Come On A My House -9-

 年が変わってから初めて訪れることが出来たゲートルートで心ゆくまで食べた二人は、リオンが運転する車でウーヴェの自宅に戻ろうとするが、ウーヴェが行き先変更を命じた為、運転手は大人しくその言葉に従って車を走らせていた。
 「・・・なあ、リオン」
 「ん?どうした?」
 目的地-つまりはリオンのアパート近くにやってきた時、ウーヴェが助手席で何かを決意した時のような顔で名を呼んだ為に一体どうしたと視線だけを流したリオンは、車をいつも停めている場所に一発で停めるとウーヴェが降り立つのを待つ。
 「・・・・・・何でもない」
 昨日の夜に不意に感じた思いを言葉に出そうかどうしようか思案していたウーヴェがいつ来ても散らかっている室内に足を踏み入れてただ苦笑を深めるが、言葉には出さないもののこの雑多なもので溢れかえる部屋の不思議な居心地の良さに感心していた。
 己にとっての居心地の良い部屋というのは、自宅のベッドルームでも無ければ仕事場であるクリニックでもない、この部屋なのだと気付くが、そうではないと脳内で否定の声が上がる。
 この部屋ではなくこの部屋の主の雰囲気が、空気が、ひいてはその存在すべてが居心地が良いのだと気付かされてしまい、どうしたと首を傾げるリオンのシャツの前を握りしめて顔を伏せる。
 「オーヴェ?」
 言いたいことがあった。ただそれを上手く言える自信もなければ、今それを口に出すべきかどうかについて冷静な判断も出来ず、その苦しさに顔を歪めたウーヴェだが、何度か深呼吸をした後で顔を上げじっと見つめてくる蒼い瞳を見上げる。
 この一週間はまともに会話も出来無ければ当然ながら顔を合わせる事も出来ず、その間のあの広い部屋はまるで人の気配が絶えたように静まりかえっていて、モデルルームか何かのようなあの部屋に今までどうして一人でいる事が出来たのかが不思議だった。
 告げることで変わるものもあれば変わらないものもあるが、一人の静けさにはもう戻りたくはなかった。
 「オーヴェ、何を考えてるか教えてくれよ」
 「・・・・・・っ・・・、リオン・・・いつか・・帰って、今は・・・まだ・・・、いつか・・・」
 リオンの顔を見ながら告げるのは無理で、しかも言葉として成立しないほどの細切れになった声で告げながら愛してやまない蒼い瞳を脳裏に閉じ込め、今度は胸板に額を押し当てると永遠にも思えるような沈黙の後、そっと両頬を大きな手で包まれる。
 「それってさ・・・」
 一緒に暮らそうって事かと低い声で問われたウーヴェが小さく頭を上下させた刹那、眼鏡を奪われて軽く目を瞠れば、今まで見たことのない、心から満ち足りたような穏やかな笑みを浮かべたリオンが目の前にいた。
 「・・・・・・今すぐは無理・・・だ、けど、いつか・・・」
 いつものウーヴェからすれば辿々しくぎこちない口調だが、それでも己の心の内に溢れる言葉を必死に伝えてくるウーヴェにリオンがそっと頷いて抱き寄せると同時に、ウーヴェが苦痛を訴えてしまうほどの力で背中を抱き締める。
 「・・・・・・ウーヴェ」
 「うん」
 「良いのか?いつもあの家に、帰っても良いのか・・・?」
 自分にとってはここに次いで居心地の良いあの部屋に帰っても良いのかと、帰るという言葉に無意識に力を込めたリオンの髪に手を差し入れ、何度も何度も撫でたウーヴェがリオンの腕の中で苦しそうに藻掻いて何とか肩に顎を乗せると、そのままもたれ掛かるように目を閉じる。
 「─────家に帰って来い、リオン」
