつも以上に疲労感を強く覚えたウーヴェが再度大きく息を吐いた時、ドアがノックされて静かにリアが入って来る。
「お疲れ様でした。今日の診察は終了で宜しいですか?」
「ああ、そうして欲しい」
クリニックのドアに今日の診察が終了したことを示す札を掛けに戻る彼女の背中を見送り、閉じたファイルを撫でた後、椅子を回転させて二重窓の外へと目を向ける。
窓の外の空は一月前を思えば暮色が強くなり出していて、冬の訪れを否が応でも予感させる雲も時折顔を覗かせるようになっていた。
まだまだ夏でいて欲しい、冬なんてくるな、バカヤロウと、己の力どころか人類の力ではどうすることも出来ない気候に本気で腹を立てた恋人の横顔を思い出した瞬間、ウーヴェの気怠げだった顔に仄かに笑みが浮かび、下がっていた口角も僅かながら上を向く。
脳裏で不満を訴えている恋人は、ウーヴェなどからすれば不思議なのだが、自然に対する不満を訴えることがままあった。
夏の暑い日には溶けるだの、太陽など早く帰ってしまえだのと文句を言いつつそれはそれは美味そうな顔でビールを飲み、冬になればなったで、冬の女王は大嫌いだ、早く夏に変わってしまえと、降る雪を天敵のように睨み付けてはウーヴェ手製のホットチョコレートを飲んだりしているのだ。
暑いときに暑いと言っても仕方が無いと、何度か恋人と口論したことがあったのだが、暑いのを暑いと言って何が悪い、暑いのだから仕方が無い、そもそもこんな口論をする切っ掛けを作った夏が悪いんだと、最終的には自然を悪者にして仲直りのキスをしたこともあった。
そんな、ある意味子どもじみた恋人は、今日も頑張って働いているはずで、そろそろ帰る目途が立ったと連絡がありそうだと想像した時、リアが今度はココアの甘い香りをさせるマグカップとビスケットをトレイに載せて戻って来る。
甘い香りが疲労を和らげてくれることに改めて気付き、無意識に吐息を零したウーヴェは、リアの動きに合わせるように立ち上がり、お気に入りのチェアに腰を下ろす。
「少し疲れてるみたいだったから、今日はココアにしてみたわ」
「・・・ああ。ありがとう」
もしかすると自分ではなくきみが診察をした方が患者も喜ぶのではないかと自嘲気味に呟くと、コーヒーテーブルにマグカップを置いた彼女の手が驚きに止まって目が瞠られる。
「今日は疲れてるのね」
「そう、だな・・・。少し疲れたな」
いつもならばその手の言葉は発しないことをよく知るため、疲れからきている言葉だと察した彼女が優しく問いかけることでウーヴェも己の言葉がもたらしたものに気付き、咳払いを一つしたあと、ココアの甘さに手助けされたように表情を和らげる。
「本当に、美味しいな」
「ありがとう。ビスケットは甘さ控えめにしてあるわ」
彼女の気遣いに内心感謝するもののそれを素直に出せないため、ココアとビスケットが自分の好きな味で本当に美味しいと、口角を先程よりももう少し上げて伝えると、思いがしっかり伝わったのか、リアの目元が柔らかくなって細められる。
「そろそろ夏も終わりね」
「そうだな・・・リア、今年の休みはどうするんだ?」
ウーヴェのクリニックでは夏の長期休暇の時期が世間一般的なものよりも約一月ほど遅れている為、間もなく長期休暇になり、ウーヴェもクリニックを休診するのだが、その間どこに行くんだと問いかけると、暫く悩んだ後、友人がいるアントワープに行き、色々小旅行を楽しんでくると教えられ、アントワープと呟く。
「友人がアントワープで宝石のデザイナーをしているの」
だからその工房を見学して目の保養をしてくると笑われ、何を言っているのかに気付いたウーヴェが、マグカップの端を顎に当てつつ楽しげに目を細める。
「ダイヤが有名だったな」
「ええ。欲しいとは思わないけれど、見て目を楽しませることをしたいわ」
彼女の言葉にウーヴェがちらりとリアを見るが、ピアスやリングをしているが確かにそれらは控えめなもので、高価なものでは無いようだった。
