小雪がちらつく街中を姉と一緒に歩いていたウーヴェは、探し求める恋人の姿を遠くに発見し、姉のコートの袖を引っ張って注意を促すと、姉の顔が一瞬懐かしさに歪んだ後に小さな笑い声が流れ出す。
「どうしたの、フェリクス?」
「……リオンがいた」
姉の言葉に何故笑われているのかは分からないが、己の言動の何かが笑いを提供してしまったことに気付いたウーヴェが咳払いをしてリオンがいたことを伝えると、姉の目が優しく細められて小さく頷かれる。
「そう」
幼い頃の癖が知らず知らずのうちに出てしまった弟に姉が差し出したのは暖かなスープが満ちているポットで、大晦日の夜に家族であったり友人同士であったりと盛り上がって羽目を外しすぎている人々を、恋人曰くお泊まり保育させる為に働いている彼に差し入れする為のものだった。
例年ならばウーヴェは、大晦日だからと言って特別に何かをする訳ではなく一人でいつもと変わらない時間の過ごし方をしているが、今年は実に大学を卒業して以来ぶりに実家で年越しを迎える事になったのだ。
ウーヴェ自身はあまり乗り気ではなかったが、20数年来の蟠りが解れて家族間に存在していた溝が雪解けのように一気に流れ去ってから、折に触れウーヴェを実家に呼び戻すようになっていた。
今回の年越しも、クリスマスが終わる前に母から電話でお願いと称した命令を受けた為だったが、恋人が夜通し仕事をして戻って来た時には美味しい料理で疲れを労ってやりたいと思っている事をそれとなく伝えるものの、疲れているのならあなたが迎えに行き、二人で家に帰ってらっしゃいと言われてしまえばそれ以上は何も言えなかった。
だから今年は実家に帰って年越しを迎えることになったのだが、久しぶりに実家に戻って来た末っ子を家族総出-夫の実家で年越しを迎えると言っていた姉、アリーセ・エリザベスも夫を伴って急遽帰省したため、文字通りの総出で出迎え、出迎えられた末っ子はただ何も言えない顔でひとつ頭を横に振ったのだった。
数時間前にそんな呆れるやら感心するやらの事態を経験したウーヴェだが、久しぶりに帰ってきた実家には時間を潰す為の本などもあまりなく、どうして時間潰しをしようかと考えていた矢先、チェス盤を持った義兄が顔を見せた為にゲームを続けていると、それを見た父が自分も参戦すると拳を握り、そんな父の姿に呆れつつもウーヴェが参戦しているのならばと、兄が腕捲りをして参戦した為、結局ウーヴェは時間潰しに困ることはなかった。
義兄には少し余裕を持って勝つことが出来たウーヴェだが、父には辛勝したものの兄にはぐうの音がでない程の負けを喫してしまい、生来のプライドの高さから反抗心を芽生えさせるものの、兄には勝てないと素直に負けを認めたのだった。
ウーヴェにとってもその家族にとっても賑やかな年越しが久しぶりだった為に盛り上がっていたが、家族皆で夕食を囲んでいる時でもリオンに食べさせてやりたいだの、食後のデザートを口にした時に、レシピを聞いて帰ってリオンの為に作ってやろうと思ったりと、いつも隣にいる恋人がいない事が少しだけ寂寥感を伴う現実として突きつけられてしまい、そっと溜息を吐いていたウーヴェをアリーセ・エリザベスが目敏く発見し、心配ならばスープをポットに詰めてあげるからリオンに差し入れしてきなさいと囁かれたのだ。
普段ならば仕事中のリオンの前に顔を出すことはほとんどないウーヴェだったが、差し入れなどしても迷惑じゃないのかと姉に囁き返すと、あなたが来るだけで本当は嬉しいでしょうが、リオンの同僚がいれば一緒に食べて貰いなさいと背中を押され、ならば差し入れに行って来ると、本人だけが認識していない嬉しそうな顔で頷く。
だが、そんなウーヴェの頭から水を掛けるような冷たい声で兄が出掛ける必要はないと声を掛け、アリーセ・エリザベスと兄、ギュンター・ノルベルトの冷たい睨み合いが始まってしまう。
『……リオンにこれを食べさせたらすぐに、帰って……くる、から……』
だから行かせて欲しいと、和解後になってもやはりまだ緊張を覚える兄の顔を見つつ告げたウーヴェは、姉にも付き合って貰うからとも告げるが、リオンとの交際を快く思っていない兄にしてみればそれも不満の元だった。
そんな頑なな兄の心を解す最後の手段としてウーヴェが用いたのは、いっその事兄も一緒に来いというものであり、驚く兄と姉に上目遣いでお願いをした末っ子は、両親からの三人で行ってこいと言う言葉に背中を押され、結果何故か兄も一緒に雪が降る街に繰り出すことになったのだった。
そんな一悶着から小一時間後、さすがに兄は車から降りるつもりはないのか、待っているから早く渡してきなさいと苦笑したため、ウーヴェとアリーセ・エリザベスが雪を気にしつつリオンを探していたのだ。
