「・・・オーヴェ、へーレンパルティーをしねぇか?」
その言葉をリオンがポツリとこぼしたのは、初夏と呼んでも差し支えのない日差しが多くなって来た5月のある日のことだった。
その日はいつも通りに仕事を終えたリオンがウーヴェのクリニックに顔を出した後、食事を作る気力が無いことを理由に、第二のキッチンと両親などからからかわれている幼馴染の店に立ち寄り、満腹のお腹を抱えて車に乗ったのだった。
リオンのその言葉に一瞬何を言われたのかが理解できずに眉を寄せたウーヴェだったが、期待に満ちた双眸がちらりと横を向いて来たため、その言葉が意味することに気付くと、脳内のカレンダーを見るために上目遣いになる。
「・・・昇天日か?」
「そう。どうだ?」
子供の頃は当然意識したことがないだろうし、家族間の断絶があった頃は絶対に行うことはなかっただろう、所謂父の日のイベントを今年やってみないかと誘われ、少し考え込んだウーヴェは、今年の父の日はいつだと苦笑し、来週の木曜日だと教えられて苦笑を深めてしまう。
来週の木曜日はクリニックも休診する祝祭日で、ウーヴェ自身がカトリックではないことからあまり意識していなかったが、小さなアヒルの人形を探して回ったイースターからもうすぐ40日が経過するのかと気付くと、あっという間に日にちが過ぎると肩を竦めてしまう。
「な、どうだ?」
「ああ、俺は構わないが・・・会社でその話が出たのか?」
「うん。母の日には毎年プレゼントを贈って自宅での食事に招待するくせに、どうして父の日には何もしないんだって兄貴に睨まれた」
ハンドルを楽しそうにノックする指先に意識を奪われていたウーヴェがその言葉に引っかかりを覚えて顔を運転席へと向けると、その視線に気付いたリオンの顔に太い笑みが浮かぶ。
「・・・父さんが言うのなら理解できるが、ノルが言ったのか?」
「ああ。オーヴェの親父って急に自覚が出て来たのかな」
もっとも、そんな自覚などお前と共に生まれ、今の今までちゃんと彼の中に根付いているものだと思うがと笑うリオンに微苦笑することしかできなかったウーヴェだったが、戸籍上は兄であり、遺伝上は父であるギュンター・ノルベルトの顔を思い浮かべ、どうしたんだろうなと呟くと、リオンの手がハンドルから離れ、頭の上にそっと載せられる。
「深刻なことじゃねぇよ。その話が出た時、ヴィルマやヘクターらと母の日の話をしてた時だからな」
「・・・母さんばかりずるい、俺にもしろって言ったのか?」
「ビンゴ」
どうせ兄貴の子供じみた嫉妬から出た言葉だ、お前が深刻に捉えるようなことじゃないと髪を撫でられ、その手を取って掌に小さな音を立ててキスをすることで了解の返事とすると、くすぐったそうな笑い声が一つ車内にこぼれ落ちる。
「・・・で、来週が昇天日の休日だろ?」
だから、兄貴の願いを叶えるべくヘーレンパルティーをしないかと再度問われ、そうだなと頷いたウーヴェは、近くの公園でバーベキューをしても良いなと笑うと、嬉しそうにリオンがうんと頷く。
バーベキューが嬉しいのか、それともへーレンパルティーが嬉しいのかは分からないが、リオンが嬉しそうに笑みを浮かべることが大好きなウーヴェにしてみれば、その顔が見られるのならばできる限りの事はしようと決めていた為、準備をしないといけないなと、運転の支障にならない程度にリオンの手を撫でたり指先でリズムに合わせノックしたりと手遊びをする。
だが、リオンがくすぐったいと笑い声を上げ始める頃、ウーヴェの表情が急に曇り、手遊びも止まってしまう。
「・・・どうした?」
「リーオ、バーベキューはいいが・・・公園に歩いて行くのは・・・」
この足だと少し無理があると、気付かざるを得ない不安を素直に口にしたウーヴェにリオンが再度手を頭に載せると、さっきよりも優しく髪を撫でて額を指の背で撫でる。
「大丈夫だ、オーヴェ」
