Das neues Jahr.

Über das glückliche Leben(UGL) -Lion & Uwe -

 新年をあと一時間ほどで迎える頃、しんと静まりかえったリビングにぱちぱちと炎が爆ぜる音が聞こえるが、その音以外に室内に流れるものはといえば、ページを捲るはらりと言う小さな物音だけだった。
 ソファで足を組んで分厚い本を読んでいた彼が身動いだ為にソファが小さく軋むが、その音と炎の爆ぜる音が重なり合って相殺されしまう。
 彼が組んだ足の向こうにテーブルがあり、その上には幾冊もの本が積み重ねられているが、その一冊一冊から付箋が顔を覗かせていたりメモ用紙が姿を見せている事から総ての本を読み終えていることを教えてくれるが、今彼の膝の上にあって静かにページが繰られていく本とほぼ同等の分厚さを持っていた。
 本の山の横にはすっかりと冷めてしまっているグリューワインが注がれた大振りのマグカップがあり、その横には手軽に片手で食べる事が出来るようにか、手作りらしいホットサンドがこれもまた冷え切っていたが、皿の上に載っていた。
 今読んでいる箇所がちょうど一息つきやすかったのか、本を膝の上から横に下ろし眼鏡を外して天井を仰いだ彼は、本を読み進める事の疲労とそれを遙かに上回る悦楽が入り混じった溜息を吐きかけ、己の顔に戻ってくる直前に視線を暖炉で爆ぜる炎へと向ける。
 ぱちぱちと響く小さな音がこんなにも大きく聞こえる事など随分と久しぶりだった。
 目頭を指の腹で軽く押さえた後、テーブルの上で冷え切っているホットサンドとグリューワインに目を細め、あまり空腹を感じていないと苦笑して立ち上がった時、くらくらと眩暈を感じてしまって慌ててソファに腰掛ける。
 その時になって漸く己の腹の虫が断末魔にも似た声を挙げたことに気付き、もう一度苦笑して水を取る為にキッチンへ行くと、水を持って戻ってくる。
 そして己が読み終えた本の山に視線を向け、こんなにも静かに本が読めるなどどのくらい振りだと目を細め、テーブルに置いてあるリモコンを手にとってテレビを小さな音で流し始める。
 画面に映し出されているのは、今年もそろそろ終わりを迎えようとする街の光景だった。
 こんな時間にテレビの放送も大変だなと、水を飲んだ後に冷えているグリューワインのマグカップを傾けた彼は、テレビの中に見慣れたくすんだ金髪を発見し、軽く目を瞠って画面を注視してしまう。
 画面の端に小さく映ったその頭髪とその持ち主だが、どうやら一人ではないらしく、POLIZEIと書かれた上着の背中を向ける警官と何やら打ち合わせをしているらしく、遠目に見ても分かる程精悍な顔つきだった。
 その横顔にどきりと鼓動を速めてしまい、今年最後の夜に何か事件でもあったのかと一人気を揉んでしまうが、どうやら新年を迎える為に集まった人々に対する雑踏警備の様なものをしている事に気付くと、自然と安堵の溜息を零してしまう。
 ソファに深く腰掛け、横に置いていた手触りの良いブランケットを膝に掛けてマグカップを傾ける彼の前、画面の中ではまだまだ子供のような青年達が大騒ぎをし、手に手に花火の用意をしたりワインボトルを掲げて大騒ぎをしたりしていて、音量を下げてもその騒々しさが伝わってきそうだった。
 その騒ぎっぷりにただ苦笑し、先程読んでいた本の続きを読もうと手に取りページを繰ろうとするが、何故だか一ページどころか一行すら読み取ることが出来ず、ついさっきまではあれほどすらすらと読めていた筈なのにと苦笑し、疲れているのだろうかと一人呟いた時、音を消していたテレビへと視線が流れてしまい、無意識のうちに先程見たくすんだ金髪を探し求めてしまう。
 同僚と打ち合わせをしている、そんな横顔を見せてくれていたその人だが、今は画面の外にいるらしくて、彼が探すように視線を左右に流してもその姿は見えなかった。
 それが非常に残念で、失意の溜息を零して再度本を手に取った時、少しだけ離れた場所に放り出していた携帯が微かに振動し、着信を無音で伝えてくれる。
 携帯を手に取り耳に宛がうと、まず飛び込んできたのは周囲の雑音とすら言える騒々しい声達だった。
 その声に無意識に眉を寄せた彼だが、次いで聞こえてきた声に前髪を掻き上げてもう一度ソファに深く座り、背もたれに背中を預けてブランケットに覆われた膝を抱えるように折り曲げる。
 『ハロ、オーヴェ!』
 まだ起きていたかと、周囲の様々な音に負けない賑やかな声が問い掛け、自分でも気付かない裡に眉間の皺を消滅させて目を細める。
 「ああ、本を読んでいた」
 『本?まーた小難しい本読んでんだろ?』
 何も年が変わる直前まで勉強しなくても良いだろうと、自分には考えられないと陽気な声で図星を突かれて瞬時絶句した彼は、誰かさんがいないと静かだから本を読むスピードも速くなると告げると、今度は携帯の向こうが沈黙に陥ってしまう。