 もう、あの部屋で一人で夜を過ごしたくない。
 決して言葉に出すことはなかったが、リオンが帰るという何気ない一言にどれだけの感情を閉じこめているかの一端を知ったウーヴェが力を抜いてくれと耳に囁きかけ背中を撫で続けてようやく楽になると、苦笑を浮かべていた唇にそっと唇が重ねられる。
 触れるだけのそれだったが、昨日までの悩みも苛立ちも自然と溶けて消えていってしまうようで、その感覚に目眩を覚えて首筋に腕を回して抱き寄せると、同じく背中に回った腕が身体を引き寄せようとする。
限界まで身を寄せているが、どうあっても一つに溶けて混ざり合う事が出来ないもどかしさについ顔を顰めれば、そっと離れた唇が宥めるように名を呼んでくる。
 「オーヴェ」
 わざわざ溶けてしまわなくても、自分たちならばもうずっと一つの存在になっていると、鼻先にキスをされた後、立ったまま手を組み合わせるように誘われた事に気付いて誘いに乗れば、嬉しそうな溜息がぽつりと落ちる。
 「・・・リーオ」
 「っ・・・うん。オーヴェ、オーヴェっ!!」
 いつものように名を呼び目を細めたウーヴェにリオンも同じように繰り返すが、その顔にじわじわと歓喜の色が滲み出したかと思うと、ウーヴェの身体がリオンに抱き上げられてしまい、慌ててバランスを取るようにリオンの肩に両手をつく。
 「!?」
 「オーヴェ、好きだぜ!愛してるっ!」
 「こら、リオンっ!!」
 ウーヴェを抱き上げたまま足の踏み場もない程散らかっている室内で回り始めたリオンに目が回るから止めろと小さく叫んだウーヴェだったが、回る世界の中心にいる年下の恋人の歓喜が触れた箇所からも伝わってきたらしく、自然と唇の両端を持ち上げてリオンが望む笑みを浮かべてその顔を見下ろし、頬を両手で包んで目を細める。
 「ふ、はは・・・っ、・・・リーオ・・・っ!」
 「ダンケ、オーヴェ!やっぱりお前は最高だ!」
 リオンが初めて見るような子どもっぽい顔で笑うウーヴェの腹に顔を押しつけたリオンだったがさすがに目が回ったらしく、二人揃って狭いベッドに倒れ込むと笑顔を浮かべたままこつんと額をぶつけ合うが、額から伝わる熱だけではもの足りず、どちらからともなく手を伸ばして互いの身体に回すと、シングルベッドが訴える不満を無視して抱き締めあい、先程のキスとは比べられない激しさで互いを求め合う。
 「リオ・・・っ、・・・・・・ンっ・・・!」
 呼吸すら奪うようなキスを交わしつつ、気が付けばネクタイを解かれシャツのボタンも外されていたウーヴェは、残されていた理性が悲鳴じみた声を放った事に気付いてリオンの手を止めさせようとするが、ダメ、ガマンできないとにべもなく返されて目を白黒させる。
 「リオンっ・・・!」
 「─────今日はダメ。汚さないようにちゃんとするから」
 「!!」
 だからお前はそんな事を気にせずにただ俺だけを見て感じていればいいと真っ直ぐに見下ろされて言葉を無くしたウーヴェは、心を解すように額や鼻先にキスをされてくすぐったいと肩を竦めてついに受け容れてしまう。
 リオンだけではなくウーヴェ自身もガマンできないとの思いもあり、表だっては渋々と、だが心の中では最早気にすることなくリオンの言葉を受け容れた事を示すようにくすんだ金髪を抱き寄せ、その身体に足を絡めて離れないように身を寄せるのだった。

 