お前の足の負担は最低限に抑える方法も考えてある、だから心配するなと笑い、自宅アパートの駐車場へと車を滑り込ませたリオンは、エンジンを切って車から先に降り立つと、助手席のドアを開けて車内を覗き込む。
「・・・お前がいるから大丈夫か」
「そうそう。大丈夫」
だから今は車から降りて家に帰ろう、さっきのように手を取れと掌を向けられて微苦笑したウーヴェは、ステッキを片手に、片手でリオンに捕まると、足が痛みを覚えていないことに安堵の溜息をこぼす。
「バーベキューはやっぱり肉だよなぁ。白アスパラガスも持って行こうぜ」
「ああ、それは良いな。焼いても良いし、ボイルしても良いな」
そんな、ヘーレンパルティーの予定を話し合いながら自宅に入った二人だったが、そもそも何人で行くとウーヴェが問いかけた為、リオンも蒼い目を見開き、そうだと声を上げる。
「明日親父にも聞いてみるけど、兄貴を誘って親父を誘わないとなると・・・」
ヘーレンパルティーの後、俺のランチのデザートが減らされてしまうと、切実なのかそうではないのかが咄嗟に判断しにくい事を呟くリオンの腰を軽く拳で一つ殴ったウーヴェは、人数を確認してくれ、材料等の買い出しもあると微苦笑すると、明日聞いてくると再度答えられて頼んだと伝える代わりにリオンの頬にキスをする。
「なー、ノアも誘って良いか?」
「ん?ああ、俺は構わないが、それも父さんとノルに聞いておいてくれ」
「分かった」
二人が半年間の別離を余儀なくされた事件、その時に知り合った友人も誘って良いかとリオンがウーヴェを見ると、見られた方も賛成と他意のない笑顔で頷き、リオンの顔にあからさまな安堵の色が浮かぶ。
「あいつ、父の日って何かしてたのかな」
「どうだろうな・・・俺たちと違って真面目だし家族の仲も良いからな」
きっと、父の日にはプレゼントを渡したり食事をしていたのではないかと笑うウーヴェにお返しのキスをしたリオンは、真面目だもんなぁと笑ってリビングに向かう。
「リーオ、新しい入浴剤を入れても良いか?」
「あ!じゃあちょっと待てよ。一緒に入るから」
泡立ちの良い入浴剤を入れれば、アニメか物語の主人公のように寝つきが良くなってしまうんだからと、リビングからテレビのリモコン片手に顔を出すリオンの言葉にそんなことはないと反論するが、そんなことあるのと断言されて面白くないことを示すために少しだけ頬を膨らませる。
「そんな可愛い顔してもダメー。・・・サッカーの結果を見たら俺も入るから、お湯を張っててくれ」
「・・・・・・一人で入れる」
「・・・・・・風呂で溺れたなんてアニキやルッツが聞けばどう言うだろうなぁ」
まだ一人で平気だと言い張るウーヴェにニヤリと笑みを浮かべたリオンは、サッカーの結果をテレビで確かめ、不満そうにベッドルームに向かうウーヴェを追いかけると、機嫌を治せダーリンと囁きながら後ろからそっと抱きしめる。
「・・・・・・風呂上がりにピルスナーを飲む」
「はいはい。どうぞ飲んでください」
それでお前が自宅のバスタブで溺死するのを防げるのなら安いものだと笑い、ようやく機嫌を直したように笑うウーヴェの頬にキスをした後、バスルームに突撃し、バスタブに湯を張るのだった。
リオンが期待に満ちた顔でウーヴェを誘ったヘーレンパルティーの日の朝、力仕事ができない代わりに皆が食べる料理を作ることにしたウーヴェが、前夜と朝から仕上げた料理をバスケットに詰め込み、リオンがそれをホームから借りてきた、集配業者が使うような台車−所謂ハンドワーゲン−に載せていく。
そこに入るのはウーヴェお手製のピクルス抜きのポテトサラダやハム、ソーセージ、それらを挟んで食べる為のゼンメルやバケットなどだったが、当然ながら、それだけの量が必要かと問いただしたくなる様な量のビールも我が物顔で居座っていた。
このハンドワーゲンを引いて公園に向かうのかと、準備をするリオンにウーヴェが訝りつつ問いかけると、ヘクターが迎えにきてくれると片目を閉じる。
