Ein alltaegliche Geschichte-2-

Über das glückliche Leben(UGL) -Lion & Uwe -

 暖炉の炎と光が心身に温かさをもたらすようになってきた秋の夕暮れ時、午後から休診だった為、大量に図書館から借りて来た本を読んでしまおうとリビングのソファに本を置いて読書に没頭していた。
 ウーヴェが本の世界に入り込むとそう容易くは現代に戻って来ることがなく、その為彼を良く知る人達はなかなか苦労を強いられてきているのだが、その苦労をもっとも身近でもっとも強烈に体感しているのが、同じソファのカウチ部分に寝そべってテレビを見ていたリオンだった。
 ウーヴェが本の虫となって世界を満喫していることについてリオンは何も言うことはなかったが、何度呼びかけても返事も無ければ反応もない程の集中力には呆れを通り越して感心する域にまで達していた。
 だから今もまたいつものように感心しつつテレビを見ていたのだが、その時、ソファの横に置いた小さなテーブルから電話の着信を告げる音が響き、寝そべっていたカウチから起き上がったリオンがウーヴェに呼びかける。
 「オーヴェ、電話鳴ってる」
 その言葉に当然ながら返事は無く、電話鳴ってるぞー、電話ーとリオンが胡座を掻いて両足首を掴みながら暢気な声を挙げ続けてようやく返ってきたのが、うるさいの一言だった。
 さすがにその言葉にカチンときたリオンが片頬を膨らませながら立ち上がり、わざわざウーヴェの身体を跨ぐようにして四つん這いになって電話を取り上げて耳に宛がう。
 「ハロ、ただいまこの家の主は本の世界を旅していまーす」
 だから取り次ぐことは出来ません、そう言い放ったリオンの耳に流れ込んできたのは呆れた様な溜息と今日はもう帰っていたのかという疑問の声だった。
 「ん?ベルトラン?ああ、今日は昼から休みだったから家でごろごろしてた」
 『そうか。で、お前の愛してやまない恋人は本の旅に出ているって?』
 「んー、そう。これはなかなか帰って来ねぇと思うなぁ」
 本を読んでいるウーヴェの腿の上に腹這いになりながらぶつぶつと文句を垂れるリオンに電話の主であるベルトランが苦笑するが、もう少ししたら料理を持って行ってやると教えてくれた為、リオンがあり得ない勢いで立ち上がってウーヴェが手にした本を己の頭で吹き飛ばすことに成功する。
 「!?」
 「マジで!?何を持って来てくれるんだ、ベルトラン!?」
 どうせ料理を持って来てくれるのならばチーズが良い、チーズとチーズとチーズにしてくれと、己の大好物を連呼するリオンだが、己のすぐ傍から漂ってくる氷河期の気配には全く気付くことは無く、ベルトランがラクレット用のチーズが余っていること、パンは適当に用意をしろ、にんじんのサラダも持って行ってやると返した為に口笛を吹くが、その口笛は背後から忍び寄ってきた氷河期の風に曝されてリオンの口元で凍り付いてしまう。
 「そんなにチーズが好きならチーズを作っている農家に住み込みで働いてくればどうだ?」
 趣味と実益を兼ねた立派な良い職場だろうと、氷点下ぎりぎりの低い温度の声にリオンの身体がびくりと竦み、恐る恐る振り返ったリオンの視界にはそれはそれは綺麗な笑みを浮かべた、結婚を控えた永遠の恋人であるウーヴェがいた。
 「お、オーヴェ……?」
 「どうした?」
 「や、あのさ、ベルトランがメシ持って来てくれるって……」
 「ふぅん、そうか」
 じゃあその食事を終えたら農家に働きに行って来ればどうだと、満面の笑みで掌をドアに向けたウーヴェにリオンが両頬を膨らませて憤懣の表情を浮かべると、さすがにウーヴェも何かに気付いたのか咳払いをしてリオンの手から受話器を取り上げる。
 「バート、料理を持って来てくれるのか?」
