Einzige

Über das glückliche Leben(UGL) -Lion & Uwe -

 春を謳歌した植物たちが夏の花々に衣替えを終えて短い夏を謳歌しはじめた頃、一日の休暇の前半をキングサイズのシーツの波の上で過ごし、休暇時の定番となっているランチを恋人のクリニックで平らげたリオンは、午後の診察の準備に取りかかる二人を尻目に大きな欠伸をし、休診だったらこのカウチソファで寝そべっているのにと呟き、昼前まで寝ていた人間が何を言うとリアが目を吊り上げる。
 「どーしようかなー」
 今日の午後はどのように過ごそうかと嘯くリオンの髪を撫でてホームに戻らないのかと問い掛けたウーヴェは、掌の下の頭がぐりんと動いて青い目が見上げてきた為、どうしたと首を傾げる。
 「ホームに戻ったら寝られねぇ」
 だからまだ寝るつもりなのかとウーヴェが呆れた声を発しようとした時、リオンが奇妙な声を発して美術館に行って来ると宣言したためにリアが目を丸くする。
 「美術館?」
 「そう。……俺が美術館に行ったら変か、リア?」
 「え?いえ、そうではないわ」
 でもまさか美術館という言葉が聞こえてくるとは思わなかったから驚いただけと、心底驚いていることを表すように言い訳する彼女を不満そうに見上げたリオンだったが、ウーヴェがもう一度髪を撫でて頭の天辺にキスをしたことで不満が抜けていく。
 「行きたいと思うのなら行ってくればいい」
 「………うん」
 リアも悪気があって言った訳ではないから許してやってくれと囁くと、リオンの手が上がってウーヴェの首筋に添えられ、何を望んでいるのかを察したウーヴェが薄く開く唇にキスをすると青い瞳が笑みの形になる。
 「美術館で次の展覧会のフライヤーがあれば貰ってきてくれないか?」
 「ん、りょーかい────リア」
 「なに?」
 「美術館のカフェでさ、すげー美味いビスケット食わせてくれるんだけど、持って帰ってくるから作ってくれよ」
 美術館に出向く理由が心を豊かにするためよりも身体の飢えを満たすためだと知ったリアが呆気に取られる横ではウーヴェが小さな溜息を吐くが、なあとリオンがせっつくように問い掛けると彼女の顔にも笑みが浮かぶ。
 「ええ、良いわ」
 あなたがそこまで言うのなら余程美味しいのでしょう。食べてみたいから持って帰ってきてと片目を閉じたリアにリオンも満足そうに頷き、もう一度ウーヴェにキスを強請った後、カウチから立ち上がって伸びをする。
 「じゃあ行ってくるかー。オーヴェ、仕事終わったら連絡ちょうだい」
 その言葉にリオンのジーンズの尻ポケットから無機質な着信音が流れ出し、三人の視線が音の発生源であるリオンの尻へと向けられる。
 「出なくて良いのか?」
 「んー、どうでもイイや」
 「こら」
 仕事で緊急の呼び出しだったらどうするんだとウーヴェが目を吊り上げかけるが、今日は完全休養日だから電話を掛けてきても気力がない為掛かりませんと宣言してあると返され、何だその言い訳はと更に呆れるが、その間中も携帯からは着信音が流れていて、いい加減に出ろとウーヴェが苦笑する。
 「オーヴェもしつこいな。放っておけばいいって」
 「リーオ」
 しつこいよりも何よりも延々と流れ続ける着信音を聞いているのは精神的によろしくないこと、こんなにも長い間呼び出し続けるというのはやはり仕事仲間からではないのかと問いかけても無視を決め込んでしまったリオンにウーヴェがこめかみを引き攣らせ、いい加減に出ろと再度言い放つと同時にローウエストのジーンズを引っ張って注意も引く。
