Das Heim-20-

Über das glückliche Leben(UGL) -Lion & Uwe -

 陵辱され乱暴された果ての姿で発見されたゾフィーの死は、事件を解決に向かわせるどころか更に混迷を深めるかのようで、事件を担当するヒンケルの顔は日を追うにつれて険しい物になっていく。
 彼女が生きて発見されたのならば彼女自身が関わっていた人身売買の組織について様々な情報を入手し、可能ならば司法取引も出来たかも知れないが、発見されたゾフィーは既に物言わぬ骸と成り果てていて、彼女が遺したものから事件を推測するしかなかった。
 そもそもの発端となったチェコ出身の少女が殺害された事件については、ゾフィーと一緒に発見された二人の男が実行犯であることが彼らの遺体を解剖した結果ほぼ断定でき、被疑者死亡のまま事件の解決を見たのだが、今度は三人を殺害した犯人探しが始まってしまう。
 一つの事件が終わりを迎えたにも関わらず、今回の事件の捜査を担当している刑事達の顔には事件が終わった安堵や歓喜の色はまったく見えず、それどころか上司の顔色と比例するように険しいものになっていった。
 ゾフィーの死体が発見されたことで人身売買という巨大な犯罪を解明する手口が途切れたことへの不満が警察内で膨れあがっていたが、それと同時にまだ極秘中の極秘の懸案となっていたのは、ゾフィーの身内であるリオンへの内部調査よりも重大な、事件が佳境に差し掛かっている時に休暇を取得-しかもその休暇自体が虚偽の申請である可能性が高かった-したジルベルトが事件に関与している疑惑とフランクフルトの事件を追うために派遣されてきたロスラーが実はゾフィーと同じ組織に属していた事実が判明したため、今後のマスコミ対策やBKAなどから求められるであろう事情説明をどのように行うかということだった。
 新聞やゴシップ誌などは現役の刑事とその姉が巻き起こした事件であるため、まるでリオン自身が不祥事を起こしたかのように騒ぎ立てていたが、まだ公表されていない、本当に内部調査をされなければならないのはリオンではなくロスラーである事実をどのタイミングで公表するかを、昨日フランクフルトから駆けつけた担当の刑事とヒンケルは部長や署長らを交えて話し合ってもいた。
 この街がある州だけではなく別の州の現役の刑事も人身売買という犯罪の片棒を担いでいた事実が公表されると大騒ぎになるのは火を見るよりも明らかだったためにそのタイミングを見計らっているが、ひとまずはリオンの身の潔白を証明するための内部調査-だとヒンケルらが頑なに言い張った-に協力する為、過去にリオンが担当した事件の関係者の元をヴィーラントらが尋ねる為の手助けをコニーらも渋々行っていた。
 ヴィーラントが手にしたファイルには何人もの関係者の名前と経歴が書かれていたが、その中で最も目を引いたのはやはりこの街に本拠地があり今や世界規模の企業へと成長しつつあるバルツァーの会長を護衛した事件で、あの日リオンと面会をした後にヴィーラントは独自の情報網を利用したり一般的に入手できる情報を集めたりしていた。
 今日はバルツァーの会長に会いに行くことをヒンケルらに伝えたヴィーラントは、圧倒されて思っていることの一割も話すことが出来ないなんてことにならないようにと苦笑され、直接の面識はないが有名人ではあるレオポルド・ウルリッヒ・バルツァーという人物に興味を抱く。
 マニンガーが運転する覆面パトカーに乗り込み、街から小一時間ほど走った中規模の町へと向かったヴィーラントは、木々の梢の間から見え隠れする近代的な建物があることに気付き、その建物の中で中核をなす一際背の高いビルとそのビルの壁面にシンプルな、だが誇りが詰まっているだろうバルツァーのロゴを見出すと、確かに外見だけでも圧倒されそうだと苦笑する。
 「…どんな人なのかしら」
 「南ドイツの鉄鋼王、鋼鉄の巨人、色々言われているが、俺もテレビなどしか見たことはないな」
 建物が見えてから結構時間が経つがなかなか会社の敷地を示すものが見えてこないことに苦笑した二人は、真っ直ぐに伸びる舗装された道の先に立派な鉄製の門が見えた為に減速をし、門の横にあるセキュリティの会社に繋がっているらしいベルを押す。
 「バルツァー会長に面会の予約をしておいたヴィーラントとマニンガーだ」
 門を開けて中にはいることを許可して欲しいと告げ、一つ溜息を零す時間だけ待たされた後、恐ろしいほど滑らかに門扉が動き、覆面パトカーを進み入れる。
 元々は小さな家族経営の会社だったそうだが、戦後の復興を担うために必要不可欠だった鉄鋼事業を母体に様々な関連事業に手を出し、それらすべてで成功を収めたレオポルド・バルツァーにもうすぐ会えるのだと思うとやはり緊張を隠しきれず、ヴィーラントが丁寧に撫で付けてある髪を確かめるように撫で、埃一つついていない眼鏡をハンカチで拭いて掛けると、背筋が伸びて何にも負けることのない鉄の女と揶揄される顔が浮かび上がる。
