彼を知る人達が口を揃えて言うように、この街の人々の暮らしを守る職業に就き、ウーヴェのーあまり公には言いたくない-恋人は、真冬の寒さも嫌いならば真夏の暑さも死ぬほど嫌い-本人談-だそうで、ここの所急激に暑さを感じるようになった為に、仕事を終えてウーヴェの自宅アパートに帰ってきてからも、暑い暑いを連発しては己の周囲の気温を上げる努力を怠らないでいた。
暑いのだから騒いだとしても暑いのだ、だったら少し静かにしていれば冷えてくるだろうと、思わず冷酷に聞こえる言葉を告げたウーヴェは、案の定湿り気を帯びたような視線で睨まれてしまって思わず読んでいた雑誌で顔を覆い隠す。
「…なぁんでそんな事を言うかなぁ?」
「何故と言われても…事実だから、だろう?」
「や、そりゃあ事実だけどさぁ…」
カウチソファで腹這いになりながらクッションを抱え込み、冷たい言葉を吐く恋人を睨み付けたリオンは、困惑気味に苦笑するウーヴェの傍にまで躙り寄っていくと、雑誌と身体の隙間から見下ろしてくるターコイズ色の瞳を見上げて頬杖を着く。
「どうしてそんな言い方をするのかなってこと」
「それこそ、どうしてと言われてもなぁ」
困ってしまうと苦笑したウーヴェだったが、リオンの目が不気味に光ったのを見た瞬間、己が何か失言をしてしまったことに気付く。
「ふぅん…そぉんなことを言うんだ?」
「リオン?」
「そんな事を言う人にはもうキスしてあげませーん」
「……俺は別に構わないが?」
上体を起こして堂々と宣言するリオンに呆気に取られてつい雑誌を膝の上に置いてしまったウーヴェは、いつもキスをしてくれと言ってるのは俺よりもお前だろうと笑い、朝一番のキスに始まり、仕事が終わった労いのキスを強請り、家に戻ってから寝るまでの間に一体何度キスをするんだと言いながら眼鏡のフレームを指で撫でる。
そのウーヴェの言葉にリオンもケンカを売られた時の笑みで顎を引き、そんな可愛げのないことを言うんだと言い放ちながら今度は顎を上げる。
二人の間で目には見えない意地がぶつかり合って火花を散らすが、もう一度ウーヴェの手がそっと上がって眼鏡のフレームを撫でた為、リオンが何とも言えない不気味な笑みを浮かべてウーヴェを見つめ、見つめられた方はその不気味さに雑誌を投げ出して思わずソファから腰を浮かせそうになる。
「な、何だ…?」
「………ほんっとうに、俺の陛下は素直じゃないんだからなー」
「は!?」
「おまけに、信じられねぇぐらいニブチンだし?」
「……!!」
ウーヴェが思ってもいない事を口にした時にだけ、まるでそれを分からせるような貌をずいと近づけ、何度も何度も言っているが、素直じゃないお前も好きだが素直なお前は本当にどうしようもないほど好きと嘯くと、目を瞠って驚愕の色に顔を染めるウーヴェの頬にキスをしようとして危ういところで首を竦める。
「いけねぇ。キスしないんだったっけ」
己の前言を舌の根の乾かぬうちに翻しそうになった事に気付き、茫然自失の様子で見つめてくるウーヴェの額を人差し指で軽く突いたリオンは、どの言葉が失言だったのかをじっくり考えろと言い残してソファから起き上がり、シャワーを浴びて先に寝ると告げてリビングから出て行くのだった。
言葉の意味を考えれば怒っていると思われるが、それよりも何故か諭すような態度にも感じ、それに釈然としないまま見送ったウーヴェは、溜息をついて雑誌をコーヒーテーブルに置いてベッドルームに向かうと、少し開いているバスルームのドアを見つけて苦笑する。
どれ程口を酸っぱくしてドアはちゃんと閉めろと言っても、何故か必ず手が入りそうな隙間を空けている事が多いのだ。