プライベートで食事に行くときの服装などを思いだしても、驚くほどアクセサリーを付けている訳でも無かった。
己の恋人のリオンの方がアクセサリーを持っているのではないかと疑うほどだったが、他の女性と同じように宝石に興味があることを再確認したウーヴェは、ダイヤを研磨したときに出る屑でも良いから持って帰ってきたらどうだと笑うと、本当だと笑い返してくれるが、実際問題、宝石の加工に携わる人たちが原石などを不正に持ち出しが出来ないようにされていると教えられてもっともだと頷く。
「それよりも、あなたはどうするの?」
「・・・・・・」
毎年、この時期にはドイツアルプスの麓の村に住む知人の家に世話になっているが、今年も行くのかと問われ、直ぐさま返事は出来ずに視線をさまよわせるが、そんなウーヴェの様子から聞いてはいけないことを聞いてしまったとリアが内心焦り始める。
その時、どちらにとっての救いかは分からないが、診察室のドアが壊れるのではないか思う程の打撃音が響き、二人揃って小さく飛び上がってしまう。
「・・・そろそろ言い聞かせた方が良いんじゃない?」
「俺も、そう思うからそれ以上言わないでくれ、リア」
ノックというのはもっと静かに行うものであり、今のそれは決してノックではなくただドアを殴っているだけだと言い聞かせろとリアが溜息を吐き、耳の痛い忠告に頷くウーヴェの口からも小さな吐息が落ちる。
「・・・どうぞ」
「ハロ、オーヴェ!今日も一日頑張ってきたぜー!」
ウーヴェの入室を促す声に今度はドアの蝶番が外れるほどの勢いで開き、入って来たのは金色の嵐と形容したくなるようなリオンで、くすんだ金髪を首筋の後ろでは無く頭上の高い位置で一纏めにし、額に軽く汗を浮かべた姿になんと言葉を返せば良いのかが分からなかったウーヴェは、どうしたと首を傾げつつ近寄ってくる己の恋人に聞かせたのは、結局小さな溜息だった。
「どーした、オーヴェ?」
「・・・少し、疲れているだけだ」
「そっか?」
今日の診察の疲労がいや増すかのような恋人の言動に何も言う気力が沸き起こらなかったが、冷めてしまったココアを飲んで安堵の息を零すと、背後から伸びてきた手がビスケットを摘まんでいく。
「食べるのならちゃんと座ればどう?」
「ほへ?へへ。俺もココア飲みたいなー」
「キッチンにあるわよ」
自分で入れてこいと言われて蒼い目を瞬かせるリオンだったが、確かにそうだと頷いて部屋に入ってきたときと同じ早さで出て行くと、ココアではなく冷蔵庫に常備してあるミネラルウォーターのボトルを手に戻って来る。
「ココアは要らないのか?」
「ん?面倒くせぇ」
だから水で良いと、キャップを捻りながらにやりと笑みを浮かべるリオンにリアが溜息を吐くが、その言葉に他意も何もないことを伝えるようにリアのそばに近づくと、その頬にキスをして今日も頑張ってきたぞと笑いかける。
その様子はウーヴェにある思いを抱かせるもので、リアの反応次第ではその思いが強くなると密かに感じていたが、リアが満足そうに頷き、リオンもそれが当然と言いたげな顔で頷いたため、己が感じたものが間違いではないことを知る。
リオンの姉が命を落とした事件から一年が経過したが、その時に負った傷口は塞がったように見えるだけで今でも静かに血を流し続けていることを、間近にいるウーヴェだけではなくリアも気付いているのか、以前に比べてリオンに対する気持ちが弟に接するときのようになっていた。
それを感じ取っているウーヴェがリオンの様子を窺うと、不満がある様子では無く、彼女に姉の面影を重ねている様子もなく、ただリアがそんな気持ちで自らに接してくれていることが嬉しいと感じているようでもあった。
友人の恋人がいくら年下だからといって弟扱いしてしまうことは良いことでは無いと彼女も分かっていたが、事件の傷が未だに血を流していることをウーヴェから聞かされるとついつい心配になってしまっていると自覚しているが、そう彼女が思っていることをウーヴェも薄々と感じているため、当人が不快に思っていないのを良いことに様子を見ているのだった。
