日中の暑さが少しずつ和らぎ、いつまでも明るいと思っていた世界が暗くなり始めるのを早めだした晩夏のある日、悲しい事件を乗り越えて毎日気丈に働くリオンを今朝もいつものように送り出したウーヴェだったが、今日の予約患者の診察を無事に終え、その疲れを癒やすようなビスケットを紅茶と一緒に楽しんでいた。
そのビスケットは公私にわたってウーヴェを支え見守ってくれている女性、リアが毎日手作りしてくれるもので、いつだったかウーヴェが毎日は大変だろうから必要であればどこかの店で買ってくれば良いと伝えたが、こうして誰かに食べてもらえるお菓子を作るのが趣味なのだ、人の趣味を奪うなと笑顔で言われてしまえば何も言い返せず、また言い返すなど己の首をじわじわと絞めていくようなものだと気付いた瞬間、ただ無言で頭を下げたのだった。
そんな幸運を当然のように受け止めてはいけないとの自戒から、彼女が時々呟く我が儘-主に予約が取れないレストランでの食事など-には全力でもって応えていたウーヴェは、今日もまたいつものように美味しい-今日はレモンとオレンジのビスケット-を食べながら満足そうに頷く。
「今日のビスケットも美味しいな」
「ありがとう」
自分でも会心の出来だったと笑うリアにウーヴェも頷いて紅茶を飲むが、その時、リアが二重窓へと顔を向けながら何気なく問いかける。
「ウーヴェ、リオンの様子はどう?」
「・・・少し落ち着いたが、家ではまだまだ不安定な時があるな」
「そう。・・・前みたいに、とは思わないけれど、早く落ち着いてくれれば良いわね」
視線を合わせずに交わされる言葉に軽く目を伏せつつ頷いたウーヴェは、そうだなと返し、自分たちの心配をしてくれる彼女に礼を言う。
「ありがとう、リア」
「・・・紅茶のお代わりは要らない?」
ウーヴェの礼に頬を少しだけ赤らめた彼女がお茶のお代わりはと問いかけるが、それが照れ隠しである事も見抜いている為、もう要らないがビスケットを持って帰りたいと笑みを浮かべると、リアの顔にも満面の笑みが浮かぶ。
「まだあるから好きなだけ持って帰ってあげて」
「ああ。ありがとう。あいつも喜ぶ」
「これで喜んでくれるのならいつでも作るわ」
それで、この夏に受けた傷を癒やす手伝いが出来るのならと、今度はウーヴェを見つめながら目を細めるリアに再度頷き、そろそろクリニックを閉める準備をしようと未練の塊のようにビスケットを一つ摘まんで咥えたとき、ドアが殴りつけられる音が室内に響き渡る。
「!!」
「!?」
二人の声にならない驚きを打ち消すようにさらにドアが殴りつけられているため、二人が顔を見合わせつつほぼ同時に口を開く。
「どうぞ」
「ハロ、オーヴェ、リア!」
二人の声に勢いよくドアを開けたのは、先程まで二人が己を気遣う言葉を交わしていたことなど思いも寄らないリオンだった。
「仕事は終わったのか?」
「ああ、うん、もう終わった。ボスが何か叫んでたけど、帰ってきてやった」
「・・・・・・」
どうだすごいだろうと胸を張るリオンにどちらも何も言えずにただ溜息を零すと、あれ、何かおかしなことを言ったかとリオンが小首を傾げるが、カウチソファに座るウーヴェの背後に回り込むと、呆れた様な色を浮かべる頬にキスをしてそっと背もたれ越しに抱きしめる。
「・・・今日も頑張ってきた」
だから褒めてくれと、ひっそりと懇願する声は以前までのリオンならば発することの無かった弱い色を滲ませていて、それが己だけに向けられているものだと気付いたウーヴェは、リオンの腕の中で上体を捻ると、薄く開く唇に労いとそれ以上の思いを込めたキスをする。
「お疲れ様、リーオ」
「・・・うん」
二人にとっては当たり前だが大切な儀式のようにキスを交わすが、控えめな咳払いが聞こえ、ほぼ同時に咳払いの主を見れば、目のやり場に困ると言いたげな顔で床の絨毯の模様を見つめていた。
「・・・リア」
「なに?」
彼女の前髪を見下ろしつつ呼びかけたのはリオンだったが、その声に応えてリアが顔を上げると同時に唇の両端を持ち上げる。
「ビスケット美味そう!俺も食って良いか?」
「もちろん、食べて良いわよ」
「ダンケ、リア!」
