いつも見慣れている広場がクリスマス色に染められていくのを感じる様になった初冬のある日の夜、今日は一日休みなのにホームの用事で寝ていられないと嘆いていたリオンが用事を済ませてすっかりと日も暮れた頃にウーヴェの自宅アパートのベルをけたたましく鳴らした。
いつものそれに呆れと諦めが混ざり合った溜息を零して出迎えたウーヴェだったが、いつものように陽気な声で挨拶をされて頷きながらも視界いっぱいに広がるデパートの袋に眼鏡の下で目を瞬かせる。
「ハロ、オーヴェ!」
「あ、ああ、お前、その荷物は…?」
リオンが大きな袋を抱えてこの家にやってきた時はロクな事が無いと経験で学んでしまったウーヴェが恐る恐る問いかけるが、紙袋の横からひょっこりと顔を出した蒼い双眸が楽しそうに細められていることに気付くと、今回は我が身に災難が降りかかる訳ではないとの予想をするが、荷物が嵩張って重いから空き部屋をひとつ貸してくれと口早に懇願されて我に返り、玄関に最も近い部屋で姉が泊まりに来れば提供する部屋のドアを開けてリオンを案内する。
「はー、重かった!」
「何が入っているんだ?」
「うん?」
部屋にある唯一の家具とも言えるソファベッドに腰を下ろして足を組んだウーヴェは、当たり前のように床に直接胡座を掻いて座り込み、抱えていた袋から荷物を取り出すリオンに興味深げに問いかけると、顔だけで振り仰いで楽しそうに笑ったリオンがクランツ-リース-の材料だと言って微かな自慢の色を顔に浮かべる。
「クランツ…?」
「そう。もうすぐアドベントだろ?」
「…………ああ、そうだったな」
紙袋から取り出されたのは数種類の針葉樹の色も鮮やかな枝やそれらに合わせたような綿で出来ているロープのようなものや、ツリーに飾り付けられるものよりも小さめなオーナメントで、身体の周囲に並べ始めたリオンにウーヴェが躊躇いつつ苦笑をする。
「リオン、前にも言ったが…」
「────知ってる。前にも聞いた」
眼鏡の下でターコイズ色の虹彩を少し曇らせるウーヴェを再度振り仰いだリオンは、口調とは裏腹に真摯な顔で恋人の顔を逆さまに捉え、今年はこれを作ると優しく断言する。
幼い頃にウーヴェが巻き込まれた事件の結果、ウーヴェは己の誕生日を祝わなくなり、誕生日がクリスマスイブだという理由から、年間を通して大切な行事であるクリスマスも祝うことは無くなったのだ。
その結果、家族や恋人との間でプレゼントやカードの交換などもする事はなく、それをしないのだから当然ながらクリスマスまでを彩るクランツを家に飾ることも無ければ、クリスマスイブにツリーを飾り付けることもなかった。
己の恋人が誕生日だけではなくクリスマスも祝うことがないとリオンが知ったのは、付き合いだして初めて迎えた誕生日だった-どころかその当日になるまでリオンはウーヴェの誕生日を教えて貰っていなかった-為、この時期になれば二人の間では言葉には出されない静かな攻防が繰り広げられていたのだ。
今年もまたその攻防を繰り広げた二人だったが、リオンが肩を竦めると同時に身体ごと振り返ってウーヴェを見上げ、見上げられた方は僅かに顎を引いて恋人の口から流れ出す言葉がどんなものであるかと身構える。
「……ツリーはちょっと無理だけどさ、クランツなら作れる」
だから今から二人で作って今年はそれをリビングの暖炉の上に飾ろうと笑い、膝の上に置かれているウーヴェの手をそっと掴んで引き寄せたリオンは、膝立ちになってウーヴェの顔に顔を近づけると、躊躇いを深めつつもリオンが楽しみにしていることを止めさせる罪悪感を滲ませる瞳に目を細め、薄く開く唇にそっとキスをする。
「誕生日は絶対に祝わないんだろう?」
「……俺は…誕生日は………、俺は良いか、ら…お前の誕生日だけ、で、も……」
唇を離しながら囁くリオンの言葉にウーヴェの虹彩が忙しなく左右に泳ぎ、心の中の葛藤を如実に伝えてきた為、リオンが黙ったままひとつ頷いて僅かに頭を左右に振るウーヴェの頬に掌を宛がってそっと名を呼ぶ。
「オーヴェ」
自分たち二人の誕生日が同じクリスマスイブであることをリオンが知ったのは、リオンの誕生日パーティをこの家で初めて行ったときだったが、その時に自分の誕生日は祝うことは無いと教えられてやるせない思いをしたことを思い出したリオンは、途切れ途切れの本心に応えるように頬を撫で、俺だけがおめでとうと言われるのは絶対に嫌だと断言する。
「リオ…ン…で、も…お前は……」
「な、オーヴェ、俺は自分だけが楽しかったり嬉しいのは好きじゃない」
恋人という関係になり半同棲すらしている仲だが、自分だけではなく二人で一緒に楽しい時には笑い、嬉しいときにはハグしたいとウーヴェの目を覗き込めば、伝えられる優しい言葉の意味をしっかりと読み取ったウーヴェが堪えきれないように視線をそらせる。