だから今もそれを注意しようとドアを開けると、水が滴り落ちている姿のままで出てこようとするリオンとぶつかりそうになり、咄嗟に互いが身を引いて危ういところで衝突が避けられる。
「もうシャワーを浴びたのか?」
「うん。だって暑いし」
暑いからビールを飲んで先に寝る、お休みとにこやかに挨拶をして己の横を擦り抜けていくリオンを再度見送ったウーヴェは、見せられた笑顔が本心からのものであり、裏腹な心を示すものではない事に気付いて胸を撫で下ろしそうになるが、やはりさっきの態度が気になってしまう。
「オーヴェ、シャワー浴びたらビール飲むか?」
「ああ、欲しい」
「了解。こっちに持って来ておくからな」
だから早くシャワーを浴びて来いと、ドアの隙間から顔だけを出して告げられ、礼を言う間もなく引っ込んだ恋人の顔にただただ苦笑したウーヴェは、考え込んでいても仕方がないと頭を振り、一日の汗を流す為にシャワーを浴びる準備をするのだった。
真夏の太陽は冬の分まで働こうとするのか、冬であれば考えられない時間まで外は明るくて、ゲートルートでもこの季節だけは特別に店の外にいくつかテーブルを出して、そちらでも食事が出来る様にしていた。
その席を陣取っていた人達が赤ら顔で帰りだし、店の中にも人の姿が疎らになり出した頃、今日は早く終われそうだと従業員一同と笑顔で語り合い、少し早く店を閉めて何処かに飲みに行くかとオーナーシェフであるベルトランが声を張り上げた瞬間、従業員や仕入れ業者などが出入りする勝手口のドアが蝶番が外れる勢いで開き、真っ青な顔にやけに真剣な表情を浮かべた白い髪の青年が駆け込んできたことに気付いて皆顔を振り向ける。
何だかいつか何処かで経験した事のある光景だとぼんやりと考えたベルトランの前にやってきたのは、二人がそれぞれほ乳瓶を片手に本能のみで生きていた頃からの付き合いのあるウーヴェで、どうしたウーヴェと声を掛けるが早いか、首根っこを掴まれて厨房から引きずり出されてしまう。
「ちょ、ちょっと待てよ、おい、待てって!」
「うるさいっ!!」
ベルトランが泡を食ったように両手を振り回すのもお構いなしに、外見とは裏腹な力強さを発揮したウーヴェが幼馴染みを引きずって店の外のテーブルに向かった為、チーフとスタッフが顔を見合わせ、今度はどんな相談に訪れたのかを口々に言い始める。
「リオンとケンカをしたに1ユーロ」
「俺も!」
「じゃあ俺は…リオンがバカなことをしたから怒っているに1ユーロ」
「俺はどうしようかなぁ…んー…どっちにも1ユーロ」
「優柔不断だなぁ。…チーフ、お願いします!」
「じゃあ俺は、ウーヴェがリオンを怒らせたに5ユーロだな」
チーフの言葉に他のスタッフが盛大に驚くが、俺たちの賭はどちらが正しいのか確かめてきて下さいと懇願され、ビールとシュナップスをトレイに載せ、何食わぬ顔で二人が腰を下ろしているテーブルに向かったチーフは、ベルトランがちょうど良いところに来たと振り向いた為に笑みを浮かべ、二人の間にビールとシュナップスを置いて店に戻ろうとする。
「で、今度は何をしてあいつを怒らせたんだ?」
「………それが分からないから相談に来てるんだ。分かれば来るか」
ベルトランの言葉にウーヴェがやや躊躇った後に答えるのを聞き届けたチーフは、己の予想が的中したことにほくそ笑み、手に入る筈の小金を使ってリオンに一杯奢ってやろうと肩を揺らすのだった。
そんな、スタッフ一同から賭の対象にされていることなど思いも寄らないウーヴェが幼馴染みにだけ見せる貌で溜息をつき、そんなウーヴェにベルトランも肺の中を空にするような溜息をついてシュナップスを飲み干す。
「お前ね、相談に来ておいてその偉そうな態度は何だ。キングに暴露してやるぞ」
「やれるものならやってみろ。お前が暴露しても信じない」
