Über das glückliche Leben<幸福論>

Über das glückliche Leben(UGL) -Lion & Uwe -

 夏本番、お天気のキャスターも浮かれるような声で夏がやってきたことを高らかに謳いだしたある日の午後、夏の陽はいつまでも遊んでいたい子どものように長々と地上を照らしていて、真冬の重苦しい灰色の空気など想像できないほどの明るさをもたらしていた。
 夏になれば当然ながら長期休暇で避暑地に出かけたり、家族揃って北海で海水浴を楽しんだりする人たちが増え、書店や旅行会社に立ち寄ると、バカンス先で何を楽しむかを助けるような本などが良く売れるのか平積にされるようになっていた。
  そんな夏の光景に浮かれる人たちと二重窓の内側から見下ろしているのは、例年通り、真夏のバカンスを取らないでこの街が年に一度のビール祭りに浮かれる時期に合わせて休みを取得するウーヴェだった。
   従業員であり友人でもあるリアには申し訳ないと謝罪をするウーヴェだったが、彼女も人より時期をずらしているお陰で何処に行っても人ばかりと言う事態に直面せずに済んでいると笑ってくれるため、そんな彼女に甘えるように今年も例年通りにヴィーズンの時期に合わせてクリニックを閉めることにしたのだ。
   まだ少し先のバカンスに何をしようか何処に行こうかと、旅行会社からパンフレットを集めてきたり、友人と一緒に情報収集をしているリアに感心しているウーヴェだったが、そんな彼女も今日は観に行きたいオペラがあるとかで早々に帰宅してしまっていて、クリニックにはウーヴェが一人だけだった。
   今日の診察もすべて恙無く終わったのにウーヴェが帰らない理由はただ一つで、ほんの5分ほど前に恋人から電話が掛かってきたからだった。
   曰く、後10分ほどでボスが隠し持っているチョコを食べ尽くすという職務-彼はその職務が神聖で何者も犯さざるべきものだと公言していた-を遂行するので待っていてくれとのことだったため、呆れつつもその職務が失敗する最大の要因に怒られないようにしろとだけ答えて通話を終えていたのだ。
   二重窓の下にはまだ恋人の姿は見えず、もう少し遅くなるかと呟いた時、診察室のドアが破れるようなノックが繰り返される。
   「…………………」
   ゴンゴンと拳を叩き付けているとしか思えないその音に溜息をつき、どうぞと声を掛けると今度は蝶番が外れかねない勢いでドアが開き、くすんだ金髪を首筋の上で一纏めにした恋人が飛び込んでくる。
   「ハロ、オーヴェ!」
   今日も一日仕事を頑張った、これだけ頑張ったのだから褒めて褒めて褒めまくれと、恋人の仕事ぶりを知らない者からすれば頭から疑ってしまいそうなことを言い放ちつつデスクに尻を乗せて足を組むウーヴェの前にやって来ると、腰を屈めて上目遣いにウーヴェを見つめてくる。
   期待に満ちた青い瞳と今日も一日充実した日を過ごした証である口元の笑みに気付いたウーヴェが己の表情を一変させると、少し下にある頭を抱き寄せるように腕を回すと頭だけではなく身体も一緒に着いてきて、そのまま伸び上がってウーヴェの身体がデスクから浮き上がる。
   「お疲れさま。今日も一日頑張ったようだな、リーオ」
   「うん、すげー頑張った。だからキスして、オーヴェ」
   さっきは褒めろと言っていたのにと、僅かに首を傾げてリオンを見れば、言葉で褒めて貰ってキスでご褒美だと片目を閉じられて絶句するが、確かにご褒美だと頷いてその頬にキスをする。
   「お疲れ様」
   「ダンケ、オーヴェ」
   頬へのキスで満足そうに頷き、次いで腹が減ったと宣う恋人に呆れた溜息を零したウーヴェだが、確かに己の腹の虫もそろそろ騒ぎ出しそうだと気付き、今日は何が食べたいと腕で作った輪の中に問えば暫く考え込むようにリオンが視線を泳がせるが、ピッツァが食べたいと答えられて今度はウーヴェが考え込む。
   「デリバリーかテイクアウトかどちらだ?」
   「んー、テイクアウトが良いかな」
   お店で持ち帰りように好きなピッツァを焼いて貰い、家で二人で食べようと笑うリオンに賛同したウーヴェが、クリニックを閉めるから少しだけ待っていてくれと告げて宥めるように唇に小さな音を立ててキスをすると、5分と大きな声が返ってくる。
   「分かった」
   5分以内に終わらせると明言し、己の言葉を裏切らないようにてきぱきと片付けを始めたウーヴェは、リオンに告げた時間まで後30秒という頃にクリニックの扉のセキュリティを作動させて鍵を掛ける。
   「な、オーヴェ、チーズとハチミツのピッツァ食って良いか?」
   「うん?ああ、久しぶりにそれも良いな」
   小さめのピッツァで一枚をそれにし、後の一枚は定番中の定番であるマルゲリータにしようと笑うとリオンが満面の笑みを浮かべて大きく頷き、当たり前のようにウーヴェの手にそっと手を重ねてきた為、ウーヴェも無意識のようにその手を取りしっかりと指を組み合わせる。
   「ピッツァとサラダも頼もうか」
   「げー、サラダはいらねぇ」
   「リーオ」
   「…………サラダなんて食わなくても死なねぇって」
   あまり好きではない野菜を食べろと言われた時にリオンが必ず言い訳のように告げる言葉を聞かされ、これもまたいつものように溜息を吐いたウーヴェは、死なない代わりにお腹が出て血圧も上がって薬を飲んだり食事制限をしなければならなくなるんだぞと告げると、握った手に力が込められる。
   「オーヴェのイジワル、何でそんな事を言うんだよっ!」
   「どうしてって?」
   「そう!」
   クリニックの駐車場に辿り着いたリオンが憤懣やるかたない声を挙げるが、スパイダーのドアを開けてリオンを促したウーヴェは、口を尖らせる恋人の頬に再度キスをし、お前を愛しているから意地悪な事も言うんだと、決してリオンが逆らえない笑みを湛えて告げると、リオンの喉がぐぅともうぅともつかない音を立てる。
   「お前にはいつまでも元気に働いて貰いたいからなぁ」
   だから意地悪な事でも言わなければならないんだと、若干の本音を混ぜて伝えたウーヴェにリオンが照れたような笑みを浮かべるが、にやりと笑みの質を変えると青い眼が驚きに見開かれる。
   「オーヴェ!?」
   「冗談じゃないぞ、リーオ。本当だ」
   だから、お前が好きなものを食べるのならば苦手な野菜も少しは食べろと告げて宥めるようなキスをし、納得出来ないがキスは嬉しいと笑ったリオンに小さく笑い、スパイダーを発進させるのだった。
 