「今日も頑張ってきたのは良いけれど、部屋に入ってくるときのノックはどうにかならないのか?」
「へ?あれじゃだめか?」
ウーヴェが咳払いしつつ苦言を呈すると、リオンの蒼い瞳がみるみるうちに見開かれ、あのノックだとだめなのかと呟いた為、二人が同時に頭痛を堪えるような顔になる。
「逆に聞くが、あのノックがいけるとお前は思うのか?」
「んー、ボスもオーヴェも特に何も言わねぇからいけてると思ってたんだけど、だめだったか?」
小首を傾げて本心から悪気がないと言いたげな顔で見つめられてしまえば、まるで百獣の王を手懐けているような不思議な感覚に囚われてしまい、いや、そう言う訳ではだの、出来ればもう少し静かにだのと、口の中でだけ言い訳をしてしまい、ちらりとリアを見れば諦めの溜息を零す始末だった。
「・・・なーんてな」
ウーヴェの様子に明後日の方向を見ながら小さく舌を出したリオンは、あれがだめなことぐらい分かっているが、楽しいからついついやってしまうと、これっぽっちも反省していないことを示す様に言い放ち、二人を絶句させる。
「なー、オーヴェ、もう仕事終わったのならさ、早く帰ろうぜ」
腹が減って仕方がない、今日は何を食わせてくれるんだと問いかけながら呆然としているウーヴェの背後に回り込み、そのまま軽く抱きつきながら頬にキスをすると、そっと上がった手が己の頭上近くに来たことに気付き、斜め上を見上げた瞬間、いつもは際限なく優しく甘やかせてくれるその手が今もまた頭を撫でてくれたため、嬉しさに目を細めると同時に耳に激痛が走って悲鳴を上げる。
「いてぇ!」
「うるさい、バカたれ!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、お願い許してオーヴェ!」
「うるさい!」
反省の色がまったく見えない恋人にターコイズ色の双眸を細めながら耳を引っ張って悲鳴を上げさせたウーヴェは、お願い許してと懇願するリオンに三度うるさいと言い放つが、リアが咳払いをしたことに気付いて耳を引っ張る手から力を抜く。
「ごめーん、オーヴェ」
「・・・帰る支度をするから待っていろ」
「うん」
少しばかり調子に乗ったことを素直な頷きで表すリオンにウーヴェも微苦笑するが、今の態度が今日一日の仕事とは何の関係もないことを思い出し、さっきは激痛を与えた手で今度はリオンが望むように優しく髪を撫でて後ろ頭に手を回して抱き寄せると、それに逆らわずにリオンが顔を寄せる。
「お疲れ様、リーオ」
「うん。頑張ってきた」
いつものように互いの頬にキスをして先程の醜い言い争いを許し合った二人は、リアが呆れた様に立ち上がったことに気付き、ウーヴェが甘さ控えめのビスケットを一枚摘まんで食べ終えると、明日の診察の準備について有能な秘書に問いかけ、準備万端だと教えられ、それをリオンがいつものようにカウチソファに寝そべって二人の帰り支度が終わるのを大人しく待っているのだった。
今日の診察では意外に気を遣ったのか、精神的な疲労が肉体にまで及んでいたため、帰宅するためにスパイダーに乗り込む前に見たウーヴェの横顔からリオンが何かを察して無言でウーヴェの手からキーを奪い取ると、呆気に取られた目で見つめられて片目を閉じる。
「オーヴェは助手席」
「・・・頼む」
さっきの子どもじみた言動を思えば到底同じ人とは思えない気遣いを見せられ、己の恋人の子どもっぽさが実は半ば演技である事を思い出したウーヴェは、助手席に乗り込んでシートベルトをする直前、こうして疲れている己と運転を代わってくれるのも、子どもであれば出来ない気遣いだと分かっている為、運転席で鼻歌交じりにイグニッションキーを回すリオンのくすんだ金髪にそっと手を回して顔を振り向けさせる。
「どーした?」
「ダンケ、リーオ」
訝る蒼い瞳に笑いかけて唇に小さな音を立てキスをしたウーヴェは、安全運転で頼むと吐息混じりに呟き、助手席のシートに背中を預けてシートベルトを着けるが、視界の端が陰ったかと思うとリオンの顔が間近に迫り、今度はウーヴェが驚きに目を瞠る。
