クリスマスイブを控えたその日は朝から雪がちらつく一日で、街を行き交う人々は降る雪に顔を顰めつつも己の道を歩いていた。
そんな人達をアパートの二重窓から見下ろしているのは、降る雪と同じ白い髪と銀の細いフレームの下でターコイズ色の虹彩を穏やかに細めている青年、ウーヴェ・フェリクス・バルツァーだった。
上下そろいのスーツにネクタイではなく、まだ先の春を思い起こさせるアスコットタイを結び、手には携帯を持って窓枠に尻を乗せて身を捻るように地上を見ていたが、手に持った携帯が着信音を小さくならした為、二度ほど瞬きをして携帯を耳に宛がい、電話の相手が幼馴染みであることに溜息を零してどうしたと問いかけると陽気な声がイブの予約の確認だと返してくる。
「……ああ、時間は7時、いつもの席で大丈夫か?」
電話の相手で彼の幼馴染みであるベルトラン・デュバルは彼より三ヶ月ほど先に人生を歩み始めたのだが、互いにほ乳瓶を咥えていた頃からの付き合いで相手に対する遠慮などは彼の実家で二人転がりながら遊んでいた時に置き忘れてきていた為、いつもの席が少し難しくなったからお前の席はどうだと問われ、思わず眉間に皺を寄せてしまう。
ベルトランが経営しているレストランはこの街でも名の通った店で、歴史こそまだまだ浅いが味や店の雰囲気では歴史ある店にも引けを取らない程のもので、最近では予約を入れることもなかなか難しくなってきていた。
幼馴染みの店が人気店に成長し、街に暮らす人々から受け入れられるだけではなく海外の旅行雑誌などにも時折掲載されるようになった事は本当に喜ばしいことだったが、以前のようにふらっと店に入っては好きなだけ時間を潰してゆっくりと食事と酒と友との会話に花を咲かせることが出来なくなっていた。
それだけは本当に残念だと思いつつ、あの席は出来れば一人の時だけに利用したいとぽつりと呟くと沈黙と溜息が伝わってくるが、時間を少し遅らせることは可能かと問われ、それならば問題は無いと返すと安堵の空気も伝わってくる。
「厄介な客でも入ったのか?」
『いや、そうじゃない…キングも一緒なのに料理を出す時間が掛かってしまえば機嫌が悪くなるだろう?』
「ああ…確かにそうかも知れないな」
キングと幼馴染みから呼ばれる己の恋人の顔を脳裏に描いた彼は、確かに料理の待ち時間が長くなれば不機嫌になりかねない顔も思い出すと、拳を口元に宛がって小さく笑ってしまう。
『どうした?』
「いや…何かと気を遣わせてしまうな、ベルトラン」
『お前一人でも機嫌を損ねると手間なのに、キングにまで拗ねられたらお手上げだ』
「どういう意味だ、それは」
『うん?そのままの意味だぜ』
恋人は確かに一度機嫌のボタンを掛け間違えてしまえば元に戻すのはなかなかの手間が掛かるが、己はそうではないと心外だと口を尖らせる彼に電話の向こうの青年が陽気な声で素直に認めろよと言い放ち、彼の眉間にくっきりと皺が刻まれる。
「…忙しいから切るぞ」
『この間の約束、ちゃんとイブに果たすつもりだから、二人揃って店に来いよ』
「ああ」
先日、毎年の行事でクランプスという怪物の扮装をしたベルトランが彼のクリニックに顔を出したことがあり、その時の騒動を思い出すだけでも羞恥に顔が熱くなりそうだったが、騒動に責任を取らせる形で彼は幼馴染みと己の恋人にそれぞれワインや酒が美味くなるチーズや好物のリンゴのタルトを食べさせろと注文していたのだ。