 「相手がたとえバルツァーの会長だろうと大統領だろうと、自分は何も気後れする必要はない」
 己に言い聞かせるように呟く相棒を微笑ましい目で見つめたマニンガーは、警備員が現れて誘導してくれる先へと進み、本社を示すプレートが掲げられている建物の正面玄関横に覆面パトカーを停めると、ヴィーラントの半歩後ろについていく。
 エントランスはオフィスと言うよりは星がついてもおかしくないホテルのようで、受付のスタッフがいるカウンターに迷わずに進んだ彼女は、名を名乗ると同時に少し離れた場所から名前を呼ばれたことに気付いて振り返る。
 ゆったりとした歩みで近寄ってきたのはスポーツか何かをやっているような均整の取れた身体を名前が通っているであろうブランドのスーツに包んだ人物だった。
 「ヴィーラント調査官ですね」
 「バルツァー社長…?」
 資料に貼付されていた写真とはまったく違うが、それでも血縁関係を窺わせる顔立ちの青年が苦笑し、会長は急用が出来て家に帰ってしまったことを詫びつつ手を差し出してきたため、ヴィーラントも表情を引き締めつつその手を握って挨拶をする。
 「本当ならばここで話を聞いて頂くつもりでしたが、先程も申し上げたように急用が出来てしまい、家に帰ってしまったんですよ」
なので、襲撃事件についての話は出来れば家に出向いて聞いてくれないかと苦笑する青年にヴィーラントが一つ頷き、あなたはあの事件の時は不在だったのかと問い掛け、ロンドンにいたことを教えられる。
 「分かりました。では家に向かわせて貰います」
 「そうして下さい」
 穏やかさの中に見え隠れする威圧感に気圧されそうになるのを堪え、ここに話を聞きたいと思っている当人がいないのだから仕方がないと小さく苦笑した彼女は、青とも碧ともつかない不思議な色合いの双眸に浮かぶ光に引っかかりを感じるが、気付かないふりをして一礼をし、マニンガーに頷くと踵を返して立派なロビーを後にする。
 立ち去る背中を見送った青年、ギュンター・ノルベルト・バルツァーは、足音が聞こえなかったにも関わらず、気がつけば背後に控えている人物へと小首を傾げると、ギュンターの意を察した青年が顔を寄せて囁かれる言葉を聞き逃さないように意識を集中する。
 「……リオンが担当した事件について調べに来たそうだが、何か進展はあったのか?」
 ここ何日間か新聞やテレビを賑わしているシスターが人身売買に関わっていたと言う事件について何か進展があったのかと、昨日パリから戻ってきて詳細を聞いていないギュンターが囁くと背後の青年が瞬時考え込むが、そのシスターが遺体で発見されたこと、何日か前に河で発見された少女を殺して遺棄した犯人も一緒に遺体で発見されたことが新聞に大々的に書かれていたと伝えると、ギュンターの特徴的な瞳に強い光が浮かび上がる。
 「そうか。それでシスターと同じ孤児院で育ったリオンも事件に関係があるかどうかの調査しているのか」
 「そのようです」
 「それで不正が見つかれば懲戒、か…」
 「ギュンター様?」
 ギュンターの呟きに青年が疑問を浮かべて呼びかけると、ヘクターと呼ばれて短く答える。
 「懲戒免職になった刑事を父さんが雇うと思うか?」
 いつだったかリオンを調査させた後に父でありこの会社の会長でもあるレオポルドがリオンを会社で雇いたいと漏らしたことがあったが、その夜のことを思い出しながら呟くギュンターにヘクターと呼ばれた青年が考え込むように目を伏せるが、本当に役に立つのであればきっと会長は出所してきた殺人犯であろうと懲戒免職になった刑事であろうと雇うと思うと答えると、ギュンターが深い溜息を零す。
 「俺もそう思うな。………まったく、あんな男の何処が良いんだ?」
 「…ギュンター様」
 「父さんも母さんもエリーも皆認めているようだが……俺は絶対に認めないぞ」
 その言葉に秘められているものはリオンが不祥事を起こしたからではなく、リオンそのものが認められないと言う頑ななものだったため、今はまだ話にしか聞いていないリオンという青年がどんな男なのかを直接見てみたいという思いがヘクターの中に芽生え、いつか会えればいいと内心でのみ呟くと、ギュンターが咳払いをしたあとに苦笑する。
 「とにかく、あの刑事達のことは父さんに任せよう」
 今日の午前中は会社で会議があり、午後からは議員と懇談会だがそれ以降は予定がないため、それが終わったら食事でもしようと笑ってヘクターの肩をぽんと叩くと、最近出来た店の味がギュンター好みだったと教えられて笑みの質を変える。
 「じゃあそこに行こう。……ランチは部屋で食べるから気にしなくて良い」
 「分かりました」
 己のシークレットサービスだが、今日のランチは社長室で食べるつもりだから他の仲間と一緒に食べてこいと暗に伝えたギュンターは、とにかくこの後の会議に出なければならない事を思い出してホールを横切ると、待機しているエレベーターに乗り込むのだった。