ウーヴェから勢いよく離れたリオンがリアの横に回り込んだかと思うと、二人が呆気に取られるような早さで彼女の頬にキスをし、もう一度礼を言ってビスケットを手に取ると、美味しそうな顔でそれを食べる。
その顔は食べる事が大好きな人の顔で、見ているこちらまでもが空腹を感じて同じものを食べたくなるような表情にウーヴェが微苦笑したとき、リオンがビスケットを咥えたまま振り返る。
「ホーフェ?」
「口にものを入れたまま喋っても分からないぞ」
小さな子どもではないのだからと笑うウーヴェにリオンが肩を竦めてもごもごと口を動かすが、ビスケットを食べ終えたらしい口でリアのお菓子は本当に美味しい最高だと絶賛の声を上げる。
「マジで美味いよなぁ。・・・あいつが作ってくれたドーナツと同じくらい美味い」
その言葉に籠もる感情を読み取れない二人ではない為にリアが悲しげに眉を寄せると、リオンが己の言葉が与えた影響に気付いて蒼い目を瞠るが、どうすれば良いのか分からないのか、助けを求めるようにウーヴェを見つめる。
「そうか」
「・・・うん。ゾフィーのドーナツぐらい美味いなぁって」
そんな美味いものを食えるのは本当に幸せなんだと、若干焦りながら思いを伝えるリオンに頷いたウーヴェは、静かにカウチソファから立ち上がると、居場所を無くした様な顔で見つめて来るリオンの頭に手を回して抱き寄せて口付ける。
「彼女のドーナツは本当に美味しかったな」
「うん。すげー好きだった。だからそれをオーヴェが引き継いで作ってくれるのは嬉しい」
それに、そんな大好きなドーナツと同じくらい美味しいものを食べられることは幸せだし、食べさせてくれる人がいることは本当に幸せだと、その言葉の意味を自らに言い聞かせるように呟くリオンの頬にもキスをしたウーヴェは、今度はリアがどんな言葉をかければいいのか分からない顔で見つめてきたため、二人のことを思ったウーヴェが、穏やかな聞く人の心にするりと入り込む声でリアを呼ぶ。
「リア、リオンは大丈夫だ」
少し前に命を落とした彼女の話をするのは辛い事だと思って避けるのでは無く、総てを良い思い出にするために話をしようと告げてリアの顔を見つめると、リオンの傷を思って口を閉ざすことは彼女の存在を忘れること、消してしまうことと同じで、その方がリオンにとって辛いのだと気付いたのか、やや躊躇いつつもそのドーナツを一度食べたいと告げると、リオンの顔にさっきとは比べられない笑みが浮かび、子どものような顔で自慢のドーナツだと笑う。
その笑顔がリアにもウーヴェにも笑みを呼び起こさせたのか、ぜひ食べたいから作って欲しいとリアがウーヴェに強請り、ウーヴェも次の休みに作ろうと頷くと、リオンが文字通り諸手を挙げて賛成と叫ぶ。
「ビスケット食ったしドーナツの話してたら腹減ってきた。オーヴェ、今日のメシは何?」
「食べたのならお腹は空かないんじゃないのか?」
「ちょっと食べたらもっと欲しくなったってこと」
リオンの言葉に半ば呆然としつつもいつもの恋人に戻ったと内心胸を撫で下ろしたウーヴェは、クリニックを閉める準備をするから待っていてくれと告げてリアには表情を切り替えて呼びかける。
「明日は何人予約が入っていた?」
「リストにしてありますので、目を通していただけますか」
「ああ、ありがとう」
仕事のことでもプライベートでも優秀なリアを全面的に信頼している顔で頷いたウーヴェは、大人しく待っていることを伝えるようにカウチソファに寝そべったリオンの頭にキスをし、空腹を抱えた恋人を待たせすぎるとはなはだ機嫌が悪くなることを十二分に知っている為、大急ぎで明日の診察の準備に取りかかるのだった。
大急ぎで仕事を終えたことが嬉しかったのか、リオンが浮かれ気分のままゲートルートに行きたいと笑った為、その笑みに釣られたウーヴェもそうしようと頷くが、同意の声が返ってこないことに訝り顔を向けると、ドアに腕をついて頬を支えて躊躇っている様子から何かを察したのか、ウーヴェがそっと手を伸ばしてくすんだ金髪を撫でてくしゃくしゃとかき乱す。
「なあ、リーオ。今日はパスタを食べに行かないか?」
「・・・うん。パスタで良い」
「そうか。じゃあ店はどうする?」