その約束を果たす為にも必ずイブに二人揃って来いと念押しをされ、分かったとこの時ばかりは真剣な声で返し、忙しいから店に戻ると告げた幼馴染みが通話を終えると携帯をポケットに戻し、腕を組んで肘を掴みながら窓の外を白く染める雪を目で追いかけるが、陽気な映画音楽が流れ出した為、再び瞬きをして携帯を取り出すと表情は先程よりも穏やかさが増し、そこに別の色も混ざっているようだった。
「Ja」
『ハロ、オーヴェ』
耳に流れ込むいつもの言葉と今朝もこうして電話越しに聞いた声に目を細め、お疲れ様と返すと疲れが滲んだような溜息が聞こえてきて、恋人の疲労感も伝わってくるようでその体調を気遣う声を掛けると、疲れと歓喜が混ざり合った複雑な声が疲れたと力なく宣ってくる。
「本当にお疲れ様、リオン」
『うん、疲れた……オーヴェはもう終わったのか?』
「ああ。今日は俺も少しだけ疲れた」
今日の診察は何故か初診が多く、クリスマスを控えたこの時期に精神科医に診察して貰う必要のある人々を思えば心が塞ぎがちになってしまうと苦笑すると、少しだけ沈黙が流れるが程なくして恋人だけが与えられる力を分けてくれるような声が耳に流れ込む。
『それだけお前が信頼されてるってことだよな、オーヴェ』
「そうだと…良いな」
『や、そうなんだっての。あ、何だ、俺の言葉を疑っちゃうんだ?へぇ…』
愛する俺の言葉が信じられないのかと返され、言葉尻からボタンを掛け間違いかけていることに気付いた彼は、内心の焦りを感じさせない声で今度は彼だけが出せる声で名を呼ぶ。
「リオン…疑っていない」
『じゃあ何でそうだと良いななんて言うんだよ』
疑ってるからその言葉が出てくるんだろうと声を潜める恋人に苦笑し、疑いの言葉ではなく願望の言葉だと告げると、耳に伝わってくる気配が色を変える。
「そうありたいと…思ってい、る…」
『うん…オーヴェ、イブまでちょっと忙しいから帰れないけど、ゲートルートでメシ食うの楽しみにしてるから』
リオンの色を変えた声にウーヴェもつられるように目元を和らげ、本当にお前達が頑張ってくれているから街は平和だと囁き、イブの夜は己も楽しみにしていることも告げると、リオンの口から歓喜の溜息がこぼれ落ちる。
『…キスしてぇ』
「………リーオ」
己も同じ気持ちだと言葉には出さずに声に込めた彼は、仕事が終われば心と身体が満足するまで抱き合おうとそっと囁きかけられて鼓動を一つ早めるが、もちろんと答えることはせずにただ艶を含んだ笑い声を恋人に伝えて目を細める。
「仕事の後のご褒美を楽しみに頑張って来い」
『応援ありがとうな、オーヴェ』
「……そろそろ仕事に戻らなくても良いのか?」
『げ!やべぇ!!まーたボスが真っ赤になって暴れ倒すから戻るな!』
「ああ」
急に騒々しくなるあちら側に再び苦笑した彼は、慌ただしさの中にも充実感を滲ませる恋人の声に胸を撫で下ろすが、確かにイブまで逢えないのは寂しいと感じるのは何も恋人だけではないと自嘲し、窓から尻を上げてデスクの表面をつるりと撫でると、帰り支度をする為に小部屋に入り、コートを腕に引っ掛けて診察室を出てクリニックの戸締まりを確認した後で帰路に就くのだった。
クリスマスイブの夜が楽しみだと先日恋人と電話でのみ言葉を交わしたが、街中がクリスマス休暇に入ってしまった為、彼も周囲の流れに身を任せるようにクリニックを休診し、ただ一人の従業員であるリアに良いクリスマスをと挨拶をしたのだが、クリスマスなのにウーヴェの自宅にはそれらしいカラーはほとんど見当たらなかった。
ただ辛うじて暖炉の上に一目で手作りだと分かるアドベントクランツがあり、四本ある太めの蜜蝋には総て火が灯された形跡があったが、それだけがクリスマスの雰囲気を伝えてくれるものだった。