 スパイダーの運転をリオンに任せ、最終目的地であるウーヴェの家に向かった二人は、時間が経った事でリオンの家で見せたはしゃぎようから冷静さを取り戻していたが、二人の脳裏に浮かぶ思いはどちらも同じで、先程の言葉は夢や幻聴などではない事を確認したいが、それをすることで夢から覚めるのが怖いという思いだった。
 ウーヴェがリオンに告げた、今すぐではないがいつか一緒にあの家で暮らそうとの言葉に嘘はないと伝えたい気持ちは溢れていたが、久しぶりの体温の交歓がもたらした疲労は予想以上のもので、スパイダーがアパートの地下駐車場に滑り込んだ後、ドアを開けられても助手席にへばり付いた背中を剥がす事すら億劫だった。
 そっと手を取られて車高の低いスパイダーの助手席から引っ張り出されても己の足で立つだけが精一杯で、蹌踉めく足を叱咤しつつ目の前の大きな身体に腕を伸ばしてしがみつく。
 「・・・おっと」
 リオンの肩が見えた為に寄り掛かるように頭を前に傾げるとしっかりと受け止めたリオンが苦笑し、そんなに頑張ったっけ、俺と戯けた声を挙げれば、半ば眠っているウーヴェの唇がうるさいバカタレといつもの文句を小さく呟く。
 「な、オーヴェ」
 「・・・なんだ・・・?」
 来客用のエレベーターではなく、ウーヴェがポケットから取り出したカードで住人専用のエレベーターに乗り込んだ時、リオンが不安を滲ませた声でウーヴェを呼ぶ。
 「さっきの話・・・、だけどさ・・・」
 「─────リーオ。・・・俺を信じてくれ」
 鏡張りの壁に凭れるリオンの顔を見つめたウーヴェが目を細めて頼むから信じてくれと告げると、リオンの顔に掛かっていた靄が徐々に晴れていく。
さっきの話は酒を飲んだ勢いでも無ければ、あの場の空気に飲まれて口から出任せを言ったわけではない事を穏やかな声で告げ、だから信じてくれと言ってリオンにもたれ掛かる。
 言葉だけではなく身を寄せることで温もりからも互いを感じ、伝わる思いを信じて更に身を寄せようと手を繋いだ時に自宅フロアに辿り着き、身を寄せたままエレベーターから出た二人は毛皮のコートの前をしっかりと握りしめながら寒さに震える女性を発見し、一瞬のうちに睡魔も歓喜も吹き飛ばしてしまう。
 「エリー!?」
 「────暖かそうで良いわね、あなた達・・・・・・」
 寒さのためにかたかたと震える姉に真っ青な顔で駆け寄ったウーヴェは、早くドアを開けてちょうだいと命じられて一も二もなくドアを開ける。
 「信じられないわ、全く・・・!」
 人がこうして待っているのに、あなた達ときたら二人だけの世界を作り上げているんだからと、玄関ロビーで外気よりも低い声で告げたアリーセ・エリザベスにウーヴェがただ素直に謝罪をすると、青に近い緑の目が冷たく細められる。
 「風邪を引いたら許さないわよ、フェリクス」
 「・・・ああ」
 先程までの気怠げな顔を一切見せずに頷いたウーヴェは、リオンがなかなかドアの内側に入ってこない事に気付いて顔を振り向ける。
 昨日のあの話し合いや今朝の無言の朝食を思い出し、まだまだどちらにも蟠りがあるのだろうと察するが、姉はいつまでもそんなことに拘るような人ではないと確信しているウーヴェは、アリーセ・エリザベスの名を呼んでもう良いだろうと囁きかけると、閉め出されていた事への怒りから吊り上がっていた目がすっと細められ、今は少しだけ色を失っている唇が小さく吐息を零す。
 「・・・・・・早く入りなさい、リオン。風邪を引いたらどうするつもり!?」
 寒さに震える姉の肩に己のコートを羽織らせたウーヴェもその言葉に小さく頷き、遠慮がちにドアを潜ったリオンの腕を掴んで引き寄せる。
 「オーヴェ・・・!?」
