「なぁ、純粋な質問なんだ。教えてくれないか」
彼好みの落ち着いた雰囲気のバーのカウンターに照明が反射し、それに重ねて小さな問いかけが投げ掛けられる。
「何だ?」
隣で肩を並べてグラスを傾ける親友へと視線だけを向け、珍しく真摯な声が聞こえてきた事に軽く驚いてしまう。
賑やかな場所よりは静かな落ち着いた雰囲気の店を彼が好む事を良く知っている親友は、カランとグラスの中で氷が踊る音に目を閉じ、先程までの真摯な表情を一瞬のうちに掻き消して陽気な顔を突き出してくる。
「お前のキングはベッドの中でもキングなのか?」
「今夜の支払いはお前だな、ベルトラン」
「んな…っ!!」
灰色の目を白黒させる親友をじろりと睨んで眼鏡を押し上げた彼、ウーヴェは、突然何を聞くんだと眉根を寄せ、親友の前に置いてあるチーズとクラッカーを取り上げる。
「あ!俺の分を持って行くなよ」
「うるさい。馬鹿な質問をしてきた代償だ」
「何て理屈だ」
オーゴットと天を仰いで嘆息する親友の背中を拳で軽く叩いたウーヴェは、それにしても突然どうしたと苦笑混じりに問いかけ、己の前にあったナッツをベルトランの前にそっと差し出す。
「今日休憩の時に従業員と話になったんだよ」
グラスを傾けて語り出した親友の横顔をじっと見ていたウーヴェは、聞かされた言葉に次第に顔を険しくしていき、聞き終えた時にはくっきりと眉間に皺が刻まれていた。
「お前…職場で何の話をしているんだ」
セクハラで訴えられたらどうすると親友を気遣っているのか、それとも従業員を気遣っているのかは分からないが、とにかくその手の話題には気をつけろと忠告をするウーヴェに、さすがに女の子の前ではそんな話はしないと慌てて否定をしたベルトランだが、その時にふと気になったのだと告げられ、何が気になったと言葉を繋いでグラスを揺らす。
「お前のキングはさ、すげーガキっぽいだろ?実際年下だし」
「……まあな」
ウーヴェの恋人は4歳年下だが、年不相応の言動を取る事が多々あった。
はっきり言ってしまえば、ベルトランが言ったとおりに子供っぽいのだ。
ただその子供っぽさがある種の擬態のようなものである事に薄々と気付いているウーヴェだが、イマイチ確信の持てていないそれを親友に話すことはせず、確かに子供っぽいと苦笑混じりに肯定する。
「周りにゲイのカップルはいないからなぁ。────なぁ、何て言うのかは分からないけど、ベッドの中じゃどっちが上なんだ?」
「どこが純粋な質問なんだ」
あまりふざけたことばかりを聞くのならばここの支払いだけではなく、今後の付き合いも考えさせて貰うと、ターコイズに怒りにも似た色を浮かべたウーヴェが親友をじろりと睨み、お前の言う上か下かなど毎回変わるだろうと吐き捨てるように告げてさっき差し出したナッツを奪い取った後、苦虫を噛み潰したような顔で噛み砕く。
「そうじゃなくて…はっきり言うぜ。お前が突っ込んでるのか?」
潜められた声に紛れるのは確かに純粋な好奇心で、リオンと付き合い出してから種々様々な人達から浴びせられた嫌悪感すら感じる好奇心は微塵も感じられなかった。
その為、ウーヴェは小さく吐息を零し、白とも銀とも付かない前髪をさらりと掻き上げる。
「場所を考えろ」
「あ、悪い」
さすがにこんな静かなバーでは聞きにくいことだよなと、頭を掻いて素直に反省する親友に目を伏せて苦笑し、少し離れた場所に立つバーテンに最近お気に入りになっているシングルモルトのボトルを開けてくれと注文し、カウンターから背後のボックス席に移動することも告げると、目を丸くするベルトランを残してカウンターを離れる。
「お前、新しいウイスキーを下ろしたのか!?」