「だから、俺がお前におめでとうと言われるのなら、俺もお前に同じ言葉を返す。それが出来ないのなら、俺にも必要ねぇ」
一緒にいるのだから二人で同じように楽しめないのならば必要はないと肩を竦めるが、今度は表情を切り替えてにやりと笑みを浮かべて銀に輝くオーナメントのボールをウーヴェの手にそっと握らせる。
「それに、俺たちの誕生日はイブだけど、クリスマスは関係ない」
「リオン……俺は……」
「関係ない。たまたま誕生日がイブだってだけだ」
クリスマスイブに生まれた事で事件に巻き込まれたわけではないと断言し、ウーヴェの目を大きく見開かせたリオンは、目元に柔らかさを滲ませながら俯くウーヴェを見上げて愛おしそうに目を細める。
「オーヴェがクリスマスを祝っても誰も何も言わないし責めない」
いつまでも過去に囚われるなとは言えなかったリオンは、代わりに表情に茶目っ気を滲ませていつもの陽気さで恋人を誘い出す声を投げ掛ける。
「一緒にさ、一年ずつクリスマスの思い出を重ねて行こうぜ、ウーヴェ」
「……リーオ」
「その手はじめに今年はクランツを作ろう。材料はゾフィーが用意してくれた。シュトレンもマザーが作ってくれるって言ってる」
「アドベントクランツを……作れる、のか?」
日頃のリオンの言動からすれば俄には信じられないとウーヴェが微苦笑を浮かべて問いかけると、ガキの頃から毎年バザーに出す為にこの時期になると作っていたと片目を閉じられ、ああと納得してしまう。
ウーヴェの恋人のリオンは生後数時間という頃、この街の中でも観光客ならば迷わない限りは足を踏み入れる事のない地区にある教会に捨てられていたのを、その教会のマザー・カタリーナに発見されて以来、その教会に付属する孤児院で大きくなった。
そんなリオンは、当然ながらカトリックの教えに囲まれて大きくなり、日頃は不信心どころか不敬虔な言動を取ることがあっても、心の奥底にはちゃんと祈る神を住まわせていた。
幼い頃に巻き込まれた事件の結果、無条件に信じていた世界と祈る神を失ったウーヴェにしてみればクランツを飾るという意識すら欠落していて、そもそも祈る神を持たないウーヴェがその神に連なる子の誕生日を祝う事など当然ながら無かった。
その思いからやはり自分はクランツを飾ることは出来ないと、躊躇いと罪悪感とを混ぜ合わせた顔でぽつりと呟くと、リオンが呆れた様な溜息を零す。
「ほーんと、ガンコだよなぁ、俺の恋人は」
「……リ…オン……すまな…」
心底申し訳なさそうな声とリオンを呆れさせてしまったことへの恐怖からウーヴェが目を泳がせて謝罪をした時、リオンの口から小さな笑い声が流れ出す。
「なぁんでそんな顔をするんだよ、オーヴェ?」
まるで自分がこの世界を終わらせてしまう恐怖に取り憑かれたような顔だと笑い、ウーヴェの鼻の頭を指で突いたリオンが呆然と目を瞠る恋人の頬にキスをし、クリスマスを口実にしただけで本当に祝うわけじゃないと肩を竦めてウーヴェの心の蟠りを解そうとする。
「クランツを飾ったら祝うことになる訳じゃない。クリスマスの雰囲気を今年はアドベントから味わいたいだけ────ダメか?」
アドベントクランツを飾って日曜日ごとに蝋燭に火をつけ、マザー・カタリーナが作ってくれるシュトレンを二人一緒に蝋燭の明かりの下で食べたいだけだと囁かれ、瞬きをして言葉の意味を理解しようとしているウーヴェにリオンがもう一度キスをし、それでもダメかと上目遣いに問いかける。
「せっかくのクリスマスなんだぜ?プレゼントの交換は…まあやってるけど、クリスマスのカウントダウンをやっても良いだろ?」
なぁお願いオーヴェ、日曜日が来たら一緒に一本ずつ蝋燭に火をつけてシュトレンを食べようと、顔の前で手を組んで必死に祈るリオンについにウーヴェが小さく吹き出してしまえば、リオンの青い眼が片方だけ姿を隠す。
「クランツなど…作ったことがない…から…」
その一言でリオンの申し出を受け入れたことを伝えたウーヴェは、己の言葉の意味を正確に読み取った恋人が嬉しそうに目を細めて頷いた顔に無意識に安堵の溜息を零す。
「誰にでも初めはあるって」
だからそんな顔をせずに一緒に作ろうとリオンが誘い、自分に出来るとは思わないと消極さと自嘲を混ぜた笑みを浮かべたウーヴェの唇にリオンの人差し指が立てて宛がわれ、その行為に目を瞬かせる。
「一緒に作ろうぜ、オーヴェ」
アドベントクランツの飾り付けを年中行事として楽しもうと笑い、ウーヴェの白い髪がようやく納得して上下に揺れた事に胸を撫で下ろすと、ウーヴェの横に飛び乗って落ち込んでいるような肩を抱き寄せ、色を無くしても艶を失っていない髪に口付ける。