 バルツァーの本社で会えると思っていたレオポルドに会うことが出来ず、マニンガーに運転を任せながらヒンケルに連絡を取ったヴィーラントは、彼の口からレオポルドの家の住所を聞き出し、そちらに向かうことを伝えると、気を付けて行ってこいと素っ気なく言われて通話を終える。
 レオポルドの家は会社から30分ほど更に南下した小さな町だったが、その屋敷は家と呼ぶには相応しくない重厚さを持っていて、玄関に通じる階段前の噴水などもさぞかし高価なものなのだろうと、訪れた客を感心させるようなものばかりだった。
 立派な門扉を潜って車を噴水横に停めると階段の上の重厚な扉が静かに開き、ざっくりとしたサマーセーターにスラックス姿の初老の男が姿を見せる。
 「ヴィーラントと言ったか?」
 「……バルツァー会長ですか?」
 姿を見せたのが間違いなくあの会社をたった一代で家族経営から今や世界規模の会社へと発展させた稀代の男であることを確信した彼女だったが、敬称も肩書きも付けずに名を呼ばれるのは不愉快だと伝えるために問い返すと、口ひげを撫でながら青い瞳で二人を一瞥したレオポルドが口にしたのは、質問に質問で返さずに答えろと言う尊大なものだった。
 さすがにその言葉に咄嗟に返事が出来なかったヴィーラントとマニンガーは、レオポルドの機嫌が悪いのかそれともこれが本性なのかと疑問を抱くが、ここで立ち話をするつもりかと笑みを浮かべられて踵を返されたために慌てて階段を駆け上る。
 「今日はケーニヒ刑事が関係した事件についてお話をお聞きしに来ました」
 立ち去ろうとする背中に彼女が慌てて呼びかけ、調査に来た旨を伝えると肩越しに振り返ったレオポルドの目に強い光が浮かび上がる。
 「だから中で話をすると言っている」
 人の話を聞いていなかったのかと言い放つと面倒くさそうに前髪を掻き上げ、廊下で控えていた青年に人数分のお茶の用意を頼むと告げてリビングへと歩いていき、その後を二人が着いていくが、通された部屋は日当たりの良い広い部屋で、掃き出し窓からは初夏の日差しが降り注ぎ、直接日の当たらない場所に置かれた革張りのソファでは細身の女性がゆったりと腰を下ろして雑誌を読んでいた。
 「レオ、お客様?」
 その女性がレオポルドと後に続く二人に気付いたのか、雑誌から顔を上げて小首を傾げると、素っ気なく頷いたレオポルドが彼女の横に腰を下ろし、二人には向かいのソファを勧めて溜息をつく。
 「前に俺の護衛をリオンに頼んだだろう?その事について聞きに来たそうだ」
 「まぁ。お仕事ご苦労様。一体どうしたのですか?」
 レオポルドの言葉に彼女の青い瞳が驚きに見開かれ、夫の腿に手を付いて軽く身を乗り出してくる。
 「失礼いたします。ケーニヒ刑事が担当した事件について、関係者から話を聞いています」
 「そう。リオンが何をしたの?」
 イングリッドの疑問にヴィーラントがここ数日新聞を賑わしている事件に関係して調べていると答え、レオポルドを真っ直ぐに見つめて問い掛ける。
 「先日、バルツァー会長を護衛した際に何か不手際などがありませんでしたか」
 「不手際?おお、あったぞ」
 護衛を頼んだ時に持ち物検査にミスがあり、結果的には無事だったが銃器の所持を犯人に許してしまったことは彼のミスであり不手際だったことを書面にして警部らに通達したことを告げると、その書面を見ていたらしいヴィーラントがそっと頷く。
 「それ以外については?」
 「そうだな…内部調査をされなければならないほどの不良刑事だとは思わなかったな」
 「………今回の事件が事件ですので」
 調査に関しては仕方がないかと思うと答えるヴィーラントをレオポルドが一瞥した後、腕を組んで背もたれにもたれ掛かる。
 「俺の事件ではあいつは特に規則に反するようなことはしていないが、今回の事件とは何ら関係が無いはずだ。それなのに調査をするなど、大変なことだな」
 その言葉がヴィーラントやマニンガーを労う為のものならば二人は無言で頭を下げただろうが、声に籠もるのが冷たい皮肉であったため、表情を引き締めてレオポルドを見つめて仕事ですからと告げる。
 「人に好かれる仕事、嫌われる仕事はあるが、仲間を疑うような仕事は出来ればやりたくはないな」
 「……………」
 「レオ、言い過ぎよ」
 「リッドは黙っていろ」
 相手にも仕事上の立場というのがあるのだからと、イングリッドが窘めるように夫の腿に手を載せると、その手に手を重ねたレオポルドが子ども達と共通する冷たい声で妻の言葉を封じ込め、直視するにも力を必要とするような強さで二人を見据える。
 「他の仲間に疑いが掛かるのを何とかしたい、だからその仲間を調べるのは分かる。だがな、最初から疑って掛かられたのではあいつも調査に協力する気持ちも無くなるだろうし、こちらとしても真実を話す気持ちなど無くなるな」
