「あー、寒い寒い、寒ーいぃぃぃっっ!!!」
ハッチと盛大なくしゃみの後に続いた不満の声に、ゲズントハイトと返しながら雑誌から目を上げたウーヴェは、ああうるさいと眼鏡の下でリオンが愛してやまない目を細くする。
「だってさぁ…寒いってーの!」
「……暖房が入っているだろう?」
だからそんなに寒くないとリビングのカウチソファに腰掛け、義兄が受けていたインタビュー記事を読んでいたが、隣で大騒ぎしながらサッカーをみていた恋人が急に寒いと不満を訴えてきた事に肩を竦め、そんなに寒いのかと苦笑混じりに問いかけると凍えてしまうと叫ばれる。
「大袈裟だな」
「だーってさ、寒いんだもん、仕方ねぇだろ?」
カウチ部分に横臥し、ちらりとウーヴェを見上げたリオンが器用に肩を竦め、寒いものは寒いのだと子供のような口調で返す。
「昔はさ、寒いなんて言えばもっと寒くなる気がしたから絶対に言わないようにしてた」
だからその反動が今来ているともう一度肩を竦められてしまったウーヴェは、恋人が伝えようとしている事に気付いて内心ではかなり驚くが、それを表情に出すことなく素っ気ない態度で頷いたかと思うと、雑誌をリオンの頭にばさりと被せて立ち上がる。
「ぶっ!何するんだよ、オーヴェっ!」
雑誌を放り出したリオンだったが、その時にはウーヴェは背中を向けて部屋を出て行くところで、何処に行くんだよーと、子どもが置いて行かれる不安を訴えるような声を挙げると、ドアに手を掛けたウーヴェが顔だけを振り向け、にやりと目を細める。
「サッカーの面白い記事が載っていたぞ」
「え?どこどこ?」
投げ捨てた雑誌を見てみろと告げた途端、リオンが目を輝かせて雑誌を拾うためにカウチから起き上がった事に苦笑を残してリビングからベッドルームに向かい、クローゼットを開けた彼は、作りつけの棚から手触りの良いブランケットを引っ張り出して腕に掛けてリビングに戻ってくる。
「面白い記事って何だよ、オーヴェ?」
そんなもの何処にもないぞと、雑誌を矯めつ眇めつするリオンに小さく吹き出してしまうと、じろりと睨まれてしまう。
「ああ、悪い。その記事は大人にしか見えないんだ」
「んな…っ!何だよ、それっ!!」
くすくすと笑いながらカウチソファに腰掛け、片目を閉じて意地悪な笑みを浮かべると、雑誌を丸めて叩き付けそうな勢いで俺がガキだと言いたいのかとリオンが叫ぶ。
「その代わり、子どもだけが入れるブランケットがあるぞ?」
さっきまで寒い寒いと言っていただろうと、笑みから意地悪さを抜いたウーヴェの前、リオンが今度はぽかんと口を開けて見つめてくる。
「もう寒くないのか?」
「寒いっ!!」
ウーヴェが誘うように首を傾げると、寒いから今すぐ温めろと吼えたリオンがウーヴェが広げたブランケットにがばっと覆い被さり、その勢いで二人縺れるようにソファに倒れ込む。
「こらっ!!」
ウーヴェとブランケットの上にのし掛かったリオンは、じろりと睨んでくる恋人の鼻先に小さな音を立ててキスをし、ブランケットを奪い取った後ウーヴェの腕を引っ張って起き上がらせると、自分の肩とウーヴェの肩にばさりと覆い掛ける。
「…オーヴェ、暖かい」
こんな手触りの良いブランケットなんて初めてだと頬で手触りを確かめるように擦り寄せたリオンの言葉に、このブランケットは姉が夫の実家に帰った時に見つけて土産にと買い求めてくれたものだとウーヴェが目を細め、そんなに気に入ったのかと問えば子ども顔負けの笑顔で頷かれる。
「こんな暖かなブランケットがあったら、ゼップも風邪ばっかひかなかったのになぁ」
ホームと呼んでいる孤児院で育ったリオンは、同い年の親友であるゼップが冬になれば良く風邪を引いていた事を思い出し、ちらりとウーヴェの顔を窺って目を瞠る。
「…そんな顔すんなよ」
やや俯く恋人の頬に手を宛い、そんな時にはいつもマザーが命の水を作ってくれたと笑えば、釣られたように微かに笑みを浮かべたものの、やはり眼鏡の下のターコイズには悲しみとも寂しさともつかない色がたゆたっていた。
「今はさ、こうして寒いって文句を言ったら暖かいブランケットを出してくれる人もいるし、身体を温めるワインも飲める。だからもう平気だ」
子どもの頃の夢が総て叶った気がするとも笑い、だからそんな顔をするなともう一度囁いて白い髪を抱き寄せて口付けると、小さな小さな溜息がこぼれ落ちる。
「子どもの頃はどんな夢を持っていたんだ?」
「そうだなぁ…。隙間風が入らない部屋に住むことだろ?腹一杯飯を食う事だろ…?」