それぐらい日頃の言動には注意を払っているんだと、何故か苦々しい顔で呟くウーヴェを前にベルトランが暮れてゆく空を見上げ、神様どうかこのガンコ者の口を封じる何かを下さいと聞こえるように声に出して呟き、じろりと睨まれて肩を竦める。
「お前が注意を払ってるのは患者やリアに対してだろう?キングに対しては…」
ありのままのお前を見せているはずだと、さすがに声に真剣さを込めて身を乗り出したベルトランの剣幕に押されたのか、深い溜息をついてビールを飲んだウーヴェは、だから自分のどの言葉が失言になるのかが分からないと前髪を掻き上げ、心底困っている顔でベルトランの柔和な顔を見つめる。
「バート、本当に、分からない」
「……ったく。今回は何を言われたんだ?」
ようやく話の核心に迫ることが出来たベルトランが、幼馴染みの口から途切れつつも事実を聞かされ、聞き終わった直後に脱力した様子でテーブルに額を打ち付ける。
「…………バート?」
「…………お前、本当に…分からないのか?」
お前の失言が何であるのかを考えろとキングが言ったそうだが、本当に理解出来ないのかと、何故か恨めしそうな目つきで睨まれて視線を彷徨わせつつ頷いたウーヴェは、ベルトランが神様どうか神様助けて下さいと叫びながら飛び上がったことに驚いてしまい、音を立てて椅子を引いてテーブルから離れてしまう。
「患者や友人からの相談には本当に的確に答える癖に、何で自分のことになるとそんなに鈍いんだ、ウー!?」
鈍い、お前は本当に鈍すぎると捲し立てられ、何故お前までリオンと同じことを言うんだとさすがに鼻白んだウーヴェだったが、それが事実だからだと指を突きつけられて不愉快そうに眉を寄せる。
面と向かって鈍感と罵倒されて黙っていられるはずもなかったが、幼い頃からウーヴェの傍にいて喜怒哀楽の感情を共有し見届けているベルトランと、人生における最愛の人物と言っても過言ではないリオンが同じことを言った為、もしかすると自分は本当に鈍感なのかも知れないと気付き、それを確かめる為に恐る恐る問いかける。
「……もしかしなくても鈍いんだ」
もっとも、ウーヴェの鈍さの由来が先天的なものではなく、後天的な事情からであることをしっかりと見抜いているベルトランが溜息をつき、お前の鈍さを今更怒鳴りつけても仕方がないと肩を竦められてしまえばさすがに楽しくないウーヴェが珍しく口を尖らせる。
その子どもじみた顔を今ここにいないキングに見せてやりたいと内心で呟くと、そんな顔をするなと肩を竦めてウーヴェのビールを一口だけ飲み、お前の言い方には慣れていても時々冷たく感じることがあると呟いて幼馴染みの目を見開かせる。
「言い方?」
「そうだ。それにそもそもキングが言っていたのは、何故そんなことを言うのかだろう?」
「だけど…事実だろう?」
事実をただ告げただけだと眉を寄せるウーヴェに苦笑し、例えが悪くて悪いが、お前の患者が今にも死にそうな顔色をしていたとして、そいつに死にかけているなんて言うのかと指を突きつけるとさすがに言わんとする事に気付いたウーヴェが再度目を瞠り、拳を握ってテーブルを軽く叩く。
「……言わないな」
「だろ?まあ今回は話を聞いてる限りじゃキングも本気で怒ってないみたいだし、何か食い物でも与えて機嫌を取れよ」
「……機嫌が直るか?」
「そーだな…お前がたった今気付いた事と謝罪を素直にすれば大丈夫だろうが…ああ、ちょっと待ってろ」
「?」
言いながら何かを思い出したのか、勢いよく立ち上がって店に駆け込んだベルトランは、ウーヴェが外から見守る前で厨房に駆け込んで業務用の冷蔵庫を開け放ち、中から一抱えもあるような密閉容器を持って戻ってくる。
「これを持って帰れよ、ウー。近々お前の家に持って行こうって思ってたんだ」
