Das Heim-1-

 その日、マイン川に流れ込む小川の上流で一人の少女が川岸に打ち上げられていたのを、近くで農業を営んでいる老夫婦が発見し、地元警察に通報をした。
 程なくして警察車両が駆けつけ、地元警察の刑事達が周囲にこの少女の身元を確かめる為の手がかりがないかを聞き込んでいくが、少女が身分証明書を所持していなかった為、身元確認は難航していた。
 だが、少女の遺体を解剖した結果、ドイツ語ではない言語で走り書きされたメモがジーンズのポケットから見つかり、外国人の可能性が高くなったとの判断から、地元警察ではなく州刑事局から刑事が派遣され、停滞しかけていた事件が動き始めた。
 この少女の死が、直線距離にして300キロも離れた街で暮らす人々の上に重く垂れ込めた雲のようにのし掛かってくることなど、この時にこの事件に関わった人達には誰も想像出来ないことだった。
 一人の少女の死が広げた黒くて大きな影は、誰も逃れることなど出来ないことを教えるようにただ静かに遠く離れた街に向けて手を伸ばしていくのだった。
 


   

 晩春よりも初夏という言葉が相応しいような晴れた一日だったある日、いつものように刑事として精一杯働き、これから眠りに向かうまでの数時間は、最愛の彼の傍でだらだらとした自由な時間を過ごそうと決めて浮かれ気分のまま恋人の自宅に向かっていたリオンは、信号待ちをしている合間に煙草に火をつけて紫煙をようやく薄暗くなってきた空に立ち上らせていた。
 冬ではなく一月前を思えばすっかりと日が長くなり、奇跡的に定時に仕事を終えられた時などはまだ外が明るくて、そろそろ夏がやってくることを実感していた。
 季節の移ろいを感じるのは日の長さだけではなく、例えば昼食で食べたアスパラだったり、街ゆく人々の服装が一枚一枚と次第に薄くなってくることからも感じられていた。
 昔ならば季節が変わっていくことなど気にも留めなかったのに、一体どういう心境の変化だと己の心変わりを笑い飛ばすと、その笑いの向こうに穏やかな笑みを浮かべた白皙の相貌が浮かび上がる。
 今までの短い人生の中で多種多様な女性達と付き合ってきたが、同性の恋人を持つのは初めてだった。
 今まで自他共に認める女好きだった彼が、最も愛する恋人と出会ってからあっという間に恋に落ちて宗旨替えをする事になるのだが、その恋人が穏やかな顔で笑みを浮かべて名前を呼んでくれた為、自嘲の笑みを掻き消して煙草の灰を落とす。
 信号が変わろうとすることに気付いて煙草を靴の裏で揉み消し、街灯に括り付けてある灰皿に投げ入れた彼は、顔を上げて歩き出そうと一歩を踏み出してその姿勢のまま動きを止めてしまう。
 横断歩道の向こう側に人の波の中で頭一つ突き出るほど長身の青年を発見したのだ。
 その長身の青年に目が釘付けになったのにはいくつか理由があったが、最大の理由はその人の波の後ろをゆっくりと歩きながら駅とは反対方向に向かう青年が、学校を卒業して以来会っていない幼馴染みであることだった。
 一見するだけで目を引くほど癖のある赤毛は当時のままで、学生の頃から長身だと思っていた背丈は更に伸びたらしく、長い足を使って大股に歩いて行く背中はあの頃と変わらずで、つい口元を綻ばせたリオンは、赤毛の青年の背中を見送り、自らは恋人の家に向かう為に駅へと歩きながら携帯を取りだし、リダイヤルの一番上にある番号に電話を掛ける。
 『────Ja』
 「ハロ、オーヴェ。今から電車乗るから、もうちょっとでそっちに着く」
 『迎えに行こうか?』
 「んー・・・平気。待っててくれよ」
 電車の運転手を脅迫してでもすぐに向かうから待っていてくれと悪戯小僧の顔で笑うと、電話の向こうから穏やかな苦笑が聞こえてくる。
 『ビールを冷やしてある』
 「チーズは?」
 『もちろん』
 その、いつもの他愛もないやり取りを交わしながら駅のホームへ下りる階段を軽快な足取りで下っていくと、今度は少し前を一目でシスターだと分かるグレーの服を身に纏った女性を発見し、携帯にすぐに帰るから、また後で、チャオと語りかけてキスをし、足早に立ち去ろうとする女性に呼びかける。
 「ゾフィー!!」
 「・・・リオン?もう仕事は終わったの?」
 シスターの衣装に身を包み、何か思案事でもあるのか眉を顰めていたゾフィーが声に気付いて顔を振り向け、階段を駆け下りてくるリオンに気付いて花が開いたような笑みを浮かべる。
 「どこに行くんだ?」
 「・・・ちょっとした野暮用よ」
 こんな時間にホームを離れているなんて珍しいと問いかけるリオンにゾフィーが肩を竦め、家に帰るのかと逆に問いかけられてオーヴェの家に行く事を伝えると、一瞬だけ彼女の顔が曇りを帯びるが、野暮用を済ませる為にそろそろ行くと苦笑されてリオンも頷いて手を挙げる。
 「そうだそうだ。さっきカインを見たぜ」
 「え?あの子帰ってきてるの?」
 「そうみたいだな。後で電話してみるけど、戻って来てる可能性が高いんじゃねぇか?」
 つい先程赤毛の長身の友人を見かけたことを伝えると、彼女の顔にも懐かしさが浮かび上がるが、その中に戸惑いや焦燥感にも似た色も混ざっていて、リオンが疑問に感じて口に出す寸前、戻って来ているのならば何故声を掛けてこないのかと眉を寄せ、リオンもそれに同意を示すように肩を竦める。
 「あいつのことだから何か考えてんだろ?あ、今度のバザーってさ、俺も何か手伝うんだったっけ?」
 「当たり前でしょ。あんたがいないとアーベルが大変なんだから」
 「げー。分かった。また近くなったら言ってくれよ」
 半月先に予定されているバザーではいつものように手伝いをするが、詳しいことが分かれば教えてくれと告げてゾフィーの頬にキスをしたリオンは、背中を向ける彼女に同じく背中を向けて自らが乗る電車が止まっているホームに向かい、切符を大慌てで買い求めて打刻し、発車寸前の電車に飛び乗るのだった。