 だがリオンが穿いているジーンズが腰履きのものだった為、ウーヴェのその行為はジーンズのポケットを引っ張ってしまい、注意を引くどころかリオンの尻に注目させてしまうような事態を引き起こしてしまう。
 「!?」
 「きゃー!あにすんだよ、オーヴェっ!!」
 リアが驚きに目を丸くし、リオンがさすがに顔を赤くしてジーンズを引っ張り上げようとする前でウーヴェが深々と溜息を吐き己の行為を詫びようとするのだが、そんなウーヴェがふとリオンの見えている下着にあるものを発見して瞬きを繰り返す。
 「リオン、お前……下着を裏表に穿いていないか?」
 「へ!?あ、ホントだ。やだー、リオンちゃんったら恥ずかしぃ」
 聞いているこちらが恥ずかしくなるような黄色い声を挙げてしなを作るリオンに頭痛を堪える顔で俯いたウーヴェは、とにかく早く履き替えろと言い放つが、すぐ近くで異様な雰囲気を感じ取って我に返る。
 「────!」
 「………そこの男二人、セクハラで訴えても良いのよ?何がリオンちゃんったら恥ずかしぃ、よ。聞いているこっちが恥ずかしいわ」
 どうせ昨夜思う存分ベッドの中でイチャイチャした後に薄暗い中で下着を穿いたか、それとも今朝起き抜けに寝ぼけて穿いたら裏表を間違えていたのだろうと、聞きようによってはそちらの方がセクハラで訴えられるようなことを言い放ち、何でも良いから裏写りしているテディベアをさっさとジーンズの中に閉じ込めろと目を据えたリアに顎で指示をされてそそくさとジーンズをあげたリオンは、オーヴェがジーンズをずらすからリアに怒られたと涙目になり、ウーヴェはウーヴェでお前がさっさと携帯に出ないから悪いんだと互いに責任を押しつけ合う。
 「美術館のカフェって確かテイクアウトも出来るのよね────私、レモンタルトを沢山食べたいわ」
 その一言を笑顔で告げられてしまうと男達は逆らえる筈もなく、何度も頷くリオンにウーヴェが溜息を吐いてひとつ頷くと、たった今アクシデントで見てしまった裏返しのテディベアのことは綺麗さっぱり忘れてしまったと頷いてくれた為に胸を撫で下ろし、美術館では眠りこけるんじゃないぞと忠告をし、それでもやはり一時とは言え離れ離れになる前の儀式として互いの手の甲と頬へのキスを交わすと、手を挙げてリオンが出て行く。
 その背中を見送ったウーヴェはリアが仕事モードに気分を切り替えてくれたことに感謝しつつ、午後の診察の準備に取りかかるのだった。

 

 ウーヴェには美術館に行くと伝えたリオンだったが、本当の目的地は美術館ではなく、立派な建物に隣接するカフェだった。
 このカフェを発見したのはウーヴェと一緒にこの美術館を訪れた時だったが、それ以降実は密かに一人でここにやって来ると、その時々の心境から庭がよく見える席でぼんやりと時を過ごしたり、人目を避けたいときは奥まったテーブルでコーヒーを飲んだりしていたのだ。
 休日が重なれば二人で出かけることが多いが、こうしてどちらかだけが休日だった場合は当然別行動になってしまう。
 以前のリオンならば一人で過ごす休日など想像できず、またそんなことが耐えられるはずもなく、携帯に登録している友人や知人、はたまた遊び友達に片っ端から連絡を取り、一日をともに過ごしてくれる、もしくは数時間だけでも相手をしてくれる人を捜していた。
 だが、昨年の夏に経験した辛く悲しい出来事を二人で乗り越えた今、リオンはあの日告げられた言葉を忘れられず、また疑う必要もないため、こうして今美術館横のカフェで一人のんびりとカフェラテを飲んでいた。
 カフェの店員ともいつしか顔馴染みになり、リオンが今日の気持ちは庭だと告げていつものラテを注文し、庭に出ていつものテーブルに腰を下ろす。
