SWEETS

Über das glückliche Leben(UGL) -Lion & Uwe -

 間もなくイースターを迎える街は日に日に温かさを増していくが、寒の戻りが厳しくなる時もあった。
 そんな冬と春の入り交じった独特の季節のある日、ウーヴェの午後の休日とリオンの休日が上手く重なることになった為、何をしようかと浮かれ気分でリオンが提案をした時、やけに真剣な顔でウーヴェが顎に手を宛がった。
 「オーヴェ?」
 ウーヴェのその表情にレジャーガイドを見ていたリオンの手が止まり、どうしたと声を掛けると、きれいなターコイズ色の双眸がじっと己を見つめてきた為、どきりと鼓動を早めて息を飲む。
 それが、ウーヴェの目がきれいで見惚れていただの、いつ見ても端正な顔でいつでも見ていたいが、真剣な表情を浮かべる顔もまた好物だと思って鼓動を早めたのではなく、己の直近の言動を振り返った時、ウーヴェを怒らせたり呆れさせるような言動を取ったかも知れないことへの危惧からだったのだが、リオンの心配をよそにウーヴェは同じ姿勢のままで溜息を吐き、カウチソファから立ち上がると郵便物を一纏めにしてある箱を片手に戻って来る。
 「何、オーヴェ、ラブレター?」
 「まあ、ある意味ラブレターかも知れないな」
 「へ?」
 何だそれはと訝るリオンに苦笑したウーヴェが差し出したのは不動産会社の名前が書かれた封筒で、中を見ろと促されて身体を起こしたリオンが封筒を受け取る。
 「何だ?」
 「………不動産会社からのラブレターだな」
 ウーヴェの言葉に訝りつつも開封されている封筒を再度開け、事務的な書面であることを報せる書類を開いて目を通すが、最後まで読み終えた時には呆れた様な顔で天井を仰いで書類を放り出す。
 「すげーラブレターが来たなぁ…」
 どうしようか、リオン困っちゃうと戯けた風に呟くと、天井へと向けられていた額が少しだけ冷たい手でぺちりと叩かれる。
 「ぃて」
 「どうしようじゃないだろう、リーオ」
 この書面に書かれているのはまだまだ注意程度だから問題ないが、万が一警告が来た後にはお前の職場の同僚達から事情を聞かれることになるかも知れないとウーヴェが眉を寄せると、リオンの手がひらひらと左右に揺れる。
 「大丈夫大丈夫。俺たちの担当は殺人だから」
 だからこうした些細な事件は取り扱うことは無いと笑うが、再度額を叩かれて顔を戻して片頬を膨らませる。
 「そういう問題じゃないだろう?」
 「…………ぅ」
 ここに書かれている通り、改善が見られない場合は法的手段に訴えると言われているのだからどうするんだと問いながらリオンの横に腰を下ろしたウーヴェは、目の前の顔が膨らんでいることに苦笑し、そんな顔をするなと告げて膨らんだ頬にキスをする。
 「……どうするんだ、オーヴェ?」
 「そうだな…明日の休みを利用してやってしまおうか」
 「うー。せっかくの休みに何で掃除しなきゃならねぇんだよ」
 休みの日には働いてはいけないと法律で決められているだろうと、向き直って居直ったリオンに今度は額を指先で弾いて顔を顰めさせたウーヴェは、それは日曜日の話であって平日の休暇のことではないと言い放ち、家から高圧洗浄機を借りてくるから手っ取り早く済ませようと苦笑を深める。
 「えー……」
 「えーじゃない。それともこの書類通りになっても良いのか?」
 現役の刑事が自宅の窓の汚れを放置していた為に裁判で訴えられたとなれば他の警官に顔向けできないだろうと諭されるが、面倒くさいと言い放ったリオンはクッションを抱え込んで不満げに口を尖らせる。
 「リーオ」
 「……だーってさぁ…」
 「だってじゃない。明日の休みにやってしまおう。良いな」
 「ヤダ」
 リオンの不満を一心に受け止めてくれるクッションだったが、ウーヴェの手によって難なく奪われてしまい、今度は己の足首を掴んで身体を前後に揺さぶり始める。
