Der Tiger

Über das glückliche Leben(UGL) -Lion & Uwe -

 リビングとキッチンの間の廊下を通り掛かった時、格子模様に刳り抜かれているガラスから見えた光景に思わず足を止めて見入ってしまう。
 そこに映り込んでいたのは、密林の王者として君臨している、赤褐色の毛皮に黒の縞模様を持つ野生の虎が力強く、だがネコ科の動物特有の優雅さを喪わない凛とした姿だった。
 ガラス越しにテレビを見ただけなのだが、画面奥から手前に向けて歩いてくる姿に魅入られたように動くことが出来ず、バスローブ姿のまま廊下でガラス越しにテレビを見てしまう。
 一歩一歩とゆったりと力強く足を踏み出し、カメラに向けて歩くその姿をただ見つめていた彼は、ドアが開いたことにも気付かないでいたが、トラが画面一杯に映し出された瞬間、びくんと肩を揺らして後退ってしまい、キッチンのドアに背中をぶつけてしまう。
 「オーヴェ、どうした?」
 その動きにドアに手をかけて首を傾げたのはリオンで、眼鏡の下の碧の目を最大限に見開いてテレビに見入っているウーヴェの前でひらひらと手を振ってみる。
 「オーヴェ?」
 「……あ、ああ、どうした?」
 何度目かの呼びかけに我に返った表情でリオンを見たウーヴェが声を掛ければ、それはこっちのセリフだと肩を竦められて瞬きを繰り返す。
 「ビール取りに行こうって思ったらオーヴェがそこに突っ立ってたからびっくりした」
 「ああ、悪い」
 一足も二足も先にシャワーから上がったリオンがリビングでテレビを見ていたのだが、廊下に人の気配を感じてソファから顔を上げた先、ウーヴェがぼうっと突っ立っていたのが見えたのだ。
 リオンならば兎も角、ウーヴェにしては珍しいバスローブ姿のままで。
 さすがにそれには驚いてしまい、こうして廊下に出てきたと教えられてもう一度謝罪をしたウーヴェは、二人揃ってキッチンに向かい、夏の風呂上がりにだけはよく冷えたビールを飲みたいと言う理由で冷やしておいたそれと同じく冷やしておいた背の高いグラスを一つ取り出してリビングへと戻る。
 「オーヴェ」
 「どうした?」
 二人のお気に入りになっているカウチソファのカウチ部分に足を伸ばして座ったリオンの傍にウーヴェも腰掛け、持って来たビールの栓を抜いてグラスに注いで一息に呷ると、グラスではなくボトルから直接リオンもビールを飲む。
 「さっきじっと何を見てたんだ?」
 「ああ、あれだ」
 グラスにもう一度ビールを注ぎつつウーヴェが示したのは、テレビの中央で草の上に横になって欠伸をするトラの姿だった。
 「トラ?」
 「ああ」
 何故か目が離せなくなったと苦笑した瞬間、カウチで足を伸ばしていた筈のリオンが飛び上がってウーヴェの横に座り直し、瞼を平らにして不機嫌さを現してくる。
 「どうした?」
 「…オーヴェはさ、トラとライオンだったらどっちが好きなんだ?」
 「は?」
 突然の質問に目を丸くして真っ平らな瞼の下に隠れた青い眼を見つめたウーヴェに、だからどっちが好きなんだと畳み掛けるように問い掛けたリオンの真意に気付き、小さく吹き出したウーヴェの前、見る見るうちにリオンの口がへの字へと曲がっていく。
 「リオン」
 「何だよ」
 「笑って悪かった。ただ…いきなりそんな事を聞かれても困るだろう?」
 「何で困るんだよ?」
 ビールをまるで水か何かのように飲み干し、満足そうな溜息を吐いてリオンを見つめたウーヴェは、リオンの頭にキスを一つ送ると同時に立ち上がり、さっきまでリオンが座っていたカウチ部分に同じように足を伸ばしてもたれ掛かると、すかさずリオンがウーヴェの足の間に身体を割り込んでくる。
 「暑いだろう?」
 こうしたスキンシップは嫌いではないどころか常に求めるものだが、さすがに夏の風呂上がりにそれをされてしまうと暑くて仕方がない。
 ウーヴェの微苦笑交じりの言葉にリオンが振り仰いでくるが、その顔はまだ拗ねた子供のままだった為、前髪を掻き上げてやりながら見えた額に小さな音を立ててキスをする。
 「リーオ」
 「………何だよ」
 もう一度そっと自分だけが呼べる名を囁けば、大きな身体がずるずると伸びていった為、慌てることなく両膝を立ててリオンの腰に腕を回して引き上げる。
 「トラとライオンだとどちらが好きか、だったな?」
 「そう。どっちなんだ?」
 ウーヴェの腿にしっかりと両腕を回して身体を支えつつ背後の白皙の相貌を見上げたリオンに、眼鏡を外したウーヴェが愛おしさを隠しもしないで目を細め、どちらだろうなと多少の意地悪を込めて囁く。
 「────そんな事を言うんだ?へぇ…」
 「どちらかと言えばトラの方が好きだな」
 テレビを見ながらトラのあの立ち姿に惹かれてしまうと笑い、柔らかなくすんだ金髪に手を差し入れて手遊びをするが、その手を掴まれて強引に引き剥がされてしまって目を丸くする。
 「リオン?」
 「トラの方が好きなんだ?へぇ、そっか」
 それはそれは知らなかったと、掌に口を押しつけながら不明瞭な声を出すリオンを見下ろしたウーヴェは、見上げてくる蒼い瞳に浮かぶ強すぎる光に気付いて息を呑む。