庭を渡る風はすっかりと夏色になっていて、緑を鮮やかなものにしてくれる日差しも心地よく、二人が良く出かける公園ならば上半身どころか丸裸になって芝生に寝転がりたいと思うほどの陽気だったが、さすがに美術館のカフェで裸になる訳にはいかず、ティアドロップ型のサングラスを頭に押し上げていると、背後から疑問と確信が混ざった声が聞こえてくる。
 「────リオン?」
 その女性の声に驚いて振り返った先にリオンが発見したのは、胸元が大きく開いたサマーセーターにボディラインがはっきりと出る細身のカラージーンズを穿いた女性で、リオンがぼんやりとその名前を呼ぶと彼女の顔に満面の笑みが浮かび上がる。
 「エマ?」
 「そうよ、久しぶりね!」
 まさかこんな所で会えるなんてと、エマと呼ばれた女性が感激の表情でリオンの前に腰を下ろし、頬杖をついてさっきはどうして電話に出てくれなかったんだと頬を膨らませながら煙草に火をつけた為、リオンが青い目を瞠って掌に拳を打ち付ける。
 「何だ、エマだったのか」
 「そうよ。ずっと鳴らしてたのにどうして出てくれなかったのよ」
 リオンのジーンズをずり下ろすという醜態をウーヴェが晒す切っ掛けになった着信の主が分かり、一体何の用事だと恨みがましい目で見つめると、久しぶりだったし退屈しているから遊びましょうと誘われて瞬きを繰り返す。
 「へ?」
 「へ、じゃないでしょ。今一人なんでしょ?」
 あんたがこんな所に一人でいるなんて信じられないけど、一人でいるのだから暇なんだろう。だからこれから遊ばないかと、リオンに顔を寄せつつ密かな声で囁くエマにパチパチと瞬きをしたリオンだったが、エマの期待の籠もった視線を肩を竦めて遮ると、そんな気持ちにならねぇと笑う。
 「え?」
 「悪ぃ。エマには言って無かったか?」
 遊び友達には話をしたが、ひとりの寂しさを紛らわせる為に誰かと一緒にいる必要はなくなったと答え、意味を察して険しくなるエマの顔に苦笑する。
 こうしてリオンの前で煙草を吸いながら遊ぼうと誘ってくるエマとは刑事になる前からの付き合いで、リオンが初めて女というものを意識したのもエマの姉のラウラが豊満なボディをリオンに触らせ、熱を帯びた顔を抱き寄せて気持ちよくしてあげると囁いたからだが、エマはその姉よりも細身で笑えば小さな八重歯が見え隠れする顔は一瞬幼さも感じさせるが、その顔で彼女が囁くのはベッドの上で一緒に遊ぼうという夜の色香を滲ませた声だった。
 以前ならば休日に一人きりになりたくないという理由でエマの誘いに乗っていただろうが、今のリオンには彼女に告げた様に時間潰しであったりその場凌ぎで抱くような女は不要だった。
 だから彼女の誘いに目を伏せて肩を竦めると、太陽と月が描かれているラテのカップを手にする。
 「悪ぃな、エマ。遊びたいのなら他を当たってくれ」
 久しぶりに顔を合わせた友人の誘いを断るような薄情な男とは思わなかったと睨まれてもう一度肩を竦めたリオンは、そこにいるのが濃い化粧をした女ではなく凛とした立ち姿を容易く想像させる匂いと、膝を折ってしまっても恥ずかしくないと思える優しさや強さを持つ永遠の恋人であれば良いのにと呟き、エマの目を吊り上げさせてしまう。
 「まさか本当に、あんたの口からそんな言葉を聞く日が来るなんて…」
 死んだラウラやゾフィーが聞けば目を剥くだろうと笑うエマにリオンも無言で肩を竦め、あいつが気付かせてくれたとだけ返すと彼女が何かに気付いた様に目を瞠る。
 「ゾフィーが俺に教えてくれたんだよ」
 去年の夏、ゾフィーが命を賭けて教えてくれたのは、もう自分たちは一人ではない、たとえ何処に行ったとしても帰る場所がある安心感だった。