 「…リオン?」
 『…ん?ああ、悪ぃ、今さ、マックスと一緒なんだよ』
 ゴメン聞こえなかったと謝罪をされて苦笑し、何でもないんだと返した彼は、再度テレビに視線を投げ掛け、画面の端に映し出される後頭部に目を瞠り、電話を掛けてきた恋人の名を呼ぶ。
 「リオン」
 『どーした?』
 「…俺の手を挙げてくれないか?」
 『へ!?』
 ぼそりと呟いた声に素っ頓狂な声が返ってくるが、程なくしてこれで良いのかと声が聞こえたかと思うと、画面の中でヌッと拳を握った左腕が突き上げられる。
 「────仕事お疲れ様、リオン」
 『ああ、うん。あれ?オーヴェ、もしかしてさぁ…』
 今テレビに俺が映っているのかと問われ、さてどう返事をしたものかと思案した彼、ウーヴェは、画面の中で振り返った顔に目を細め、次いで見えた表情に思わず呼吸を止めて見入ってしまう。
 先程突き上げた左手で前髪を掻き上げ、携帯を耳に宛がいながらきょろきょろと周囲へと視線を投げ掛けるリオンが小さく映し出されているのだが、その顔は先程見た精悍な刑事の顔だった。
 二人きりでいる時には滅多に見ないその顔に呼吸を忘れて魅入ってしまった彼は、どうしたと疑問の声を投げ掛けられて我に返り、ついでに忘れていた呼吸も思い出す。
 画面の端に映っていた、驚くほど澄んだ青い瞳が獲物を探す獣のような鋭さを持っていたが、彼だけが見抜くことの出来る色もその鋭さの中に顔を覗かせていて、無意識にああと呟いてしまう。
 『オーヴェ?』
 「………っ、何だ…?」
 『うん。今日はって言ってもあとちょっとで今日も終わりだけどさ、帰りは朝になると思う』
 今広場の雑踏警備をしているが、恐らく家に戻れるのは年が明けて夜も明けた後になると残念そうに告げられ、身体の奥に芽生えていた炎を一先ずは鎮火してくれる。
 「ああ。…仕方がないな」
 『うん。仕方ないけどさ…出来れば一緒にいたかったなーって』
 己の職業を考えれば仕方のない事かも知れ無いが、年が変わるその瞬間に傍にいられないのは本当に残念だと、今年一番の慚愧の念に囚われたような、それでいて何処か突き抜けた晴れがましい声が残念さを伝えてきた為、つい本当にそう思っているのかと意地悪く問い掛けてしまう。
 『あ、俺の言葉を疑ってるのか、オーヴェ?』
 信じられないと憤慨する声も何故か浮かれているようで、ちらりと暖炉の上の置き時計を見た彼は、そろそろ日付が変わって年が変わる事に気付き、いつまでも電話をしていても良いのか不安になって問い掛ける。
 『ああ、大丈夫。ちゃんとすることはしてるって』
 その言葉通り、テレビの中のくすんだ金髪の刑事は、制服警官とともに大騒ぎをする青年の襟首を引っ掴んだかと思うと、暴れる男を片手で押さえ込んで警官に突き出していた。
 「分かってる。………なぁ、リーオ」
 『どうした?』
 ひっそりと、室内に響く己の声すら掻き消すようにひっそりと名を呼び、いつもの調子でどうしたと問われた彼は、抱えていた膝に身を寄せて頬を膝頭に押し当てる。
 今まで年が変わるその時を一人きりで迎えていたが、それが寂しいだの悲しいだのとは思う事は無かった。
 だが、今テレビの中で懸命に仕事をしつつも己に電話を掛けてくる恋人と付き合い出してからは、節目節目に大騒ぎとも言える賑やかさでその日をともに過ごせることを祝う様になりだした。
 イースターもそうだったし、クリスマスイブもそうだった。
 10歳を境にして総ての祝い事に背を向けた彼だったが、振り返る事を余儀なくされた今、今までの己が独りだった事を見せつけられ背筋を嫌な気配が駆け抜けていたのだ。
 その感じた思いを口に出すべきかどうかを思案し、結果的には何でもないと答えた彼の耳に陽気な、だがじっと聞き入れば底に潜む冷たさと強さが入り混じるが、それでも彼には途轍もなく優しく力強い声が何だってと聞き返してくる。
 その声に誘われるように口が開き、俺もそうだと微かに返した後、何故そんな事を言ったのかと激しく後悔しそうになる寸前、深い溜息混じりの声が聞こえてくる。
 『オーヴェぇ、今そんな事を言うなよ…』
 仕事に集中できないだろうと、画面でもう一度前髪を掻き上げて溜息を零す素振りを見せる青年に呆れたように呟かれるが、携帯を持つ手とは逆の手がそっと耳に嵌められている青い石のピアスに触れ、その感触を確認するように何度も撫でているのを見てしまい、目を瞠ってしまう。
 そのピアスはアクセサリーを選ぶ自信がないと辞退したにも関わらず、その気持ちが大事なんだと言って選んでくれと背中を押された時に買い求めたものだったが、あの時以来恋人の左右の耳には必ずそのピアスが控え目に光っていた。