ウーヴェの提案に小さく頷き、気分を切り替えるように片腕を突き上げて伸びをしたリオンは、幌を開けて走るスパイダーの心地よさに目を細めるが、切り替えた気分の奥底に伝えなければならない思いがあることに気付き、己の髪を撫でてくれた優しい手を手探りで掴んでぎゅっと握りしめる。
本当ならばゲートルートに行きたいが、先日の事件の祭にウーヴェの幼なじみでありオーナーシェフであるベルトランと口論になってしまったため、顔を合わせることに引け目を感じていたのだ。
その思いを伝えたい気持ちはあったが素直に口にすることが出来ず、ただ握った手に力を込めると、ウーヴェがその気持ちを読んで軽く握り返してくれる。
「スーパーで何か買って家で食べるか?」
店で食べるのが面倒なら少し時間が掛かるが家で食べても良いとも笑うと、リオンの頭が思案するとき独特の角度に傾くが、己の気持ちに正直な答えが出たのか、お気に入りのイタリアンでピッツァとデザートをテイクアウトすると告げた為、ウーヴェが店に向かう道へと進路を変更する。
「ジェラートにするのか?」
「んー、ジェラートも良いけど、何かレモンとかオレンジとかのケーキが食いたい」
「さっきビスケットを食べただろう?」
「うん。だから口の中がレモンになってるんだよ」
だから柑橘系のデザートが食べたいと笑うリオンに苦笑するが、確かにレモンのタルトやパイなども良いなとウーヴェが笑うとリオンの笑みが深くなる。
付き合いだしてから今回のように胸が痛む事件や逆に嬉しくて仕方が無い出来事を経験していく中、互いに臨むものが何であるのかを理解した二人は、今のように出来ることならばいつも笑顔でいよう、笑っていようと決め、それを実行していた。
その思いから互いに笑みを浮かべてウーヴェは店に車を走らせ、リオンは助手席で機嫌が直った証の鼻歌を披露するのだった。
今日はマルゲリータが俺を呼んでいると、ウーヴェには理解出来ないことをリオンが叫び、理解出来なくとも何となく気持ちが分かるウーヴェがマルゲリータとオレンジのタルトを二人分テイクアウトし、自宅の広すぎるキッチンの小さなテーブルで並んでそれを食べる。
マルゲリータにかぶり付き、熱い熱いと笑いながら食べるリオンに呆れるウーヴェだったが、ちらりと見た横顔が、小さな子どもが好物を食べて喜んでいる時のようで、自然と笑みが浮かぶと同時に、一人であればさほど食べたいと思わないし美味しいとも思わないだろうピッツァが今まで食べてきた中で一番美味しいものとさえ思えてきたため、内心首を傾げていたが、ピッツァのチーズを口から細く引いたままリオンがこちらを見つめていることに気付いて苦笑する。
「どうした?」
「ん?オーヴェ、何か嬉しそうだ」
「そうか?」
「うん、そう」
何を喜んでいるのかは分からないが、何だか嬉しそうだと笑って糸を引いていたチーズを指先でくるりと巻き取ると、行儀が悪いと思いつつもぺろりとそれを舐める。
「俺よりもお前の方が嬉しそうだぞ」
行儀の悪さを窘めるのでは無く、自分よりも嬉しそうな顔をしていると笑ったウーヴェだったが、予想に反してリオンが真剣な顔で口を閉ざしてしまったことに気付いて瞬きをする。
いくらリオンの気持ちがある程度読めると言っても総てが分かるはずも無く、機嫌のスイッチを無意識に押してしまったのかと危惧したとき、リオンがさっきまでの明るさをかき消した顔でぽつりと呟く。
「・・・メシ食ってるときに、さ、暗い顔したり難しい顔してたら・・・ゾフィーに怒られたから」
「そうか」
「うん。すげー怖かったっけ」
あの頃、ゾフィーを恐れていることを認められなかったため、必死になって強がっていたことを壁を通して過去を見つめている目で自嘲するリオンの髪を撫で頭を抱き寄せるように手を回すと、逆らうこと無くくすんだ金髪がウーヴェの肩に寄りかかってくる。
「どんなにまずいメシでも皆で分け合って食べられることが幸せなんだってゾフィーもマザーも言ってた」
あの頃はまったく理解出来なかったその思いが今になって良く分かると自嘲を深めるリオンの髪を何度も撫でながら、こうして身体を撫でることで心も撫でることが出来れば良いのにと願ってみるが、目には見えない心を撫でることなど出来る筈も無いと冷静な声が否定する。
「なあ、オーヴェ、後で昔話聞いてくれるか?」