 その教えを形にしたのが今の恋人だと、ひっそりとだが自慢する顔で告げ、今こうしてここでお茶をしている時も、互いの仕事の都合で離れ離れにならなければならない夜でさえもお前は独りではないと言葉と態度で教えてくれる人が傍にいるんだと目を伏せたリオンは、己でも不思議な程その言葉を素直に受け入れ、まるで金科玉条のように己の最上に置くようになっていた。
 「………そ、うなの…」
 「ああ」
 今まで付き合ってきた彼女達の誰もがこんな思いを抱かせてくれなかったこと、真実の愛や永遠の愛など陳腐なものだと思っていたが、本物を手に入れた時に初めてそれを実感したとも答えると、エマが最早何を言ってもリオンは以前のように明るく我が儘で手が掛かるがそれでも愛していた男には戻らないと気付き、頬杖を吐いて寂しそうに笑みを浮かべ、一瞬で表情を切り替える。
 「あーあ。あんたはずーっと前のままだって思ってたけど、人って変わるのね」
 「何だよ、それ」
 「ラウラもゾフィーもあんたが変わって喜んでるわよ、きっと」
 今は亡き二人だが、きっと天国から見守ってくれていると笑って煙草を揉み消したエマは、本当に残念だが、道ですれ違っても無視なんてしないでちょうだいと笑い、リオンの顔に太い笑みを浮かべさせる。
 「いくらあんたの恋人が嫉妬深かったりしても、道で会った時に無視なんて絶対止めてよ」
 「分かってるって」
 今の恋人はそんなに嫉妬深いヤツではないと笑い、顔を寄せるエマの頬にキスをしたリオンは、チャオと手を挙げて立ち上がる彼女を見送る。
過去の己が必要としたその時その時限りの彼女達は、当然ながらその時にだけリオンを助けてくれていた。
 だが、そんな彼女達は日々の暮らしや仕事に追われていたり一緒にいる時でさえも常に感じていた孤独を癒す存在にはなり得なかったことに僅かに罪悪感を抱くが、今の己は一人であっても孤独ではないことを教えてくれる存在が常に傍にいることを思い出し、幸せだなとぽつりと呟く。
 過去の己の所業を精算するにはまだまだ痛い目に遭うかも知れないが、己が歩んできた道が帰結する先での痛みならば逃げ出す訳にも行かなかった。
その痛みは甘んじて受けようと頷くと、周囲から好奇の目で見つめられている事に気付き、そちらに顔を向けてにこにこと笑みを浮かべれば、相手がさっと視線を逸らす。
 本当ならばもっとゆっくりとラテを楽しんでビスケットも貰って帰るつもりだったが、いつまでもここにいれば噂好きな人々に話題を提供してしまうと気付き、ラテを半分以上残して席を立ち、カウンターの中で様子を見守っていた店員にレモンタルトを一台持ち帰ることを伝えてボックスに詰めて貰い、また今度来る事を伝えて店を出るのだった。

 仕事を終えたウーヴェが頼まれていた通りにリオンに電話を掛けた時、ウーヴェが想像していた場所とは違う場所にリオンがいたため、軽く驚いてしまう。
 午後の休診の前にクリニックを出て行ったリオンは、美術館のカフェからきっと孤児院に戻ってマザー・カタリーナらの手伝いをしていたと思っていたのだ。
 だが声の向こうから伝わってくるのは静かな気配で、孤児院ではなかなか経験できない静けさの中にリオンがいる事を察する。
 『オーヴェ?』
 「あ、ああ、何でもない。今終わったがどうする?」
 今日は食事の用意が何もないからゲートルートに行くか他の店に行く必要があると伝え、伝わり掛けた驚きを何とか押し殺すと、ピッツァのデリバリを頼もうと返される。
 「ピッツァ?」
 『うん。デリバリで良いからさ、ピッツァにしようぜ、オーヴェ』
 リオンと付き合いだしてからウーヴェは自宅周辺のレストランや店でデリバリを依頼できる店を探し、発見した時には二人で注文をして店の味について批評を交わし合っていた。