   

 手を挙げて別れたリオンの言葉を脳裏で反芻しながら別の電車に乗り込んだゾフィーは、赤毛で長身の青年の顔を思い出し、一月近く前にここから300キロほど離れた大きな街で遭遇したことも思い出すと、自然と険しい表情を浮かべてしまう。
 あの街の片隅で偶然出会ったのだが、お互いに驚きと再会した喜びを表す前に別々の道へと進んでしまった為、何故遠く離れた街で再会したのかという疑問を解消する暇がなかった。
 きっと彼は何故自分がここにいるのかと疑問を抱いただろうし、しかもその時彼女はシスターの衣装ではなく、ごく普通のパンツスーツを着ていたのだ。
 シスターであれば身に纏っているグレーの衣装ではないことへの疑問と、この街にいることへの疑問が彼の脳内で手を結んで答えを出すのかが気になってしまって親指の爪に軽く歯を立てる。
 その時に立ち止まって少しでも話が出来れば良かったと、今になって後悔してしまいそうになるが、過去に戻る事が出来ないのだから仕方がないと溜息を吐き、目的の駅に着いた為にホームの端にあるトイレに入って暫くして出てくるが、その時には彼女の身分を一目で表すグレーのシスターの衣装ではなく、目立たない清潔な白いシャツと丈の長いスカート姿になっていた。
 少し気怠げな様子で荷物をコインロッカーに投げ込んでキーをバッグにしまうと、客待ちをしているタクシーの窓をノックして合図を送り、行き先を告げてシートの中で小さく溜息を零して脳内を占めている悩みを追い払うのだった。

  

 恋人が住む高級住宅街の中でも小高い丘の上に立つアパートに軽い足取りでやってきたリオンは、すっかり顔馴染みになっている警備員に笑顔で一日の疲れを労う言葉を掛け、ホテルのフロントみたいなロビーを通り抜けてエレベーターホールに向かうが、足取りが軽い為にそのまま通り過ぎてドアを開けて階段を軽快に登っていく。
 この階段を登ることは機嫌の良い証になっていて、最上階に辿り着いてドアを開け、たったひとつのドアの前に立つと、何故かひとつ咳払いをしてドアベルに指を押しつける。
室内ではきっとドアベルが鳴り響いているのだろうが、微かに聞こえる程度で、程なくして人が近づく気配がし、ドアが開いて足下が矩形の光に照らし出される。
 「ハロ、オーヴェ」
 「お疲れ様。お帰り、リオン」
 「うん。今日も一日頑張った」
 だから誉めてくれと笑みを浮かべると、その言葉通りにとっておきの笑顔で腕を伸ばして抱き寄せてくれる恋人の細い腰を抱き寄せ、匂いを確かめるように顔を寄せると、くすぐったいと小さな文句が聞こえてくる。
 「腹減った。今日は何にしたんだ?」
 「ベーコンが安かったからスープにしてみた」
 「わ、美味そう」
 腹が減ったと宣った後で何かを思い出したのか、少し見上げてくる恋人の頬にキスをし、同じキスを返してくれと目を閉じる。
 「────お疲れ様、リーオ」
 「うん。オーヴェもお疲れ様」
 今日の仕事はどうだったんだと問われ、いつも通りだったが今日はそんなに忙しくなかったと答え、もう一度ウーヴェの腰に腕を回して肩を並べたリオンは、ベーコンのスープを早く食べたいと笑い、ポテトサラダとライ麦パンもあることを伝えられて満面の笑みを浮かべるのだった。