「お返しのキス」
今のキスが驚きと感激をもたらしてくれたのでそれのお返しと笑ってウーヴェの頬にキスをしたリオンは、小さな、それでも満足そうな吐息が一つ車内に落ちた事に気付き、家に帰りますかーと暢気な声を上げる。
「ああ。帰ろう」
互いへのキスの後に同じ思いを短く伝え合い、真夏に比べれば少しだけ沈むのが早くなった太陽に今日も一日頑張ったせいで暑かったと文句を言いながらも楽しく帰っていく。
幌を上げてスパイダーを走らせていると少しだけ風が冷たく感じられるようにもなった事から幌を閉じているが、自宅マンションの駐車場に滑り込んだとき、ウーヴェが心底疲労しているのか、気怠げに助手席のドアを開ける。
「オーヴェ」
「ん?どうした?」
「すげー疲れてるみてぇだけど、今日の診察、やっかいな患者が多かったのか?」
エレベーターに乗り込んでボタンを押しながらリオンがひっそりと問いかけると、リオンよりも奥に乗り込んでいたウーヴェが無言のまま目の前の広い背中に手を宛がい、コツンと肩に額も押し当てる。
「そう言う訳じゃないんだけどな・・・何か今日は疲れた」
「そっか。じゃあ後で気持ちよくしてやる」
「?」
何をしてくれるんだと問いかけても後でのお楽しみと笑って答えてくれないため、諦めの吐息を床に落としたとき、ドアが開いてただ一つの扉が見えてくる。
ドアを開けて中に入り長い廊下を沈黙したまま進んでいくと、リオンが今夜はカルテスエッセンで良いよなと肩越しに振り返りながら笑いかける。
「お前がそれで良いのなら助かる」
カルテスエッセン、つまりは調理に火を使わない食事で良いかと珍しくリオンが提案し、それで良いのならばと、それでも恋人を気遣う心で頷くウーヴェの頭に手が回り、首を傾げているとそっとハグされる。
「もーちょっとだけ頑張ってくれよなー、オーヴェ」
カルテスエッセンでちゃちゃっと食事をするまでガマンしろと囁かれて意味が分からないがとにかく頷くと同時に、リオンの腕の中で無意識に身体が安堵を感じ取っているようで、疲労にすさむ心が少しだけ浮上したような気持ちになる。
後から言い訳をすることになるのだが、心が疲労しているときはいつもと違う行動を取ってしまうのか、リオンの背中から腕を回して肩に頬を押し当てる。
「どーした?」
「・・・何でもないっ」
「もー。俺の陛下は相変わらず素直じゃないんだからー」
そんな声でぎゅーってハグしてくるのに何もないなんて誰も信じられるかよと、天を仰いで嘆息するリオンだったが、己の背中にしがみつくウーヴェを払いのけることなどはせず、気が済むまでそうしていれば良いとも笑うものの、一体今どんな顔をしているのかを見たいという欲求からじりじりと身体を捻って時間を掛けてウーヴェの背中に腕を回し、今度は白っぽい髪にリオンが頬を当てて匂いを確かめるように一つ鼻を啜る。
「あ、イイ匂い」
「・・・疲れてるのに、そんなことはないだろ?」
「んー?そーでもねぇぜ?」
朝一番であろうが仕事終わりであろうがやはりお前からはイイ匂いがすると笑い、自分の言葉に絶対の自信を持つ男の顔で頷くと、疲れているウーヴェの腰にしっかりと手を回してそのまま勢いを付けて抱き上げる。
「!!」
「早くメシを食おうぜー」
「・・・要らない」
食事で胃袋を満たすよりもこうして心の疲労を回復したいと訴えるウーヴェだったが、空腹を満たした後に心の餓えも満たせば良いとリオンが提案するが、にべもない言葉でそれを撥ねのけられて頬を膨らませる。
「あー、もー、まーたそんなワガママを言うだろ?」
「うるさい」
「うるさいじゃねーっての!」
まったく陛下は本当にワガママだと不満を白い髪にぶつけるリオンだったが、ウーヴェがうるさいだの何だのと言いながらも大人しく抱き上げられていることから、こうしていることで楽になるのなら好きなだけしていろと肩を竦めて降参の態度を取る。