ようやく発見した恋人にどのように声を掛けようか悩んでいると、アリーセ・エリザベスが気付いたようねと笑った為、姉の視線が向いている方へと顔を向け、こちらに向けてやってくる見慣れた金髪を発見してついウーヴェも目を細めてしまう。
「私は先に車に戻っているわ。気が済んだら戻ってらっしゃい、フェル」
「エリー?」
「あなた達のデートを邪魔するつもりはないわ。それに、ノルを一人にしてると何を言い出すか分からないでしょ」
肩を竦めて車に戻ると笑う姉に感謝の意味を込めて頬にキスをすると、くすぐったそうに、でも嬉しそうに目を細めて早く戻ってきてちょうだいと言い残して踵を返す。
「アリーセ!」
「……お仕事ご苦労様、リオンちゃん」
自分がやってくると同時に立ち去ろうとする恋人の姉を呼び止めたリオンは、彼女らしい好意的なからかいの言葉を返すアリーセ・エリザベスに瞬きをした後、歯を剥いて吼え立てるもののウーヴェが微苦笑混じりにお疲れ様と労ってきた為、気分を切り替えて満面の笑みを浮かべる。
「今少し大丈夫か?」
「へ?ああ、うん、大丈夫だけど、どうした?」
そもそもこんな時間に外出しているなんて珍しいと驚くリオンに手短に説明をしたウーヴェは、自分は不在だが恋人が己の家族と笑って過ごしていたことを話の端々から察すると嬉しくてつい笑みを浮かべ、ウーヴェがそっと差し出すポットを見つめて目を丸くする。
「なんだこれ?」
「スープを持って来た」
雪が降っているし時間がいけるのなら食べないかと、己の行動に絶対の自信を持てない不安な表情で告げるウーヴェだったが、腕を掴まれて強い力でアパートとアパートの間に連れ込まれて目を瞬かせる。
「リーオ?」
「────ダンケ、オーヴェ」
その言葉が届けられると同時に今まで寒かった背中に暖かな腕が回され、外なのにハグされている気恥ずかしさとそれを上回る温もりにホッとしてしまい、ポットを思わず落としそうになる。
「食べないか?」
「うん、食う」
ポットの蓋をカップ代わりにスープを淹れると湯気が立ち、それを受け取ったリオンが軽く息を吹きかけつつ口を付ける。
食道の形や胃袋の形を教えてくれる温もりを感じつつもう一口と、ウーヴェが淹れたスープを総て食べ終えると、ウーヴェがお代わりはどうだといつもの口調で問いかけてくる。
「食う!」
「分かった」
ポットごと奪いかねない勢いのリオンを制しつつお代わりを注ぐと、食べないかとそれを差し出される。
「もう食べたからお前が食べればいい」
「……みんなと一緒に美味しく食べられたか?」
リオンの有り難い申し出を断り問いかけにもしっかりと頷いたウーヴェは、今年は一人じゃないとぽつりと呟きつつ雪が降る空を見上げる。
「ちゃんと出されたものは食べたぞ」
「ウソだぁ」
「うん?どうして信じてくれないんだ、リーオ?」
ウーヴェの言葉にすかさずリオンが反論し、顔を戻して恋人を横目で見つめた彼は、心底楽しい時は酒ばかりに手が伸びる癖にと笑われ、機嫌を損ねたことを伝える為に口をへの字に曲げるが、それでも悔しいのでちゃんと食べたと再度反論すると、リオンが腕を組んで総てを見透かしている様な顔でウーヴェを見つめる。
「オーヴェの家族はお前を甘やかすことに全力を注いでいるからなぁ。酒を飲んでも誰も止めないだろ?」
「……………………」
リオンの言葉は悔しい事に正鵠を得ていたため、効果的な反論が思い浮かばずに口を閉ざすが、もっとも効果的なものがあったことを思い出し、ポットの蓋を閉じてリオンに背を向ける。
「そんな事を言うのならもう帰るぞ」
「え、ちょ、ウソウソ。ウソですごめんなさいオーヴェ!」
お願いだからもう少しだけここにいてくれと、先程までの強気さを一気に吹き飛ばしたリオンがお願い一人にしないでぇと情けない声を挙げる顔がおかしくて、小さく吹き出すとリオンの片目が閉じられる。
「笑ったな、オーヴェ」
「……もうスープは食べないのか?」
「うん。もういいや。あんまり食い過ぎるとトイレに行きたくなる」
「……仕事、頑張れ」
「うん」
毎年この時間はリオンが仕事で不在の為、一人で本を読んでいるかクラシック音楽の番組を見ているかだが、お前が今年の秋に自分たち家族の絆を取り戻してくれたお陰で一人で寂しい時間を過ごさなくても良くなったと笑うと、今度は背中から抱きしめられる。
「オーヴェ」
「……うん。ありがとう、リーオ」
あの日から何度も告げているが、本当にお前がいてくれて良かったと礼を言いつつ顎の下で交差する腕を撫でると、満足そうな吐息が耳の後ろにひとつ落とされる。