 「風邪を引いて俺にうつしたらどうなると思う?」
 今まで人前ではこんな風に身を寄せてくる事など滅多になく、リオンの肩に頬を押し当ててくすくす笑うウーヴェにリオンが目を丸くし、その横ではアリーセ・エリザベスが瞼を真っ平らにしてしまう。
 「フェルが風邪を引いて更にあなたにうつっては大変よね。だからバルコニーで寝て貰いましょうか」
 「ぅげっ!!」
 絶対に避けられない未来予想図を見せつけられた気がしたリオンが慌てふためいてついウーヴェを抱き締めてしまうが、その様子にアリーセ・エリザベスが口の中だけで何かを呟いたかと思うと踵を返す。
 「リンゴのタルトを買ってきたの。後でお茶にしましょう」
 「・・・・・・ああ。用意をするから風呂に入ればどうだ?」
 「そうね・・・シャワーだけでも浴びてくるわ」
 彼女が寝泊まりしている部屋への廊下を曲がる直前に手を挙げてこの部屋のシャワーを借りると苦笑したアリーセ・エリザベスにウーヴェも頷いて美味しい紅茶を用意しておくと告げ、珍しくおろおろするような顔で見つめてくるリオンの鼻の頭にキスをする。
 「リンゴのタルトがあるそうだ。一緒に食べるだろう?」
 「うん。でも・・・」
 「リオン。・・・大丈夫だ」
 「え?え?」
 リオンの疑問も不安もしっかりと先読みしたウーヴェは、意味が分からないと眉尻を下げるリオンの頬にキスをし、まだ訝る恋人の腕を引いてベッドルームに向かい、自分たちも着替えを済ませるのだった。

  

 アリーセ・エリザベスの為に、真新しいが彼女には少し大きいガウンと、最近はリオン専用になっているブランケットを用意し、シャワーを浴びている姉に一声掛けて部屋を出たウーヴェは、リビングのカウチソファで膝を抱えてころりと転がるリオンを発見し、眼鏡の下で忙しなく瞬きをした後、小さく吹き出して背もたれ越しにくすんだ金髪を軽く撫でる。
 「何をしているんだ?」
 「ん?んー、何か嬉しいなぁってのと、お姉さん、俺の事許してくれるのかなーとか・・・」
 色々考えていたら転がってしまったと、起き上がって照れたように笑うリオンに苦笑し、くしゃくしゃと髪を掻き混ぜる。
 「わっ!止めろよ、オーヴェっ!!」
 セットが乱れると笑いながらウーヴェの手を掴むリオンだったが、このぼさぼさの髪の一体どこをセットしているんだと笑われ、心外だなぁと頬を膨らませる。
 「家でシャワー浴びた時、お前がセットしてくれただろ?」
 ついさっきの事をもう忘れたのかと振り返って唇の片端を持ち上げたリオンは、見上げたウーヴェの顔が仄かに赤くなった途端笑みの質を悪戯盛りの子供のものへと変化させ、背もたれ越しにウーヴェの身体に腕を回す。
 「こらっ!」
 「オーヴェ、ホントにホントに────嬉しい」
 お前が俺に家を、帰る場所をくれる、その約束が本当に嬉しい。
 ソファの背もたれ越しに抱きしめられて腕を撫でて自由を得たウーヴェは、いつもならばしないが今夜は別らしく、背もたれをひょいと跨いでリオンの隣に滑り落ちると、逆に頬を両手で包んで目を細める。
 「・・・今すぐとは・・・言えなくて悪い・・・」
 「お前の約束は金ほどの価値があるって言っただろ?」
 だからその言葉は疑わないと一瞬だけ強い光を双眸に湛えたリオンがウーヴェを見つめ、同じく優しい色を浮かべたターコイズがそっと姿を隠すと瞼にリオンが口を寄せる。
 「オーヴェ・・・」
 「ああ」