「飲まずに話が出来るか」
「オーゴット」
今日の支払いは自分持ちだと確定しているベルトランが胸の前で手を組んで天井を見上げると、座り心地の良いソファにゆったりと腰掛けて足を組んだウーヴェが鼻先で笑う。
「聞いてきたのはお前だ」
始めたのならば終わらせなければならないとも笑い、テーブルに置かれたボトルからグラスに注いで一息に呷れば、ベルトランも腹を括ったのか同じようにグラスを呷る。
「どうなんだよ?」
席を移ったと言う事はさっきの話をする気になったんだなと、ウーヴェの方へと身を乗り出したベルトランに、残念ながら逆だと肩を竦めた瞬間、親友の目と口がまん丸になる。
「逆かよ!?」
「ああ」
いつかは抱いてみても良いなとも笑い、今度はさっきよりはウイスキーの量を減らした水割りを作り、カランと氷とグラスが触れ合う音に目を細める。
「俺はてっきりお前が、その…」
「そう思ったか?」
実は自分も当初はそうだったと苦笑し、親友のグラスに酒を注いだウーヴェは、初めて抱き合った夜を思い出して苦笑を深める。
あの時はどちらが抱くかで一悶着あったのだが、今にも泣きそうな顔で尻に突っ込まれるのは嫌だと叫ぶ恋人に根負けしたとは言えず、成り行きでそうなったと言葉を繋ぐと、盛大な溜息が零れ落ちる。
「ベルトラン?」
「いや、まあ…どっちが主導権を握るかは男女でも色々あるもんなぁ」
年下であろうと関係ないかと、髪を掻きながら呟く親友に肩を竦め、お前も彼女を抱く時はどうなんだと問えば、疲れた時は彼女が頑張ってくれると返されて瞬きをする。
「人の事を言えないだろうが」
「確かになぁ…。じゃああれか、やっぱりお前のキングはいつでもどこでもキングなんだな」
「その言い方、気にくわないな」
「そうか?キングが気に入らないか?」
ケーニヒは英語ではキングだろうと笑われ、そうじゃないと返すと目を丸くされる。
「いつでもどこでもと言うのが気に入らないな」
すべての事においてリオンが主導権を握っている訳ではないと悔し紛れのように呟けば、それは悪かった、ベッドの中ではと訂正するとにやりと笑われ、そっぽを向いて前髪を掻き上げる。
確かにベッドの中ではほぼ毎回リオンが主導権を握っている、と言うよりはウーヴェが握ろうにも、熱に浮かされ翻弄されてしまえばそれどころでは無くなるのだ。
そんな事情を口が裂けても親友には言えるはずもなく、ふんともう一度鼻息を吐いてグラスを手の中でくるりと回せば、落とされた照明がグラスの縁を一周して光る。
「ま、お前が納得してりゃそれで良いんだけどな」
「……まあな」
二人同時にグラスを呷り、下ろしたばかりのボトルをほぼ同時に見つめて絶句する。
確かに飲まなければ話せないと宣言したが、さすがにこの短い時間でボトルの半分を飲んでしまっていたとは思わずにどちらからともなく溜息を吐いて苦笑し合う。
「せっかくのボウモアがもったいない」
「お前の奢りなんだ、マッカランの25年でも良かったな」
「お前は悪魔か」
デビリッシュと、グラスを持つ手でウーヴェを指さしたベルトランは、そっと伸ばされてくる白い手が何をするのかを見守り、直後激しく後悔する。
「痛いっ!!」
「今、何を言った、ベルトラン?」
誰もが見惚れるような笑みを浮かべ、恋人のリオンが事あるごとに誉める長くて白い指でベルトランの耳を思い切り引っ張ったウーヴェは、片手で頬杖を付いてもう一度言えと更に笑みを深める。
「悪かった。俺が悪かったから、手を離せ」
「─────ふん」
涙目で謝罪をする親友に小さく舌を出したウーヴェは、ジャケットのポケットに入れておいた携帯が微かに音楽を流した事に気付き、慌てることなく携帯を手に取る。