 「疑って掛かっている訳ではありません」
 ヴィーラントの反論にレオポルドが目を細め、ならば直接彼から話を聞けばいいことだろう、何故それをしないで過去に担当した事件の関係者に話を聞きに来ているんだと笑うとマニンガーの顔が引き攣りヴィーラントが表情を無くす。
 「あいつと話をした時にあいつが話す言葉に真実があるかどうか、それすら見抜けないのに他人の話を聞けば余計に混乱してしまうんじゃないのか?」
 「公平な調査をする為に話を聞いているだけです」
 「あいつが担当した事件で助けられた人間は悪くは言わないだろう。あいつに逮捕された人間の身内ならば良くは言わないだろう。そうは思わないか?」
 あいつの何が真実なのかは対面して話を聞いて己で考えなければ分からないのに、関係者に話を聞いてどうするんだと冷たく笑い、聞くことによって何を得て何に確信を持つんだとも笑うと、様々な角度から物事を見て確かめたいとヴィーラントがようやく告げると、真っ直ぐに対象を見ないで何が分かると更に笑われてしまう。
 「どうせ話を聞くのなら、今回の事件の関係者に聞くべきではないのか?」
 「────!」
 過去の事件の関係者に話を聞いたとしても、過去は過去で現在の参考にはならないだろうと笑えば唇を噛む彼女を真っ直ぐに見据えたレオポルドは、リオンの言葉に潜む思いや直接話をした時に感じた己の直感を信じられないのかとも問いかけると、ヴィーラントとマニンガーの目が大きく見開かれる。
 「今回リオンが事件に絡んでいるかも知れないと言う思い込みから過去の事件でも同様に刑事の倫理に悖る行為をしていたと思い込んでいるんだろう?」
 「…………………」
 そうではないと反論したかったヴィーラントにレオポルドが、別にお前達がどんな理由で調査に来るのも構わないが過去を掘り返すよりも現在の事件を追えと笑みを深め、ここにいてもあいつの不正行為も発見できない代わりに、署長達が涙を流して喜ぶように誉められる行為も発見できないと肩を竦めると、マニンガーがヴィーラントの肩に手を載せて合図を送る。
 過去を調べることについて当然だと思っていたが、確かにレオポルドが言うようにリオンは過去に同様の問題を起こすどころか、その噂すら無かったのに、一体何故過去に拘ったのかとの思いからマニンガーがここは引き上げるべきだと囁きかけると、ヴィーラントが真っ白な顔のまま頭を一つ振る。
 「……ご協力、ありがとうございました」
 「市民の義務を果たしただけだが、こんな無駄なことに俺たちの税金が使われているのだとすれば腹が立って仕方がないな」
 一般市民の税金で養われている公務員なのだ、その辺の自覚を持って欲しいものだと笑うレオポルドに二人は無言で立ち上がると、失礼しましたと一言残してリビングを出て行くが、ヴィーラントが蹌踉けそうになるのを必死に堪えて長い廊下を進み、覆面パトカーに辿り着いたと同時に拳を握ってシルバーのボディを殴りつける。
 「………何故あそこまで言われなければならない!?」
 自分たちは公平な調査をしたい、ただそれだけなのに、何も知らない人に侮辱的なことを言われなければならないのかと歯を噛み締めたヴィーラントにマニンガーが溜息混じりに役者が違うと呟く。
 「!?」
 「ヒンケル警部も言っていただろう?バルツァー会長と俺たちでは役者が違いすぎるんだろうよ」
 「……悔しい…っ」
 「ああ、そうだな」
 いくら一代で企業を大きくさせた稀代の実業家だろうが人を侮辱して良いはずがないと叫びもう一度ボディを叩いたヴィーラントは、深呼吸を繰り返して車に乗り込むと、マニンガーが何を問い掛けても口を開かないのだった。
 そんな二人が乗ったシルバーの車が出て行くのをリビングの窓から見送ったレオポルドは、イングリッドがどうしてあんなにも強いことを言ったのかと問い掛けた為、窓の前で振り返って鼻息荒く言い放つ。
 「リオンが身内の犯罪に荷担しながら刑事などやっていられる訳がない。それを見抜けないヤツに何の調査が出来ると言うんだ」
 「レオ…」
 夫の言葉に妻が心配そうに眉を寄せると、隣に腰を下ろす夫の腕に手を載せて柔らかな笑みを浮かべる。
 「そんなにリオンが疑われたことに腹が立ったの?」
 「…………………ふん」
 己が気に掛ける人間が謂われない疑いを掛けられたことが許せなかったのかと、夫の本心を見抜いた妻が柔らかい声で問い掛けて金髪を撫で付けると、その細い手首を掴んだレオポルドがそっぽを向いたままあいつが警察を辞めればいいのにと呟き、何かに気付いたように目を瞠る。
 「しまった。不手際があまりにも酷すぎてどうにも出来ないから辞めさせろと言えば良かった」
 そうすれば無職になったリオンを俺のシークレットとして雇うのにと、心底悔しそうに呟く夫の頬にキスをしたイングリッドは、リオンが気に入ったのは分かるが程々にしないと駄目よと優しく聡し、拗ねたように口を曲げるレオポルドの髪を撫でて楽しそうに笑う。
