今日も一日、己を頼ってやってくる患者に誠実に向き合ってきたが、その疲れが出てしまったようで、普段ならあまり思わないことを考えてしまっていた。
隣では、応援しているチームがリーグ優勝を果たしたときに手にするマイスターシャーレを象ったクッションを抱えながらサッカー中継を見ている恋人がいるが、たった今考えてしまった思いがそうさせたのか、じっとその横顔を見つめてしまう。
このまま見つめていると気付かれる、ダメだと脳内で声が響き、それに従うように視線を外そうとしたとき、顔だけを振り向けて蒼い目が俺を見つめてくる。
「ん?どうした、オーヴェ?」
ああ、だから早く目を逸らせと言ったのにと、脳内の声が非難してくるが、愛する人の幸せそうな横顔を見てすぐに目を逸らすことなど出来るかと、たった今珍しいことを考えた俺が反論する。
「……何でもない」
脳内で響く声がうるさく、また巧く説明も出来ないことから、口癖のような何でもないを呟いてしまうが、その言葉に蒼い目が一瞬強く光ったかと思うと、マイスターシャーレ形のクッションがソファの後ろへと飛んでいく。
その軌跡をつい目で追いかけてしまったが、気付いたときには蒼い目の中に俺が写り込む距離にまでリオンの顔が近づいていて、少し驚いて仰け反ってしまう。
「オーヴェ」
「何だ…?」
その呼びかけから察したのは、言いたいことがあるが分かっているだろうという無言の問いで、確かに今リオンが何を言いたいのかを読みとってしまい、無意識に眼鏡のフレームを撫でてしまう。
「本当に、何でもないぞ」
「ふぅん、そーんなことを言うんだー?」
ついつい素直になれずに何でもないと繰り返すと、俺が愛してやまない蒼い瞳が半分ほどしか見えなくなる。
ああ、これは機嫌を損ねさせたと気付いた時には遅く、顔だけを向けていたはずのリオンが全身で向き直り、上体を屈めて舐めるように見上げてくる。
「な、なんだ…?」
「いつもいつも言ってるけどさぁ…」
ああ、やはり完全に機嫌を損ねてしまったなぁと暢気に脳内で声が囁き、それどころじゃないだろうと慌てる声も響いてくるが、きっとこの後、自分たちにとって言い慣れた、また聞き慣れた言葉が出てくるんだろうと予測して小さく息をのむ。
「素直じゃないお前も好きだけど、素直なお前はもっと好き」
だから今思ったことを言えと促されてしまい、目を伏せれば額に濡れた感触が生まれて軽く目を見張ってしまう。
「オーヴェ」
決してその声と表情に絆されたからではなく、たまには素直になっても良いと思ったからだと、誰に対するものかも分からない言い訳をした後、咳払い一つで俺の頑なさを融解させる言葉に流されるように口を開く。
「……キスしてくれないか、リーオ」
今まで生きてきた中でキスしてくれなどと告げたことはなく、言った後に羞恥で顔が赤くなったことが分かるほどだったが、聞かされたそれに何故かリオンの顔に満面の笑みが浮かんだかと思うと、触れるだけのキスが繰り返される。
「これで良いか?」
その声に潜んでいるのは、こんな子供騙しなキスで満足できるのかと言う、夜の太陽を彷彿とさせるものだったため、今度もまた素直な思いから頭を左右に振る。
「……もっとしてくれないか」
「ん、分かった」
触れるだけのキスも好きだが、今俺が欲しいと思っているものはもっと情も欲も感じられるものだったから、素直にもっとと強請れば、リオンの唇に太い笑みが浮かび上がる。
この自信に満ちた男の顔が好きで、また見られたことに胸が一つ鼓動を打つ。
その鼓動に背中を押されるようにもっとと呟くと、触れるだけのキスなどとうの昔に卒業したと言うようなキスがされ、その気持ちよさに自然と腕が上がってくすんだ金髪を抱え込むように回してしまう。
息も絶え絶えになる、そんなキスを繰り返すうちに素直になった心が、俺だけがリオンに聞かせることの出来るものを聞かせろと急かしたため、唇が離れたタイミングに、愛してやまない蒼い目を見つめながらそっと囁く。
「リーオ、俺の太陽」
「……ああ」
同意もこの先のこともすべて分かった上での短い言葉に目を閉じ、何度目かのキスを受け止めながら背中から倒れ込むと、愛しい重みが全身に掛けられる。
それを受け止め、何度も繰り返されるキスも受け止めていると、テレビで流れているはずのスタジアムの歓声が不意に掻き消え、聞こえてくるのはリオンと俺が立てる濡れた音だけになる。
その音や素直になった心に釣られるように身体も熱を持ち始め、ピアスが填る耳に口を寄せて囁けば言葉ではなくキスで返事をされてしまい、金髪を抱き寄せながら熱の籠もった吐息を零してしまうのだった。
2015/04/20