 だからいつも頼むピッツァの店を想像し、そこで良いのなら帰ってから注文しようかと笑うと、今日は俺が家にいるから晩飯の用意をすると返されて今度こそ絶句してしまう。
 今まで付き合ってきた中でリオンが自ら進んで食事の用意をすると口にしたことはなく、驚きのあまり沈黙してしまうとリオンが不審そうな声で問いかけてくる。
 『オーヴェ、俺が用意するって言ったから驚いてんだろ?』
 その声は不機嫌さよりも驚かせてやった楽しさが滲んでいて、顔は見えないが本心も同じ所にあると察したウーヴェがにやりと笑みを浮かべ、明日は槍でも降るんじゃないのかと告げると、途端に不満の声が携帯を通して届けられる。
 『むー。そんなことを言うオーヴェなんかキライだっ』
 その声もいつも一緒にいる時に聞いているものだった為、冗談だと告げるとこれまたいつものように笑えない冗談は禁止と怒鳴られ、はいはいと適当にあしらうと急に声のトーンが変化をしウーヴェが眉を寄せると小さな小さな声が聞こえてくる。
 『…早く帰ってこいよ』
 「ああ。すぐに帰る。だから待っていてくれ、リーオ」
 電話で声を聞いているのも良いが、やはり話をする時には顔を見て間近で温もりを感じながらが良いと頷いたウーヴェは、すぐに帰るから待っていてくれと再度伝え、今日はあっちのバスタブに湯を張ったことも教えられてとくんと胸をひとつ跳ねさせる。
 「分かった」
 『じゃあオーヴェ、気をつけて帰って来いよ』
 「ああ」
 最大限気をつけつつ最速で帰ると伝えて通話を終えたウーヴェは、クリニックの戸締まりなどを確かめると、両開きの重厚なドアを閉めてセキュリティを確かめると、階段を使って地下駐車場に停めてあるスパイダーの元まで駆け下りるのだった。

 

 映画や料理番組の収録が出来そうな立派なキッチンの片隅に小さなテーブルを置き、壁に一方を接しその反対側に椅子を並べた質素すぎるダイニングテーブルに、リオンが注文した-為にモッツァレラチーズとトマトのピッツァに何故かトッピングでチーズが大量に載っていた-ものと、デザート系も食べたかったとの言葉通り、ピッツァの生地にチーズを敷き詰めその上にハチミツを掛けたものが並び、その横には申し訳程度のにんじんサラダとコールスローが並べられていた。
 帰宅したウーヴェを僅かに尖った唇とそれでも嬉しいと言いたげな顔で出迎えたリオンは、いつもならばただいまのキスをするのに今日はお帰りのキスだと笑ってウーヴェの腰に腕を回し、半日ぶりに感じる体温に小さな吐息を零していた。
 テーブルに並ぶピッツァとサラダ、そしてリオンが冷蔵庫から取りだしたビールを目にしたウーヴェが感心したように頷くと、誉められた事が嬉しい子どもの顔でリオンが頷いて椅子を引く。
 そうして始まる二人のささやかな夕食だったが、こうして二人肩を並べて食事をする時、いつの頃からか暗黙の了解として一日の予定や今日あった出来事を話し合うようになっていて、今日もまたウーヴェが溜息混じりに厄介な患者が来る事になった、だがそれでも自分を頼ってきてくれるのだから誠実に対応するだけだと肩を竦めると、リオンがピッツァを自分好みの大きさに切り分けながら口笛を吹き、訝るウーヴェの頬にキスをする。
 「オーヴェなら大丈夫だって」
 どんな患者が来たとしても大丈夫だと太鼓判を押し、今度はウーヴェの為に切り分けて皿に載せると、いつものようにウーヴェが掌を向けて合図を送ってくれるのを待つ。
 「どうぞ召し上がれ」
 「ダンケ!」
 孤児院にいる時は誰がどれ程口を酸っぱくして注意しても食前の祈りをしなかったリオンだが、ウーヴェと一緒に食卓に着くようになってからは何故か合図を待つようになっていた。