 やっと声に明るさの戻ったリオンに嬉しさを滲ませた顔でウーヴェが頷き、キッチンで紅茶の用意をするから手を離してくれと立ち上がろうとしたその時、ショールの代わりにブランケットを肩から羽織ったアリーセ・エリザベスが姿を見せ、リオンの手首を掴んで中腰になったまま振り返るウーヴェと、そんな彼の背中に顔を押しつけているリオンを一瞥し、外気温並の低さの声で呟く。
 「・・・・・・・・・じゃれ合うのなら部屋でしなさい」
 折角リンゴのタルトを食べようと思ったのに一気に食べる気がしなくなったわと告げられ、瞬きを繰り返したウーヴェの後ろで陽気な声が挙がる。
 「え、お姉さん食わないんだ?じゃあ俺がもらっても・・・・・・」
 「あなたに食べさせるなんて言ったかしら?」
 「エリー!?」
 リオンが背後でびくんと身を竦めた事に気付いて声に焦りを滲ませて姉を見つめるが、青に近い緑の目に浮かんでいるのは学生の頃と変わらない、何やら企んでいる様な色だった。
 「食べたいのならフェルに分けて貰いなさい」
 「オーヴェがリンゴのタルトを分けてくれる訳ねぇじゃん!?」
 「当たり前だ」
 「俺も食いてぇ!!なぁ、オーヴェぇ!お姉さんっ!!」
 顔を上げて騒ぐリオンにうるさいといつものように小さく怒鳴ったウーヴェは、いい加減に自由にしろと手をぱしぱしと叩き続けるが、リオンが意地でも離さないと言いたげに腕に力を込めてしまい、苦しさに目を白黒させてしまう。
 「今何時だと思っているの?大声を出せばご近所に迷惑だわ」
 「ご近所って下しかねぇけど?」
 アリーセ・エリザベスの盛大な溜息混じりの言葉にけろっとした顔で返したリオンは、じろりと冷たい目で睨まれてしまい、蛇に睨まれたカエルのようにウーヴェの身体に顔を押しつけて固まってしまう。
 「何か言ったかしら、リオン?」
 「・・・・・・・・・ナンデモアリマセン」
 その眼光の冷たさにさすがに血を分けた姉弟だとぼそぼそとリオンが呟くが、今度は二人揃って何か言ったかと睨まれ、何でもないって言ってるだろうと声を張り上げる。
 「怒っているのは俺たちであってお前じゃない!」
 「ぃて!」
 くすんだ金髪にぺしりと掌を叩き付けたウーヴェは、アリーセ・エリザベスに一人掛けのソファを勧めてやっとキッチンへと向かうが、その姿を涙目で見送ったリオンは、つい先程睨まれてしまった女性と二人きりになった気まずさからついつい遠慮がちに呼びかけてしまう。
 「・・・・・・えーと、お姉さん・・・?」
 「あなた、自分の恋人の姉をそんな風に呼ぶの?」
 「へ!?」
 「私の夫にも兄弟がいるけれど、そんな風に誰も呼ばないわよ」
 テレビの傍のマガジンラックから雑誌を取り出し、今度の食事会の話題にしようとでも思っているらしいアリーセ・エリザベスの言葉にリオンが素っ頓狂な声を挙げ、彼女がソファに座るまでの行動をただ見守ってしまう。
 「私にはアリーセと言う名前があるわ」
 「・・・知って・・・る」
 「そう。それは良かったわ、リオン」
 顔を合わせることなく続けられる会話だったが、もしかすると自分を認めてくれているのではないのかと感じたリオンは、ウーヴェが三人分の紅茶の用意とブランデーを持ってきた為、その思いを忘れたようにソファに胡座を掻くと身体を前後に揺さぶってしまう。
 「少しは落ち着けないのかしら」
 本当に子どもっぽいんだからと、呆れ以外感じられない溜息を吐いたアリーセ・エリザベスの前にカップを置いたウーヴェが微苦笑混じりにブランデーはどうすると問いかけ、首を振られた為にリオンの前にもカップとリンゴのタルトを置き、ブランデーを少しだけ流し入れる。