「何だ?」
密閉容器からは良く冷やされていたことを示す様に冷気が白く立ち昇り、触れた皮膚がひたりと吸い付くほど冷たかった為、何だろうかと首を傾げて密閉容器の蓋を開けたウーヴェは、仄かに赤く色づく内容物に更に首を傾げ、ベルトランが差し出したスプーンを片手に顔を上げる。
「これは?」
「ああ。店で出そうと思ってるデザートのソルベだ」
まだまだ試作段階だから味の確認をして欲しかったことと、気に入ったのならば持って帰ってあいつに好きなだけ食わせろと片目を閉じられ、スプーンでソルベの表面を引っ掻いてそれを口に入れる。
氷が涼しげな音を立てて口の中で崩れた直後、口内一杯にワインの香りが広がり、自然と笑みを浮かべてワインの芳醇な香りを楽しんだウーヴェは、甘さも控えめだし美味しいがロゼを使ったのかと問いかけて赤と白をブレンドしたと返されて瞬きをする。
「そのまま食っても良いし、バニラアイスにかけても美味いぞ」
何ならフルーツにかけても、基本の味付けはワインと砂糖だけだからどれでも合うはずだと、この時ばかりは料理人の顔で頷くベルトランにウーヴェも嬉しそうに目を細めて遠慮なく貰っていくことを告げると、これで機嫌を取れとは言わないが、お前とあいつがいつものように仲良くする為に使えばいいとベルトランに諭され、悔しいがそれも事実だった為に素っ気なく頷く。
「早く仲直りしろ」
「……余計なお世話だっ」
「だったら痴話ゲンカしてうちに相談に来るな、ガンコ者」
ウーヴェの口調がいつもの調子に戻ったことに内心安堵しつつも、それをおくびにも出さないで拳でテーブルをひとつ叩いたベルトランは、それでも密閉容器を小脇に抱えて立ち上がるウーヴェに目を細め、ドライフルーツをトッピングしても美味いと提案をする。
「…ダンケ、バート」
「ああ。仲直りしたら二人で店に来い」
「────必ず」
この約束は違えないと頷くウーヴェに手をひらひらと降ったベルトランは、ウーヴェが考えているような感傷的な理由からではなく、毎度毎度下らない痴話ゲンカに付き合わされる自分たちへの償いをさせる為に二人で来いと告げたのだが、その反面やはり心の何処かでは幼馴染みが恋人と仲良くしている様をいつまでも見続けていたいという思いもあった。
だから口ではどれ程不平不満を並べ立てようとも、突然こうしてやってきたウーヴェに対して無碍にすることは無く、客などそっちのけで相手をしてしまうのだ。
自分もウーヴェに対しては甘いと自嘲し、手を挙げて来た時は全く違う静けさで帰って行く幼馴染みの背中を見送り、やれやれと溜息を吐いて立ち上がるのだった。
幼馴染みの助言と現物支給を受けた翌日、いつものように仕事を終えて自宅に戻っていたウーヴェは、同じく仕事を終えて帰るコールをしてきたリオンに食事のリクエストを聞いて出来そうだと笑い、お楽しみもあると返すと期待に満ちた声が返ってくる。
今すぐ飛んで帰るから待っていてくれと言い残して通話を終えたリオンに苦笑し、お楽しみの準備も出来ていることを冷凍庫を覗いて確かめたウーヴェは、宣言通りに程なくして帰ってきたリオンを出迎え、いつものようにハグをして背中を抱くものの、あの夜以来例え頬であろうと手であろうとキスはしてこなかった為、今夜もただいまのキスはなかった。
それが日に日に物足りなさをウーヴェに感じさせるようになっていたが、やはりその気持ちを素直に伝えることが出来ず、少しだけ思いを込めてリオンを見るものの、何食わぬ顔で腹が減ったと宣うリオンには何も言えずに小さく溜息を零し、一緒に食事にしようと腰に腕を回す。
「今日の仕事はどうだったんだ?」
「んー。すげー頑張ったのに、ボスがチョコを独り占めするんだよ」