 心境の変化だと一言で終わらせるリオンにウーヴェも何も言わずに合図のように掌を向け、自らもそんなリオンと肩を並べて食べ始めるが、モッツァレラチーズとトマトのピッツァを頬張っていた時、リオンが呟いた言葉に思わず喉を詰めそうになる。
 「今日さ、エマっていうセフレに久しぶりに会った」
 「!?」
 ウーヴェの喉が奇妙な音を立て、次いで苦しそうに咳き込んだ為リオンがその背中を撫でながら何を慌ててるんだと呆れた様な声でウーヴェを見ると、見られた方は目尻に涙を浮かべながら誰でもそんな事をいきなり言われたら喉を詰めると反論する。
 「そっか?」
 「当たり前だ…!」
 セフレ、つまりは大人の遊び友達がいたことは理解していたし仕方がない事だと思っていたが、本人の口から開けっぴろげに告白されるとやはり面白い気持ちになるはずもなく、涙を手の甲で拭いたウーヴェがじろりとリオンを睨む。
 「まさかとは思うが、昼の電話はその彼女からだったのか?」
 「ビンゴ。さすがはオーヴェ、勘が良いな」
 でも俺がそれを知ったのは美術館のカフェで偶然出会い本人から文句を言われた時だと肩を竦めたリオンは、久しぶりに会った後に遊ぼうと誘われたことも告げて何食わぬ顔でピッツァを頬張ると、その横顔にウーヴェが視線を突き刺してくる。
 「ちょっと話をしてもう遊びたくねぇって言ったら納得してくれた。それだけだって」
 「ふぅん」
 「あー、信じてねぇな、オーヴェ!」
 どうして信じてくれないんだと声を大きくするリオンに冷めた横顔を見せたウーヴェは、本当に話をしただけだと言い募られて根負けしたように横目で見つめつつ本当かと呟くと、リオンの頬がピッツァ以外のものの為に膨らむ。
 「むー。……あ、これを見りゃあ信じてくれるよな、オーヴェ」
 「?」
 世紀の大発見だと言いたげな顔で立ち上がり、訝るウーヴェの前でいきなりジーンズをずり下ろしたリオンは、まだテディベアは裏返ったままだと胸を張る。
 その、一瞬どのように反応すればいいのか分からなくなる証明方法に呆気に取られるが、次いでこみ上げてくる笑いを堪えられず、拳で口元を覆い隠してくすくすと笑い出す。
 「オーヴェ?」
 「………面倒くさがりのお前のことだ、下着を脱ぐようなことにならない限りわざわざ履き替えたりはしない、か?」
 「そう!さすがはオーヴェ、良く分かってる」
 裏表を間違えて穿いていた下着だが、昼に指摘してからもまだ裏返ったままだと笑うリオンに苦笑したウーヴェは、早くジーンズを穿けと告げてビールを飲む。
 「な、これでパンツを脱ぐようなことはしてねぇって分かってくれたか?」
 「ああ、分かった」
 とんでもない証明方法だがリオンの場合は的確だったと苦笑し、コールスローを一口食べようとしたウーヴェの手をリオンが掴んでそのまま口元に引き寄せたかと思うと、大きく口を開けて苦手なはずのサラダをウーヴェよりも先に頬張る。
 「…うまい」
 「もっと食べればどうだ?」
 「んー、オーヴェが食わせてくれるのなら野菜を食っても良いかな」
 「バカ」
 他愛もない日常の会話を繰り広げ、ピッツァとサラダを総てきれいに平らげたリオンは、ウーヴェも満足そうな顔で頷いたのに目を細め、小さな声でウーヴェを呼ぶ。
 「どうした?」
 「うん………マジでさ、セフレなんて必要ねぇって思った」
 それは今からほぼ一年前にお前がもう一人ではないと教えてくれた事、仕事で疲れても楽しい心のままであっても帰ってくる場所を俺の為に用意してくれたこと、離れていてもいつもお前の心を感じられるからだと、悲しい事件の後に二人でずっと一緒にいる約束の証として買い求めたリングを撫でながら訥々と告げたリオンの頬をウーヴェの手が無言で包み、顔を上げてリオンが破顔一笑する。