テーブルを挟んで向かい側に座る友人の眼鏡の奥の双眸が不意に柔らかくなり、今まで飲んでいても顔色一つ変えなかった癖に、メール一通で目元がうっすらと赤くなった事に気付いたベルトランは、くそーと一声吼えた後、ボトルを掴んで濃い目の水割りを二つ作り、少々荒々しくウーヴェの前にグラスを置く。
「キングか?」
「ああ……今仕事が終わったそうだ」
「今まで仕事かよ!?」
働き者のキングだねぇと、頬杖を付いて呆れたように視線を斜めに向けるが、親友が浮かべた柔らかな-と言うよりは甘ったるいと言った方が相応しい-表情を見たことに胸の深い場所で安堵の溜息を零していた。
幼い頃から付き合いがあり、親友の家族がそれはそれは仲睦まじい頃から不幸な事件に巻き込まれた結果、今のように不仲になってしまい、それと同時に親友から笑顔が消えてしまった一連の出来事を知っているだけに、この様な優しい表情を浮かべられるようになったことは本当に嬉しい事に思えるのだ。
だがそれを口に出すことも表に出すこともせず、ただただ呆れたように溜息を吐いたベルトランは、程なくして流れ出した曲に目を瞠り、ウーヴェが携帯を耳に当てた事からメールでは物足りないとキングが宣った事を知る。
「Ja…もう帰れるのか?」
目の前で繰り広げられる恋人同士の甘いとしか思えないやり取りに思わず毒突きたくなった彼は、ウーヴェの為に作った水割りが薄まっている事に気付き、また新しく作ると言い訳じみた事を呟いてそれも飲み干す。
「今か?いつもの店でベルトランと飲んでいる。……ああ」
「ん?キングが来るのか?」
注文したチーズを囓りながら首を傾げれば構わないかと目で問われ、全く問題はないと肩を竦めて返事をすれば気を付けて来いと通話を終える。
「……おい」
「何だ?」
「お前、今何をした?ん?」
通話を終える寸前に携帯にキスをしなかったかと、すっかりと酔いの回った双眸を真っ平らにしたベルトランがウーヴェに詰め寄り、顔を寄せられた方は手で遮りながら何でもないと顔を顰めて言い放ち、それよりもさっき俺の水割りを飲んだだろうと睨み返す。
「また作ってやるからさ。な、いつも携帯にキスするのか?」
「だからそれはお前の見間違いだと言っているだろうが」
もう酔っ払ってしまったのかとターコイズを眇めたウーヴェだったが、内心では冷や汗を流していた。
寝る前の習慣になっている恋人との今のようなやり取り。それを終える時、これもまた癖になっているのだが、お互いが通話を終える前にキスをするのだ。
それが無意識に出てしまったと内心かなり焦っていたが、ベルトランが酔っていないと言い張った為、完全に出来上がっているだろうと苦笑し、アップルサイダーを注文するが、それには手を着けずにちびちびと二人でウイスキーを飲んでいると、不意にベルトランが何かを呟く。
「くそー。仲良いよなぁ、お前ら」
「ふふん」
悔しかったら彼女を作ってみろと親友を鼻で笑えば、学生の頃からお前自身は興味が無くても俺が好きになった女の子は何故かみんなお前を好きになって随分と悔しい思いをしたと、昔年の恨みを未だに抱えている顔でベルトランが睨むが、口に出して問い掛けたのはまた違った事だった。
「どっちがベタ惚れなんだ?」
「は?」
同じ酒ばかりを飲んでいると飽きてくるのか、手付かずだったアップルサイダーに口を付けた時、ベルトランが顔を赤くして問いかける。
そろそろ親友の限界が見えてきた事を悟り、もう止めておけと言うようにグラスを押さえて首を振る。
「それは良いから。な、どっちだよ?」
尚も問いかけてくる酔っ払いにあからさまに溜息を吐き、どちらだろうなと肩を竦めると面白く無いと文句が上がる。
