ぱしゃんと涼しげな水音が小さく響いた後、ゆらりと身体が揺れた為、ウーヴェは読んでいたペーパーバックから視線を外し、揺れを発生させているものを確認する為に上体を起こすと同時に、くすんだ金髪を額に張り付かせたリオンが口を尖らせながら腕をボートの縁に引っ掛けて見上げてくる。
「どうした?」
「なぁんでバカンスに来てまで本を読むかな?」
せっかく泳ぎに来ているのだから本は禁止だと盛大にむくれるリオンに驚いたように目を瞠ったウーヴェは、その言葉があまりにも子どもっぽかったため、つい笑みを零してしまって更に頬の膨らみを大きくさせてしまう。
「なぁんだよ」
「何でもない……もう泳がないのか?」
「…………………つまんねぇ」
ウーヴェの問いにリオンがまるっきり拗ねた子どもの顔と声で返事をし、勢いを付けて水の中から飛び上がってボートに這い上がると、一際大きく揺れた為にウーヴェがバランスを取るように縁を掴んで身体を固定する。
「泳ぎに行きたいと言ったのはお前だろう?」
念願叶って真夏のバカンス-と呼ぶには短すぎる休暇-を満喫する為、今朝は早く起きて二人でこの湖とすぐ傍にある別荘にやってきたのに、もう退屈したのかと呆れた様な声で問いかけたウーヴェだが、己の予想とは全く違う態度を恋人が見せた為に軽く驚き、本を足下に伏せた手で水が滴る前髪を掻き上げてやりながらどうしたと先を促す。
「一人で泳いでもつまんねぇって言ってんの」
一緒にバカンスに来ているのにどうして一人で泳がないといけないんだ、これならばお前の家のバスタブに水を張っていつかのように浮かんでいる方がマシだと一息で言い放ち、あまり広くないボートの上で胡座を掻いて身体を前後に揺さぶり始める。
つまらないと感じる理由が予想外のものだった事に驚いたウーヴェだが、恋人の口から流れ出した本音に少しだけ目を伏せた後、本を濡れないように袋に戻し、着ていたシャツを脱いでいけばリオンの頬の膨らみがみるみるうちに元に戻っていく。
「…まだ泳ぐ元気はあるのか?」
「もちろん」
ウーヴェの問いにリオンが嬉しさを隠さない顔で頷き、一足先にボートから湖に飛び込むと、苦笑をしつつもウーヴェも同じようにボートを軽く蹴って水に飛び込む。
ここ数年どころか家族と不仲になって以来泳ぎに来ていなかったウーヴェが久しぶりに感じた水の感触に身体を震わせると、夏になればいつでも泳ぎに行きたいと喚き散らすリオンが泳ぎ寄り、水面から顔を出したウーヴェに子ども顔負けの笑顔で呼びかける。
「魚いねぇかな。いたら捕まえてやるのに」
「人がいれば逃げるんじゃないか?」
それにもしもいたとしてもさすがに魚料理は出来ないと、揺れる水面に身体を委ねたウーヴェが苦笑し、降り注ぐ真夏の太陽と正対するように仰向けになって目を閉じる。
いつかの夏の暑い午後、先程リオンが一息で捲し立てたように、自宅のバスタブに水を張ってリオンが涼み、その横で自分は今までのように本を読んでいたのだが、あの時は自宅だという事からリオンもそれ以上は何も言ってこなかったのだろうが、さすがに今は我慢が出来なかったと予測し、そっと目を開ければ視界の端に見慣れた金髪がちらりと見える。
「リオン」
「んー?」
二人で微かな波に揺られているのも気持ちが良いが、身体は冷えないのかとつい保護者の気分で問いかけると、問われた方も被保護者の気分になってしまったのか、まだ大丈夫だから遊んでいると返しながら水を掛けてくる。
「こらっ!」
「たった今泳ぎだしたばっかだろ?まだ遊ぶ!」
「はいはい」
遊びたいのならば好きにすればいいと苦笑したウーヴェは、ボートに身体を引き上げると、早々と水から上がった事を非難する目つきで見つめてくるリオンを手招きし、水棲生物のように静かに泳いでくる恋人に苦笑を深めると、顔だけを出す彼の額と鼻先にキスをする。
「今日の夜は何を食べたい?」
「んー、グーラシュ食いたい」
「グーラシュ?明日の昼にしないか?」
さすがに今からグーラシュを作るのは時間と手間が掛かってしまう為、明日のランチではどうだと提案すると、予想外の呆気なさでそれでも良いと返されてしまい、今夜はどうするんだともう一度問えば、お前は何が食べたいんだと問われて口を閉ざしてしまう。