己の誕生日がクリスマスイブである為に幼い頃は誕生日とクリスマスを盛大に家族で祝ったが、過去の事件以来クリスマスや誕生日を祝うことはなくなり、その結果彼の周囲からクリスマス特有のカラーや誕生日という言葉がもたらす幸福なイメージなども消え失せてしまっていた。
アドベントクランツの横には大小様々な石が並べられていて、その石の後ろには古びた木箱が置かれてあるが、それを一瞥したウーヴェは棚から取りだした本をソファに無造作に積み重ねていき、恋人からの帰宅コールを受けるまでは好きな読書に没頭していようと決めると、あっという間に意識を本の中に埋もれさせてしまう。
彼が今日は一日本を読んでいようと決めてそれを実行に移してから数時間後、携帯が軽快な映画音楽を流し出したことに気付いて顔を上げ、本の世界に没頭していた為に現実世界に戻る切っ掛けとなった携帯を手に取り、耳に宛がって聞こえてくる声に細心の注意を払うと、疲れと殺気すら秘めた声が名前を呼んで大きな溜息の後でもう一度名前を呼ばれ、今度はややぎこちないものの労いの声を掛けることが出来る。
『悪ぃ』
周囲も自分もかなり殺気立っていると小さく答えられてその理由を教えられると、今度は彼が悪かったと小さな声で謝罪をしようとするが、再び恋人が謝罪をしてくる。
『……オーヴェ、悪い』
「どうした?」
今度は先程よりもしっかりとした強い口調で謝罪をされて瞬きを繰り返したウーヴェは、今日のゲートルートに行けなくなったと心底悔しそうに告げられて口を閉ざす。
『せっかく楽しみにしてたのに……ごめん』
クリスマスイブの夜の食事は二人にとっては他の人達とは少し違った特別な意味を持つものだったのに、仕事が長引いてしまって店に行けなくなりそうだと謝罪をされ、残念な気持ちと密やかな誇りが胸の中で混ざり合い、その苦しさにウーヴェが吐息を零すと今まで定位置に座っていた異様な大きさを誇るテディベアの身体が少し傾いでウーヴェへと寄り掛かってくる。
その重さに少し苦笑しながら片手を回して恋人の代わりに抱き寄せると、何かいつもこんな感じで本当にごめんともう一度謝る恋人の恐らく項垂れているであろう頭を上げさせる為に毅然とした声で名を呼ぶ。
「顔を上げろ、リオン・フーベルト」
『…Ja』
「お前の仕事は刑事だろう?これからしなければならないことは何だ?」
『昨日確保した犯人が今朝になってようやく自供した。その裏付けを取って…送検の準備をする』
「そうだ。いつもと同じように出来るだろう?頑張れ」
お前が学生の頃から密かに抱いていた夢の舞台に今立っているのだ。クリスマスイブは毎年巡ってくるのだから今は仕事に全力を注げと、リオンが思わず惚けてしまいそうな強い色を双眸に湛えて恋人が奮起するような言葉を告げたウーヴェは、愛する人から全幅の信頼を得ている証のような言葉に歓喜の色を滲ませながらもう一度分かったと返されて見えないのに小さな頷きを返してしまう。
「リーオ、俺の太陽……まだしばらくは被害を受けた人達の太陽として周りを照らせ」
そして満足するまで仕事で輝いた後は家に帰ってきて俺にだけ見せる貌を見せてくれと願望を込めてひっそりと囁くと、短く息を飲んだ後で腹に力を込めたことが伝わってくる声がもちろんだと返してきたことに自然と笑みを浮かべ、その仕事が終われば好きな物を作ってやると告げて殺気立つ恋人の心を僅かでも軽くできればと願うが、その思いはしっかりと伝わったようで、スクランブルエッグが食いたいと返されて声に出して笑ってしまう。
「エリー直伝のスクランブルエッグか?」
『そう!ゼンメルにベーコンとチーズと一緒に食いたい』