胡座を掻いて身体を揺さぶったリオンは、ブランケットが肩から落ちないようにしっかりと巻き付けると同時にウーヴェの身体を強い力で引き寄せて足の上に座らせ、もう一方の端で細い身体をもくるんでしまう。
「………でも、一番欲しいと思っていたのは…」
こうして互いを暖める事の出来る存在だと己の足に座ったために僅かに見上げる顔に目を細め、その願いは叶えられたと満足そうに笑みを浮かべ、優しい声に名を呼ばれて前髪を掻き上げられたために目を閉じると、額と瞼の上に優しいキスが降ってくる。
「今はその願いが叶ってる」
だから幸せなんだとキスを受けるくすぐったさに目を細めながら囁き、悪戯なそれを繰り返す唇を捉えるように顔を上げると一瞬驚いたように動きが止まるが、次いで唇の両端がきれいな弧を描いて持ち上がる。
「リーオ」
お前がそう感じてくれる事は何よりも嬉しいと目を細めたウーヴェは、さっきまでの仕返しだと言うようにバードキスを繰り返されてつい笑い声を零してしまう。
「リオンっ」
笑いながら怒られても怖くありませーんと悪戯っ子の顔でリオンに笑われ、仕上げにそっと唇を重ねられて自然と目を閉じると、今までとは全く違う、夜の色香が滲むようなキスにきつく目を閉じ、ブランケットの下でリオンの服を握りしめたウーヴェは、不意打ちのようなそれが終わりを迎えた後、目元をうっすらと赤くして恋人をじろりと睨む。
「…これが、叶った俺の夢」
このブランケットとお前がいて、こうして肩を抱いてくれるだけで本当に嬉しいと笑うリオンに何も言えなかったウーヴェだが、このまま引き下がるのも随分と癪に障る為、二人分の唾液で濡れて光る唇をぺろりと舐め、恋人が息を飲んだことに目を細める。
「お前が夢見てきた冬の備えはこれで万端か?」
「ああ」
「そうか…。残念ながら俺としてはまだ足りないな」
リオンが幼い頃から夢見ていた暖かな冬の光景が目の前にあるが、自分はまだ足りないと艶然と笑いながら告げたウーヴェにリオンが目を細め、どんな言葉が流れ出すのかを待ち構えてみる。
「まだ足りないな、リーオ」
身体の裡から温めるものが欲しいと己が選んで買い求めた青いピアスが光る耳に唇を寄せて囁くウーヴェに、さっきのキスが火を付けたかとリオンが背中を撫でるが、どうだろうなと曖昧に返事をし、冬の支度として確実に身体が欲するものを舌に載せる。
「リオン…命の水が欲しい」
お前がくれる命の水があれば、きっとどれ程厳しい冬が来たとしても乗り越えられるだろうと色々な思いを込めて囁けば、分かったと短くても力強い言葉が返ってくる。
「寝る前に用意してやるからさ、今はガマンしてくれよ、オーヴェ」
「……ああ」
いつかお前の為に作ったマザー・カタリーナ直伝のそれと俺だけが与えられるそれは、日が暮れてもっと寒さが増したときにあげると囁かれ、そっと頷いたウーヴェをソファに押し倒すように身体を寄せたリオンは、抵抗することなく背中からソファに沈む恋人を見下ろし、このままブランケットにくるまって昼寝をしようと笑みを浮かべる。
「おやすみ、リオン」
「オーヴェは?」
「ああ…大人だからさっきの雑誌を読もうかな」
「何だよ、それっ!」
にやりと笑うウーヴェに口を尖らせたリオンだが、程なくして不気味な形に目を細めたかと思うと、雑誌を手繰り寄せた恋人の首筋にキスをし、痕が残るほどきつく吸い付く。
「…っ!!」
「子供だから時々おっぱいが恋しくなるんだよな」
でも残念ながらお前のそれを今吸えばソファを汚す結果になりかねないから、ここでガマンしてやる。
何処からどう見ても子供の欠片など残っていない顔で笑みを浮かべ、己が痕を残した箇所を満足そうに舐めたリオンは、わなわなと震えるウーヴェに首を竦めた後、さっき吸い付いた首筋に腕を回しておやすみと宣言する。
「……………」
とんでも無い事をすると呆れるやら感心するやらのウーヴェだったが、ブランケットに身を包んで擦り寄ってくるリオンがただ愛おしくて、ベッドとは違う窮屈さを感じながらソファの上で二人身を寄せ合い、日が沈むまでの寒さを凌ぐのだった。
その後、すっかりと日が沈んで降った雪が凍り付きそうになる夜、その氷や雪すら溶かすような熱の籠もった声がベッドルームにふわりと舞い上がり、サイドテーブルに置いた二つのマグカップの中でベッドの揺れに合わせて水面を揺らす命の水に落ちて溶けていくのだった。
2011/06/05
期間限定でupしていた、サイト開設1周年記念小話です。このブランケットは他のお話でも出てきてますねー。