 ウーヴェが息を呑んだ瞬間、リオンが口を押し当てていた掌をぺろりと舐めたかと思うとそのまま指の腹を舌で辿って行き、爪に軽く歯を立てて音を立てる。
 「リオン…っ」
 「ん?どうした?」
 「どうしたじゃない…っ」
 中指から始まったそれは次いで人差し指親指へと舌が這って行き、最後に薬指の根元をきつく吸った後、指を曲げさせられたそこにキスをして一連の行為が終わりを迎えるが、その頃にはウーヴェの深い湖面のような双眸に欲情の小波が立つようになっていた。
 恋人の体内に嵐を生み出した事に気付き、内心ほくそ笑んだリオンは、ウーヴェの足の間で器用に身体を反転させると痩身に腕を回して背もたれから引きずり下ろすように引っ張り、驚きに見開かれた双眸を愛おしそうに見つめてキスをする。
 「────ん…っ」
 覆い被さってくる大きな身体に腕を回して抱きしめると、より深く繋がれるようにと角度を変えて何度も口付けられて息苦しさと同時に腹の奥に言い様のない熱が生まれたことに気付き、唇が離れた隙に熱が籠もりつつある吐息を零す。
 「なぁ」
 「……何だ…?」
 ターコイズを半ば隠しながら溢れ出す情だけは隠さずに顔を上げたウーヴェの上、リオンが白とも銀ともつかない髪を囲うように腕を着いて見下ろし、先程と同じ質問を投げ掛ける。
 「…トラの方が好きだ…っ!!」
 きっぱりと囁いた刹那、もう一度唇を塞がれ今度は舌を絡め取られて鼻から抜けるような息を吐く。
 長く深く濃いキスにくらりと眩暈を覚えそうになった頃、やっと離れたリオンがもう一度同じ事を聞くぞと告げながら覗き込んできた為、微かに震える指先で背中をしっかりと抱き、立てていた両膝で腰を挟んでどうぞと先を促す。
 「トラとライオン、どっちが好きだ?」
 「トラだな。ただ……」
 青い眼をした金の鬣を持つライオンだけは他の何にも代え難いほど愛している。
 熱と欲に浮かされそうになりながら何とか囁き、だからたかがテレビのトラに見惚れたぐらいで嫉妬するなと耳に流し込めば、やや躊躇った後コツンと額を重ね合わせてくる。
 「オーヴェ」
 「お前は百獣の王なんだろう?ならばこれぐらいの事で狼狽えるな」
 宥めるように背中をぽんと叩いたウーヴェに小さな謝罪の声が流れ込み、トラを見つめるだけで嫉妬されてはたまらないとも告げると、しょんぼりしたような声がごめんと返してくる。
 「リオン」
 「うん」
 自分が惚れているのはトラの立ち姿やその姿勢、そしてそんなトラを取り巻く凛とした気配だと告げて金髪を抱え込むように腕を回せば、それは自分も好きで、常々お前に感じている事だと返されて口を閉ざす。
 「俺はやっぱりオーヴェの姿勢が好きだな」
 真っ直ぐに筋が通っていてぶれることのない、だが決して優しさを忘れないその姿に惚れているとキス交じりに告げられて目を閉じると、じわりじわりと胸の奥にその言葉が浸透していく。
 過去にも似たようなことを言われてきたが、今ほどそれが嬉しい事だと感じたことはなかった。
 それを感じて伝えてくれる存在がリオンで良かったと唐突に思い、抱え込んだ頭にキスをしてそっくりそのまま同じ言葉を返すと笑えば、嬉しそうな溜息が聞こえてくる。
 「いつも真っ直ぐに前だけを見るお前が…」
 何よりも愛おしいと囁き、抱えていた頭を自由にすると鼻先と鼻先を軽く触れ合わせる距離で目を閉じる。
 「リーオ」
 俺だけの王と囁き、心が感じる思いのまま唇の両端を持ち上げれば嬉しそうな中にも揺るぎない自信を秘めた声がああと短く返してくれるが、それだけでも十二分に伝わる想いがあり、その重さに負けたようにカウチソファに背中を沈めてしまう。
 「オーヴェ、ベッドに行こう」
 ここで抱き合うのも捨てがたいが、やはり広々としたベッドの方が良いと囁き、勢いを付けて抱き起こしたリオンにもたれ掛かりながら小さく溜息を吐いたウーヴェは、ちらりと肩越しに見えたテレビに映し出されるトラのトパーズのような双眸と視線が重なったことに息を呑むが、その瞬間にテレビの画面が黒くなり、俺だけ見ていればいいと至近で囁かれて苦笑する。
 「大丈夫だ」
 今はお前しか見ていないと囁き返し、リオンの肩に軽く額を当てるように身を寄せると、しっかりと腰を抱かれて更に引き寄せられる。
 それを合図にリビングからベッドルームへと向かった二人は、ほぼどちらからともなく顔を寄せてキスをし、互いが身に纏っているバスローブとシャツの中に手を差し入れて脱がしに掛かる。
 そしてその後訪れた熱と欲と情にまみれた時間、ひっきりなしに荒い息を吐きながらリオンの身体に腕を回していたウーヴェだったが、脳裏の片隅に貴石の様な一対の双眸が浮かび上がりそうになると、どこからそれを察するのか、それに気付いたリオンが目を光らせて突き上げてはそれを忘れさせていくのだった。

 

2010/07/31


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