    

 いつものように壁に寄せたテーブルに椅子を並べて腰を下ろし、今日一日の出来事を身振り手振りを交えて話すリオンの横でウーヴェが相槌を打ったり、早く食べればどうだとそれとなく促したりしていたが、カインを見かけたと言われてフォークを持った手を止める。
 「カイン?」
 「そう。覚えてねぇか?」
 「・・・・・・ああ、赤毛のカインか?」
 「そうそう。駅に行く時に見たんだよ。駅とは逆に行ったみたいだから声を掛けなかったけどさ」
 久しぶりに見たいあいつは以前とほとんど変わっていない様子だったと肩を竦め、ウーヴェ特製のポテトサラダを口に放り込んであっという間に飲み込んでしまうが、その時、ジーンズの尻ポケットに突っ込んだままの携帯が着信を告げてくる。
 「リオン、電話だぞ」
 「良いよ。鳴らしとけって」
 「・・・・・・良いのか?」
 「良いって。それにメシ食ってる時の電話が一番腹が立つ」
 急ぎの用件ならばまた掛けてくるだろうが、そうでもなければ放っておけと、ぬけぬけと言い放ってライ麦パンのポテトサラダを載せたリオンを仕方がないと言いたげな顔で見たウーヴェだったが、隣で美味しそうに咀嚼する恋人の横顔を見ているだけで心身ともに満足してしまいそうになる。
 だがそんなリオンの言葉を嘲笑うように一度切れたはずの呼び出し音が再度鳴り響き、心底嫌そうな顔で携帯を引っ張り出したリオンは、表示されている名前を見ると同時に目を細め、ボタンを押して携帯を耳に宛がう。
 「メシ時に電話してくるな。殺すぞ」
 『お前なんかに殺されるか』
 その一言に電話の向こうから図太い声が聞こえ、釣られるようににやりと笑ったリオンだったが、隣をちらりと見た瞬間、己が無意識に口走った言葉が与えた衝撃の大きさに気付いて舌打ちをする。
 『・・・何だ、誰かいるのか?』
 「ああ。後で連絡する」
 『分かった。そうだ、教会のばあさん、元気そうだったぞ』
 「ホームには顔を出したのか。今度バザーがあるって言って無かったか?」
 リオンが前髪を掻き上げながら聞こえてきた言葉に相槌を打って返事をする横で、ウーヴェが無表情に席を立ってキッチンを出て行ってしまう。
 幼馴染み相手の電話の為についあの頃のような口振りで話してしまったが、一般的にも聞かれるスラングですらもいい顔をしないウーヴェに殺すという言葉を聞かせてしまったのはリオンの大失態だった。
 その思いから明日以降に連絡をすると早口に捲し立てて相手の返事もロクに聞かずに通話を終えると、携帯をテーブルに投げ出してキッチンを飛び出し、リビングのソファでテディベアの横に腰を下ろすウーヴェの前に駆け寄ると同時に膝をついて床に直接腰を下ろす。
 「ごめん、オーヴェ。嫌な言葉を聞かせた」
 「・・・・・・・・・カインだったのか?」
 「うん、そう。やっぱりこっちに帰ってきたみたい。ホームには顔を出したから、近いうちに飲みに行こうって言われた」
 やや俯き加減に口を開くウーヴェの白い髪を指に絡めて撫で付け、姿を見せた額にキスをしたリオンは、ごめんともう一度小さな声で謝罪をしてウーヴェの頭を胸に抱き寄せる為に膝立ちになる。
 「・・・・・・ごめん」
 「・・・・・・もう良い。俺も・・・・・・驚いただけだ」
 「そっか」
 リオンが良く口にするくそったれという罵声ならばまだしも、例え幼馴染みや冗談が通じる相手に対するものであっても、他者の口から殺すという言葉は大きな驚きを与えると同時に最も聞きたくない言葉でもあった。
 その思いを小さな声で素直に告げたウーヴェは、リオンのキスが頭やこめかみに落とされ、最後に頬に許しを乞うようにされてようやく肩から力を抜いたように溜息をつく。
 「もう食べ終わったのか?」
 「ん?オーヴェはどうなんだ?」
 くぐもった声で問われて首を傾げたリオンにウーヴェが首を振ってもう良いと伝えると、暫く考え込むような気配が伝わった後、リオンもじゃあ自分ももう良いと笑う。