 「何がおかしいんだ、リッド?」
 「きっとリオンも拗ねてウーヴェに同じような顔を見せているのでしょうね」
 「あんなガキと一緒にするな」
 腕を組んで鼻息荒く言い放つレオポルドにくすくすと笑ったイングリッドは、コーヒーテーブルに置いた新聞を手に取り、一面に大々的に掲載されている容疑者のシスターと男二人が死亡、仲間割れかと書かれた記事を読み進め、リオンの騒々しすぎるほどの様子や笑顔を思い出すと溜息をついて夫に寄り掛かるのだった。

 リオンが愛してるの言葉を残して行方不明になった数日後、リオンの身を案じつつも己の仕事に向かわなければならないウーヴェが心を押し殺しつつ患者の診察をこなし、リアにもテキパキと指示を与えて日常の業務をこなしていた。
 だがその心は今すぐにでもリオンを探しに出かけたい思いが溢れていて、姿を消した翌日にはリオンを知るベルトランや友人達にリオンを見かけたら連絡をくれと伝え、自身も日に何度も携帯のリダイヤルを押してみるが当然ながらリオンの声が聞こえてくることはなかった。
 あの夜、人々の喧噪が背後に聞こえる場所にいたが何となく駅やバスターミナルのような空気を感じ取っていたウーヴェは、本当に何処に行ってしまったんだと舌打ちをしては悪い想像をしてしまう脳味噌に負けないように鍵の形をした約束に手を当てていた。
 そんなある日の午後、ヴィーラントと名乗る刑事が来ているとリアが伝え、聞き覚えのない名前であること、リオンやその愉快な面々が働く警察署ではない部署から来たことも教えられて軽く目を瞠り、とにかく診察室に通してくれと伝えたウーヴェは、ヴィーラントと呟きつつメモ帳に思いつくスペルを書き殴る。
 今まで知り合ってきた人たちの中にもヴィーラントという名前は無く、何のことだと訝りつつノックを受けてどうぞと声を掛けると、リアとはまた違った無表情の女性が静かに入ってくる。
 「ヴィーラントとマニンガーです。少しお話をお聞きしたいのですが」
 「そちらにどうぞ……フラウ・オルガ、お茶の用意をお願いする」
 二人の後ろに控えているリアに頷いたウーヴェは、二人を窓際の応接セットに案内し、自分はお気に入りのチェアに腰を下ろし、二人が座るのを待って口を開く。
 「何をお聞きになりたいのですか?」
 初対面の人間には不愉快な印象を残さないように気を付けるウーヴェが切り出すとヴィーラントが書類を収めているファイルを取りだし、ケーニヒ刑事のことですと伝えると自然とウーヴェの背筋が伸びる。
 「ケーニヒ刑事?彼がどうかしましたか?」
 彼とは親交があるために仕事上でも様々な意見を求められることがあったことを伝え、その彼がどうしたと再度問い掛けると、今まで彼が担当してきた事件の関係者に話を聞いていると教えられてウーヴェが目を瞠る。
 「で、私に聞きたい事とは?」
 「ケーニヒ刑事が担当した事件の時、彼の態度はどうでしたか」
 他の関係者にも聞いている事だが、刑事らしからぬ態度を取っていなかったか、刑事の行動規範を越えたことをしていなかったかと問い掛けられて思わず失笑してしまったウーヴェは、冷たい目で見つめられて掌を立てて非礼を詫びると、刑事の行動規範など一般市民が知るはずがないから越えたかどうかは分からないと返し、刑事らしからぬと言えば存在自体がらしからぬものだと笑い、二人の目を軽く見開かせてしまう。
 「彼のようにふざけているのか真面目なのか、一見しただけでは判別がつかない刑事など初めて見た気がする」
 そう言う刑事らしからぬ態度はあるが、事件に対しては誰よりも真摯で熱心に向き合っている姿をよく見かけたことも伝え、あなたが望む答えは何だと問いながら足を組む。
 「私たちが望むのは彼が刑事として公明正大であったか、被疑者や被害者に不愉快な思いをさせていなかったかと言う事実です」
 「私自身彼とはその事件で知り合ったが、不愉快な思いはしなかったな」
 初対面でこちらが冷たい態度を取ったことへの報復的な慇懃無礼さはあったが、それ以降別の事件で偶然出会った時はまったく不愉快なことなど無かったと告げ、本当に知りたいのはその事なのかと目を細めると、マニンガーが僅かに上体を乗り出してくる。
 「今新聞を賑わしている事件について何か知りませんか?」
 「新聞やテレビの報道で知る程度なら」
 「本当に?」
 その言葉にウーヴェがヴィーラント以上に冷たい目をマニンガーに向け、奥歯に物が挟まったような物言いは好きではない、言いたいことがあるのならはっきりと言えばどうだと掌を向けるが、ノックをしたリアが入ってきたために足を組んで一つ溜息をつく。
 「失礼します」
 「ああ、ありがとう」
 お茶の用意をした後に一礼をして下がるリアを見送ったウーヴェは、本題に入ればどうですかと笑みを浮かべて膝に手を置き、彼との関係を知っているのでしょうと促せば二人が視線だけを合わせた後に小さく頷く。