 ピアスを撫でる指先の動きを見ていると、昨夜も己の身体を執拗なほど愛撫していた手付きを思い出し、無意識に左足の薬指を撫でて膝頭に額を押し当てる。
 『交代の時間になればすぐに帰るからさ』
 だから良い子にして待っていてくれと、いつもとは逆の言葉を囁かれて軽く口を尖らせた彼は、お前がすぐに帰ってくるのならば悪い子になってやると、今もその片鱗を覗かせる口調に笑みを混ぜて囁けば、心底困惑したような声が名を呼んでくる。
 「冗談だ」
 『だからー、イブの時にも言ったけど、お前の冗談は笑えねぇっての!』
 「悪かったな」
 『んー。悪いと思うのならさぁ…』
 今すぐキスをしてくれ。
 その声に絶句するが、毎晩しているだろうとも告げられて苦笑するとテレビの前に歩いていき、タイミング良く映し出されている恋人の顔に向けてキスを送る。
 「……届いたか?」
 『へ!?届いてねぇ!』
 「おかしいな」
 くすくす笑いながら画面の中の困惑顔にもう一度キスをし、今度は伝わったかと問い掛けて全然伝わらないと憮然とした声を聞かされてつい声を出して笑ってしまう。
 『オーヴェ!?』
 「悪かった…。リーオ」
 『なんだよ』
 そんな顔をするなと画面と携帯に向けて語りかけると、暫くの沈黙の後、やっと何かに気付いた様に青い眼が見開かれたかと思うと、舌打ちの音が聞こえて三度画面の中でくすんだ金髪が掻き上げられる。
 『な、オーヴェ。今日の俺は格好いいか?』
 隠しもしない自信ありげな声がどうだと問いを発し、さぁどう返そうかと短く思案した彼だったが、この時ばかりは心のままに答えようと決め、画面の中の男前に向けて目を細める。
 「────最高だ」
 『そっか』
 その短い一言に同じく短く返した後、しっかりとカメラを見たリオンが控え目な笑みを浮かべると、その笑みに再び呼吸を奪われ、耳から流れ込む低音に肌を粟立ててしまう。
 今は画面を通してだが、もしこの笑みを間近で見つめ直接耳に低音を流し込まれれば、きっと立っている事すら危ういだろう。
 そんな官能的な声と笑みに腰が砕けそうになりながらも必死に堪えた彼は、仕事に戻らなければならないだろうと、こちらの状態を悟られないように口早に告げると、ああ、うんという気もそぞろな声が流れ出す。
 『オーヴェ……5…』
 突如始まったカウントに最初は意味が分からなかったが、さすがにこの状況を思い出し、リオンの声に被せるようにカウントダウンをしていくと、0という声とともに携帯の向こうが一瞬にして喧騒に包まれる。
 「Herzlichen Gluckwunsch zum Neuen Jahr.リオン」
 『うん。新年おめでとう、オーヴェ』
 傍にいながら互いの顔を見て新年の挨拶を交わせないのは残念だが、こうして電話で声を聞き、一方的にではあっても顔を見ながら言葉を交わせたことが嬉しいと目を伏せた彼は、気付けば画面が別の人々を映し出しているテレビの前から立ち上がり、ソファに腰掛けてテレビのスイッチを切った後、おめでとうともう一度告げて今度こそ伝わるようにと携帯にキスをする。
 『仕事が終わったらすぐに連絡するな』
 「ああ。……気をつけてな、リオン」
 『ダンケ。グリューワインを飲み過ぎるなよ?』
 その言葉に誰が飲み過ぎるかと不満を訴えた彼は、じゃあそろそろ仕事に戻ると告げられて帰ってくるのを待っていると告げ、小さく届けられた携帯越しのキスに目元を緩めて通話を終える。
 ソファに投げ出してあったブランケットを再度足に被せ、冷たくなったホットサンドを手に取るとなるべくゆっくり時間を掛けて胃に収め、グリューワインも飲み干した後、先程は一行すら目に飛び込んでこなかった本を開き、今度はすんなりと飛び込んでくる文字列にただただ苦笑をしてしまう。
 だがその苦笑が消えるか消えないかの頃にはすっかりと本の中に意識を埋没してしまったらしく、幼馴染みからの新年の挨拶が書かれたメールすら気付かないのだった。

 

 その後、このクリスマス休暇を利用して読み終えようと思っていた本の総てを読み終え、気になる箇所には付箋を貼ったりメモを挟んだりした彼は、後何時間かで恋人が戻ってくる事に気付き、朝食の用意をある程度済ませて一眠りし、仕事明けの疲れた身体を引きずりながら戻ってきた恋人を労う笑みで出迎え、数時間経過した後の新年の挨拶を顔を見ながらそっと交わすのだった。

 

2011/01/01
Herzlichen Gluckwunsch zum Neuen!und Seien Sie mir auch in diesem Jahr gewogen!
新年、明けましておめでとうございます。そして、今年もよろしくお願いします。


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