 二人で一緒に暮らすようになり、今までならばあまり経験しなかったことだが、ウーヴェの自宅の広いバルコニーには二人が休日に力を合わせて-と言ってもほぼリオン一人がやったようなもの-作った小さなテーブルがあり、そのテーブルを囲むように分厚いクッションを置いた木製のチェアに腰を下ろし、テイクアウトしてきたピッツァとサラダにビールで夕食を食べていた。
   バルコニーは部屋に相応しい広さを誇っていて、テーブルとカウチソファを置いても大丈夫な広さがあり、夏の休日の午後などはチェアを二つ並べて簡易ソファにしたリオンが昼寝をしたりもしていた。
   そのバルコニーのテーブルとチェアで買ってきたピッツァを食べている二人の間で話題に上っているのは、夏ではなく、月が変わってこの街が世界にも知れ渡るビールの祭り一色に染まる頃に例年のように取るバカンスを何処で過ごすかということだったが、その話題が出る度にウーヴェが申し訳なさそうな顔で自分はオーストリアとの国境を接する山の中腹にある教会に通う為、その山の麓の村に滞在すると告げると、リオンがピッツァを頬張りながら頷き、気にすることはないがもしも可能なら湖の別荘で一泊したいと上目遣いに見つめる。
   一般的には盛夏に取るバカンスだがウーヴェの長年の習慣から祭りの時期に合わせて休暇を取っていた。
   まるでその祭りの時にこの街にいるのが苦痛であるかのような行動だったが、ウーヴェの近しい人でそれを止められる人は誰もおらず、そんな理由から今年もまた山の麓の村に行くと伝え、リオンが極力手を付けないようにしているサラダを恋人の前に差し出すと、あからさまに不機嫌そうな態度で睨まれる。
   「リーオ」
   「…………食べたら何かご褒美くれよ、オーヴェ」
   苦手な野菜も食べるからそれをしたご褒美を寄越せと笑い、渋々ウーヴェが頷くと小さくガッツポーズをする。
   「リオン?」
   「んー、何でもねぇ。…………野菜なんて食いたくないけど、オーヴェのご褒美が欲しいから食う!」
   「はいはい」
   小さな子どものように顔を輝かせるリオンと、また彼をその様に扱うウーヴェだったため、もしもこの光景を共通の友人が見れば呆れ返ってものも言えないと嘆くようなやり取りをしつつテーブルの上の料理を味わいながら食べていく。
   ピッツァもサラダも半分近くが消費-もちろんその大半はリオンの胃袋に中に収まった-頃、ウーヴェが席を立って中に戻ろうとしたためにリオンが無言で見つめると、何やら口の中でごにょごにょと歯切れの悪い言葉を並べ立てて立ち去ってしまい、恋人のその態度から何かを察したリオンが楽しそうな笑顔から一転して膨れっ面になって腕を組む。
   リオンの膨れっ面の原因と二つのグラスや氷などを運んできたウーヴェは、じっと見つめられて器用に肩を竦め、テーブルではなく己が腰を下ろしているチェアの横に置いた台にトレイを置き、二つのグラスに白ワインを注ぐと、一つにはソーダと氷を入れ、もう一つには何も入れずに手に取ると、ソーダで割った方のグラスをリオンに差し出す。
   「……むぅ」
   「ピッツァも食べたしサラダも食べただろう?」
   だからワインを飲むのを許してくれともう一度肩を竦めたウーヴェは、それでも納得できない顔で見上げてくるリオンの頬にキスをし、mein Kleinod、お願いだと囁けばあっという間に不満の証である頬のふくらみが解消し、笑みすら浮かべてグラスを受け取る。
   「そこまで言うのなら仕方ありませんねー」
   「寛大な御心に感謝します、我が君」
   チェアの肘置きに腰を下ろしてくすんだ金髪の天辺にもキスをしたウーヴェに、俺の大切な人と少し古い言葉で称されたリオンが満足そうに頷き、細い腰に腕を回して顔を寄せると、リオンが手にしたグラスをウーヴェが取り上げてテーブルに置く。
   「どうした?」
   「……前までだったらさ、んなこと言わないでずっと飲んでたよな、オーヴェ」
   「そうか?」
   「そう!これってさ、進歩?退化?」