だから腹が立ったから偶々職場に来たボスの奥さんに暴露してやったと、相も変わらず一部の人間にとっては悪魔と言われかねないことをしでかしたリオンの言葉に苦笑し、程ほどにしてやれとしか返せなかったウーヴェは、キッチンの壁際に接するように置いたテーブルに冷蔵庫から取りだしたものを並べ、子どものように顔を輝かせるリオンに密かに安堵しつつビールを取り出す。
「でもさ、今日もやっぱり暑かった!暑い暑いって言わなくても暑かった!」
「……そう、だな。本当に暑かったな」
リオンの天候すら呪いの対象になる様な声にウーヴェが一瞬だけ口を閉ざすが、脳裏に幼馴染みの言葉を思い浮かべながら同意を示すと、ビールを受け取りながらリオンがぽかんと口を開けて見つめてくる。
「どうした?」
「うん…クリニックも暑かったのか?」
「うん?ああ、まあクリニックはさすがに空調をちゃんと効かせているから大丈夫だったが、廊下に出たら暑かったな」
後この部屋がアパートの最上階にある為に昼の熱気が残っていて、帰ってきてからすぐは暑かったと肩を竦めて椅子に腰を下ろすと、今まで浮かべていた子どものような笑みが質を変えたようで、意味ありげに見つめられて苦笑しつつ首を傾げる。
「本当にどうした?」
「うん……お楽しみってさ、マジ楽しみにしてて良いのか?」
「そこまで期待をかけられると不安になるな。でも…そうだな、裏切らないようには出来るかな?」
リオンが浮かべるには相応しい茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべて片目を閉じるウーヴェにリオンも次第に笑みを深め、とにかく今は目の前のご馳走を平らげようとウーヴェを急かす。
「…どうぞ召し上がれ」
「ダンケ!」
先日は暑いものは暑いのだから仕方がないとにべもなく言い放ったが、もしかするとリオンはただそうだなと言う同意の一言を待っていたのかも知れないと気付き、それが間違いではないことを幼馴染みから教えられてようやく気付けた為、今それをさり気なさを装いつつ実はかなり必死になって実践してみたのだ。
それが間違っていないだろうことは、美味しそうに食べ始めたリオンの横顔からもひしひしと伝わってきて、ついついウーヴェも笑みを浮かべてフォークを手に食べ始めるのだった。
リオンがご馳走と喜んだ食事を終え、お楽しみは何だと顔を輝かせるリオンをリビングへと押しやり、冷凍庫から密閉容器と同じく冷やしておいたガラスの器とアイスと冷蔵庫にストックしてあるリオンの好物のチョコを出し、トレイに総てを載せてキッチンを後にするが、リビングでは浮かれた様子ではなく意外と真剣な顔でリオンが待っているのが見え、少しだけウーヴェも緊張しつつリビングのドアを開ける。
「どうした?」
「ん?…オーヴェ、それ?」
テーブルにトレイを置いて床に直接膝をついたウーヴェだったが、リオンがすかさずクッションを差し出した為、礼を言ってその上に腰を下ろし、ベルトランの教え通りに器にバニラアイスとソルベを盛りつけ、ちらりとリオンを見ればこの後どんな風になるのかを想像して目を輝かせていて、その目の前でチョコをナイフで削ってアイスの上に散らすと、ウーヴェの動きに合わせて顔を動かすリオンの前に差し出して肩を竦める。
「…これ?」
「ああ……期待を裏切っていないと、良いんだけど、な…」
「食って良いか?」
「もちろん」
どうぞ召し上がれと掌を見せると、嬉しそうな気配を消して真剣な顔で器を手に取って食べ始めるが、あっという間に食べ終えて器をウーヴェに突きつける。
「お代わり!」
「…あんまり食べ過ぎると腹を壊すぞ」
「へへ。平気。すげー美味い!チョコもっと削って、オーヴェ!」