「分かった。ベーグルも用意しておこうか。ああ、この間のスープも作ろうか?」
『ダンケ、オーヴェ!!それを食う為に頑張るから…今日の埋め合わせはその時にするな』
「分かっているからもう気にするな────リーオ…終わったら連絡をくれ」
『電話する。明日も言えるかどうか分からないから……Frohe Weihnachte、オーヴェ』
「ああ」
クリスマスイブにその言葉を交わし合うようになって何度目かと思案していると、小さな小さな声がもう一つの大切な言葉を囁くが、それについては過去の理由からどんな言葉も返せずにいたウーヴェは、一つ深呼吸をして腹を括った顔でリオンを呼んで無意識に拳を握る。
「………た…じょうび、…おめでとう、リオン」
途切れ掠れる声ながらも精一杯の思いを込めて恋人の誕生を祝う言葉を告げたウーヴェは、やるせない溜息と短い声にただ 名前を呼ぶことしか出来なかったが、その後聞こえてきたありがとうの言葉に胸を撫で下ろす。
『…そろそろ戻る』
「分かった」
その言葉を最後に職場に戻るリオンを安心させるように強く答えたウーヴェは、通話を終えた携帯をテディベアの投げ出された足にぽんと放り出し、手触りの良い毛に顔を押しつける。
何度か今のように仕事を優先して己との約束を結果的にすっぽかしたことがあったが、今回はまだ早い時間に戻れないと伝えてきたことがやけに嬉しくて、レオナルドと名付けたテディベアをぎゅっとハグしながら少しは学習してくれているんだなと一人呟くと、まるで恋人の不満を訴えるようにレオナルドがウーヴェへと更に寄り掛かってきた為、その重さに負けて背後に倒れ込む。
レオナルドは嫌いではないし貴重な存在だとは思うが、テディベアにのし掛かられて喜べる性格をしていないウーヴェは、少しだけ邪険に巨体を払い落として床に直接座らせると、幼馴染みであり今夜の予約の店の経営者でもあるベルトランに連絡をしなければならない事に思い至り、レオナルドと一緒に床に転がった携帯を取り上げてリダイヤルをする。
『おう、どうした?』
「ああ……リオンが仕事で今日は帰れないそうだ」
『は!?クリスマスも仕事かよ!!』
「仕方ないだろう?犯罪者はクリスマスだろうがファッシングだろうが事件を起こすからな」
刑事という仕事はプライベートの時間まで仕事に割く必要もあると、恋人の仕事に対する生真面目さには一目置いているウーヴェが庇うように伝えると、電話の向こうで幼馴染みが責めてる訳じゃねぇ感心しているんだと呆れた様な声で返した為、仕事だけは熱心だと笑って空気を和ませると、その思いが伝わったのかベルトランの声にも陽気さが戻ってくる。
「だから今夜はテーブルの予約は必要ない」
『そうか……じゃあ家にいるのか?』
幼馴染みのもっともな疑問に思案するように天井を見上げたウーヴェは、足下で鎮座するテディベアの頭に手を載せながら笑みを浮かべていつもの席を頼むと告げ、幼馴染みに疑問の声を挙げさせる。
「いつもの席を頼む、バート」
『……あー、ああ、分かった。じゃあ時間になれば厨房から入って来いよ』
「分かった」
また後でと後の再会の言葉を交わし合って通話を終えたウーヴェは、出掛けるまでまだ時間があることを確認し、念のためにと携帯でアラームをセットすると再び本の世界に飛び込むのだが、今度は一人ではなく手触りの良い毛並みを持つテディベアの太い腕を抱え込んでのダイブになるのだった。
クリスマスイブが、ウーヴェにとってはいつもと変わらないが少しだけ賑やかな顔をして通り過ぎ、イエスが生を享けた翌日もいつも通りに終わろうとしている夜、ウーヴェはやはりその日も日常と何ら変わらない顔をしてリビングのソファで読書に耽っていた。