リオンに食べさせるものを考えてはいたが、自分が食べたいものを問われてしまえば返事が出来ず、何が食べたいんだと首を傾げられて小さな溜息を零す。
「まーた飲むことばっか考えてたんだろ、オーヴェ」
本当に俺の恋人は食前食後に酒を飲むんだからと、にやりと笑みを浮かべつつ言い放つリオンに何も言い返せなかったウーヴェは、そのまま沈黙してしまう事が悔しかった為、クヌーデルが食べたいと呟き、肉かイモのどちらだと問われて肉と返す。
「ん、じゃあさ、後で買いに行こうぜ」
「…そうだな」
夜の心配がひとつ消えた為、もう少し泳いで魚を探してくると手を挙げるリオンに、程ほどにしろと苦笑混じりに忠告をしたウーヴェは、自分はもう先程水に入っただけで満足した為、濡れた身体を大雑把にタオルで拭いてシャツを着ると、クッションに寄りかかりながら視界の上に晴れ渡る夏空と白い雲を、下半分に煌めく水面と上下するくすんだ金髪を納め、自然と浮かぶ笑みを口元に湛えたまま心ゆくまで泳いでは時折ボートの傍に泳いでくる度に笑顔で頷き、袋に入れた本を取り出すことはないのだった。
窓を開け放っていると湖の上を渡って流れ込む風が心地よくて、手にしたワイングラスをガラスのテーブルに置いて小さく溜息を零せば、腿を枕にしていた恋人がそれに気付いて顔を上げたついでに手も挙げ、悪戯な手で顎の形を確認するように撫でていく。
そのくすぐったさに肩を竦めて小さく笑えば、見上げてくる顔にも似たような笑みが浮かび上がり、くすぐったいと苦情を訴えつつもついつい笑みを深くしてしまう。
自宅とは違ってテレビもないリビングでは、控えめにクラシックが流れていて、こんなものを聞けば眠くなるとリオンがぼやいていた通り、一曲が終わるか終わらないかの頃にはリオンの口からは穏やかな寝息が流れ出していたのだ。
「起きたのか?」
「…オーヴェ」
「どうした?」
睡魔の残滓を瞳に湛えたままの声に首を傾げ、顎を擽っていた手を掴んで口元に引き寄せたウーヴェは、どのくらい寝ていたのかと問われて暖炉の上にある時計を見ながら三十分程だと答え、満足したのなら起きてくれないかと肩を竦める。
「足が痺れてきたんだ」
「……ダン、オーヴェ」
「ああ」
起き上がって頭を掻きむしり、照れたような笑みを浮かべるリオンに小さく溜息を零したウーヴェだったが、起き上がったことで不意に得も言われぬ寂寥感に両足が包まれた事に気付き、内心のみで軽く驚いてしまう。
足が痺れているのは事実だし、今のままでは立ち上がる事も出来ない程感覚がなくなっていたが、その感覚とは全く違う喪失感に自然と背筋が震えてしまったのだ。
その震えの意味が理解出来ずに脳味噌の中で感情の名前を探ろうとしていると、リオンがぼんやりと名を呼んでくる。
「オーヴェ、まだワイン残ってるか?」
「あ、ああ。動けないから取って来られるか?」
「大丈夫」
反動を着けて立ち上がり、ついでとばかりに大きく伸びをしたリオンに苦笑し、キッチンから水を持ってきて欲しい事も告げたウーヴェは、リビングから立ち去る背中を見送り、一人で使うには広すぎる革張りのソファの背もたれに頭を預け、ログハウス風の高い天井を見上げて溜息を零す。
先程感じた思いはまだ胸の裡で渦を巻いていて、ウーヴェの気持ちを重苦しいものにさせていたが、何故そんな風に感じてしまうのかが理解出来ずに眉を寄せ、その皺を隠すように腕を宛がう。
足が痺れてしまうほど長くリオンの頭を乗せていたが、彼が腿を枕代わりにソファで寝転ぶ事など今では当然のように行う事だった。
自宅では感じる事の無かった寂寥感と喪失感だが、何故今ここで感じてしまったのかを辿っていくと、日中にボートの上で呟いたリオンの言葉に辿り着く。
一緒にいるのにどうして一人で泳がなければならないんだと言い放ったリオンに対し、その時は子供じみたワガママだとしか考えられなかったが、先程リオンが眠ってしまった為に立場が逆転した事に気付き、それが原因なのかと疑問の声が胸の裡で溢れかえる。
それこそいつもの事であり、今更その事で寂しさを感じるなどあり得ないと自嘲したウーヴェに、二人で一緒にいるのに一人きりになってしまったような寂しさが分かったかともう一人の己がそっと囁き、その声に呆然と目を瞠ってしまって呼吸すら忘れてしまいそうになる。