 「エマにも言ったけど、本物を手にすると偽物なんて必要無くなるんだな」
 偽物ならば数が多くあればいいと思っていた己の考えも変えてくれたお前には本当に感謝していると囁くと、額に優しいキスが降ってくる。
 「オーヴェ…ダンケ」
 「ああ」
 あの日、あの夜に一緒に家に帰ろうと手を差し伸べてくれたお前が本当に大好きだとも告げてウーヴェの唇にキスをすると、何かを期待させるキスが唇に返される。
 「……デザートはどうする?」
 「んー、今日はいらねぇ」
 いつもならばデザートがどうこうと騒ぎ出すリオンだが、今夜はデザートが要らない代わりにいつも以上にウーヴェの傍にいたいと伏し目がちに囁き、己の願いを聞き入れてくれる優しい恋人の掌で頬を撫でられて目を細める。
 「あっちのバスタブに湯を張ったんだったな?」
 「うん、そう」
 だから一緒に入ろうと笑いかけて同じような笑みを浮かべながら頷かれ、照れたように頭に手を宛がったリオンは、とにかくここを片付けてからだとウーヴェが宣言した為に面倒くさそうな顔で立ち上がり、二人でてきぱきと片付けをしてしまうのだった。

 オーヴェと熱の籠もった声で名を呼んだリオンが己の膝と両手で崩れ落ちそうになる身体を支えると、ウーヴェが汗ばむ背中に胸を重ねながらくすんだ金髪の中に見え隠れする耳に口を寄せてどうしたと問い返す。
 「……ん…、気持ち、イイ…」
 自分が得ている快感を素直に口に出したリオンにウーヴェが苦笑し、本当に素直だなと笑うと不満そうな吐息がひとつこぼれ落ちる。
 「オーヴェが…素直じゃねぇんだ…ッァ…!」
 気持ち良いのだから気持ち良いと言って何が悪い、そんな不満をぶつけようとしている事を察したウーヴェが軽く腰を押しつけると、肌と同じで汗ばむ髪が上下に揺れ、ウーヴェの肩に後頭部を擦り付けるように左右にも揺れる。
 「なぁ、リーオ」
 「……ん…?」
 リオンの手に手を重ね、汗ばむ首筋に口を寄せてウーヴェが名を呼ぶと快感に赤く染まる顔が振り返り、何だと視線で先を促してくる。
 「……今まで付き合ってきた彼女達やセフレ達にも同じように言ってきたのか?」
 過去の女性達にも今のような素直な態度を見せていたのかと、答えを知っている癖に意地の悪い質問をした途端、リオンの手に重ねていた手を取られたかと思うと薬指に光るリングに軽く歯を立てたのか金属の擦れる音が小さく響く。
 「………んなこと…聞かなくても分かって…んだろ…?」
 薬指のリングを噛んだりする行為に含まれている意味を正確に把握しているウーヴェが苦笑し、謝罪の意味も込めてリオンの青い石のピアスにキスをする。
 「悪かった」
 少し意地の悪い事を言った反省を耳に囁き、同じ手の同じ指に鈍く光っているリングを撫でたウーヴェは、リオンが己の身体を支えていた手を後ろに向けて伸ばしてきたことに気付き、その手に招き寄せられるように身体を更に密着させると、満足そうな吐息がシーツの上に落ちていく。
 「……オーヴェ……っ」
 「────どうして欲しい?」
 いつもお前が聞いてくれることだが今日は俺が聞こうと笑い、赤く染まる頬にキスをしながら囁きかけたウーヴェにリオンが快感に染まる顔を限界まで振り向けたかと思うと、同じく汗ばんでいるウーヴェの髪の中に手を突っ込み、軽く握りしめて顔の傍へと引き寄せる。
 「今、さ……すげー気持ちイイ……か、ら……」
 もっともっと気持ちよくしてくれと、快感を強請るにしては挑発的な笑みを浮かべて視線だけで先を強請ったリオンにウーヴェも同じく太い笑みを浮かべ、いつものように顔が見たいとも囁く恋人の願いを叶える為にリオンの汗ばむ背中をシーツに沈めて膝を抱えながら身を寄せる。