 『おぉ?何だ、随分早く旅行から帰ってきたんだな』
 「うるさい。で、持って来てくれるのか?」
 ウーヴェがぞんざいな言葉を使う相手は限られていて、またそんな言葉を聞いたことがある人達も限られているが、その数少ない相手であるリオンは今はすっかり機嫌を損ねて背中を向けてしまっている為、受話器に絶句の溜息を伝えてくる幼馴染みに料理を持って来てくれるのならば有り難く貰うから家に着いたら連絡をくれと伝えて相手の返事を聞くまでもなく通話を終えると、役目を終えた受話器をソファに投げ出して目の前にある丸まった広い背中に苦笑する。
 「リーオ」
 「……………………」
 完全に機嫌を損ねていることを背中で示す恋人に苦笑を深めたウーヴェは、一つ咳払いをして肩が微かに揺れたことに目を細めると、丸められているが広い背中に身を寄せて背後から腕を回して抱きしめる。
 「……昨日新しいクリームチーズを試食してみたんだ」
 今まで食べた事がない程美味しかったから、お前の好きな生ハムとクリームチーズをブルスケッタにして食べないかと囁くと、ウーヴェの腕の中の身体が葛藤に揺れ始める。
 「いつものスーパーでセミドライトマトも買ったから、バートが食事を持って来てくれるまでに食べないか?」
 「……………………オリーブ」
 「グリーンオリーブもあるし、アーティチョークもある」
 だからいつものように笑った顔を見せてくれ、俺の太陽と、ピアスのキャッチに囁きかけたウーヴェは、腕の中で大きな身体が反転したかと思うと、肩に顎が載せられて満足の吐息が一つ零れ落ちたことに嬉しそうに目を細める。
 「オーヴェのイジワル、トイフェル」
 「悪かった」
 あんなことを言うウーヴェなど嫌いだと吐き捨てるリオンだが、嫌いの言葉が消えるよりも早くに本当は大好きだと告げると、ウーヴェの謝罪を受け入れて望まれている笑みを浮かべながら背筋を伸ばす。
 「ベルトランが持って来てくれる料理、楽しみだな」
 「ああ、そうだな。何を持って来てくれると言っていたんだ?」
 お前の機嫌を直す為にすぐに電話を切ってしまったから聞けなかったと苦笑すると、ラクレット用のチーズが余っているらしいし、あまり好きじゃないにんじんのサラダも持って来てくれるらしいとリオンが返しながらウーヴェの腿に寝転がって形の良い顎を見上げる。
 「ラクレットか。どうする?」
 「んー、オーヴェが食べるなら一緒に食う」
 「分かった。じゃあさっきの本を読み終えたいんだ、リオン。構わないか?」
 リオンの悪戯な手が顎を擽り頬のラインを辿って耳朶を摘み、その上にある細いフレームの眼鏡に辿り着く寸前に手首を掴んで動きを止めたウーヴェは、さっきリオンが頭突きをした為に吹っ飛んだ本を読んでしまいたいと申し出ると、青い瞳に剣呑な色が浮かび上がるが、ウーヴェの手を解かせるように腕を振って自由を得ると同時にウーヴェの白とも銀ともつかない前髪を軽く引っ張って顔を引き寄せようとする。
 「────キス、で許してやる」
 だから自分が満足するようなキスをしろと挑発的な顔で笑うリオンにウーヴェも似たり寄ったりの笑みを浮かべると、悪戯ばかりを繰り返す手をもう一度掴んでお望みのキスをする為に上体を屈める。
 「…………っ……」
 息が上がるようなキスではなく、互いの思いを確かめるようなそれを交わし、満足の証の小さな吐息が二人の間に零れるとリオンが起き上がって己の頭が吹き飛ばした本を拾う為にソファの背もたれを跨いでいく。
 その背中に苦笑したウーヴェは、再度己の腿を枕代わりにするリオンの髪に片手を差し入れて柔らかな感触を掌で受け止めることで本の世界に没頭するのを防ぎ、幼馴染みから連絡があってもすぐに分かるようにと意識の半ばをリオンの鼻歌や髪の感触に振り向けるのだった。

