Dearest.

Your Song-Kain&千暁-

 遠くの方で聞こえる花火の音と人があげる歓声に気付き、緑のカーテン越しにそちらへと顔を向けたのは、滅多に飲まないワインをグラス半分だけ飲んだ直後に見事にひっくり返ってしまった千暁だった。
 千暁が今いるのは、自宅の中で最も手間暇も資金も掛けられて植物にとっての環境が整えられている温室の、日中であれば弱い日差しが木々の隙間から優しく降り注ぐ、居心地の良い場所に置いたカウチの上だった。
 そのカウチの側には小さなプールがあるのだが、プールサイドに南国をイメージする植物が茂っているというよりは、植物の隙間にプールを作らせてもらったという方が相応しい空間で、カウチに寝そべってアルコールのせいで火照った顔を冷ましていた千暁は、水を持って戻ってきた長身の恋人に気付き、身体を起こそうとする。
 「・・・無理に起きるな」
 「・・・ありがとう、カイン」
 グラスで飲むのが難しいと判断されたのか、ストローが挿さったミネラルウォーターのボトルを頬に充てがわれて冷たさに首を竦めてしまうが、その気持ち良さに自然と笑みを浮かべてしまう。
 「気持ちいい」
 「・・・そうか」
 千暁の横に腰を下ろし、当たり前の動作で己と比べればはるかに小さな恋人の身体を抱き上げて己の腿に座らせたカインは、お前が酒を飲むなんて本当に珍しいと微苦笑するが、小さく頬を膨らませた千暁がだってと言い訳を始める。
 「・・・テレビを見てもさ、新年を迎えるからってみんなビールを飲んだりワインを飲んだりしてる、から・・・・・・」
 僕もキミと一緒に新年を迎えた瞬間に乾杯をしたかったと、カインからすれば信じられないほどいじらしい言い訳をされて奇妙な音を立てて唾を飲み込んでしまい、動揺をなんとか押し殺して咳払いを一つ。
 「・・・・・・乾杯などジュースでも出来る」
 「そうなんだけどね・・・・・・あ、でもさ、酔っ払ったことも悪くなかったかも」
 己の足の上で体に寄りかかりながらくすくす笑う千暁の顔を覗き込んだカインは、酔いが回っておかしなことを言い出したのかと危惧するが、アルコールのせいで陽気になっているのか、己の思いつきが最高だと言いたげな顔で千暁が笑い続ける。
 「どうした?」
 「んー、こうしてキミに介抱して貰えるなら、酔っ払うのも良いかなって」
 「・・・・・・」
 この、己と比べればはるかに小さな身体と幼く見える外見を持つ恋人の一挙手一投足に心の振れ幅が大きくなってしまう事や、今まで付き合ってきた彼女達からも聞かされたことがないような甘ったるい−と以前のカインならば鼻先で笑い飛ばしていた−言葉の数々も今では当然のように受け入れるようになっていたが、日本から留学し、夢が破れたものの、その夢の果てで別の夢を見出したと笑った彼を守りたいと強く感じたことや、今のように己だけの優しい言葉と笑顔を向けられた時、どのように思いを伝えれば良いのかと一瞬考え込んでしまう。
 お前が思う以上に好きだなどとは口が裂けても言えないが、ただその思いの一端だけでも感じ取れと伝えようと腕の中の顔を覗き込んだカインは、顔の半分近くもあると良くからかう大きな双眸が閉ざされて心地良さそうな寝息が流れ出したことに気付き、胸の中で芽生えた思いを溜息とともに体外へと吐き出す。
 「・・・・・・まったく」
 ここまで弱いのだから酒は当分禁止だと呟きつつ赤い前髪を掻き上げたカインだったが、心地良さそうな寝息につられて欠伸を一つすると、完全に寝入ってしまった千暁を抱えたまま難なく立ち上がる。
 朝になってアルコールを分解出来ていない身体が悲鳴を上げて半日ぐらいは苦しまなければならないだろうが、明日は休みなのだ、家どころか一日中ベッドの中でゴロゴロしていても誰にも何も言われないと、千暁の額にキスをしつつ苦笑し、温室からベッドルームへと向かう。
 ワインを一杯飲んだぐらいで倒れてしまう恋人が可愛くもあり気の毒でもあったが、二日酔いが少しでも軽く短く済むようにと、己の為には祈らないが千暁のためならば悪魔に魂を売ることすら躊躇わないカインが短く祈りながらベッドに下ろすと、室内にある小さな冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを何本か取り出し、ベッドサイドに並べておくのだった。

 

 翌朝、カインの予想通りに頭痛がする胸がムカムカする助けてと泣きつく千暁を抱きしめながら介抱の続きをしていたカインは、もう飲まない絶対に飲まない酒なんか嫌いだと喚く千暁に自業自得だと冷たく言い放つ。
 「・・・・・・うぅ、カインのバカ、そんなことを言うカインなんか嫌いだっ」
 「そうか。俺は好きだから問題ない」
 「・・・・・・何だよ、それ」
 千暁の泣き言にカインが何でもない事のように返すと、腕の中でもぞもぞと身動いだ千暁の口から呆れたような声が流れ出す。
 「俺は好きだからお前が嫌っていたとしても関係ない」
 「・・・それ、片想いだったら絶対にアウトだよね」
 「そうだな」
 そんな、一歩間違えれば犯罪者になりかねない思考回路を持つ己の恋人になんとも言えなくなった千暁だったが、言葉とは裏腹に己を労るような日頃の言動を思えば信じられないような優しい腕が背中を撫で体の不調を軽減してくれることに気付き、感謝の思いを伝えながら背中に腕を回すと、頭にキスが降ってくる。
 「・・・起き上がれるようになればパンを少し食え」
 「う、ん・・・」
 「パンが無理なら米でも良い。糖質を少しで良いから食べろ」
 そうすれば二日酔いからくる頭痛や胸焼けが少しでもマシになるはずだと教えられ、素直に頷いた千暁は、せっかくのお正月なのに何も出来ないと情けない声を出してしまうが、それも大きな掌で背中を撫でられて申し訳なさも後ろめたさも和らいでいく。
 「・・・カイン、少し寝ても良いかな?」
 「ああ。こうしているから好きなだけ寝ろ」
 「う、ん・・・ありがと、カイン」
 ありがとうの言葉に重なる寝息にカインが小さく安堵の溜息を零すが、昨日の様に腕の中で聞こえてくる穏やかな寝息につられて欠伸をし、千暁と同じように眠りに落ちるのだった。


2020.01.02/2020年新年小話第2弾。カインと千暁です。おや、カインさん、随分とスウィートにおなりに・・・・・・(ぷぷぷ)


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