 「あなたがケーニヒ刑事のパートナーであることは知っています」
 「で?」
 「仕事が終わった後、彼と事件について何か話をしたことはありませんか」
 ヴィーラントの言葉にウーヴェが顎に手を宛って考え込むが、今回の事件について初めて彼が話をしたのは少女の遺体が発見された日だったと思うと答え、シスターが起こした事件についてはどうだと問われ、それについては何も聞かされていないと返すと無表情に見据えられてしまい、ウーヴェの腹が瞬間的に冷えた後に何かが据わる。
 「二人でいるときは仕事の話は殆どしなかったから、シスター・ゾフィーの事件についても当然聞かされていなかった」
 「人身売買に関わっていることを知っている、そんな素振りを見せたことは?」
 「一度もない」
 付き合いだしてもう何年かになるが、彼が二人でいる時に仕事の話をしたことは数える程だったこと、しかもそれら総ては解決したばかりの事件についての話であり、追っている事件について話すことはなかったと答え、彼女がその犯罪に関わっていることを彼は私たちと同じく彼女が行方不明になってから知ったとも答え、行方不明と呟かれて苦笑する。
 「彼が孤児院に戻ったとき、彼女と今回の事件について話をしたが、あんたにだけは言えないと言われたそうだ」
 「それは、シスターがケーニヒ刑事に言った事ですか?」
 「泣きながら彼にだけは話せない、そう言ったそうだ」
 シスター・ゾフィーが涙を見せながら話したことを聞かされた時の様子を脳裏に描きながら伝え、彼は本当に何も知らなかったはずだとも伝えると二人が視線を交わしあう。
 「あなたの前ではそんな素振りを見せなかっただけでは?」
 その言葉は想定内のものだったために素っ気なく頷き、確かにそうかも知れないが彼がそんな嘘を吐くとは思えないし、またいくら刑事らしからぬ言動を取ることが多い彼であっても刑事なのだ、罪を犯した人を目前にして手を拱くなどしないだろうし、また出来ないだろうとひっそりと伝えると、あれでも刑事の良心を持っていると断言する。
 「……現役の刑事の身内が犯罪者だった、その事実については?」
 ヴィーラントの一言がウーヴェの耳から心の奥に落ちていき、据わった腹の上に積もると冷笑となって口から姿を見せる。
 「下らないな。彼と姉は別の人間だ。家族だから共犯者であるという思い込みで調査をしてるのか?」
 「そういうことではないが…」
 「そうではないのか?現役の刑事の身内が犯罪者だった、それについてどう思うとわざわざ問い掛ける理由は何だ?姉が犯罪者ならば弟もそうだと言っているのと同じではないか?────この国はまだ第三帝国なのか?」
 「!?」
 あのチョビ髭の伍長に支配されたままなのかと冷たく問い掛けながら足を組み替え、肘置きに肘をついて頬杖をついたウーヴェは、彼の姉が罪を犯したが彼自身はその犯罪に何ら関与していないどころか彼自身がその姉を逮捕し罪を償わせるつもりだったが、そんな彼をも犯罪者と決めつけるのかとリオンの代わりに伝えるとヴィーラントとマニンガーの顔色が悪くなる。
 先日ウーヴェの父であるレオポルドに話を聞いた際にまったく己が思うような展開で質問が出来なかったために悔しい思いをしたことを思い出したからだったが、ウーヴェにそんなことが分かるはずもなく、ただ己が不愉快に感じたことを最も冷たい声音で伝え、彼女の罪が係累であるリオンに、そして二人を育てたあの孤児院の関係者にまで及ぶのであればこちらもそれなりの対応を取らせて貰うと目を光らせる。
 「今回の事件を新聞やマスコミの報道よりも先にリオンが知ったのは事件の捜査をしているからであり、決してシスター・ゾフィーの口から聞かされたわけではないし、彼女やリオンが育った孤児院の関係者が事実を知ってリオンに教えた訳でもない」
 係累にまで罪が及ぶなどという前時代的な考えを持って調査をすると彼の本当の姿など見えないだろうし、そもそも曇った眼鏡で世界を見ようとしているあなたに真実が見えるのかと冷たく弾劾するとヴィーラントが唇を噛み締める。
 「……人を侮辱するような言動は控えて欲しいものだな」
 青ざめたヴィーラントの横でマニンガーが声に険しさを混ぜて身を乗り出してくるが、そんな彼にもウーヴェは態度を改めるどころか、鼻先で冷笑して肩を揺らす。
 「先に侮辱したのはどちらだ?彼の姉が罪を犯したからと言って彼も犯罪に荷担していたのではないかと疑う気持ちも分かるが、今までの調査でその片鱗でも見つかっているのか?」
 リオンが犯罪に手を貸していた-もしくは見て見ぬふりをしていた-形跡が見つかったのか、その証拠があってリオンを侮辱するのならばまだしも、あなた方の下らない思いこみで彼を、私のパートナーを侮辱しないでもらいたいと言い放ち、立ち上がってデスクに近寄ると受話器を取りリアに一言二言何かを告げるが、そんなウーヴェの耳に飛び込んできたのは予想外の言葉だった。