「オーヴェはどんなクランツが良い?」
「…小さな頃以来…だから…分からない」
「ん、それもそっか。俺はマザーとゾフィーとの約束で、クランツには絶対このボールのオーナメントを付けることになってる」
紙袋から取り出して広げた材料を見渡した後でウーヴェの手の中にころりと転がっているオーナメントを取り上げて光に翳したリオンは、どういう理由かは分からないがこれを蝋燭の間に飾り付けることになっていると笑ってウーヴェに片目を閉じる。
「あの二人のことだから俺には分からない意味があるんだろうけどな」
「そう、なのか?」
「うん、多分そう」
でも分からないのならば分からないままで飾り付けてきたから、今年も飾り付けようと笑うが、何かに気付いた様に目を瞠るとウーヴェに向き直り、何か決めようと大きく頷く。
「広場に店が出たらオーナメントを探しに行こうぜ、オーヴェ」
「え?」
「マザー達はこのボールだったけど、オーヴェとは新しく買ったオーナメントを絶対に使うって決めよう」
そうして決めたオーナメントを毎年この季節が来れば二人で手作りをし、リビングに飾り付けようと笑ったリオンにウーヴェも完成品を想像するように視線を高い天井に投げ掛けるが、想像内で出来上がるクランツがまるで店で売られているようなものだった為、本当に大丈夫なのかと不安げに問いかけてしまい、問題ないと胸を叩かれる。
「任せなさい!ダテにホームでクランツを作って無いって」
「………うん」
「オーヴェ?」
リオンの自信満々の声にうんと短く頷いたウーヴェは、そのままリオンの肩にもたれ掛かるように身を寄せて顔を埋めるようにシャツに押しつける。
過去の事件からどうしても己の誕生日を、誕生日の翌日のクリスマスを祝う気持ちになれず、本来であればどちらも盛り上がれる行事なのに寂しい思いをさせている罪悪感にきつく目を閉じて微かに震える溜息を零すと、顎を掴まれて顔を上げさせられる。
「そんな顔をすんなよ、オーヴェ」
「リーオ…っ」
「これからさ、毎年一緒にクランツを作ろう。お気に入りのオーナメントも見つけて、蝋燭はちょっと贅沢に蜜蝋にしてさ。あ、マザーのシュトレンも一緒に食おうぜ」
「……うん」
「あ、そうだ、いっその事マザーにシュトレンの作り方を教えて貰えばどうだ?」
「お前は作らないのか?」
「もちろん!俺は食べるだけの人だもん」
「なんだそれは」
だからお前がしっかりとマザーから作り方を聞いて来てと子どもの顔で笑うリオンにつられて笑みを浮かべたウーヴェは、リオンの腰に腕を回してしがみつくようにハグすると、同じ強さと優しさで背中を抱かれて顔や髪にキスの雨が降り注いでくる。
伝わる優しさにウーヴェの心の蟠りも解れていき、自然と口角が上を向いていくと、リオンが何度目かの安堵の溜息を零す。
「今日はある程度の形まで作ろうか」
「分からないから…教えて欲しい」
「うん」
遠い記憶を手繰り寄せてもクランツにどんな素材が使われていたのか、どんな飾り付けをしていたのかすら思い出せないと苦笑したウーヴェにリオンが惚れ惚れするような笑みを浮かべて大きく頷く。
「ダンケ、オーヴェ」
「────うん」
10歳の冬を境にクリスマスも誕生日も祝うことは無くなったが、アドベントクランツを作って飾ることを許してくれてありがとうとリオンが有りっ丈の思いを込めて囁くと、ウーヴェもそれを受けて同じだけの思いを込めて短く返し、ソファベッドから床に移動すると、クランツのベースになる蔓で適当な大きさの輪をリオンが作っていく。
その動きを横で興味深げに見守りつつ、どんなクランツになるのかを想像すると少し気分が晴れてきたウーヴェは、蜜蝋の蝋燭で良さそうなのを明日にでも見に行こうと囁くとリオンの身体から嬉しそうな気配が立ち上り、実際に作業をする手付きが軽快なものになってくる。
恋人が嬉しそうに作業をするのを傍で見守りつつも、時には問いを発して答えを貰ったりと、これからの人生でおそらく何度も繰り返されるであろうクランツ作りに思いを馳せ、最初の一歩を二人で踏み出したことにじわりと胸の奥が温められるのだった。
そしてリオンの宣言通り、クリスマスマルクトの店が出始めた日、二人揃って広場に顔を出してオーナメントを探し求め、つやつやと光り輝く小さなリンゴのオーナメントと、リンゴを両手にしっかりと抱えたテディベアのオーナメントを買い求め、リビングのテーブルで出番を待っているクランツに飾り付けると、クリスマスまでに訪れる日曜日ごとに一本ずつ蜜蝋の蝋燭に火を灯すことが楽しみだと、額と額を重ねて笑い合うのだった。
窓の向こうでは静かに音もなく雪が降っているのだった。
2011/11/30