もうすぐやってくる恋人もそうだが、良く面白く無いと言って頬を脹らませたり、そっぽを向いたり、酷い時には不機嫌になって部屋を出て行ったりする事もあるが、この親友もどうやら恋人と同じ言動を取るようで、つい比べてしまって笑みを浮かべる。
「何だ?」
「何でもない」
「言えよ、何だよ」
「何でもないと言ってるだろうが、酔っ払い」
あまりにしつこいとさっきも言ったが今後の付き合いを考えさせて貰うぞと、アップルサイダーを注いだグラスを友人の目の前に突き出しながら眉を寄せれば、灰色の目がきらりと光り、グラスを持つ手首を握られる。
「ベルトラン?」
「もしここにキスマークでも残せばどうなる?」
お前のキングはどんな風に怒り狂うのか見てみたいと、にやりと笑みを浮かべた親友に呆れ返ってものも言えなかったウーヴェだが、本当に見てみたいのかと問いかけ、もちろんと明るく返事を貰う。
「そうか────どういう風にお前が怒るのかを見てみたいそうだ、リオン」
「!?」
ベルトランの顔から視線を背後の頭上へと向けた途端、ベルトランの両肩にがしっと手が載せられる。
「見せても良いけど、ベルトラン、泣いちゃうかも?」
リオンが耳元で満面の笑みを湛えて囁き、手を載せた肩を揉んだ瞬間、ベルトランの全身からだらだらと汗が流れ落ちる。
「本気で怒れば俺には止められないぞ」
「~~~~~~っ」
「何の話してたんだ、オーヴェ?」
「ななな何でもないっ!さっきの質問は無しだ!」
リオンがベルトランの背後から覆い被さるように腕を回し、すぅと顎を撫でると同時にベルトランが何かに気付いて慌てふためいた声を出す。
「そんなに慌てなくても良いって。別に取って食う訳じゃないし?」
取って食われた方がどれ程楽だろうと静観していたウーヴェが内心呟くが、恋人の今の表情と目の色から、この後自分には眠れない夜が待ち構えている事を悟り、小さく諦めの溜息を吐く。
「素直に謝っておけ」
「何か謝らないといけない事をしたのか?」
抱きついている恋人の親友の顔を背後から覗き込み、頬をつんつんと突けば引き攣った笑みを浮かべて腕を振り払われる。
「詳しい事は聞くなっ!とにかく、すまん!」
ベルトランがこの通りと頭を下げたのを見下ろし、腕を組んで満面の笑みを浮かべるが、ロイヤルブルーの双眸には笑みの色は一切無かった。
その相反する表情に背筋が凍り付きそうになるが、裏腹に陽気そのものの声が聞こえて来た為にあからさまに安堵の溜息を吐く。
「チーズフォンデュが食いたいな、俺」
「分かった。お前の好きなチーズで作ってやる。何が良い?」
「カマンベールとヴァシュラン」
チーズを付けて食べる具材はオーヴェの大好きなクヌーデルをいっぱい。
心底嬉しそうにオーダーをするリオンに苦笑し、それで許して貰えるのならば安いものだと友人を見れば安堵の溜息を吐きたいような顔をしていて、つい苦笑を深くする。
「リオン、腹は空いていないのか?」
「出てくる前に軽く食べたから減ってねぇ」
「そうか。……ベルトラン、ごちそうさま」
「次はお前な」
目を丸くする恋人に愛車のキーを差し出し、冷や汗を拭いた友人の肩をぽんと叩いた後、また連絡をすると頷いてリオンの腰に腕を回す。
ベルトランは、リオンが驚きと感激とを綯い交ぜにした表情でウーヴェを見つめた事からその行為がかなり珍しいものである事を知り、先程の問いへの回答も得たような気分になってしまう。
「じゃあな」
「チーズフォンデュ、よろしく」
「ああ。頬が落ちるほど美味いものを作ってやるよ、キング」