   人の意見を聞き入れてくれるのは進歩だろうが、酒を飲まなくなったことは退化になるのか素朴な疑問を口にするリオンに苦笑し、退化でも進歩でもどちらでも構わないが、間違いなくお前の影響を受けていると笑えばリオンが驚きながら見上げてくる。
   「そうだろう、リーオ?」
   お前と出会い、短い時間の友人関係から恋人関係になり、そんな恋人という言葉で表すには物足りない密度の濃い時間を過ごし、これからの長い人生を共に歩む伴侶のような存在になった今、お前が意識していようが無かろうが与えている影響は多大なものなのだと笑い更に目を瞠らせたウーヴェは、その顔が面白かったからか小さく笑みを浮かべてこめかみにキスをする。
   「俺の影響よりもお前の影響の方が大きいと思うんだけどな、ハニー」
   「……そう言えば、ブタの貯金箱がそろそろ一杯になってきたんじゃないか?」
   二人の間での取り決め-リオンに言わせれば一方的なもの-で、リオンがウーヴェのことをハニーと呼べば1ユーロを支払わなければならないのだが、その支払いで貯金箱が一杯になっているのではないかと笑われ、リオンの頬がみるみる膨らんでいく。
   「なぁんでハニーって呼ばせてくれねぇんだよ。良いじゃねぇか、減るもんじゃないのに」
   「これで2ユーロだな。これ以上言えば5ユーロに値上げしようか」
   「ごめんなさいお願い許してダーリン!」
   あまりしつこく言い続けるとその度にカウントしてブタの貯金箱を満タンにしてやるぞと笑うと情けない顔で手を組んでウーヴェを見上げてくるため、小さく笑みを浮かべて頷いたウーヴェは、確かに言われても減らないが恥ずかしいんだと告げてもう一度こめかみにキスをし、ワインをまるで水のように飲む。
   「ダーリンは良いのか?」
   「そうだな、別に恥ずかしくはないかな」
   「むぅ。まあ、ダーリンも好きだから良いけど」
   さっきの俺の大切な人という言葉が好きだと笑い、ワインスプリッツァーを飲んだリオンだが、でもとっておきの言葉があるよなと意味ありげに見上げると、ワインを注いでいたウーヴェの手が止まり、何を言わんとするのかを察して唇の両端をきれいな角度に持ち上げる。
   「─────俺の太陽」
   「……うん」
   その、二人にとっては何よりも大切な言葉を囁いてリオンの肩に腕を回せば、しがみつくように腰に腕が回される。
   「ピッツァがまだ残ってるぞ」
   「んー、チーズとハチミツは俺が食うから、オーヴェはサラダを食ってくれよ」
   「リーオ」
   「や、半分は食べたって!」
   どうしても苦手なサラダは食べたくないと言い張るリオンをじろりと睨んだウーヴェだが、己も食べることが苦手でついついアルコール類に走ることを認めて貰っているのだからと溜息をつき、せめてトマトだけでも食べろと苦笑する。
   「……ほら」
   「……ん、結構食えるな」
   「こら、指まで食うな」
   「へへ」
   ウーヴェが手にしたトマトをリオンに向けると、小さな子どもや餌付けしている雛のように大きな口を開けたため、微苦笑しつつトマトを口に入れると指まで食べられてしまい、悪戯っ子の顔で笑われるが、その後見せた笑みは子どもからは掛け離れた大人のもので、ウーヴェが驚きに目を瞠ると爪に軽く歯を立てられる。
   それが夜のお誘いだと気付いてどうしようか目を細めたウーヴェにもう一度爪を噛んだ後にぺろりと舐めたリオンに苦笑し、どちらのバスタブを使うと二人だけに理解出来ることを囁けば、今日はシャワーだけで良い、バスタブには湯を張らないと答えられてウーヴェが素っ気なく頷く。
   「分かった」
   「…………あ、しまった」
   「どうした?」
   「うん。ピッツァを買った時にさ、ジェラートを買い忘れた!」
   食後のデザートが無いと嘆くリオンに小さく溜息を吐き、食べる事に対しては何を置いても集中するリオンにしては珍しいと笑い、ジェラートはないがソルベがあるから後でそれを食べようと笑ってリオンの顔にも満面の笑みを浮かべさせるのだった。