こんな気持ちをリオンにもさせてしまっていた事にようやく気付き、あの時の拗ねたような顔が脳裏に浮かんだ瞬間、ソファから立ち上がろうとするが足がまだ感覚を取り戻せていなかった為、力なくソファに座り込んでしまう。
「オーヴェ、ガス無しでも良いか?」
買い置きしている水だがお前の好きな炭酸水ではなく、ガスなしのミネラルウォーターしかないとリビングに顔を出して問いかけるリオンに自嘲したまま頷いたウーヴェは、首を傾げつつ大股に近寄ってきたリオンの視線から逃れるように顔を背けてソファの背もたれに寄りかかる。
「オーヴェ?どうした?」
「……何でもない…」
「ふぅん…そんな顔で何でもないって言われて信用してりゃあ刑事はやってらんねぇよ」
自分の職業を甘く見るなと、さすがに事の時ばかりは青い眼に強い光を湛えてウーヴェを見つめたリオンだが、微かに震える声が甘く見ていないと言い訳じみた事を呟いた為、ならばどうしたと打って変わった優しい声で問いかけた刹那、己の首に白い腕が回されてしがみつくように抱きしめられた事に気付いて今度はリオンが目を瞠る。
「オーヴェ…?」
「うるさいっ!」
「あー、名前呼んだだけなのに、まーたうるさいって言う」
本当に口が悪いし恥ずかしがり屋さんなんだからと、こちらもまた定番の文句を返したリオンは、ウーヴェの背中をソファの座面にそっと沈めた後、うっすらと赤くなった目元に口付けを落として額を触れあわせる。
「オーヴェ」
「……っ、う、ん…」
「どうした?」
「だから…何でもないっ」
「んー、これからオーヴェがそんな顔で何でもないなんて言ったらさ、新しくブタさんの貯金箱を買ってきて、一回言えば5ユーロ食わせようか」
自分がハニーと呼べば1ユーロ強制的に貯金させられるが、ウーヴェが誰が見ても嘘だと分かる顔で何でもない、平気だと言えば5ユーロをブタさんに食わせると口の端を持ち上げると、あまりの言葉に声を失ったウーヴェが無言で見つめてくる。
「5ユーロ払うのがイヤなら素直に白状しなさーい!」
「こらっ、リオンっ!!」
冗談と本気を絶妙に混ぜ合わせた表情で問い詰められ、思わずいつものように小さく怒鳴ってしまったウーヴェは、一緒にいるのに何でもないなどと言うなと静かな声で懇願されて口を閉ざし、言葉で伝える代わりにリオンの広い背中に手を回してそっと抱きしめる。
「………ごめん」
「謝るならさ、もうそんな事を言うなよ?」
「……分かった」
せっかくのバカンスに来ているのに口論もしたくないし、そんな顔をさせたくないと苦笑するリオンに驚きを隠せなかったウーヴェは、謝罪の代わりに広い背中をもう一度撫でて身を寄せると、しっかりと思いを受け止めたリオンが宥めるように白い髪にキスをし、しばらくの間どちらも身動ぐことすらしないで互いの背中を抱きしめているのだった。
ログハウス風の別荘は二階部分がリビングに掛かるロフトになっていて、一般的なものに比べれば少し大きい天窓からは手を伸ばせば届きそうな程近くで星明かりが見えるようにもなっていた。
その窓から見える夜空と天体ショーを見学することが、今回ここの別荘を訪れた最大の理由なのだが、残念なことに今は雲が出ているようで、期待していたほど星は顔を出してくれていなかった。
バカンスと呼ぶにはあまりにも短くて寂しさを感じる休暇は今日から3日で、明後日の昼には街に戻ることにしている為に、ここで寝そべりながら夜空を見上げることが出来るのは今日と明日の夜しか無かった。
その貴重な一夜が雲のせいで無駄になってしまう事への残念な思いを抱えたまま、ロフトに置いたマットレスにシーツを被せただけのものに寝転がり、ウーヴェは往生際が悪い事をリオンにからかわれる程の執拗さで窓を見上げ、リオンは酒とリンゴのタルト以外には滅多に執着しない恋人が見せる横顔に惹かれてしまい、横臥して頬杖をつきながらそんなウーヴェを観察していた。
窓を見上げることに疲れたのか、枕に白い髪を押しつけるように力を抜いたウーヴェは、己の髪を手に握っては撫でて感触を確かめるように撫でているリオンに気付き、顔を向けて目で問いかければ、無言のままこめかみに口付けられて目を瞠る。