 「・・・オーヴェ、コーヒー飲まないか?」
 「コーヒー?」
 「そう。どうだ?」
 その唐突と言えば唐突な、食後なのだから当たり前と言えば当たり前のそれにウーヴェがリオンから離れて瞬きをすると、リオンの驚くほど澄んだ瞳に不安が浮かび始める。
 その不安の由来に気付いてひとつ瞬きをしたウーヴェは、美味しいコーヒーが飲みたいと小さく笑い、リオンの目に浮かんだ不安が一瞬にして掻き消えたことに彼も安堵する。
 「分かった」
 もう一度ウーヴェの額にキスをし、キッチンへと戻っていったリオンは、間を置いて戻って来たウーヴェに見せるようにコーヒーミルと豆を作業台に並べ、ガリガリと音をさせて豆を好みの粗さに挽いていく。
 「あ、オーヴェ、湯を沸かして欲しいな」
 「ミルクはどうするんだ?」
 「んー、俺はブラックでいいや。オーヴェが使うなら温めて欲しい」
 いつもならばコーヒーよりミルクの分量の方が多いものを飲んでいるリオンだが、珍しく今夜はブラックコーヒーを飲むと笑い、逆にウーヴェがミルクたっぷりのカフェオレを飲みたいと言った為、仰せの通りにと仰々しい態度で頷いたリオンが豆を布のフィルターに入れてウーヴェが湧かした湯を少しずつ注いでいく。
 まるで店の厨房のように広いキッチンの一角にコーヒーの匂いがふわりと立ち上がり、沈んでいたウーヴェの心を僅かに軽くさせ、温めたミルクをアンペルマンが止まれと合図を送る大ぶりのマグカップにミルクを注いでコーヒーを注いで貰う。
 「・・・どうだ?」
 「・・・・・・・・・美味しいな」
 「良かった」
 ウーヴェの味への評価をドキドキした顔で待っていたリオンだったが、恋人の端正な横顔に安堵の笑みが浮かんだ事に自然と胸を撫で下ろし、自分でも味を確かめる為に同じくアンペルマンが進めと言っているマグカップにコーヒーを注いで口を付ける。
 「・・・うん、美味い」
 作業台にもたれ掛かって笑うリオンにウーヴェも笑みを浮かべ、これを持ってリビングに行こうと誘うと嬉しそうな顔で付いてくる。
 リビングのソファに腰を下ろしたウーヴェの横の床にクッションを置いて座ったリオンは、ウーヴェの腿に手を絡めてテレビを着け、いつもならば絶対に見ないウーヴェが好きそうな歴史物の番組を見始める。
 いつもならばテレビを見ながらでも大騒ぎをしたりするリオンが、この時ばかりは静かにウーヴェの腿に上体を軽く寄せて見ているだけだった為、さすがにその異変を酌み取ったウーヴェが苦笑し、マグカップをテーブルに置いた手でくすんだ金髪にそっと手を差し入れる。
 リオンがコーヒーを自ら淹れる回数は圧倒的に少なかったが、ミルクで味が変わっていたとしてもコーヒーの味の良さは十二分に伝わり、リオンが言葉に出しにくいと思っている気持ちも伝わってくる。
 きっと彼なりの謝罪の端緒なのだろうと気付けば、その不器用さが愛おしくて、小さく深呼吸をした後でそっと自分だけが呼べる名前を呼ぶ。
 「・・・・・・リーオ」
 「ん?」
 「さっきのこと・・・だ。・・・もう、気にしなくて・・・良い」
 「・・・・・・うん。ダンケ、オーヴェ」
 このコーヒーでしっかり謝罪の心を受け取ったこと、自分に合わせてくれることにありがとうと告げたウーヴェに軽く目を瞠ったリオンは、マグカップをコーヒーテーブルに置いて、自分の髪を撫でる手を掴んで口元に引き寄せてキスをする。
 「久しぶりにカインと話をしたからさ、ちょっと・・・浮かれちまった」
 「なら仕方ないか」
 「今度さ、カインと飲みに行って来る。・・・良いか?」
 窺うような声にウーヴェが軽く目を瞠り、次いで口元に拳を宛がってくすくすと笑うと、リオンが心外というように目を瞠る。
 「幼馴染みと再会をさせないほど心は狭くないぞ」
 「へへ・・・。カインがもしもこっちに戻って来てるのならさ、一緒に飲みに行こうぜ」
 「ああ」
 「あ、それはやっぱりダメ。あいつにオーヴェを会わせたら大変なことになる」