 息が上がるようなキスから始まり、互いの熱を交歓する時間を経て辿り着いた快楽の果てで肩で息をしながらも離れる事が出来ず、互いの汗ばむ背中に腕を回して白熱の余韻に目を閉じていたが、一足早く余韻から冷めたリオンがきつく閉ざされている瞼にキスをし、了承を得てウーヴェの腕をそっとシーツに下ろして裸のままベッドルームに向かい、タオル片手に戻って来るとウーヴェの耳に口を寄せて何かを囁き、気怠げに寝返りを打つ恋人の背中にキスをする。
   「ダンケ、オーヴェ」
   その言葉と背中へのキスが熱を吐き出してぐったりする身体をタオルで拭く合図になっていて、俯せになったウーヴェがシーツを軽く握りしめる間に手早くタオルで拭いていく。
   本来ならばシャワーを浴びて身綺麗になってから眠りたかったが、深夜に近い時間にシャワーを浴びると階下の住人から苦情が出かねず、仕方なく身体を拭くだけで済ませているが、本音を言えば身体を拭かれることで吐き出したばかりの熱が再び身体の奥底に芽生える危惧からそのまま眠ってしまいたいとも思っていた。
   だが、ウーヴェのそんな考えを見抜いているリオンが、己の手が身体を拭くことで快感を生み出すよりも早くに終わらせると、素早くベッドに潜り込んでウーヴェの背中に胸板をぴたりとくっつける。
   「……な、オーヴェ」
   「…………どうした」
   背後から肩に顎を載せて満足そうな声で問いかけるリオンの頭を、持ち上げた手で撫でて抱き寄せたウーヴェは、気持ちよかったかと問われて小さく吐息を零す。
   「…………どうだろうな」
   「あー、どうしてそんな事を言うんだよ」
   オーヴェのイジワル。
   頬を膨らませている事を簡単に想像させる声に小さく吹き出し、逆にお前はどうだったんだと問えば、いつもと同じだがいつも以上に気持ちよかったと素直に答えられて再度吐息を零す。
   「オーヴェ?」
   「……気持ちよかったのなら、もう寝ろ」
   「もうちょっと話してたいなぁ」
   ティーンエイジャーで恋人と付き合いだして初めて夜を過ごす子どものように不満をぶつけられて苦笑し、リオンの腕の中で寝返りを打ってその顔を見つめれば、満足と不満が絶妙なバランスで入り交じった顔で見つめ返される。
   「リーオ」
   「……うん」
   「明日も頑張って働くんだろう?」
   ならばそろそろ寝た方が良いと思うと笑われ、その言葉にも素直に頷いたリオンは、額と額を重ねるように顔を寄せるウーヴェに笑みを浮かべ、小さなキスまで貰って満足の溜息をついて目を閉じる。
   「明日も頑張るかー」
   「そうだな。愉快な仲間達と一緒に頑張って働いてこい」
   お前が、お前の持てる力をフルに発揮している時、俺も俺の持てる力を出して一人だけでも昨日よりも明るい顔で帰って貰えるようにすると誓い、職種は違えども人の命を守る仕事に就くお互いを静かに奮い立たせると、どちらからともなく欠伸をして目を閉じる。
   「お休み、リーオ」
   「ん、オーヴェも」
   明日も頑張る為に互いにキスを交わした二人は、寝心地の良い体勢に落ち着いた証に小さな子どものような吐息を零して眠りに落ちるのだった。
 