「眼鏡が無くても見えるんだ、オーヴェ?」
「……ああ」
いつも掛けている眼鏡は視力の矯正などではなく、心の均衡を保つ為に必要不可欠なものの為、眼鏡を外していても何かを見る為に不自由さを感じる事はほとんど無かった。
苦笑混じりにそう告げるとリオンが感心したように軽く目を瞠った後、じゃあ外していればいいとは言えないと暢気に呟き、俺が煙草を吸うことで落ち着くように眼鏡が必要なんだなとも呟くと、少しだけ寂寥感を込めた声でウーヴェを呼ぶ。
「どうした?」
「……今日は星が見えない?」
「そうだな…今のままなら見えないかも知れないな」
「ふぅん…じゃあさ…」
見えもしない流星を待ち続けるぐらいならば、今横でこうして話している俺を見なさいと本気と冗談が入り交じった声で囁かれ、ぞくりと肌を震わせたウーヴェは、逞しい腕が身体に絡みつき、身動ぎが出来なくなったことに気付いて苦笑する。
「リオン、苦しいぞ」
「んー、俺を見るまで離しません」
「こらっ!」
いつもと変わらない軽いやり取りの奥に潜む寂寥感にどちらも気付いていたが、それを直接伝えるのではなく、こうして肌を触れあわせている時に感じ取ってくれとリオンが密かに願っていると、ウーヴェの抵抗が不意になくなり、どうしたんだと端正な顔を覗き込んだリオンは、言いたいことを言い出せないもどかしさに顔を歪めるウーヴェを見つけてしまい、頭を囲うように両腕をついて額を触れあわせる。
「オーヴェ。どうした」
「………リーオ」
「うん」
顔を僅かに離して次の言葉を待ったリオンは、ウーヴェの目尻にあるほくろが正面を向いたことに気付いて目を細め、どんなことを考えているのか全く察することは出来ないが、目を閉じたあとそっと瞼を持ち上げた為に姿を見せた綺麗なターコイズ色の虹彩に思わずキスをしたくなってしまうのを何とか堪えて今度は鼻先を触れあわせる。
「今も……泳いでた、とき…も、寂しい思いをさせた。……ごめ、ん…」
「オーヴェ…?」
お前の言うとおりここには一緒に楽しむ為に来たはずなのに一人で本の世界に没頭してしまった事と、また先程は見えないのに諦めも悪く窓から見える夜空だけを見ていて寂しい思いをさせたと辿々しい声で告げられて驚いたリオンは、次の言葉が流れ出すのをじっと待っているが、リビングにいたときにそれに気付いたと自嘲混じりに告白されてすとんと納得してしまう。
リビングでの不可解な言動の訳を本人から教えられて納得できたリオンは、じわじわと沸き上がってくる感情に自然と笑みを浮かべ、瞬きを繰り返すウーヴェの腰に手を回して抱き寄せれば、素直に痩躯が腕の中に転がり込んでくる。
「気付いてくれたのならそれで良いや」
そして、気付いた事を口に出して素直に謝ることの出来るお前がやはり好きだと囁き、その肩に顎を載せたリオンは、擦り寄ってくるウーヴェを強く抱きしめて白い髪に鼻先を埋める。
「オーヴェ、オーヴェ」
「………っ、うん…」
「オーヴェ、好き」
誰が何を言おうとどんなことを言われようとも、やはりお前が好きだと素直に告白されて息を飲んだウーヴェは、いつもならばついつい羞恥から怒鳴ってしまう言葉を飲み下し、同じ言葉ではないがそれでも同じ思いを短い言葉で伝えると、喜色に染まった気配に全身が包みこまれ、ごく自然な動作で額を重ねた後、今度は唇をそっと重ねてくる。
その動きにも素直に従って満足するまでキスをした二人は、どちらからともなく互いのパジャマの裾に手を差し入れて素肌の感触を確かめると、黙ったまま衣類を脱がし始めるのだった。
ぼんやりと滲む視界をはっきりさせたくて、何度も瞬きを繰り返したウーヴェは、すぐ傍から聞こえてくる声にまずは視線で返事をし、安堵の溜息を感じ取った後で顔を振り向けて不安そうに見つめてくるリオンを発見する。
「どうした?」
「気持ち悪ぃ所はないか?」
抱き合った後のいつもの行為をしたことを教えられて軽く目を瞠った後、平気だと伝えるように首を左右に振ったウーヴェは、隣に潜り込んでくるリオンの腰に手を軽く引っ掛けて身を寄せると、もう一度安堵の溜息が落とされる。
「ありがとう、リオン」