「はいはい」
いつもと変わらない様子で嬉しそうに食べる姿を見ていると、ウーヴェの口を閉ざさせていた見えない蓋が外れていくようで、自らにも同じようにソルベとアイスを器に入れてチョコを少しだけ削った後、二杯目も食べ終えようとしているリオンの名を呼んでじっと顔を見つめると、スプーンを咥えたまま見つめ返されてしまい、小さく吹き出してしまう。
「オーヴェ?」
「……この間の、こと、だ…あんな言い方をして…悪かった」
なるべく平静さを保ちながらもいつになく素直に己の態度を詫びて目を伏せたウーヴェは、リオンの手が眼鏡を外したことに気付いて顔を上げるが、そこにある恋人の顔に浮かぶ真剣な表情を見た瞬間、鼓動が止まりそうになってしまう。
「何で俺があんなことを言ったか、分かった?」
「…うん」
「オーヴェがさ、時々すげー冷たい言い方をするときがあるのも知ってるし、またそれが事実なんだろうけど、あんな風に言われたらちょっと寂しい」
暑い暑いと言わずに黙っていろと言われてしまえば何も言い返す気力が無くなり、その後会話をしても楽しくないどころか、あろう事か愛してやまないお前とのキスも出来なくなってしまったと肩を竦められ、それはお前が言い出したことだろうと苦笑すると、まるで心の奥底を見透かすような真っ直ぐな視線で見つめられて息を飲む。
「オーヴェも俺とキス出来なくて物足りないんじゃないかなって思ってたんだけど、俺の勘違い?」
あの夜から同じベッドで眠っているが、お互い背中合わせだしお休みのキスもおはようのそれもしていないが、物足りないと感じているのは自分だけじゃないはずと、ウーヴェの心を完全に読み切っている声で囁かれて視線を彷徨わせるが、幼馴染みのガンコ者という声と、素直になったお前はもっと好きというリオンの声が響き、小さな溜息を吐いてその重みに負けたように頭を上下に振る。
「ああ…物足りな、い…な」
いつになく素直に本心を吐露するウーヴェが顔を上げてリオンを見ると、さっきの真剣な顔から打って変わって、雨上がりの青空のように突き抜けた笑みを浮かべていて、今度こそ驚きのあまり息を止めそうになる。
「やっぱりさ、俺、どうしようもねぇくらいオーヴェが好き」
悪いところに気付いて素直に謝れるお前が好きなだけではなく、そんなお前に愛されてる自分に誇りを持てるし、誇りを持たせてくれるお前が本当に大事だとはにかんだように肩を竦めたリオンは、器をテーブルに置いてウーヴェの頬を両手で挟んで額を重ね、子どもがとっておきの秘密を語るような小声でオーヴェ大好き愛してると囁くと、何日ぶりかのキスを薄く開いた唇にそっと落とす。
「────ウーヴェ」
月に一度呼ぶかどうかも怪しい呼ばれ方にウーヴェの肩がびくりと揺れるが、額を重ねたままのリオンの首筋に腕を回してその頭をしっかりと抱き寄せると、離れた唇を追いかけるように自ら顔を寄せ、アイスとソルベの甘さが残っているそれに唇を重ねる。
久しぶりにキスをしている、その事実が温もりとなって唇から身体全体へと伝わるにつれてどうしても離れる事が出来なくなってしまいそうになるのをグッと堪え、どちらからともなく距離を取るものの、互いに濡れて赤く光る唇を見てしまえば到底我慢など出来る筈がなかった。
その思いを表そうとリオンが身動いだ瞬間、視界が不意に変化をし、気が付けばウーヴェの肩越しに天井を見上げていて一瞬何が起こったのかが理解出来ないでいたが、唇に宛がわれている感触と温もりから事態を察して応えるように目を閉じると、ウーヴェが角度を変えてより深く唇を重ねてくる。
珍しいウーヴェからの積極的とも言えるキスにリオンが内心ほくそ笑んでいると、そんな気持ちを見抜いたように唇が離れるが、鼻の頭同士を軽く触れあわせながらウーヴェが自嘲気味に笑い声を立てる。