 朝の気配が掃き出し窓に掛けたブラインドの隙間から部屋に入るが、その朝の気配の中でもベッドの中央でぐっすりと眠っているリオンを起こす為、ウーヴェが静かに近寄ると、ベッドに膝を突いてうつ伏せに眠るリオンの肩を揺さぶる。
   「リオン、リーオ。起きろ」
   今日もまた一日が始まるぞと笑い、もごもごと何かを呟くリオンの素肌の背中にキスをし、うなじと頭、見えている頬に相次いでキスをしたウーヴェは、ぼんやりと目を開けたリオンに早く目を覚ませと笑いかける。
   「おはよう、リーオ」
   「………………ん、は、よ……オーヴェ……」
   茫洋とする青い瞳にも笑いかけ、早く起きろと肩を揺さぶると、広い背中が伸びをした後にのそりと起き上がり、胡座を掻いて片腕を高く突き上げる。
   「んー!────おはよ、オーヴェ」
   「ああ、おはよう」
   朝一番に見るには清々しい笑顔でおはようの挨拶とキスをされ、ウーヴェも笑みを浮かべてリオンのキスを受けて返すと、朝食の用意が出来ているから早くシャワーを浴びて来いと伝え、ベッドから降り立とうとする。
   「オーヴェ」
   「どうした?」
   「すぐにシャワー浴びるけどさ、スクランブルエッグ食いてぇ!」
   「ああ。今日は白パンがある。チーズとベーコンを挟んで食べようか」
   「賛成!」
   朝一番の空腹に直接届きそうな言葉をウーヴェが発し、リオンも満面の笑みでベッドから飛び降りると、下着一枚の姿でバスルームのドアを開けて飛び込むのだった。
   その背中を苦笑しつつ見送ったウーヴェは、リクエストのあったスクランブルエッグを作る為にキッチンに戻り、シャワーを浴びて出てくるリオンと自分の為に朝食をテーブルに並べるのだった。