 「さすがは親子だな。大人しくこちらの質問に答えていれば良いのに屁理屈を捏ねる」
 その一言が聞こえた瞬間、室内の温度が一気に下がったような錯覚を抱かせる顔で受話器を置くと、父に何を言われたのかは知らないが父は父で自分は自分だと言い放つ。 
 「……二人がお帰りになるそうだ」
 ドアを開けて一礼するリアに冷たく言い放ったウーヴェは、二人との話はもう終わったこと、リオンが前時代的な考えに縛られた人たちに調査とやらをされて気の毒なこと、もう二度とこの二人がここに来ることはないだろうと告げてドアを二人のために開け放つと、顔を青くして拳を震わせるヴィーラントとマニンガーに目礼する。
 「……私たちを侮辱したこと、それについての謝罪を今後求めるわ」
 「姉を暴行されて殺害されたばかりのリオンを共犯者と決めつけ、刑事である彼を侮辱したことへの謝罪を先にしてもらいたいものだな」
 人のパートナーを侮辱したことへの謝罪はして貰おうと伝えて出口はあちらだと顎で示したウーヴェを睨んでいった二人は、リアにも無表情に見送られてクリニックを後にする。
 「ウーヴェ、あんなことを言って大丈夫なの?」
 「ちょっと頭に血が上ったことは反省している」
 リアの不安そうな顔に肩を竦めて己の言い過ぎを反省したウーヴェだったが、だが告げた言葉に嘘はないことを呟き、ヒンケルかコニーに一報を入れておいた方が良いだろうと苦笑すると、リアが小さく頷いて胸に手を宛う。
 「リオン…何処にいるのかしら」
 リオンが姿を消したことをウーヴェから教えられたリアは、涙を滲ませた目でウーヴェに詰め寄り、早く見つけてあげてくれ、一人で寂しがっているんじゃないかと、今までシスター・ゾフィーの役目だったことを知らずに引き受けたように懇願し、ウーヴェも彼女の肩を抱いて大丈夫だから心配するなと宥めたのだ。
 「大丈夫だ、リア。……警部に電話をするか」
 「え、ええ」
 ウーヴェが携帯を手に取り登録してあるヒンケルの携帯を呼び出すと程なく表情を連想させる厳しい声が流れだし、バルツァーですと名乗れば安堵と心配が混ざった声が聞こえてくる。
 『リオンから連絡はあったか?』
 「いえ、こちらには。そちらも無さそうですね」
 『ああ』
 重苦しい溜息にウーヴェが申し訳ないと断りを入れつつ、先程追い返したヴィーラントとマニンガーに伝えたことを掻い摘んで説明すると、更に重苦しい溜息がこぼれ落ちる。
 『バルツァー会長に話を聞きに行った時にも不機嫌になって帰ってきたが、まさかドクまであいつらを不機嫌にさせるとはなぁ』
 「………………」
 先程吐き捨てられた言葉のように父も二人に不愉快な思いをさせていたことに気付いて言葉に詰まるものの、申し訳ないと苦笑する。
 「どうしても我慢できなかった」
 己が全身全霊を掛けて愛する男を侮辱されたのだ、到底許せるはずがなかったと目を伏せたウーヴェに非難している訳じゃないとヒンケルが苦笑し、リオンに掛けられた疑いなどすぐに晴れると教えられて目を瞠る。
 「どういうことですか?」
 『詳しい話は今は出来ないが、近々警察から発表がある。それを見てくれ』
 「分かりました」
 とにかく、二人が署に戻ったらおそらくは冷たく怒り狂っているだろうから、その怒りのとばっちりを食らわないように気を付けてくれと伝えて通話を終えたウーヴェは、リアが目を丸くして見つめていることに気付いて肩を竦める。
 「近いうちに警察発表があるそうだ。それを見てくれと言われた」
 「何かしら…?」
 ヒンケルの声がいつにも増して厳しさと重苦しさを感じさせるものだったことに一抹の不安を感じたウーヴェは、とにかく発表があるまで待っていようとリアに告げ、駄目だと思いつつリオンの携帯に電話を掛けると、久しぶりに呼び出し音が聞こえた直後、リオンのものではない誰かの声が応答したために携帯を取り落としそうになる。
 『………ウーヴェか?』
 「!?」
 応答することにも驚きだがその誰かがウーヴェの名前を呼んだことに更に驚いてしまい、誰だと声を低くして返事を待つが、聞こえてきたのは通話が途切れて不通になった事を示す音だった。
 「どうしたの?」
 「今誰かがリオンの電話に出たんだが、すぐに切れた」
 「!?」
 今まで何度電話を掛けても電源が入っていないことを教えるアナウンスが流れるだけだったのにと、驚きに目を丸くするリアにウーヴェも同じような顔で頷き、誰だったんだろうと疑問を口にして再度携帯を呼び出してみるが、やはり聞こえてきたのは電源が入っていないと言うアナウンスだけだった。
 「本当に…何処にいるんだろうな」
 ウーヴェの呟きにリアも同意を示すように頷き、帰ってくることが無理でも連絡ぐらい欲しいと、心配しているあまりに怒り出しそうになってしまい、ウーヴェが苦笑しつつ彼女を宥めると、ヒンケルが言っていた警察発表が気になると思案顔になる。