「何だか、餓えていたみたい…だな」
「……あれ、もう満足した?」
餓えていたみたいなどと言わずにはっきりと餓えていたことを認めた上で満足するまで好きなだけキスをすればいいと笑ったリオンだったが、ウーヴェが口を開こうとする前に何かを思い出したのか、断りを入れてソファから起き上がると、訝るように視線で追いかけてくるウーヴェに片目を閉じてテーブルの上のアイスやソルベをトレイに乱雑に載せてリビングを飛び出していく。
「お待たせー」
一度中断したキスを再開するのはさすがに気恥ずかしかったのか、戯けた風を装ってソファに飛び乗ったリオンは、さっきと同じように仰向けに寝転がってウーヴェを待つが、どうやらウーヴェが羞恥心を取り戻してしまった事に気付いて舌打ちをし、躊躇う恋人の腕を掴んで引き寄せると、驚くターコイズ色の双眸を見下ろしてにやりと笑う。
「続き、しようぜ」
「…っ!」
夜の色香を漂わせる声に背筋を震わせたウーヴェは、リオンの身体の下でもぞもぞと身動ぐと、再度上下を入れ替えてリオンの身体に乗り上げてキスで口を封じる。
「…な、オーヴェ…」
短くて激しい呼吸を唇が離れた隙に行うが、互いにこのままでは収まらない事にも気付いてリオンがそっと呼びかけると、ウーヴェがそれに応えるように頷いてリオンの額に額を重ねる。
「リーオ……俺が、また間違えそうな時には…教えてくれ」
「ああ────その時は、さっきのデザートをまた作って貰おうかな」
ウーヴェの願いに真剣に応えた後でくすくすと笑って冗談めかすリオンに一瞬驚いたウーヴェだったが、分かったと生真面目な顔で答えてデザートの味はどうだったと問いかけると、期待を上回るお楽しみだったと返されて安堵する。
「良かった」
「うん。マジで最高に美味かった」
そんな会話を交わしつつも合間に小さな音を立ててキスを交わしあった二人は、このままここで続きをするなど出来る筈もなく、二人で満足するまで抱き合えるベッドに向かおうと笑いあって身体を起こす。
「今日はさ、オーヴェが積極的だから、このままオーヴェが好きにして良いぜ」
「……そう言っても途中で好きにさせてくれないのは誰だ?」
好きなように好きなだけ好きなことをしろと言う癖に、必ずと言って良いほど途中で主導権を奪い取って何もさせてくれないのは誰だとリオンを睨め付けたウーヴェは、素知らぬ顔で誰の事だと返されて目を細め、リオンの弱点でもある脇腹を擽って素っ頓狂な声を挙げさせる。
「うひぃ!?……オーヴェぇ!?」
その地を這うような声ににやりと笑ってベッドルームのドアを開けたウーヴェは、シャワーを浴びようとバスルームのドアを開けると同時に背後から羽交い締めにされてしまい、いつものように離せバカリオンと叫んで手足をばたつかせるが、羽交い締めにされつつ耳元で名前を呼ばれてしまえば抵抗も出来ずにそのままリオンを背負うような形でバスルームに入り、二人で使えば狭いシャワーブースの中で身体を寄せてシャワーを浴びるのだった。
その後、ウーヴェがここ数日の間密かに感じていた物足りなさや不満を解消するように快楽の海に飛び込み、リオンがいつも以上に激しく抱いてしまうほどの積極さを見せるが、いつものようにリオンに主導権を握らせるのではなく、二人で互いの快感をより深く大きくする為にリオンの熱と思いを総て受け止め、同じ思いを同じ分だけ返すようにリオンの背中を抱きしめて何度も名前を呼ぶのだった。
2013/06/17
2012/08.20-08.31 まで期間限定公開していたものになります。痴話ゲンカの度に店に押しかけられるベルトランが気の毒です(笑)