「わかりましたー。今夜はお前の好きにして良いから、とにかくソファかベッドに行こうぜ」
帰ってきてすぐの廊下でこうしてハグしているのはよくよく考えると何かがおかしいと笑うとそれに対してはウーヴェも素直に頷いたため、ベッドでは無くソファがあるリビングに突進し、目当てのソファにウーヴェを荷物宜しく投げ出すと、身体を起こそうとするウーヴェに覆い被さるようにソファに飛び乗る。
「ほら、オーヴェ、寝てろって」
何をするつもりだと力なく問いかけるウーヴェに笑みを浮かべたリオンは、ウーヴェを俯せにするとその腰に跨がり、満面の笑みを浮かべて両手首を解すように振る。
「お客さーん、今日はチョットお疲れですかー?」
その言葉にウーヴェが瞬きをした後、リオンが何をしようとしているのかを察し、座面に頬を押し当てて力を抜く。
「少し、疲れたかな」
「そか。じゃあ今からマッサージするよー」
その言い方がまだドイツ語に慣れていない人の話し方のようで、どうしてそんな片言なんだとウーヴェが笑うと、この間受けたマッサージ店の店員がこんな話し方だったと返されて首を傾げる。
「マッサージなんていつ行ったんだ?」
「ん?仕事で事情聴取したのねー。その時に、ちょとだけやって貰った」
だからいつまで店員の口まねをするんだと苦笑したウーヴェだったが、リオンが肩甲骨辺りに手を当てて力を込めると息を凝らしてしまう。
「・・・ん・・・っ」
「お客さん、凝ってますねー」
ウーヴェの身体のコリを解しながら相変わらず片言で喋り続けるリオンに最早何も言い返す気力もなくなったウーヴェは、凝り固まっていた身体が解されていく。
リオンの大きな手が程よい力で身体をマッサージしてくれるのが気持ちよくてついうとうとしてしまうが、時折不意に力が込められて抑えられない声が零れ落ちる。
「・・・っ・・・ん・・・」
「気持ち良いか?」
「・・・あ、あ」
特にそこが気持ち良いと、うっすらと目元赤くして頷くウーヴェにリオンが満足そうに一つ息を吐くが、見下ろす横顔がベッドの中で自分にだけ見せる顔と似通っていることに気付き、やべぇと本音を垂れ流してしまう。
「・・・リーオ・・・?」
「・・・さっきの顔、すげーエロかった」
マジでヤバイと、さすがにこればかりは片言では表せないのか、いつものようにウーヴェがあまりいい顔をしない言葉で伝えると、気持ちよさそうな顔が一転して不満げな色を浮かべ始める。
「ああ、悪ぃ」
でも素直な気持ちだから許してくれと、頬にキスをしてマッサージを続ければ、再びウーヴェの顔が気持ちよさそうなものになり、それを見たリオンの顔にも自慢と満足の色がじわりと滲み出す。
先程のようなふざけた言葉はともかく、こうして己の手でウーヴェの身体から疲れが抜け、次いで心も軽くなっている様を目の当たりに出来るのは嬉しいことで、もっと軽くなれと願いつつ肩から背中、腰を時間を掛けて揉みほぐしていく。
時々ウーヴェの口から気持ちよさを表す短い音が流れ出すが、片言で冗談を言いながらまだ凝っている場所はないかと問いかけて返事を待つ。
だがいくら待っても返事がないため、名を呼びながら顔を覗き込むと、ターコイズ色の双眸は瞼の下に姿を隠していて返事がない理由を知る。
マッサージを受けている最中に寝るなと思うが、それだけ気持ちが良いのなら仕方が無いと苦笑したリオンは、仕上げのように大きな掌で肩から腰辺りを撫でて一つ両手を打つと、そのままウーヴェの背中に覆い被りながら頬にキスをする。
「・・・ん・・・?」
「マッサージ中に寝るなんてそんなに気持ちよかったか?」
気持ちよかったのなら良いが、正直な話、腹が減って仕方が無いとリオンが寝ぼけ眼のウーヴェに囁くと、ターコイズが何度か瞬きで見え隠れするが、茫洋さが消えた瞬間、寝返りを打ってリオンのイタズラな色を浮かべる唇にキスをする。
「ダンケ、リーオ。気持ちよかった。今から用意をするから待っていてくれないか?」