今日のヘーレンパルティーだが、バルツァーの姓を持つ男3名とリオンだけの予定が、会社で話をした結果、誘っても良いかと許可を取ったノアと、休日なのについてくると言い張るギュンター・ノルベルトの腹心の部下であり友人でもあるヘクターも参加することになったのだ。
その結果を知った時、ウーヴェの中では特別驚く様なこともなく、既定路線だなと思わず苦笑したほどだったが、そのヘクターが迎えにきてくれると知り、彼は飲まないのかと流石に申し訳なさそうにリオンを見ると、小さな音と共に額に口付けられ、ヘクターは飲むことよりも皆と一緒にそこにいることを楽しみたいらしいと肩を竦められる。
「でもさ、オーヴェの料理食いてぇって言ってたから、これ食えば喜ぶんじゃねぇの?」
「二週間に一度は家でノルと一緒に食べているのにな。でも、そう言ってくれるのならその言葉に甘えようか」
ヘクターが己に対して向けてくれる無限の親切にも感じるそれに微苦笑しつつも受け入れて笑うウーヴェにリオンが嬉しそうに笑みを浮かべてウーヴェの頬にキスをし、忘れ物は無いかとハンドワーゲンの中を指差しながら確かめて行く。
その時、昔に比べれば役目を果たすことが増えたドアベルが鳴り、壁面のパネルを操作してモニターに映し出される顔に笑いかける。
『Grüß Gott、ウーヴェ、リオン』
「ああ、おはよう。入ってくれ」
モニターの向こうで同じ様に笑みを浮かべているのはノアで、ウーヴェの応答の声にリオンが玄関のドアを開けるために廊下を大股に歩いて行く。
「ハロ、ノア」
「ハロ」
ドアの向こうに己と似た顔を迎えたリオンは、こうしてノアとも兄弟の関係というよりは友人として付き合う事が出来る様になったことはどちらにとっても喜ばしいことだと、いつも感じていることを再度確認し、今日のヘーレンパルティーを楽しみにしている顔の弟の頭に掌を載せると、くすぐったそうな顔でノアが首を竦める。
「何か持ってきたか?」
「うん。ワインと、チーズとクラッカーかな」
「メシよりおつまみだな」
「え、メシはウーヴェが作ってくれたんだろ?」
だったら、不慣れな俺が作るよりもそっちを皆で楽しんで食べようと、他意のない素直な顔で小首を傾げられて何も言えなくなったリオンは、廊下の向こうでウーヴェが二人を呼んでいることに気付き、もうすぐヘクターが来るだろうが、それまでこっちに来いとノアをリビングに招き入れる。
「おはよう、ウーヴェ」
「ああ、おはよう、ノア」
リビングでノアを出迎えたウーヴェは、そっとハグをする最愛の男に良く似た頬にキスをし背中を抱き返すと、嬉しそうな吐息が一つこぼれ落ちる。
そんな所も似ていると思いつつも口にも表情にも出さずに頷いたウーヴェは、ノアが持ってきたバッグをハンドワーゲンに載せると、これで最後だなと笑う。
「後もう一つ乗せれば終わりだな」
「まだ何かあるのか?」
「うん。それはまあ、あっちについてからのお楽しみだな」
ウーヴェとノアが笑い合うリビングにリオンがひょっこりと顔を出してふふんと笑みをこぼしたため、二人が顔を見合わせて小首を傾げるが、今ここで答えを教えるつもりがないことに気付き、何だろうなとウーヴェが肩を竦め、そろそろヘクターが迎えに来る頃だと気付き、忘れ物がないか最後の確認をするのだった。
ヘクターが運転する車で辿り着いたのは、日帰りのハイキングにちょうどいいお手軽な小高い丘の様なもので、皆が同じことを考えているからか、駐車場に整備されている広場には割と車の数が多かった。
その一角に車を停めると、少し離れた場所で車にもたれ掛かりながら人待ち顔の初老の男性がこちらに気付いたのか、手をあげてゆったりとした足取りでやって来る。
「着いたか」
それは、一足先に到着していたらしいレオポルドで、彼の背後にはいつも運転しているブルーノが微笑ましそうな顔で立っていた。
「父さん、先に着いてたのか?」
「ああ、久しぶりにブルーノと二人でドライブをしたな」