 それが不満の表れであることに気付いているウーヴェが深く溜息を吐きながらクッションを横に置き、二人で一緒にすればすぐに済むのだからやってしまおうと肩を竦め、上目遣いに見つめてくるリオンの額に小さな音を立ててキスをする。
 不機嫌であっても不満であってもこのキスでいつもならば機嫌を直すはずだが、今日はどうやら徹底して不満を表明するつもりのようで、尖った口はそのままだった。
 こうなってしまえば言葉では動かないこともリオンと付き合いだしてから理解してしまったウーヴェは、もう一度溜息を吐いてリオンの前髪を掻き上げてやりながら目を細める。
 「────イースター限定のチョコでどうだ?」
 その一言にはさすがにリオンの決意も揺らいだようで、心の揺らぎを身体を揺らすことで伝えるが、最後の一歩を踏みとどまったようにウーヴェを睨む。
 「ああ、そうだ。この間美味しいオレンジが手に入ったんだ、リーオ。オレンジの皮にチョコを掛けて食べないか?」
 幼馴染みのベルトラン経由で入手したオレンジを一つ食べたが美味しかった、まだ残っているのでそれでデザートを作ろうと笑うと、頬の膨らみが解消される。
 「オレンジジュースも作って。少し暑かったらアイスを食べようか」
 「……賛成」
 「チョコはビターにするのか?ミルクか?」
 「……ミルク」
 「分かった。ホワイトチョコもあったし、ミルクとビターとホワイトにしようか」
 「賛成」
 その頃にはすっかりリオンの顔もいつもの子どものようなものに戻っていて、胸を撫で下ろしたウーヴェが片目を閉じて人差し指を立てる。
 「頑張ったら夜はゲートルートでチーズフォンデュを食べようか」
 「ジェラートが食いたい!」
 「うん、じゃあゲートルートは止めてリモーネにするか?」
 リモーネ、つまりは二人が良く通っているイタリアンレストランの名前だが、その名前が出た途端、リオンが器用にその場で飛び上がって背筋を伸ばす。
 「パスタ食いてぇな」
 「じゃあリモーネにしようか」
 だからそのお楽しみの為に明日の午後の掃除を頑張れとウーヴェが告げると、渋々と言った顔でリオンが頷くが、念押しをするようにオレンジピールとジュースとアイスも忘れるなと告げた為、もちろん己の前言は守るウーヴェがしっかりと頷く。
 「なぁ、オーヴェ」
 「どうした?」
 「…掃除するのってさ、高圧洗浄機を使うのか?」
 「苦情が出てるのはバルコニー側の窓だけだからな、高圧洗浄機を使えばあっという間だけど、今回はハンディタイプのものを使って掃除をしようか」
 ここの家のバルコニーは大きめのベンチシートを置いてもまだまだ余裕がある広さを誇っていて、そのバルコニーに面した窓を一枚ずつ手洗いするのは面倒すぎる為、ハンディタイプのクリーナーを使ってさっさと済ませようともう一度ウーヴェが笑うと、リオンが楽しみを見いだした子どもの顔で頷く。
 「高圧洗浄機使ってみてぇな」
 「そうだな。今度バルコニーの掃除をする時に使ってみればどうだ?」
 明日はひとまず苦情の原因である窓の掃除だけを済ませてしまおうと笑うウーヴェにリオンがもう一度頷き、一緒に掃除をして美味いものを食おうと笑うと、ウーヴェがリオンの柔らかな髪をくしゃくしゃと掻き乱す。
 「オーヴェ、止めろよっ!」
 子どものように笑うリオンを細めた視界で見つめたウーヴェは、昨年の夏を境に自分にだけ見せる貌が増えたことを思いだし、幼馴染みや大学の悪友達、異性の友人から甘やかしすぎだと指摘されてもついつい甘やかしてしまうことを再確認し、リオンがもしかすると己の母親代わりの女性だけに片鱗を見せていた貌を今見せられていることにホッとしていたのだ。
 この子どもじみた言動もいずれは陰を潜め、以前とは似ているようでまた違ったリオンという男になるのだろうが、それまでの間楽しませて貰おうと笑い、くしゃくしゃにした謝罪だと呟いてもう一度額にキスをするのだった。