「明日めちゃくちゃ美味い朝飯食わせてくれたら許してやっても良いな」
「それはそれは…寛大な御心に感謝いたします、我が君」
「俺ってば心が広いからー」
ウーヴェの真摯な謝罪にリオンが片目を閉じて茶目っ気たっぷりに答えると、それに応じたようにウーヴェも軽口を叩き、リオンがえへんと胸を張る。
その様が童話に出てくる威張り散らした王の様で、ウーヴェが軽く驚いた後、確かに広い心を持っているなと笑いながら呟くと、たった今自らが広いと宣言したはずの心でリオンが拗ねたように何で笑うんだよと不満を漏らす。
「心が広いんだろう?これぐらいで機嫌を損ねてどうするんだ?」
「それはそれ、これはこれ」
「なんだそれは」
まるで言葉遊びのような事を言い合いながらも、どちらも耐えることが出来ずに笑い出してしまい、一頻り笑いあった後鼻先が触れあうほどの近さで枕に頬を押し当て、互いの身体にしっかりと手を回して触れるだけのキスをする。
「今日は星が見られなくて残念だったな、オーヴェ」
「ああ。まだ明日もある」
「そっか。明日は何をしようかなー」
今日は庭から直接出ることの出来る湖で思う存分泳いだから、明日はこの近辺をぶらぶらと散歩しようと笑うリオンにそれも良いなと頷いたウーヴェだが、今日一人きりで遊べと言わんばかりの態度を見せていた事を内心でもう一度反省すると、明日は湖の周りを散歩しようと告げてリオンへと身を寄せる。
「うん。………あ」
「どうした?」
「散歩も良いけどさ……」
「?」
不意に言葉を句切ったリオンにウーヴェが訝るように眉を寄せるが、次いで響いてきた不気味なことこの上ない笑い声に思わずリオンの身体を突き飛ばしてマットから落下させるほどの間合いを取ってしまう。
「何するんだよ、オーヴェっ!!」
「お前が不気味な声で笑うからだろう!?」
「や、だってさ、明日の夜に星を見るんだったら、昼はずーっと寝ていても問題ないって事だろ?」
「……っ!!」
リオンの不気味な言葉が意味することを素早く察したウーヴェは、冗談じゃない、一日中寝るなど言語道断だと顔を赤くして叫ぶと、俺だけが頑張るのもつまらないからお前も付き合えと言われて顔を青くする。
せっかくバカンスに来ているのに、貴重な休みを何故ここのマットの上で二人で汗を掻きながら過ごさなければならないのか。 冗談ではないと顔を赤くしたり青くしたりして叫んだウーヴェにリオンが我が儘を言うなと恐ろしい笑顔で答えた為、ウーヴェが思わず枕を頭の下から抜き取って二人の間に突っ込むだけでは飽きたらずに、リオンに背中を向けて持参したブランケットをすっぽりと肩まで被ってしまう。
「オーヴェ、なんでそっち向くんだよっ」
「うるさいっ!」
寂しいからこっちを向け、絶対に嫌だ見たいのならばお前がこっちに来いと、どっちもどっちな攻防を繰り広げた二人は、程なくしてあまりにもバカらしい事で言い合いをしている事に気付き、咳払いひとつで攻防戦に終止符を打つと、リオンの手がそっと枕を取り払い、己とウーヴェの頭の下に差し入れる。
「今日みたいに一人で遊べは無しだぜ、オーヴェ」
「ああ……朝ご飯を食べながら何をするか決めよう」
「うん。────お休み、オーヴェ」
この近辺を散歩するのか、それとも湖にボートを浮かべて水上のデートを楽しむのか、それとも部屋の中で水面の上を渡ってくる風を受けながら寝るのかを決めようと笑い、もう一度リオンの背中に手を回したウーヴェは、額に濡れた感触を受けて目を閉じる。
熱と欲を吐き出した身体は心地よい疲労感に包まれていて、小さな欠伸を零すとリオンの盛大な欠伸の音が閉ざされた世界に響いてくる。
小さな声でお休みを告げたウーヴェがあっという間に意識が深い底へと沈んでいく感覚に身を委ね、自分より遙かに高く感じる体温を持つリオンの傍で程なくして穏やかな寝息を立て始めれば、そんなウーヴェの後を追うようにリオンも目を閉じて夢の世界に足を踏み入れるのだった。
大きな天窓から見える夜空には、ウーヴェが見たいと願っていた星達が照れたように雲の隙間から顔を覗かせ、仲睦まじく眠る二人の姿に照れたようにいくつかの星が夜空を流れ落ちていくのだった。
2011/08/13