マッサージは本当に気持ちよかった、前言を守ってくれてありがとうと礼を言ってリオンの下から抜け出そうとしたウーヴェだったが、リオンが動かないことに気付いて目を瞬かせる。
「リーオ?」
「んー?」
「降りてくれないか?」
食事の用意が出来ないと苦笑しつつ降りてくれと再度言葉で促すが、陽気な声にダメと言い放たれて絶句する。
「ダメー」
「ダメじゃないだろう?」
「ダメなものはダメ」
ウーヴェの首筋に顔を押しつけつつダメとくぐもった拒否の声を上げるリオンの髪を掴んで軽く引っ張るウーヴェだったが、覆い被さってくる身体が熱を持っている気がし、嫌な予感を抱きつつ髪を引っ張っていた手とは別の手をリオンの股の前に突っ込むと、妙な声が耳元で響く。
「イヤン。オーヴェのエッチ」
「・・・・・・」
その声はウーヴェの全身から力を奪うだけのダメージをもたらすもので、己の手が触れた箇所が熱を持っていたことから事情を察し、今はそんな気分になれないから降りてくれと強めに懇願するが、だからダメだと言っていると、同じように強めに拒否されて口を閉ざす。
「・・・オーヴェ」
「何だっ」
「うん。・・・晩メシいらねぇからさ・・・」
どうかお願い、このまま抱かせてくれと、さっきまでの拒否とはまったく違う声音で懇願されて息を飲んだウーヴェは、さっきのマッサージへの礼の気持ちと追いつかない気持ちを天秤に掛けてしまうが、その心の動きを見抜いていたのか、リオンがウーヴェの耳朶にキスをしながら名を呼ぶ。
「オーヴェ」
今ではすっかり呼ばれ慣れている名を呼ばれただけなのに、さっきとは違った意味で全身から力が抜けていく。
絆されているのではないし食事の用意も出来ていない罪悪感からでもなく、触れた箇所が熱を持っている-こうして抱き合うこともスキンシップをすることも今では慣れきっているはずのことで今でも興奮してくれる事実がウーヴェの心の天秤を一方へと傾ける。
ただ、このまま流されるのは己のなけなしのプライドが許さず、リオンのくすんだ金髪に手を差し入れてぎゅっと握って悲鳴を小さく上げさせた後、晩ご飯はナシで、明日の朝食はお気に入りのカフェだと言い放つと、陛下の御意にという、ふざけているのか真剣なのかが分からない言葉が耳元に響き、ならば好きにしろと囁いて目を閉じ、暗い世界で唇が重ねられる慣れた感触に髪を握っていた手でそっと頭を抱きしめるのだった。
リオンが満足しウーヴェも実は密かに満足した時間の後、満足しても気怠い身体でベッドに向かうのが億劫だったウーヴェは、リオンに連れて行けと命じて帰宅直後のように抱き上げられて小さな子どもみたくその頭に顎を乗せる。
「歩けねぇ?」
己の顔の下で沸き起こる笑い声に珍しく口を尖らせたウーヴェは、反撃ならばすぐに出来ることを示す様に髪を一房掴んで軽く引っ張ると、大げさな悲鳴が上がる。
「いてて」
「うるさい、バカたれ」
くだらない事を言ってないでさっさとベッドルームに行けと、文字通り居丈高に命じると、リオンが情けない声を上げてベッドルームに突進し、再びウーヴェを荷物みたいにベッドに放り投げる。
「オーヴェもう一回!」
「!!」
もう一度二人で気持ちよくなろう、嫌だダメだは言わせないと、ギロリと睨まれて眉を寄せたウーヴェだったが、こんな表情のリオンを押しとどめることは不可能だと気付いている為、溜息一つでその先を再び許すが、マッサージをして貰った代償がこの気怠さならば、次回からは是非とも遠慮しようと心の内で決めるのだった。
そして二度目の意識が吹っ飛びそうな快感の波を乗り越えた二人は、満足した事を口には出さずに枕を並べて夢も見ない眠りに落ちる寸前にリオンが伝え、ウーヴェは素っ気なく頷くだけだったが、コンフォーターの下ではリオンの腰に腕を回して満足と、夢の中でも体温を感じたいと思っている事を教えているのだった。
2016.09.20
いつもいつも似たようなお話ばかりですが、こうして二人が仲良くしているお話、大好物なんです(、、;