「ああ。お前が話したいのならいくらでも聞いてやる」
だから今はこの美味しいピッツァとデザートのオレンジのタルトを食べてしまおうとリオンの頭をぽんと叩くと、それに弾みを付けたようにリオンの頭が跳ね上がり、早く食べようと笑みを浮かべてピッツァを平らげるのだった。
その様子に胸を撫で下ろしたウーヴェも同じようにピッツァを食べ、食後の紅茶の用意をするのだった。
ソファの前の床にクッションを置きその上に腰を下ろしたリオンは、真横に座るウーヴェの腿にまるで犬か何かのように顎を載せて口角を持ち上げていた。
その様は本当に大型犬が飼い主の腿に懐いているかのようで、くすんだ金髪もそんな大型犬を連想させる色だったため、ウーヴェが犬を撫でるようにリオンの髪を撫でる。
まさかウーヴェが犬を撫でるときのように撫でているなどとは思わなかったリオンは、撫でられる気持ちよさに目を閉じているが、昔、マザーやゾフィーらを酷く悲しませたことがあると呟くと、聞きしに勝る悪ガキだったのだろうとウーヴェが混ぜ返すように笑み混じりに呟けば、確かにそうだけどひでぇと不満を訴える。
「そんな悪ガキだったお前は何をして彼女たちを悲しませたんだ?」
「・・・メシのこと」
「うん」
「ホームはさ、寄付とかバザーの売り上げとか、教会の援助もあったけど、いつも金が無いって言ってるだろ?昔からそれは変わらなかった」
「ああ」
ウーヴェの腿に顎を預けたまま話すために不明瞭な言葉になってしまうが、それでも顔を上げない理由を探ろうとするが、顔を見られたく無いのだろうと察してそのままリオンが話すに任せる。
「腹一杯食いたくても食うものが無い、美味いものを食いたくても買う金が無いからって安いしマズイものばかり食ってた」
それに対してガキだった自分は文句ばかりを言っていたと、自嘲と自戒が籠もった声で告白されて頷いたウーヴェは、見上げてくる蒼い瞳に気付いて目を細める。
「ゾフィーにそんなに嫌なら食べるなっていつも言われたけど、あれ・・・本当はあいつに言わせちゃいけない言葉だったんじゃねぇのかなって」
自分たちの置かれている状況など、誰に指摘されるのでも無く自分たちが一番分かっていることであり、だからこそゾフィーは金が欲しいが為に人身売買組織に荷担していたのではなかったのかと、お前と一緒にピッツァを食べていたときにふと思い出し、ガキだった自分を、その言葉を言わせてしまった俺を許して欲しいが、謝りたくてももう二度と謝る事が出来ないのだとも思い出したらピッツァが喉に蓋をしてしまったと笑った為、そんな悲しそうな笑い方をするなと口の中で呟きつつくすんだ金髪に口付ける。
「確かに、彼女に直接謝ることはもう出来ない」
「・・・うん」
「でも、彼女の思いに気付いたのならそれを無駄にしないようには出来るし、何よりも彼女と同じ思いを持っているマザーがまだお前を見守ってくれている」
だからそのことを謝りたいのであれば、マザー・カタリーナに謝れば良いだろうし、日々を精一杯生きれば、彼女と再会したときにはきっと許してもらえるはずだと告げて何度も髪を撫でれば、リオンの顔にじわじわと自嘲では無い笑みが浮かび上がる。
斜めから見下ろしたその笑みこそを己は望み、また同じものを望まれているのだと改めて気付いたウーヴェは、羞恥と自慢に目尻と耳を赤く染めるリオンの頬にキスをし、顔を振り向けさせると、眼鏡を外して驚きに薄く開く唇に夕方と同じようにキスをする。
「・・・ん」
「お前なら出来る。彼女やマザーらに愛され、また愛しているお前になら出来る」
「・・・出来る、かな?」
「ああ」
不安が滲む声を否定するのでは無く、一度受け入れた後に自信になるように力を分け与えてくれる声が同意を示してくれたことが嬉しくて、床から伸び上がってウーヴェの腹にタックルするように抱きつくと、笑いながらウーヴェがソファへと倒れ込み、引きずられるようにリオンがウーヴェの痩躯に覆い被さるようにソファに這い上がる。
「お前になら出来るし、お前にしか出来ない」
お前は子どもだった自分を、愛する人を悲しませたことを反省出来る人だと、聞く人の自信を湧き起こさせるような声で囁いた後、見下ろしてくるリオンの頬を両手で挟み、自信を取り戻しつつある双眸に笑いかける。