世間では家族揃って敬虔に祈ったりクリスマスというイベントとして楽しんだりしているが、彼自身は浮かれたり祈ったりする事もなく、また恋人が不在だからと言って拗ねる訳でもなく、いつもと同じ変わらない一日を過ごしていたが、ただいくつか違うものがあり、そのひとつがキッチンの冷蔵庫の中にパーティ料理と呼んでも遜色のない物が入れられていることで、もう一つはアドベントクランツの横、石が並べられている場所とは反対側にシンプルな包装だが一目でプレゼントと分かる小箱が置かれていることだった。
誕生日は祝わない為に自らのプレゼントなどは一向に気にしないし必要としない彼だが、恋人も同じ誕生日であるため、付き合いだしてからはクリスマスプレゼントと誕生日プレゼントを一緒にして贈っていたのだ。
今年もなかなか良いものが見つからなかったが、いくらあっても良いだろうとの思いから、今恋人の耳を定位置にしている物とは若干色合いの違うピアスを見つけ、それを贈り物にしようと決めたのだ。
その小箱と冷蔵庫の中の料理を一緒に恋人に渡せれば良いと願っていたが、そろそろクリスマスという特別な日が過ぎ去ろうとしている時間になってもまだリオンからは仕事が終わった知らせは入ってこなかった。
仕事に対し一途な横顔を見せるリオンは嫌いではなくむしろ尊敬する顔ではあるが、以前までならば考えられなかった思いが昨日の電話の後から胸の中に居座り続けていて、そ読書に没頭しているウーヴェの脳味噌の片隅で誕生日プレゼントは当日に渡したかったと囁き続けていた。
その思いがどうしても頭から離れずにいて、本を読んでいても集中できずにいたのだが、自らは祝うことのない誕生日であっても恋人のそれは心から祝ってやりたいと己に言い訳するように呟き、ちらりと包装された小箱を見る。
どんな顔をして受け取ってくれるのかを見るのも楽しみだし、それがこれからの恋人の日々の暮らしの中でどんな風に溶け込んでいくのかを見るのも楽しみで、早く見て見たいと目を細めた時、テーブルに置いた携帯が映画音楽を流し出す。
慌てることなく携帯を耳に宛がい、聞こえる声にどれほどの拾うが滲んでいるのかを注意深く確かめるように頷くと、予想通り疲れ切っているが事を終えた満足感も滲ませた声がウーヴェの名前を呼んでくる。
『ハロ、オーヴェ……やっと終わった』
「お疲れ様、リオン」
『うん、疲れた。……もうすぐアパートに着く』
疲れてはいるがそれでもいつもと変わらない声の明るさに安堵し、冷蔵庫の中にゲートルート特製のクリスマスメニューが入っていることを告げながらソファから立ち上がり、暖炉の端に肘をついて窓の下を見ればかなり大きな雪が降り始めていて、リビングからベッドルームに移動して暖房を少し強めに設定すると、ドアベルが控えめに鳴らされる。
少しだけ慌てながらも、くすんだ金髪に雪を薄く積もらせたリオンを玄関で出迎えたウーヴェは、思った以上に顔色が悪くないことに胸を撫で下ろし、ここ数日の忙しさを物語る無精髭と外気温の低さを伝える冷えた頬に両手を宛がって額と額を触れあわせる。
「お疲れ様、リーオ」
「うん、頑張ってきた」
「ああ。本当によく頑張ったな」
世間ではクリスマス休暇で家族や愛する人とともにこの特別な二日間を過ごすことが多いのに、そんな中でも浮かれずに地に足を付けて働けるのは凄いことだと感心の声を挙げたウーヴェは、心から信じてくれている人がいるのに浮かれる無様な姿など見せたくないと返されて瞬きを繰り返し、言葉の意味が理解出来ると同時に唇の両端を持ち上げて愛する男に最高の笑みを見せる。