若い頃は良くドライブをしていたものだと笑って振り返るレオポルドにブルーノが笑顔のまま頷き、一礼をした後、皆のそばにやって来る。
「今日は皆さん楽しんで来てくださいね」
「ああ、そうするか」
「ブルーノ、せっかくの休みなのに、良いのか?」
「はい。休みといっても一人ですし、いつももらっているお休みで十分です」
長くレオポルドの運転手を務める実直な男の言葉に皆が感謝しつつ頷き、荷物を積んだハンドワーゲンを降ろすと、リオンが笑顔でウーヴェを手招きする。
「オーヴェ、ちょっと」
「?」
何だと疑問を口にした瞬間、ホームの子供達を抱き上げる気軽さで抱き上げられてしまい、ウーヴェが目を白黒させてしまう。
「!?」
「はい、オーヴェはここ」
ここ、とリオンが宣言しながらウーヴェをおろしたのは、ハンドワーゲンのビールケースの上で、意味を察したウーヴェの目尻が紅く染まり、不満を訴えようと口を開けるが、はいはい、おとなしくビールのお守りをしていてくれと笑われ、口をへの字に曲げてしまう。
足が悪いからハイキングで長時間歩くのは無理だと言ったが、対策を考えていると昨日話していたそれが、まさかハンドワーゲンに乗り込めということだとは思わず、これではまるで保育園や幼稚園の子供達が喜んで乗っているものと同じだと上目遣いにリオンを睨むと、機嫌を直せダーリンと、先週にも呟かれたものと同じ言葉を囁かれて頬にキスをされる。
「ビールのお守りをしているんだって顔で座ってろよ」
「・・・・・・先に開けても良いか?」
ここに座っていろと言うのなら、クッションがわりにしているビールを一本先に開けるぞと、まるでリオンを脅す様に呟くと、満面の笑みを浮かべたリオンが再度ウーヴェの頬にキスをする。
「良いぜ」
どうせ場所に着いたらすぐに飲み始めるのだ、ここから飲んでいてもなんの問題もないと、流石に今日ばかりは飲むことに対して何も言わずに賛成するリオンの言葉に一瞬考え込んだウーヴェだったが、呆れた様な顔で見守るギュンター・ノルベルトとヘクターらの視線に気づき、僅かに顔を赤くする。
「・・・・・・フェリクス、飲むのは構わないが、俺たちの分も残しておいてくれ」
「・・・努力しようかな」
「まったくお前は。・・・リオン、このままではフェリクスにビールを飲み尽くされてしまう。早く行くぞ」
羞恥を乗り越えたのか、ビールケースに足を組んで座り、すでにボトルの王冠をワーゲンの縁を使って開けていたウーヴェにギュンター・ノルベルトが肩を竦め、早く行くぞとリオンを促すと、リオンも流石に何とも言えない顔で頭を一つ振った後、呆気に取られたまま立ち尽くすノアに気付き、肩を竦めて行くぞと顎をしゃくる。
「ノア、行くぞ」
「あ、ああ、うん・・・」
「どーした、オーヴェがこんなわがままを言うって思わなかったか?」
「う、ん・・・」
ノアが知っているウーヴェは、いつ何があっても穏やかな顔で自分達のわがままを聞いてくれるイメージがあったのに、まさかと呟くノアを見上げたウーヴェは、逆らえない笑顔で早くいかなければ全部飲んでしまうぞと笑い、その言葉に見守っていたレオポルドが深々とため息を吐き、ブルーノが懐かしいものを見た時の様に顔を綻ばせるのだった。
ビールを飲みながらハンドワーゲンのビールケースに上機嫌な顔で座っているウーヴェの側を、ギュンター・ノルベルトが歩みを緩めつつ何事かをウーヴェに問いかけ、返って来た言葉が笑いのツボを刺激したのか、楽しそうに笑い声を上げて少し前を歩くヘクターの背中に呼びかける。
その声に、レオポルドと笑いながら話していたヘクターが肩越しに振り返り、後方で繰り広げられる兄弟の楽しげな様子に目を細め、楽しそうだなと問えば二人同時に同じ顔で頷き、荷物にウーヴェを乗せて重いはずのハンドワーゲンを引きながらリオンも楽しそうに笑みを浮かべる。