「俺のリオンなら出来る」
「・・・ダンケ、オーヴェ」
その一言に込められた膨大な思いにリオンの頭が下がり、ウーヴェの肩にコツンと額をぶつけて支えると、背中に回った手が優しく宥めてくれるようで、つい吐息に笑みを混ぜると、ウーヴェの口からも嬉しそうな吐息が零れる。
「・・・そんなことがあったから、メシを食うときにはさ、無意識に明るくなってるのかも知れねぇ」
「そうか」
「うん」
食事の時、口にするものの価値を理解出来る様になった今、当時の己を殴り飛ばしたい気持ちがわき起こるが、そんな思いを経たからこそ理解出来る様になったこともあると笑うと、ウーヴェが頭を擡げて唇の両端を綺麗な角度に持ち上げる。
「お前と一緒に食事をするのは好きだぞ、リーオ」
お気に入りの店の総菜を並べただけの寂しい夕食であっても、お気に入りのイタリアンレストランで食べているときも、もちろんゲートルートで食べているときもと続け、リオンが疑問に首を傾げるのを笑み混じりに見つめると、さっき感じた思いを言葉にする。
「さっきのマルゲリータは本当に美味しかった」
「・・・そうか?」
「ああ。横でお前が美味しそうに食べていたからな」
テイクアウト用のピッツァを本当に美味しそうに食べる顔を見ているとこちらまでその気になるし、実際今日のピッツァはいつも以上に美味しく感じたとも笑うと、リオンの顔がくしゃりと歪む。
「だってさ、マジ美味かったし、オーヴェが嬉しそうに食ってたからすげー嬉しくなった」
だから美味しく食べられたのだと笑い、ほぼ同時に口を開いて出てきた言葉はお互い様というものだった。
「こんな風に増幅するのは良いな」
「そうだな」
嬉しいことや楽しい気持ちが互いの中で増幅し合うのは良いことだと笑い、額と額を重ねた二人だったが、リオンがオレンジのタルトと呟いた為ウーヴェが微苦笑する。
「オレンジのタルトを食べようか」
「早く食おうぜ、オーヴェ」
感情の切り替えが素早いリオンがウーヴェの顔の横に肘をついてその顔を覗き込み、オレンジのタルトと紅茶が待っていると笑い、ウーヴェがさすがに呆れて息を吐くが、何かを思い出したように軽く目を瞠る。
「そう言えば、今日のおやつのビスケットもあったな」
オレンジのタルトを食べてそれも食べるのはさすがに食べ過ぎになるから明日にしようと笑うが、途端にリオンの頬が軽く膨らむ。
「食っても良いだろ?」
「タルトかビスケットのどちらかだけだ」
「むー。オーヴェのケチ!」
「・・・どちらもナシ、だ!」
ケチと言われて素直に頷けるはずも、まして笑えるはずもなく、瞼を平らにしてリオンを睨めつけたウーヴェは、ごめんなさいごめんなさいお願い許してオーヴェと捲し立てられて小さく吹き出してしまう。
「お願い、オーヴェ!」
「・・・分かったからとにかく起きてくれ」
いつまでもこのままではビスケットどころかタルトも食べられなくなるぞと笑えばリオンが慌てて起き上がり、ついでにウーヴェの腕を引っ張って立ち上がらせる。
「ビスケットさ、リアにマジで美味かったって礼を言ってて欲しい」
「ああ、そうだな。リクエストをすれば好きなビスケットやクッキーを作ってくれるかも知れないぞ」
「あ、いいな、それ。何を作ってもらおうかなー」
互いの腰に無意識に腕を回して身を寄せ合いながらキッチンに向かった二人は、テイクアウト用の箱に入ったタルトをそのままリビングに運び、ウーヴェが気に入っているブランドの紅茶-リオンのリクエストで冷蔵庫で冷たくしておいたもの-をグラスに注いでリビングに戻ると、ソファに先に座っていたリオンがテレビを付け、己の横の座面をぽんぽんと叩いてウーヴェに合図を送る。
それをしっかりと受け取ったウーヴェは、コーヒーテーブルにトレイを置き、並んで今日一日のニュースを無表情に伝えるキャスターの言葉を聞き流し、隣から聞こえる言葉のほぼすべてに耳を傾けるのだった。
開け放った窓のそば、暖炉の角に飾ってある写真立ての中、弟が幸せそうにしている様を穏やかな顔の姉が見守っているのだった。
2016.09.06
好きなのは、ドーナツとピッツァとビスケット。そして、お互いの笑顔