家族の間の溝を塞ぐ手助けをしてくれた恋人に最大限の感謝の思いを伝えると、自分がしたのはほんの僅かで結局はお前自身が決断し勇気を持って一歩を踏み出したから溝が無くなったんだと逆に誉められてしまい、面映ゆさに視線を彷徨わせる。
「……俺も一緒にいたかったなぁ」
仕事に関しては誰よりも真面目で、休日返上などは日常茶飯事のリオンの本音をぽつりと漏らされたウーヴェが驚いてしまうが、撫でた腕に首を傾げて頬を軽く押し当てると何かを察したリオンが覗き込むように見つめて来る。
「……帰ってきたらレバーケーゼのスープやデザートを食べさせてやるから、頑張って来い」
「うん」
「仕事は明日の昼頃までだろう?終わればどうする?家に帰るか?」
自分たち二人の家であるあのアパートに戻るかと問いかけると、暫し逡巡した気配が漂うが、良いのなら実家に行きたいと言われてそっと頷く。
「じゃあ仕事が終われば連絡をくれ。迎えに来る」
「うん、ダンケ、オーヴェ」
「ああ」
夜勤明けのお前を待たせるのは心苦しいが、自分が迎えに来るまで家で待っていてくれとも告げると、警察署で待っているからそっちに来てくれと返されて目をパチパチとする。
「良いのか?」
「うん。家に帰ったらさ、出て行くのが億劫になりそうだから」
だから出来れば職場に迎えに来て欲しいと笑うリオンに、疲れているのだから家にいても良いんだぞと窺うように問いかけ、お前の実家に戻って美味いメシを食いたいと力説されてしまう。
「……はいはい」
「だからオーヴェ、お迎え頼むな」
「分かった」
お代わりしたスープを平らげ、温まった心と身体に喝を入れる為に頬をひとつ叩いたリオンは、振り返るウーヴェの額にキスをし、暖かすぎる差し入れをありがとうと返しつつ薄く開く唇にもキスをする。
「もう少し、頑張って来い」
「ん、頑張る」
そっと互いに身を引きどちらからともなく白い息を吐いた後、ウーヴェが名残惜しそうに目を細めてリオンの唇にキスをする。
「日付が替わる時に言えないから、今言っておく」
新年おめでとう。今年も色々あったが、それでもこうして一緒にいられるのはお前だからだと笑うとリオンがもう一度ウーヴェを抱きしめて匂いを確かめるように顔を押しつける。
「……生きててくれて、一緒にいてくれてありがとうな、オーヴェ」
「…………うん」
辛い出来事をいくつ経験しても死という最後の道に足を踏み入れずに生きてくれるお前に有りっ丈の感謝とこの世の総ての祝福をと、互いの背中を抱きながら新年の言葉を交わした二人は、遠くの喧騒に我に返って苦笑し、今度こそリオンを己の戦場に戻す為に身を引くとリオンの横顔が惚れ惚れとしたものに変化していく。
「じゃあオーヴェ、気をつけて帰れよ」
「ああ」
兄と姉が車で待っているから大丈夫だと頷くと、ほらやっぱり甘やかすことに全力を出すと笑われ、無言で肩を竦めてその言葉を認めるとリオンの腰を拳でひとつ叩いて仕事へと送り出すのだった。
年が改まったその日の午後、仕事を終えた連絡を受けたウーヴェがスパイダーでリオンを迎えに行き、疲労困憊しているが精神的には満足げな恋人をキスで出迎えて実家に戻るが、翌日の休暇争奪戦に見事勝利を果たしたから明日は休みだと大欠伸混じりに教えられて苦笑する。
「じゃあ今日は戻って少し眠れ。食事の時に起こしてやる」
「うん、楽しみにしてる」
それが終われば父がお前を相手に色々何かをするようだとも告げるが、それに対する返事が無く、ちらりと視線を助手席に投げ掛けると恐るべき速さで眠りに落ちたリオンを発見してしまう。
昨夜は自分の家族は甘やかすことに全力を注いでいると笑われたが、リオンを甘えさせることにかけては右に出るものがいないと幼馴染みにいつもからかわれるウーヴェだから、かけていたカーラジオのボリュームを絞り、周囲の雪と同化しそうなキャレラホワイトのスパイダーを慎重に走らせるのだった。
そしてその日の午後遅く、睡眠を満足するまで貪ったリオンがウーヴェが起こすよりも先に起き出して来た為、夕食までの短い時間にシャワーを浴びて無精髭を剃って身嗜みを整えた後、豪華な料理が並ぶ食卓に目を輝かせてしまうのだった。
例年ならば二人きりの年明けを迎えるのだが、今年はウーヴェの実家で家族勢揃いで迎える事になり、この年以降は新年を迎えるその日はこの屋敷にリオンも一緒に集まって年越しのパーティや打ち上げ花火に盛り上がるのだった。
2014.01.01
Herzlichen Gluckwunsch zum Neuen!und Seien Sie mir auch in diesem Jahr gewogen!
新年、明けましておめでとうございます。そして、今年もよろしくお願いします。