 食べてくれる人の笑顔を想像しつつ買い求めたクリームチーズを一口食べ、ウーヴェの想像通りに素直にリオンが笑い、その笑顔を見たウーヴェの顔にも笑みが浮かんだブルスケッタをカッティングボードに載せ、クリームチーズとオリーブ、セミドライトマトのオイル漬けをトレイに載せてリビングのカウチソファに運んだウーヴェは、リオンが胡座を掻いて到着を待ちわびている姿に自然と笑みを深めてしまう。
 さっきは読書をしていた為に思わず冷たい皮肉を言ってしまって傷付けたが、こうして好きなものを一緒に食べることで機嫌が直るのならば手っ取り早いという思いがあったが、それを口にすればきっと本格的に臍を曲げることは容易く理解出来る為に口に出さずにリオンの横に腰を下ろす。
 「そんなに嬉しいのか?」
 だが、その思いを封じたとしてもそれでもこの喜びようが少しおかしくて、拳を口元に宛がいながら問いかけると、胡座を掻いて前後に揺れていた身体が動きを止め、ウーヴェに正対するように向き直る。
 「すげー嬉しい」
 本当に素直な一言にウーヴェとしては呆れるよりは感心とそれを遙かに上回る安堵を感じてしまい、つい手を伸ばしてリオンの伸びてきた前髪を掻き上げて撫で付ける。
 「オーヴェ?」
 「何でもない。食べるんだろう?」
 「オーヴェと一緒に食う」
 リオンの本心がその一言に総て込められているのだが、さすがのウーヴェでもそれを見抜くのは難しかったようで、どうぞ召し上がれと掌を向けるものの、リオンの手は足首から離れることはなかった。
 「食べないのか?」
 「ん?今俺オーヴェと一緒に食うって言ったよな?」
 「うん?そうだな」
 「じゃあオーヴェも食えよ」
 一緒に食べると言うことは食事がある場所に同席することでもあるが、今の場合は二人でこの美味しいブルスケッタやクリームチーズ、ドライトマトを食べて共通の話題やそれぞれが持つ話題で盛り上がることだと上目遣いに見つめられて瞬きをしたウーヴェは、その通りだと苦笑をしてソファから立ち上がる。
 「オーヴェ?」
 「ビールは何にする?」
 「んー、ドゥンケルが良いかな」
 食べる事よりも飲むことを優先しがちな恋人の行動にリオンが唇の両端を持ち上げ、今は何か黒ビールが飲みたいと宣うと、パンはブルスケッタがあるからピルスナーにしないかと声が返ってくる。
 「あー、それも良いかも」
 ウーヴェの提案をあっさりと受け入れたリオンだが、グラスとビールを運んでくるウーヴェを見て更に笑みを深め、隣に腰を下ろしたウーヴェの頬にキスをする。
 「早く食おうぜ、オーヴェ」
 「ああ」
 ソファに並んで座り、二人の間には心と身体を満足させてくれる美味しい食べ物があり、喉を潤してくれるビールもある。
 今まで生きてきた人生を振り返っても、そしてこの先長い時間を二人で過ごし、もしかするとそれ以上に長い時間を思い出と共に生きることになったとしても、決して思い出せない程当然のこの光景だが、つい最近まで喪われていたことをほぼ同時に思い出した二人は、リオンがブルスケッタを手に取ったかと思うとウーヴェの口の前に差し出し、期待を込めて上目遣いで見つめると、辛く苦しい過去を乗り越えた人だけが浮かべられる優しい笑みを浮かべてウーヴェがリオンの手からそれを食べ、嬉しそうな顔でリオンが頷く。
 「美味いか、オーヴェ?」
 「ああ、美味しいな」
 本当に今まで自分は誰と何を食べて生きていたんだろうなと笑い、あの日も告げたがお前のお陰で世界が変わったと目を伏せたウーヴェにリオンが自慢の証の様に笑みを浮かべる。
 自分たちの間で決して喪われてはいけないものの一つで最大のもの、その笑顔が喪われていた時期を何度も乗り越え、またこうして向かい合って笑える幸せを言葉にせずに感謝した二人は、クリームチーズ以外のチーズも食べたいと宣うリオンにもうすぐベルトランが来るからとウーヴェが宥め賺せ、己の言葉通り幼馴染みがやってくるまでの時間を過ごすのだった。