 朝食を終え仕事に出掛ける準備を整えたリオンは、同じく完璧に身嗜みを整えたウーヴェの手でネクタイを直して貰い、満足そうに頷いてウーヴェの左手を取る。
   「今日も頑張って来いよ、オーヴェ」
   「ああ。……お前もな、リーオ」
   仕事に出掛ける前に互いの利き手に口付ける事がいつしか習慣になっていて、それを今朝も行った二人は、今日の帰りは遅くなりそうかどうか、早く帰れるのならばゲートルートで美味しい料理を食べようと笑いあい、二人肩を並べて玄関のドアを開ける。
   二人が出会ってもはや数えることも煩わしくなる程の夜を越えて朝を迎えたが、こうして二人でいられることが実は様々な幸運が重なった結果であることを知らされる辛い経験を乗り越えて来ているため、仕事に向かう前には互いの幸運を祈り、一日が終わりを迎える時には今日の幸運に感謝し明日のそれに希望を抱くようになっていた。
   「今日もボスのチョコを奪い取ってやるかー」 
   「……程ほどにしろよ」
   「大丈夫だって」
   ボスがチョコを隠すのは俺に見つけて欲しいからだと、上司がそれを耳にすれば、厳つい顔を真っ赤にしてあだ名の通りのクランプスに変身してしまいそうなことを嘯いたリオンは、エレベーターに先に乗り込み、ウーヴェが来るのを待っているリオンが肩を竦め、そんな恋人にウーヴェも無言で溜息を吐く。
   だが、そんなふざけたことをぬけぬけと言い放つリオンが仕事に関しては誰よりも真面目で真剣であることは仲間などはよく知っていて、今日もそんな愉快な仲間達と一緒に働いてこいとその腰に腕を回して囁くと、リオンの顔に男らしい太い笑みが浮かび上がる。
   「ダンケ、リーオ」
   その笑みに頷き返したウーヴェは、地下駐車場に到着したエレベーターから降り、定位置に停まっているスパイダーに乗り込むと、助手席にリオンが乗り込むのを待って車を走らせる。
   地上に出たスパイダーを出迎えたのは盛夏の朝の空で、見事など晴れ渡った青空に眩しそうに目を細め、今日も一日暑そうだとぼやくリオンに苦笑で答えるのだった。

 

 今日もまた、何もないようで前日とは確実に違う一日が始まり、精一杯生きることを良く知る二人が今生きている重みを無意識に感じつつ己の戦場でもある職場でその力をフルに発揮するのだった。

 

2013/12/22
OpenSesame様への推薦登録記念として、2013.08.03-08.31 まで期間限定公開していたお話です。


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