 「今回の事件についてのことかしら?」
 「リオンに掛けられた疑いなどすぐに晴れると言っていたが、さっきの調査に関係しているのなら、やはり今回の事件に絡んだことだろうな」
 ヒンケルが重苦しい中にも僅かの希望を混ぜた声で伝えた言葉を反芻しながら顎に手を宛がったウーヴェは、シスター・ゾフィーの事件で何か新展開なり新発見なりがあったのだろうと頷き、彼の言葉通りに待っていようとリアにも同意を求め、今日の業務を終える儀式のような挨拶を二人で交わすのだった。
 

 ウーヴェの名前を呼んだと同時に奪われた携帯をじっと見つめたカインは、己の目の前でふらふらになりながらも携帯を取り戻すと同時にソファに座り込んだ幼馴染みを細めた視界で見つめる。
 数日前、どれだけ酒を飲んでも酔えないんだ、そう暗く嗤いながらドアベルを押したのは、青い瞳をアルコールと悲哀とで曇らせたリオンだった。
 その時カインの部屋には仕事関係で知り合った女が裸のままベッドで待っていたが、リオンの顔を見るなり無言で女に服を突きつけて追い出し、最低のホモ野郎という罵声を無表情で聞き流したカインは、俯き加減のリオンを招き入れると、誰も使うこともない部屋にマットレスを無造作に置いてそこで寝ろと行動で示す。
 そんなカインにリオンも幼馴染みの心やすさから何も言わずに無言で頷き、シーツとだけ答えて望みのものを受け取った後、カインが何も言わずに何も聞かずにいた為にマットレスに倒れ込み、腕で顔を覆い隠す。
 『……明日は一日仕事だから好きな時に出て行け』
 何処にも出向く気力がないのならばここに好きなだけいろと、冷たい声であってもリオンにとっては優しい言葉を投げ掛けて唸るような返事を聞いたカインは、ビールも食い物も一応冷蔵庫に入っているとも伝え、静かにドアを閉めた。
 その寸前に聞こえた嗚咽にも似た声がゾフィーの名前とウーヴェの名前を繰り返したのをしっかりと聞き届けていたカインは、何日ぐらいでリオンが立ち直るだろうかと思案し、先程追い出した女が忘れていったらしい手土産のワインを無造作に開けてボトルのまま口を付けてから女を追い出した部屋のベッドに横臥したのだ。
 それ以降、カインが仕事に出ている間は何処かに出掛けているらしいリオンだったが、カインが戻る頃に不思議と帰って来ては酒臭い息でお休みとだけ告げてマットレスに倒れているようだった。
 リオンが口を開かない限り、カインからも聞くことは無かった。
 話したくなれば自ら話すだろうし、無理に聞き出したところで己に出来る事は居場所を貸し与えてやるだけだと思っているカインは、リオンが立ち直るのを静かに待っているようだった。
 だが、仕事を終えて女の香水の匂いを身に纏ったカインが戻って来た後に暗い顔のまま戻って来たリオンがソファに倒れ込み、直角に置いたソファにカインが腰を下ろした夜、まるで胎児のように身体を丸めたリオンが、ゼップにゾフィーを殺されたようなものだと呟いた為にカインが無言で先を促すと、ゾフィーを殺した犯人は刑事になってからずっと一緒に仕事をしてきた仲間だったと答えられてさすがに絶句してしまった。
 『ジルをぶっ殺してぇ』
 『…ああ』
 だが、自分たちの姉を殺した男はフィレンツェに旅立ち消息不明になってしまったこと、今ジルベルトを発見して殺したとしてもゾフィーは帰って来ないと嗤うリオンにカインも頷いて同意を示すと、あと少しだけ部屋を貸してくれと告げられて気にするなとだけ返すものの、ウーヴェに連絡を入れなくて良いのかと呟いて返事を待つ。
 『………………』
 だが待ってもリオンからの返事は無かった為、カインもそれ以上は何も聞かずにいたのだが、翌日、リオンが携帯を放り出したままシャワーを浴びていた時、昨日話題にしたウーヴェからの着信があったのだ。
 だから咄嗟に携帯を手に取りウーヴェかと問い返したのだが、背後から伸びてきた水を滴らせたままの手が携帯を奪い取り、無造作に電源をオフにしてソファに投げ出したのだった。
 「……良いのか?」
 「……………今はまだ会いたくねぇ」
 本当はもっとも会いたくていつもいつでも傍にいたいウーヴェだが、今回の事件が解決するまでは会いたくはなかった。
 あの優しい声を聞き温もりに包まれたが最後、自分は二度と立ち上がる事が出来なくなるのではないかという危惧がリオンの行動を制約してしまっていた。
 だから、せめて事件が終わりを迎えるまでは会わないともう一度呟き俯いて携帯を見下ろしたリオンは、カインの溜息に顔を少しだけ向けると、ウーヴェには決してみせることのない暗い顔で嗤うのだった。

 

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2013/06/26


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