それを、リオンより少しだけ遅れて歩くノアが見守っているが、リオンやウーヴェから仲が良いと聞かされていた、バルツァーファミリーの家族間の友好的な濃密な関係を目の当たりにし、ただただ感心してしまう。
今は離れて暮らす両親と己の関係を振り返った時、リオンと出会う前までは本当に仲が良いと思っていたが、ただ一人の出会いによって三人の関係が、水に溶ける砂糖の様に音もなく崩れてしまったのだ。
ウーヴェと家族の間には昔断絶があったとは聞かされたが、今、楽しそうにビールを飲むウーヴェと、そのそばを離れずに楽しそうに笑うギュンター・ノルベルトらからは感じることができなかった。
リオンと出会うまでは己が日々を過ごす大地は盤石なもので、何があっても揺るがないものだと無意識に感じていたが、今となってはそれがただの甘い幻想であったことを痛感してしまう。
両親との関係が終わりを迎え、この先どうしようかと暗闇に蹲っていた時、小さな、だがその時のノアにとっては全世界を照らし出す様な明るい光を運び、立ち上がる力をくれたのは、ビールのせいか少しだけ頬を紅潮させているウーヴェだった。
そんなウーヴェに対する感謝の思いは言葉では伝えきれない為、己に出来る事は何かと考えた時、写真を撮ることしかか残されていないと気付き、向日葵が咲き誇る時期が来れば、友人のハールの畑を借りてウーヴェとリオンを中心に、彼らの家族や友人らの写真を年に一度だけ撮影することにしたのだ。
今年ももうすぐその季節が来ると目を細めた時、服の裾を軽く引っ張られたことに気付いて顔を振り向ければウーヴェが小首を傾げつつ見上げて来ていて、同じ様に首を傾げると、滅多に見ないとリオンが良く口にする笑みを浮かべる。
「・・・天気も良くて良かったな」
フォトグラファーの仕事のヒントになる様な何かが見つかれば良いなと笑うウーヴェに一度瞬きをしたノアは、うんと素直に頷いて当然の様に持って来ているカメラを納めたバッグを軽く揺する。
「今日の写真は個人的なアルバムを作ろうかな」
「良いな、それ。完成したら見せてくれ」
ウィーンで構えていた仕事の拠点を全て引き払い、引き止めたいが息子の決断を応援する顔で見守る両親に、友人のリオンが暮らす街で一から仕事を始めたいと告げてウィーンから正式に友人が暮らす街へと引っ越して来たノアは、出版社や各種団体が募集している写真展に今まで撮りためたものではなく、一から撮影した写真を応募し、いくつかの賞を受賞する様になって来たのだ。
賞をもらった結果、ノア自身は好きではないが箔が付く為に少しずつ仕事も増えて来て、今では以前のペースに近付くほどの仕事量に回復して来ていた。
そのノアが作るアルバムが楽しみと笑うウーヴェに、リオンが引き手部分の中でクルリと振り返り、後ろ向きにハンドワーゲンを引きながら二人になんの話だと笑いかける。
「ノアが個人的に作るアルバムの話だ」
「へー、楽しみだな、それ」
お前の親父は人物写真が多かったが、お前は風景写真が多い、そんなお前が作るアルバムはどんなものになるんだろうなと、純粋に期待している顔で笑うリオンにウーヴェが頷き、ビールケースから腰を浮かせると、身を乗り出してリオンの耳に口を寄せて何事かを囁き掛け、覗き込んだ顔が己の提案を素直に喜んでくれていることを示す笑みを浮かべている事に胸を撫で下ろす。
「賛成。もうちょっとで着くからさ、少し落ち着いたらそうしようぜ」
「ああ」
リオンの言葉に嬉しそうに目を細めたウーヴェがその頬にキスをし、あと少し頑張れと発破をかけると、キスと笑顔で点火させられたリオンが鼻息荒く拳を振り上げる。
「飛ばすぞ、オーヴェ!」
「あ、こらっ!危ないから急に走り出すな!」
リオンの歓声の様なそれにウーヴェが慌てて制止の声を挙げ、それに気づいた周囲が何事だと二人を見るが、いつものことだと気付いたのか、騒ぐのも程々にしろとしか言わず、側にいたノア一人が慌ててしまうが、自分一人が心配するバカらしさに気付き、一つ肩を竦めて見守る事に徹しようとするのだった。