ひらひらと手を振ってさっさと帰れと意思表示をしつつ、次の休みがいつだろうと後で友人に聞いておこうと肩を竦めたベルトランは、リオンの腰に腕を回して少しだけ身を寄せるウーヴェの姿が見えなくなると同時に肺の中を完全に空にするような溜息を吐き、ひどく獰猛な獣の尾を踏んでいたのではないかと今更ながらに青ざめ、親友のこの後の運命に気付いて思わず神に祈ってしまうのだった。
店の近くに止めてあったスパイダーに乗り込み、助手席でシートベルトを締めようとした途端、リオンが覆い被さるように腕をシートについて覗き込んでくる。
「リオン?」
どうしたと問い掛けた口をすかさず塞がれてしまい、眼鏡が当たって痛みに顔を顰めそうになるが、それを許さないというのか、顎を固定されて更に深く口づけられる。
「────っ!!」
さすがに息苦しさを覚え、首筋の後ろで束ねてある髪を掴んで訴えてみるが、それすらも無視されて奥に引っ込もうとする舌を絡め取られてしまう。
「ん…ふ…っ」
自然と漏れる呼気に気を良くしたのかどうなのかやっとリオンが離れるが、ウーヴェが大きく胸を喘がせたのを見届けた直後、恋人が何をする暇も与えずに眼鏡を奪い取り、ダッシュボードに投げ捨てる。
「リオ…っ!!」
眼鏡を手荒に扱って壊れたらどうすると文句を言いかけた口を再度口で塞ぎ、苦情を口内に封じ込めた後、再び舌を絡め取って呼吸すら奪い取れば、髪を引っ張っていた手から力が抜けて背中へと回される。
停まっている車内で息の根を止められるようなキスを何とか受け止めていたウーヴェだが、万が一通行人に見られたりすればまずいと漸く気付き、背中を抱いていた手で再度髪を引っ張るが、口内で舌を弄んでいた舌に歯列を確かめるように舐められて身体が震え、髪を掴んでいた手からまた力が抜けてしまいそうになる。
リオンと付き合い出して初めて経験した事は多々あったが、息苦しさすら感じるようなキスもそのうちの一つだった。
今まで自分がどれ程淡白だったのかを思い知らされるキスに悲鳴を上げそうになるが、それもリオンの口の中に消えていくのだろうと気付いた時、くらりと目眩を覚えてしまう。
酸欠から来るものなのか、それとも別の感覚から来るものなのかが咄嗟に判断出来ずに眉を寄せてきつく目を閉じ、目眩を感じて覚えた不安を訴えるように目の前の身体に腕を回してしがみつく。
「カワイイ」
やっと離れたリオンがくすりと小さく笑みを零し、軽い音を立てて濡れた唇にキスをするが、カワイイと言われたウーヴェはロクに返事も出来ないで胸を喘がせて眉を寄せるだけだった。
「オーヴェ」
「……うるさい…っ」
男にカワイイと言うなといつもならば憎まれ口の一つも飛び出すものだが、それをする気力すらないのか、リオンの呼びかけに煩わしそうに答えたウーヴェの前、にやりと笑みを浮かべたリオンが再度白い顎を掴んで視線を重ね合わせる。
「腰抜けた?」
ロイヤルブルーとターコイズが間近で視線を交わしあうが、リオンの笑み混じりの問い掛けにウーヴェが視線を逸らして口を閉ざす。
その態度がしっかりと問いに答えている事になっているのだが、リオンがふふんと鼻先で笑い、もう一度軽い音を立ててウーヴェの赤くなった唇にキスをする。
「帰るか」
「………」
答える気力も制止する気力もなく、ただ運転席から聞こえる恋人の嬉しそうな声に溜息で答えたウーヴェは、その後自宅に到着するまで一言も口を利かないのだった。
自宅に戻り、ビールを飲みたいとキッチンに向かったリオンの背中を思わず蹴り飛ばしたくなったウーヴェだが、それを堪えて何とかベッドルームのドアを開け、バスルームへと転がり込む。