 

 ベルトランが運んできてくれた料理はさすがに文句の付けようがない程美味しくて、それでも食べきれない程の量だった為、にんじんサラダは朝食で、チーズは週末にでもチーズ料理を作ろうと笑い、ベルトランに最大限の感謝の言葉を伝えたリオンとウーヴェは、満足した心のままベッドに入り、部屋の照明ではなくサイドテーブルの柔らかな光の下で一人は読書に、一人は読書をする恋人を観察することに決める。
 ベッドヘッドにクッションを宛ててもたれ掛かるウーヴェの腿に半ば身体を預けて本越しにウーヴェの端正な顔を見上げていたリオンだが、ぼんやりとするのも飽きたのか、リオンの為にとウーヴェが買い求めていたクロスワードを取りだして腹這いになりつつ鉛筆をくるくると回転させる。
 「オーヴェ、次の休みの予定は?」
 「…………そうだな、久しぶりに美術館に行こうと思ってるかな」
 先程とは違い、本を読んでいるウーヴェに語りかけてもちゃんと返事があることにリオンの心が嬉しそうに弾み、興味がないようならカフェでコーヒーでも飲んでいると笑うとウーヴェの手がリオンの頭に載せられる。
 「レモンタルトが美味しいんだよな、あの店」
 「そうなのか?じゃあ今度食べても良いな」
 「うん。リアが作ってくれるのには負けるけどさ、すげー美味しい。マザーにも食わせたいなぁ」
 育ての親であり自分たちをいつも優しく見守ってくれる女性に食べさせたい、その言葉にウーヴェがリオンの頭を撫でて無言でその提案を受け入れてくれた為、リオンもそうしようと頷き、ロクに記入することの無かったクロスワードを閉じる。
 「どうした?もうやらないのか?」
 「んー、もう良いかな」
 ウーヴェの手が気持ちよくて眠くなってきたと欠伸をするリオンに苦笑し、ちょうどキリが良いページだった為に本を閉じたウーヴェは、リオンと同じように横に潜り込んで小さく欠伸をし、今日のブルスケッタが本当に美味しかったと笑うとリオンの青い眼がまん丸に見開かれるが、次いで歓喜に細められる。
 「良かったな、オーヴェ」
 「ああ」
 一時期、味覚だけではなく五感の総てを喪失したような世界に戻りかけていたウーヴェだったが、その世界に身を沈めていてもリオンとの絆を感じて戻って来れたことに感謝をし、明日からもまた美味しく食べられるように笑顔を見せてくれと胸の裡で囁くと、その囁きが聞こえたようにリオンが笑みを深めてウーヴェの額に額を重ねてくる。
 「オーヴェ、オーヴェも笑ってくれよ」
 「…………うん」
 自分だけではない、二人で笑ってこれからも一緒にいたいと、最早何があっても離れる事のない手を今もまた繋ぎつつ笑うリオンにウーヴェも小さく笑って返し、肩にまでコンフォーターと毛布を引っ張り上げる。
 「お休み、リーオ。良い夢を」
 「オーヴェも」
 今日と似ているが確実に違う明日に向かう為に寝ようと囁いて鼻の頭にキスをしたウーヴェにリオンも返し、ベルトランが持って来てくれた料理は本当に美味しかったから今度店に行こうと欠伸をし、そのまま眠りに落ちるのだった。

 

2013/11/04


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