 

 コーヒーテーブルには3種類のチョコをコーティングしたオレンジピールとイースター限定のチョコを並べ、カウチソファに寝そべってクロスワードと向かい合っていたウーヴェは、太ももと尻の境目辺りに重みを感じて顔を振り向け、くすんだ金髪が乗っかっているのを発見する。
 「どうした?」
 「クロスワードばっか相手にすんなよ、オーヴェ」
 自分は退屈なのだと訴える恋人に苦笑し、クロスワードを閉じて寝返りを打つと同時に頭の下から抜け出すと、コーヒーテーブル上のオレンジピールを一つ摘んでリオンの顔の前に差し出すと、ぱくりと半分ほど食べられてしまう。
 「美味しいか?」
 「すげー美味い。マジ美味いからさ、また作ってくれよ、オーヴェ」
 「そうだな。部屋の掃除を頑張ったら作ってやっても良いな」
 「えー、何だよ、それ」
 今日の午後のように部屋の掃除を頑張ればそのご褒美にデザートを作ろうかと、にやりと笑みを浮かべるウーヴェにリオンが口を尖らせるが、にたりと青い眼を不気味な形に細めると、勢いよく起き上がってウーヴェの目を丸くさせる。
 「今度も掃除をして欲しいか、オーヴェ?」
 「うん?ああ、そうだな」
 そもそもあの部屋はお前の部屋なのだから、物を出したのなら元の位置に戻せと苦言を呈するウーヴェの口に指を押し当てて封印をしたリオンは、片目を閉じて己の素晴らしい提案を口にすると、眼鏡の下のターコイズが見開かれるが、次いで呆れた様に細められてしまう。
 「何だよ、それ」
 「………どうしてお前がそれを言うんだ?」
 「へ?」
 部屋の掃除をして欲しければキスをしろと何故リオンから言うんだと目を細めるウーヴェにリオンが素っ頓狂な声を発し、何故ってご褒美だろうと問い返す。
 「ご褒美は普通与える方から提案する物じゃないか?」
 「んー、そうだけど、だってオーヴェとキスしてぇんだから仕方ねぇだろ?それにオーヴェもそうじゃねぇのか?」
 何がどう仕方がないのかが全く理解出来ないが、確かにリオンとは何度もキスをしたいとは思っている為、いつものように理路整然とした反論が出来なかったウーヴェだが、このまま沈黙してしまうとリオンの最後の言葉を認めてしまうことになる事に気付いて己の口を封じていた手を掴むと、働き者の掌にキスをしたあと、人差し指の爪に軽く歯を立てる。
 「………っ…」
 「じゃあキスをするから、掃除をしっかりするんだな?」
 今回のように不動産業者からラブレターを貰わないようにするんだなと念を押すと、暫く考え込むように青い眼が左右に揺れるが、ぴたりと真正面で止まると力強く善処すると宣言する。
 「善処する、なのか?」
 「そう!俺としても窓をきれいにしたいけど、仕事で忙しかったりオーヴェと一緒にいて忙しかったりすると無理だからな」
 「そんな事を自慢気に言うな」
 「ぃて」
 二人一緒にいるのが忙しい為に窓の掃除が疎かになるなどと胸を張るなと目を細めたウーヴェは、自慢気に口角を上げるリオンの額を指先で弾くと、次いで手の甲を口元に引き寄せて口付ける。
 何だかんだと文句を言いながらも動く時にはしっかりと動くこの手が愛おしくて、合図を送って指を曲げさせてもう一度キスをし、先程噛んだ爪を今度はマッサージをするように撫でる。
 「…気持ち良いな、オーヴェ」
 「そうか?」
 「そう!キスにこれも付け加えてくれたら…最善の努力を尽くします!」
 その物言いが面白くて小さく吹き出したウーヴェにリオンが片目を閉じるが、このまま爪のマッサージを続けてくれと上目遣いで懇願すると、仕方がないと言いたげな目で見つめられるもののその手が止まる事はなく、一本ずつ丁寧にマッサージを施してくれる。
 「オレンジピールも美味いし、チョコも買って貰えるし、こうしてマッサージとキスもしてくれるなんてさ、マジ最高」
 リオンが並べ立てる言葉を聞いて自分は一体どれ程この恋人に対して甘いのかと振り返ったウーヴェは、振り返った先で幼馴染みが呆れた顔で甘すぎると叫んでいることに気付いて苦笑する。
 自分でもここまで甘やかすことになるとは思わなかったが、以前の計算ずくとは違い、無意識に甘えてくるようになったリオンの変化が嬉しかったことと、今のところ目に余るような甘え方はしてこない為、もう少し甘えさせてやろうと決めていたのだ。
 だから何の問題もないと胸の裡で断言したウーヴェだが、甘えるのは良いが調子に乗るのはあまり許せないことを教えるように目を光らせる。
 「じゃあ約束だぞ、リーオ」
 すべての指のマッサージを終えてリオンが大好きなきれいな笑みを浮かべたウーヴェにリオンも大きく頷き、テーブルの上からオレンジピールをもう一本手に取ると、今度はリオンがウーヴェの口の前にそれを差し出した為、遠慮する素振りも見せずに食べる。
 初めて作ったにしては見栄えも良く出来上がったそれは、リオンが言うように確かに美味しかった為、また今度オレンジが手に入れば作ろうと笑って残りをリオンに食べさせると、リオンが身体を起こして大きく伸びをする。
 「オーヴェ、今日はどーする?」
 その言葉が意味するものを咄嗟には理解出来なかったが、リオンの青い眼が少し泳いでいることに気付いて唇の端を持ち上げるが、視線が重なるとリオンの唇に太い笑みが浮かぶ。
 「もう一つ、ご褒美が欲しいんだけどな、オーヴェ」
 「お前は本当にワガママだな」
 「カワイイもんじゃねぇか。それに────」
 こんな俺も好きなんだろうと囁かれ、素直に思いを伝えるのではなく、あちらのバスルームに新しいボディソープを買っておいたと伝えると、リオンの笑みが深くなる。
 「背中洗って欲しいなぁ」
 「調子に乗るな」
 ついでにではないが一緒にシャワーを浴びて身体を洗い合おうと誘うリオンの鼻をぎゅっと摘んで笑みを浮かべたウーヴェにリオンが舌を出すが、誘いを断られることはないと理解している為か、鼻を摘んだウーヴェの手をぺろりと舐める。
 「────先に入っているか?」
 「んー、そうする」
 ベッドルームの準備や着替えを取ってくると告げて立ち上がり、くすんだ金髪にキスをしたウーヴェがリビングを出て行くのを見送ったリオンは、初めて作った割には本当に美味しいオレンジピールをもう一本口に咥えて立ち上がり、リビングの明かりを消して廊下側のバスルームに向かうのだった。