「お疲れ様」
「……うん」
労るようにそっと頭を抱き寄せてこめかみにキスをしたウーヴェは、背中に手が回されて背筋を撫でられた事に小さな笑い声を零し、キッチンに食事の用意が出来ていることを伝えて今度はリオンの腰に腕を回して身を寄せる。
「ダン、オーヴェ。オーヴェも食うか?」
もしも食べるというのならばベルトラン謹製のクリスマスメニューを食べるが、一人で食べなければならないのならばスクランブルエッグとゼンメルのサンドで十分だと髪にキスをしながら囁くリオンの腰を軽く握ると、明日一日は休みを貰えたとも聞かされて頬をリオンの腕に少し強く押し当てる。
「じゃあ明日食べようか」
皆が休みの時であろうと全力を出して働くお前へのプレゼントは明日渡すことにしようと笑いかけ、何かあるのかと首を傾げられても明日を楽しみにしていろと笑ったウーヴェは、リオンをベッドルームに向かわせて着替えて来いと伝え、自らは恋人が望む料理を作る為にキッチンに向かうのだった。
ウーヴェが作った軽食をゆっくりと食べたリオンは、胃袋がひとまず落ち着きを取り戻したことで人心地着いたのか、ベッドに寝転がってここ数日の忙しさについての説明を始めるが、ウーヴェはクッションと枕をベッドヘッドに立て掛けて背もたれにしてリオンの頭を腿に載せ、いつもに比べれば艶のない柔らかな髪を撫で続けていた。
「髭を剃る暇もない程忙しかったのか?」
「忙しかった!髭を剃らなかったのは面倒くさかったからだけどさ、本当に忙しかった」
だからロクにシャワーも浴びていないから汗臭いと情けない声で告げたリオンだったが、髪から顎に移動してきた手を捕まえて口元に運びながらウーヴェを見上げて目を細める。
「な、このまま髭を伸ばしたらダメか?」
「ダメだな」
「えー、ちょっとは考えてから返事をしてくれても良いだろ?」
にべもなく即答するウーヴェを尖った口で非難したリオンは、少しぐらい無精髭が生えていても男前だと思うとひとつの解答のみを求める声で囁き、寝返りを打ってウーヴェの腿に横臥し、最近は自宅にいるときには隠されることの少なくなった首筋を指の腹でゆっくりと愛おしむように撫でて満足そうに溜息をひとつ零し、口調を変えてもう決めたと決意の声を挙げる。
「どうした?」
「うん。このまま髭を伸ばす!」
「…………どうしても伸ばすのか?」
「うん。もう決めた」
「そうか、仕方ないな」
リオンの子供じみた決意表明を受けたウーヴェは、己の恋人の顔目掛けて溜息を落とし、本当に残念だが仕方がないと自嘲気味に囁いてリオンを飛び上がらせてしまう。
「オーヴェ?」
「無精髭が当たってくすぐったいから…これからキスは禁止だな」
「げ!」
髭はいつも剃れと言っているのに聞き入れてくれないのならば仕方がない、精一杯の妥協点はキスの禁止だと片目を閉じて告げたウーヴェだったが、言い終わるが早いかリオンに腰を掴んで引きずり下ろされてしまい、気が付いたときにはシーツに背中が沈んでリオンの肩越しに高い天井を見上げてしまっていた。
「こらっ!!」
「こら、じゃねぇって!キス禁止なんて酷すぎるぜ、オーヴェ!!」
そんな極悪非道なことを言うのならばこうしてやると一声吼えたリオンがウーヴェのパジャマの襟から見える胸元に顔を押しつけ、ぐりぐりと肌を擦り付けるようにするとくすぐったさに耐えかねたウーヴェの口から小さな笑い声が流れ出す。
「リオン、止めろ、くすぐったい!!」
「キス禁止を取り消したら止めてやる」