青い瞳をぎらりと光らせたリオンがそのまま大人しく寝るはずもない事を誰よりも知っているウーヴェは、蹌踉ける足腰にしっかりしろと怒鳴りたくなりながらも今ではすっかりと慣れてしまった事を手早く済ませ、棚からバスローブを引っ張り出してのろのろと着替えると同時に置いてあるワイヤーチェアに力なく腰掛ける。
アルコールが今頃になって回ってきたのか、それともリオンの言うとおりさっきのキスが腰に来たのか、なかなか立ち上がる気力が起きず、額を押さえて深く溜息を吐いた時、バスルームのドアが開いて飛び上がりそうになる。
鍵を閉めるのを忘れていたと舌打ちをするが、ひょっこりと顔を出したリオンが洗面台の前でぼんやりと座り込んでいるウーヴェに気付き、唇に太い笑みを浮かべる。
「オーヴェ、どうした?」
ウーヴェの投げ出された足の間にするりと身を割り込ませ、腿に肘をついて見上げてくるリオンにただ苦笑し、額に掛かる前髪を掻き上げてやれば嬉しそうに目を細める。
その顔から昔実家で飼っていた毛足の長い大型犬を思い出すが、あの犬は随分と自分に懐いていて、良くベルトランが追いかけ回されていた事を思い出す。
「昔飼っていた犬も良くベルトランを追いかけ回していたな」
「へ?そうなのか?」
「ああ」
掻き上げた前髪を軽く引っ張り、さっきの店で見せた様な顔を良く犬相手に見せていたと苦笑すると、リオンの手がそっと上がって前髪を弄っていた手を握られたかと思うと、掌にキスをされて首を傾げる。
「ベルトランと何の話してたんだ?」
「何と言われても…」
「ベルトランは聞くなって言ってたけど、オーヴェは言ってないよな?」
「な…っ!」
酔いが回った頭が一瞬にして覚醒するような笑みを見せつけたリオンに思わず目を瞠り、椅子から立ち上がろうとするが足の間に割って入られている為に身動きが取れなくなってしまう。
「なぁ、何の話をしてたんだ、オーヴェ?」
「!!」
ベルトランとだからこそ出来た会話の数々だったが、それをリオンに言うにはまだ気恥ずかしく、目元を赤く染めて顔を背ければやけに明るい声が足の間から流れ出す。
「リオン?」
「ま、良いか」
「!?」
オーヴェが素直になる方法なら幾つも知っていると、思わず絶句するような事を呟いたリオンは、慌てる恋人の身体をワイヤーチェアと己の身体で挟んで身動きが取れないようにするとバスローブの中に手を差し入れて下着の上から掌を宛がう。
「っ!!」
「素直に吐いた方が楽だと思うけどな」
強い力で握られ目の奥に火花が散った様な感覚に頭を振り、何とかリオンの手を離させようとするが、耳朶を舐められた後唇を舐められてキスをされてしまえば力など入る訳もなく、リオンが着ている目が覚めるような青いシャツに手を添えてしまう。
リオンの大きな手の動きが敏感になっているものと布地を擦り合わせる事になり、そのもどかしさに腰が揺れてしまうが、それを見たリオンがキスを止める事もなければ手を止める事もなく、溜息が零れてしまいそうなもどかしさに眉が寄る。
きつく閉ざした瞼の下、ちかちかと光が明滅し、愛車の中で交わしたキスなどとは比べられない程の息苦しさを感じて喉の奥で声を挙げるとやっと自由に息を吸えるようになり、胸だけではなく肩も大きく揺らして新鮮な空気を吸い込んでいると、尻を上げてと優しく強請られ、ロクに考える事もなくその言葉に従った直後、一息に下着が脱がされてすっかりと形を得たものが外気に触れて微かに震える。
「────ァ!」
短く息を呑んだ拍子に声が零れ、シャツに添えていた手を今度はくすんだ金髪の中に差し入れて指先に力を入れる。
さっきは布地の上からの愛撫だったが、先端にキスをしたかと思うとそのまま舌を這わせて口にすっぽりと納めたのだ。
いつの間にか足を肩に担がれる事でより一層身体の自由が奪われてしまい、与えられる快感に頭を仰け反らせてしまう。