リオンの提案によるヘーレンパルティーは、皆が考えていた以上に和気藹々とした楽しいものになった。
運んで来たビールをハンドワーゲンから下ろし、それを椅子にウーヴェが座ると、その横に当たり前の様にリオンが座ると、二人を中心に皆が座り、ビールのボトルを片手に日頃抱えざるを得ないストレスを忘れた様に笑い合い、料理を食べてはビールを飲む。
その様子にウーヴェが嬉しそうに笑みを浮かべて足を組み、楽しそうだなと小さく呟くのに気付いたノアがちらりと視線を向けると、真っ先に気付いたのだろうリオンがウーヴェを手招きして顔を寄せさせると、一言二言囁いた後、悪戯っ子の顔で笑みを浮かべ、そんなリオンにウーヴェも笑みの質を変える。
その、二人の楽しそうな様子に思わずカメラを構えたノアは、二人がそれに気付く前に撮影する事に成功し、これは個人アルバムに絶対に収めようと、カメラのモニターで確認していると、二人の顔が真近にあり、それに気付いて飛び上がりそうになる。
「・・・・・・個人アルバムの案は良いが、あまり酷いのは残さないで欲しいな」
咳払いしつつウーヴェがお願いをすると、リオンも頷きつつもノアの肩に腕を回し、俺にだけは見せてくれと悪魔の様な言葉を囁きかけ、見返りは何だとノアも調子に乗ったように囁き返す。
「・・・そこの兄弟、何をコソコソと話しているんだ?」
二人の様子にウーヴェが眼鏡の下で瞼を平らにして声を潜めるが、お前の秘蔵写真が撮れればくれと言ったんだと、馬鹿正直にリオンが告白すると、真正面からのその告白にウーヴェが何も言えなくなってしまう。
「ノア、お前さえ良ければ、俺たち家族の写真を撮ってくれないか?」
沈黙してしまったウーヴェに皆が小さく笑い、これはリオンの勝利だなぁと呑気な声をヘクターがあげるが、今までただ楽しそうに様子を見守っていたレオポルドがノアに問いかけ、問われた方は目を瞬かせる。
「向日葵畑でウーヴェとリオンやカタリーナと一緒に家族写真を撮っているんだろう?俺たちも撮ってくれ」
その手始めに、今日ここにいる皆で撮影をしよう、もちろんお前も一緒に入るんだと笑うレオポルドに興奮した顔のまま頷いたノアは、俺も入って良いのかと、それでも不安に感じたことを問いかけ、当たり前だと頷かれて俯いてしまう。
家族の形が大きく変わり、一人飛び出したものの不安が大きくて心細い思いを抱えていたが、顔をあげればこんなにも優しく温かく接してくれる人達がいる、その安心感に唇を小さく噛みしめると、頭の上に大きな掌がポンと載せられた事に気づく。
「・・・ウィーンにもいるけど、ここにもお前の家族がいるな」
勿論、お前が一時期身を寄せていたホームの心優しい人達も、お前のことを家族だと思っているはずだと、そのホームの面々を代表するような顔で笑うリオンの言葉にうんと頷いたノアは、カメラを撫でてうんともう一度頷く。
「父親候補が沢山だな」
「はは、本当だ。・・・後でみんな一緒に撮ろう」
「ああ」
ノアが笑顔でカメラを顔の前に構え、レオポルドやギュンター・ノルベルトらが今すぐ撮るのかと身構えるのを、ヘクターやリオンらが笑い、ウーヴェも小さく吹き出してしまうが、ノアの顔から一つの不安が薄らいだことに気付き、誰にも気付かれないようにそっと安堵の吐息を零すのだった。
その後、リオンとウーヴェが母の日に自宅に二人の母を招待して料理を出し、プレゼントを渡すのと同じように、父の日でもある昇天日にはレオポルドやギュンター・ノルベルトをはじめとした男達だけでここに来ることが恒例になり、その恒例行事にノアも当然ながら参加した為、回を重ねるごとに男だけの家族写真が増えていき、その写真はそれぞれの自宅のリビングなどに飾られ、その写真を見ながら賑やかな父の日を回顧するのだった。
2020.10.11
季節外れですが、リクエストでいただいていた、父の日のお話でした。
というか、「ハイキングで飲み会」になってしまいましたね(・・;)