「リーオ、本当にくすぐったいんだ…っ!!」
耐えられないから止めてくれと、目尻に微かに涙すら浮かべたウーヴェが手を挙げてリオンの肩を押し退けようとするが、愛するウーヴェとのキスを張本人から禁止される理不尽さを訴えようとするリオンに勝てるはずもなく、一頻り笑って生理的な涙を流した後は息を整えるように肩を揺らし、仕方がないと己に対する言い訳じみた声で許しを与えてしまう。
「ダンケ、オーヴェ!愛してる!」
「────っ!!」
その言葉尻がウーヴェに届くよりも先にリオンがウーヴェの唇にキスをし、角度を変えて貪るようなそれへと変化させると、リオンの肩を押し退ける為に宛がっていたウーヴェの手が肩から背中へと回り首筋の後ろで両手が軽く交差する。
その反応に内心歓喜の声を挙げたリオンは、うっとりとした顔でキスを受けるだけではなく、男の積極さも表すようにリオンの口内へと舌を差し入れてくるウーヴェの背中を抱きながら寝返りを打ち、心地よい重さの下敷きになりながら深く互いの呼吸を奪うようなキスを交わし合う。
「────は…っ…」
「オーヴェ……キス禁止なんて言うなよ?」
こんなにも気持ちが良くて心が昂ぶるキスが出来るのはお前とだけなのだからと真摯な顔で囁いたリオンは、無言の頷きを返されて満足げに目を細め、再度寝返りを打ってウーヴェの背中をシーツに沈めると、慣れた手付きでパジャマのボタンを外して白い肌を露わにしていくが、ウーヴェがどうしても伝えたいことがあると途切れながらの声で囁き、顔だけを上げて先を促すとターコイズ色の瞳に愛情を湛えたウーヴェが彼だけが呼べる声でリオンと呼ぶ。
「…一日、遅れになったが……誕生日、おめでとう、リーオ」
昨日も途切れながらの告白をされたことを思い出したリオンが伸び上がってウーヴェの開いたままの唇に小さな音を立ててキスをし、コツンと額をぶつけて次いで鼻の頭同士を軽く擦り合わせて満面の笑みを浮かべる。
「ダンケ、オーヴェ」
「…プレゼントも用意してある、から…」
「明日が楽しみだな」
俺もささやかだけどプレゼントを用意したとリオンが嬉しげに告げると、対照的にウーヴェの顔が曇ってしまうが、その曇りを吹き飛ばすような強くて陽気な声がクリスマスプレゼントだと告げて再び額を触れあわせてくる。
「受け取って欲しいな、オーヴェ」
「…………うん」
その小さな小さな肯定の声が本当に嬉しくて、じわりと笑みを深めたリオンがウーヴェの頬にキスをし、くすぐったそうに顔を背けたのを良い事に、首筋に鼻先を押しつけて匂いを確かめるように深く息を吸う。
「キーホルダーだけどさ、スパイダーのキーを付けてくれよ」
お前が最も愛する車のキーを着けて欲しいと囁き、王冠を戴いたリザードが太陽に足を掛けているシルバーのキーホルダーだとも告げると、嬉しそうな気配が伝わってくる。
「また…増えたな」
「そうだな…オーヴェ、本当にありがとう────愛してる」
「……うん」
感謝の思いも愛情から来る言葉も衒うことなく告げるリオンに一度目を閉じてその言葉を胸に溶け込ませたウーヴェは、ゆっくりと目を開けて見下ろしてくる蒼い瞳に囁きたかったが、代わりに青い石のピアスにキスをして短い言葉で同じ思いを囁きかける。
それを合図に再度唇を重ねた二人は、一日遅れの誕生日と辛うじて間に合ったクリスマスの夜を密度の濃い物にしようと肌を重ねるのだった。
そんな二人を見守るように静かに大きな雪が降り続き、残り短い今年のクリスマスを例年と同じ色に染め上げるのだった。
2011/12/25
Frohe Weihnachte!