 「────ッ……ハ……ッ……!」
 初めての夜もそうだったし、それ以降もこうして何度もウーヴェを受け入れているリオンだが、感じるのは強烈な快感だけで挿入される時に感じる痛みを感じることはほぼ無かった。
 だから今も入って来る熱と押し広げられる感覚に自然と息を吐き、ウーヴェの口から小さな吐息が零れたことに気付くと、目の前にある白い肩に手を乗せて同じく汗ばむ身体に身を寄せる。
 こうして互いの身体の隅々まで見せ合い、身体の奥深くで繋がるだけではなく、背中も抱きしめながら感じるのは、いついかなる時であっても己を気遣う恋人の優しい心で、それを感じ取ったから初めての夜は涙が止まらなかったのだと今ならば思えるリオンは、訝るような気配を感じて見下ろすターコイズ色の宝石に目を細める。
 「オーヴェ……っ……」
 「……どうした?」
 「……俺にとって、オーヴェは本物だ。……だ、から……」
 今日の午後エマに話をしたように、本物を手に入れてしまえば偽物がたとえ山ほどあったとしても必要がないと笑い、己にとってウーヴェが本物であるようにウーヴェにとっても本物でありたいと願望を告げると、ウーヴェが驚いたように瞬きを繰り返すが、思わずリオンが見惚れてしまうような笑みを浮かべて名を呼ぶ。
 「リーオ。俺の太陽」
 太陽がこの世に一つしかないように、お前も俺にとっては唯一無二の人であり紛れもない本物だと笑ってリオンの唇にキスをしたウーヴェは、あの夜告げたように自分ですら所有できない俺を持っていてくれと囁かれて驚きに目を見開くが、意味を正確に理解した後に艶然と笑って今度はリオンの目を瞠らせる。
 「当たり前だ……お前は俺のものだ」
 それと同じで俺もお前のものだと囁きキスをしたウーヴェにリオンが満足そうに頷き、だったらもう何も要らないとも囁くと、ウーヴェの腰に足を絡めて身を寄せ合い、後は言葉を必要としない時間に二人揃って身を投じるのだった。

 気怠く汗ばむ身体を己がするよりも丁寧な手付きで拭かれて寝返りを打ったリオンは、手早く身綺麗にしたウーヴェがコンフォーターを持ち上げて横に入って来たことに気付くと今度は逆に寝返りを打ってウーヴェの腰に腕を乗せる。
 さっきまでの嬌態を思い出せば本気で逃げ出したくなるが、そんな気力がまず無いこととウーヴェにならば構わないという思いから実行しなかったリオンだが、それを誉めるようにかウーヴェが額にキスをしてきた為、くすぐったそうに首を竦めて笑みを浮かべる。
 「くすぐってぇ、オーヴェ」
 「……お休み、リーオ」
 今日は休みだったが明日は仕事があるのだ、いつものようにしっかりと働いて街で暮らす人々の安全を守ってくれと、リオンの気力を奮い立たせるような言葉で本心を伝えたウーヴェは、くすぐったいと笑いながらも頷くリオンに笑みを浮かべつつお前は本物だと告げて目を開かせる。
 「オーヴェ?」
 「さっきも言ったが、お前は俺の太陽なんだ」
 ただひとつしかない太陽と同等の存在でありそれ以上の存在でもあると笑い、俺は本物しか必要としないし持たないんだと笑うとリオンが顔中で驚きを表すが、自分とは違う一本筋の通った恋人の言葉を素直に受け入れて頷き、満足そうに顔を寄せる。
 「お休み、オーヴェ」
 明日の朝はとっておきの朝飯が食いたいとリクエストをし、返事の代わりに背中をひとつ叩かれて言いようのない安心感と睡魔を感じたリオンは、額に濡れた感触も感じ取るとそのまま眠りに落ちていくのだった。

 

2013/09/14


Page Top