「…は…っ・・…ん…っ」
堪えようとしても零れる荒い息を頭上に落とすウーヴェを、それを口に咥えたままにやりと笑みを浮かべて見上げたリオンは、聞こえるように音を立てて吸い上げた後、喉の奥で先を擦るように深く口を寄せれば、白い顎が跳ね上がって微かな声がバスルームに霧散する。
「何の話をしてたんだ?」
水音を立てながら半分近くを口から出し、白い顎を見上げて問い掛けたリオンだが、返事と受け取れる様な声が流れる事は無かった。
意外とと言うか予想通りというか、見せられた強情さに目を細め、リオンの唾液と先端からとろりと流れる物で滑るそれを片手で撫でた後、根本を少しだけきつく握りながら先端を舌先で突いて吸い上げれば、肩に担いだ両足が跳ね上がり、仰け反っていた上半身がリオンの肩へと倒れ込んでくる。
「ァ…ッ…!!」
無意識にシャツを握りしめてキツイ快感を堪えようと唇を噛みしめるが、舌の代わりに親指の腹で先を擦れば身体全体に震えが伝播し、短い間隔で荒い息が吐き出される。
その呼気に混ざる熱と甘さに気付き根本を戒める手はそのままに、完全に勃ったものを滑る掌で愛撫し続けると担いだ足が不自然に伸ばされ、窮屈な姿勢にもかかわらずに腰が突き出される。
そろそろ限界が見えている事を察するが、望む回答を得られていないと噛みしめられた唇を舐めて力を抜けと促してみるが、それでもやはり答えは得られなかった。
「ホント、素直じゃないよなぁ。でもそんなお前が好きなんだけどな」
呆れたような感心したような呟きを発したリオンは、額にキスをすると再度口の中に招き入れ、さっきよりも強く吸いながら戒めていた手で根本から先へと向けて激しく擦れば、一度は力が抜けた足に再度力が入り、爪先がきゅっと丸められる。
「────ッア!!」
短い嬌声がリオンの頭上に落ちると同時に腰が跳ね、口の中に馴染みのある熱が吐き出される。
「は…っ…ハッ…ン…っ!」
熱を吐いた事で身体がぐったりとワイヤーチェアにもたれ掛かるが、上がった息はなかなか元には戻らず、肩を揺らして呼吸を繰り返す恋人を見上げて顎を掴んで視線を重ね合わせたリオンは、にやりと笑みを浮かべた後に大きく口を開いて舌を出す。
「!!」
己の目の前で強制的に見せられた光景に思わず目を瞠ってしまったウーヴェは、顔を背けようとするが顎を掴まれている為にそれも叶わず、見てしまったものを掻き消そうとするようにきつく目を閉じる。
にやりと笑みを浮かべるリオンの舌の上、唾液と一緒に載っていたのは、ウーヴェがさっき口内に出した精液だった。
「マスかいてたのなら恥ずかしいけどさ、俺がやったんだし?」
別に恥ずかしい事じゃないと目を細めて囁き、掌に己の唾液とともに吐き出すと洗面台で手を洗って軽く口を漱いでついでに顔も洗う。
「オーヴェ」
今まで浮かべていた底意地の悪い色などすっかりと掻き消していつもの甘える様な声に振り返ったウーヴェは、手の甲にキスをされてそのまま椅子から引き起こされてしまう。
「ベッドに行きましょうか、女王様」
「……誰が女王だ、バカタレ」
「じゃあ王様」
「王様はお前だろうが」
王と言うよりは暴君だ、ネロかヘリオガバルスだと静かな湖面のような双眸に怒りをたゆたわせ、いわゆるお姫様抱っこをしようとする手を叩き、前髪を一房握って引っ張りながらバカタレと繰り返す。
「いてて。ごめん、オーヴェ。ネロは分かるけど、ヘリオ何とかは知らない」
「うるさいっ」