 熱の交歓が終わり、心地よい気怠さに包まれながら寝返りを打ったリオンがそのまま腕をウーヴェの腰に載せて身体を寄せると、少し汗ばんでいる柔らかな髪に苦笑と共に手が触れる。
 「……な、オーヴェ」
 「何だ?」
 呼びかけつつウーヴェの身体を両手で跨いで見下ろしたリオンに少し眠そうな声が返事をすると、気持ちよかったかと問われてターコイズ色の双眸が見開かれる。
 「……お前はどうだったんだ?」
 「俺?────最高のご褒美を貰ったって感じ?」
 にやりと笑って額に額をぶつけてくるリオンの腰にしっかりと腕を回したウーヴェは、最高のご褒美といって笑うリオンに笑みがこみ上げてきた為、小さく掛け声を掛けて体勢を入れ替えると、驚く蒼い瞳を見下ろしてにやりと笑う。
 「それは良かった」
 「マジ最高。俺が抱くのも良いけどさ、オーヴェに抱かれるってのも最高」
 ただしお前限定だと笑う恋人の鼻先にキスをし、褒美を受け取ったのならば大人しく寝ろと笑うウーヴェにリオンが不満げに口を尖らせる。
 「もうちょっと話しようぜ、オーヴェ」
 ピロートークも出来ないようでは嫌われるぞと睨まれるが、お前が嫌いにならないのであれば全く問題は無いとぬけぬけと言い放ち、俺の恋人は男前だと笑われて鼻の頭をすりあわせる。
 「リーオ」
 「仕方ねぇなぁ…。ま、いっか」
 本当はもっと話をしたかったが、誰かさんが散々焦らしてくれたお陰で自分も疲れていると笑ってウーヴェの背中に抱きつくと、薄い腹の前で手を組んで欠伸をする。
 「……オーヴェ、今日は美味いデザートありがとうな」
 「ああ」
 本当に自分には甘く優しくしてくれるウーヴェに眠気混じりの声で感謝の言葉を伝えたリオンは、お休みと呟いて目を閉じるが、手の甲を撫でてくれる温もりにあっという間に眠りに落ちてしまうのだった。

 

2013/03/25


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