 一緒に飲もうと誘った舌の根も乾かない内に激しく前言撤回をするリオンに苦笑し、どちらなんだと問いかけたウーヴェは、あいつは俺の恋人と知れば間違いなくお持ち帰りしやがると、再びウーヴェが眉を顰めるような言葉で幼馴染みを罵ったリオンは、今度はウーヴェの顔色を窺う前にそれに気付き、ゴホンと咳払いをする。
 「あいつさ、昔からそうなんだけど、俺とゼップの彼女とは自分もセックスしていいって思ってるんだよ」
 「・・・・・・・・・何か激しく問題がありそうだな」
 「大アリ。まあ、でも・・・あいつの彼女も俺たちと共有してたから、どっちもどっちなんだけどな」
 ウーヴェの腿に胸を預けるように乗り上げて恐ろしいことを呟いたリオンは、俺はどうなんだと低い声で問われて慌てて身体を起こす。
 「オーヴェは共有するつもりはねぇ!だからオーヴェ、どれだけカインが誘ってきても絶対に二人っきりになるなよ!!」
 俺や他の人がいない所で二人きりになるなと、顔を青ざめさせてウーヴェの両手をしっかりと握りあわせたリオンの言葉に、そんなに大げさに言う事かとさすがにウーヴェも呆れてしまうが、大げさにしていても絶対にあいつは俺のいない時にオーヴェを狙ってやってくると力説し、あいつに太い釘を刺しておくとも告げてようやく溜息をつくと、再度ウーヴェの膝に上体を投げ出す。
 「今日はカインを見かけるし、ゾフィーも何か様子が変だったし・・・」
 「シスター・ゾフィーの様子が変だった?」
 「うん、そう。駅で会ったんだけどさ、こんな時間に野暮用だって。マザーや教会の用事なら絶対に言うし、結構大きな荷物を持ってたからさ」
 気になってしまった事を溜息混じりに告げ、どういうことだろうかと頬杖を着いたリオンは、悩みが思い過ごしであることを教えてくれるような優しい手付きで髪を撫でられて自然と笑みを浮かべる。
 「明日にでも聞いてみればどうだ?」
 「そーだな・・・そうするか」
 彼女の様子がおかしいこと、カインを見かけたと告げた時に彼女の目に浮かんだ不安や焦燥感にも似た感情の由来を出来れば知りたいが、無理に聞き出そうとしても無駄だと気付き、いつか話してくれるだろうと苦笑すると、ウーヴェの手が更に優しさを増して髪を撫でてくれる。
 「オーヴェ、キッチンの片付けどうする?」
 「食べ物だけ冷蔵庫に入れよう」
 後の洗い物などはシンクに浸けておいて明日纏めて洗うと告げ、リオンが身体を起こした為にウーヴェも大きく伸びをする。
 「・・・もうシャワー使ったか?」
 「いや、まだだ」
 「じゃあさ・・・」
 これから小さいバスタブに湯を張って一緒に入ろうと、思わずウーヴェが総てを許したくなるような声で囁かれてひとつ背中を震わせ、バスタブの掃除もしてくれるのならば構わないと笑うと、鼻息を荒くしたリオンが奇声を発しながらウーヴェを横抱きにして立ち上がる。
 「こらっ!!」
 歩けるから下ろせ恥ずかしいと、顔中を赤く染めたウーヴェが声を荒げても一向に気にすることのないリオンは、バスタブに湯を張るまでの間にやらなければならないことを済ませておけと告げて赤く染まる頬にキスをし、絶句するウーヴェの顔を覗き込んでにやりと笑った後、大股でベッドルームに突進して口を閉ざしてしまったウーヴェをベッドに投げ出すのだった。

  

 その時にはリオンの脳裏からゾフィーの様子がおかしかったことや、久しぶりに見かけたカインの言葉なども消え去り、ただただこの後のウーヴェとの肌と肌、心と心の触れ合いの時間に対する思いだけが残っているのだった。

 

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2012/08/14
新しく始まりました。最後までお付き合い下さると嬉しいです。


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