暴君の代名詞とも言えるネロは兎も角、もう一人はいつの時代のどんな暴君なのかも知らないと眉尻を下げるリオンに、いきなりあんな所で盛るバカがいるかと、バスルームからベッドへと移動する間も髪を引っ張り文句を言うウーヴェだったが、ベッドに半ば投げ出されてしまうとさすがに減らず口を叩いている余裕は無く、さっきとはまた違った表情で顔を寄せて来るリオンについ自然と瞼を下ろしてしまう。
「さっきは無理だったから、良いよな?」
そっと離れた唇が何に対する許可を求めているのかをしっかりと読み取り、嫌だと言いかけるが、その頃には再び腹の奥底に熱が籠もり始めていて、その許可を認めない訳にはいかなかったが、そのまま素直に認めてしまうには釈然としないものを抱いてしまい、その思いから条件を付けてしまう。
「何の話だと聞かなければ、な」
「イジワルオーヴェなんかこうしてやる!」
「こらっ!!」
首筋に鼻先を押しつけ、その勢いをかってベッドにウーヴェを押し倒したリオンは、藻掻く白い手足を己の手足で封じ、睨んでくるターコイズに目を細めて鼻先にチュッとキスをする。
「大人しくしないとさっきみたいな目に遭うぜ?ネロにでもヘリオガバルスにでもなってやる」
「────っ!!うるさいっ」
さっきの痛みにも似た快感を再度味わう事になると暴君にも通じる顔で笑われ、悔し紛れに小さく叫んだウーヴェだったが、手足を押さえられている為に抵抗出来ず、思い切り顔を背けて荒い鼻息を吐く。
「オーヴェ」
「何だっ」
「良いよな?」
念押しするように問われて暫く沈黙してしまうが、自身の腹の底で溜まりつつある熱の事と更にその奥に存在する情から嫌だとも言えず、渋々と言った態度を隠しもしないで小さく頷けば、手足を押さえていた力が消え去り、顔を囲うように手をつかれて額に額が重ねられる。
「さっきはごめん」
「もう…いい」
リオンの身体に腕を回し、そっと背中を抱いてくるウーヴェに嬉しそうな同意の言葉を伝えたリオンは、まだ自分が服を着たままである事に気付き、ウーヴェにキスを仕掛けながら手早く脱いでいくのだった。
その後、好き放題にリオンに煽られ喉が痛みを訴えるほど荒い呼吸を繰り返したウーヴェは、熱に浮かされている最中に何度か問い掛けられ、答えなければ望むものをやらないと意地悪く言われてしまい、半ば無意識に友人と話していた事を告白し、友人にははっきりと言わなかった、どちらがより惚れているのかの答えをも教えてしまうのだった。
後日、リオンが宣言したとおりにゲートルートを訪れた二人は、希望通りのチーズフォンデュを提供されてリオンはいつにも増して上機嫌になっていたが、対照的にウーヴェは無表情に怒り狂っている事を、料理の感想を聞きに顔を出した友人に伝えていた。
あの夜、ベルトランが余計な質問をしなければ、翌日のせっかくの休みを棒に振ってしまうまで抱かれる事もなかったのだ。
翌朝はリオンの朝食どころか自分自身の用意すら出来ず、ベッドの中からリオンを送り出したウーヴェは、恋人が仕事を終えて戻って来る直前まで起き上がる事が出来ずに一日寝たきりの時間を送らなければならなかった。
その恨み辛みをターコイズに込めて友人を無表情に睨めば、そっと大きめの箱が差し出され、渋々その箱を受け取ったウーヴェだったが、中身が何であるかを知った瞬間、絵に描いたような笑みを浮かべて礼を述べ、今後はなるべくキングの機嫌を損ねないようにしようとの提案を受ける。
その提案に一も二もなく賛同しようとした時、二人で内緒話かと目を細めるリオンに一方は例えキングと言えどもベッド以外では逆らう事の出来ない笑みで、もう一方は僅かに冷や汗を浮かべながらも笑顔で何でもないとその話を打ち切り、キングの碧い眼をまん丸にさせるのだった。
2010/04/25
時々、こんなお話を書いてみたくなるんですっ(脱兎)