 「オーヴェ・・・!」
 「・・・・・・どうぞ召し上がれ」
 今にも泣きそうな顔でタルトと叫ぶリオンに根負けしたウーヴェが掌を向け、どうぞと告げた瞬間、タルトがリオンの口の中に消えていく。
その早業としか言いようのないそれに呆然と目を瞠った姉弟だったが、どちらからともなく笑い出してしまい、リオンがタルトを口にしたまま首を傾げる。
 「ホーフェ?」
 「美味しいか?」
 「うん、最高!」
 さすがはアリーセが買ってきただけはあると、にへらと不気味な笑みを湛えつつも真剣に味を誉めたリオンに彼女が更に目を瞠るが、一気に脱力したように身を小さくする。
 「エリー?」
 「・・・・・・・・・フェル、私はお茶だけで良いから、タルトをリオンにあげてちょうだい」
 あんな顔のリオンを見、まだ食べるつもりなのかとはさすがに言えなくなったらしい姉に苦笑したウーヴェだったが、そろそろと皿に伸ばされる大きな手に気付くと同時にその手を叩く。
 「いてぇ!」
 「もう一つ食べただろう?行儀が悪いぞ、リオン」
 「えー!折角アリーセが俺にって言ってくれてるのにぃ!」
 「何か言ったかね?」
 「・・・・・・・・・・・・タルトが絡んだ途端にガキになるんだからなっ!オーヴェのケチっ!」
 リオンが憎まれ口を叩くだけではなく、憎たらしい顔で舌を出したのを見たウーヴェの顔が引きつったかと思うと、あっという間にリオンの耳に手を伸ばし、限界まで引き延ばす。
 「痛い痛い、いてぇってオーヴェ!!」
 「今、何と言ったんだ、リオン・フーベルト?」
 「ケチって言ってごめんっ!思っててももう言いませんっ!!」
 「ほぅ。思っているんだな?俺がケチだと思っているんだな?」
 「ひーっ!!ごめんごめん、ごめんっ!!オーヴェ、ごめーん!!」
 お願い許して陛下と、胸の前で手を組んで耳を引っ張るウーヴェに謝り倒したリオンの耳に堪えきれないと言いたげな笑い声が流れ込む。
 「もぅ・・・いい加減にしなさい、あなた達・・・っ!」
 我慢できないわと額を白くて綺麗な指で押さえて涙すら浮かべるアリーセ・エリザベスをきょとんとした顔で見つめた二人は、彼女の中にあった蟠りが少しだけでも流し去ってくれた事に気付いて互いのために胸の裡で安堵する。
 「まさかと思うけど・・・リアの前でも同じようなことをしてるんじゃないでしょうね?」
 一頻り笑い終えた彼女が咳払いをしつつ問いかければ、結局もう一切れの半分を奪い取ることに成功したリオンがけろっとした顔でやっていると告げ、ウーヴェが深々と溜息を吐く。
 「いつもこうだけど?」
 「・・・・・・・・・フェリクス、リアのお給料の手当、上乗せしなさい」
 そして、間近でいい年をした男二人が騒ぐ事がどれほどの迷惑になるのか、今度何処かで身をもって経験してきなさい。
 リオンの言葉に姉が頭を押さえつつ呟けば、弟も頭痛を堪えるような顔で真剣に頷いてしまう。
 「ん?どうしたんだ、二人とも?」
 「何でもない」
 ぽかんと口を開けるリオンに苦笑したウーヴェは、ウーヴェが用意したブランケットで身を包み、紅茶を飲んだ彼女がそろそろ寝ると言って立ち上がった為、タルトを食べてご満悦のリオンに苦笑し、アリーセ・エリザベスの横に並ぶ。
 「お休みなさい、フェリクス」
 「ああ、お休み、エリー」
 「リオン、あなたもお休みなさい」
 「うん。お休み、アリーセ」
 その他愛ないやり取りから姉と恋人の間にあった蟠りがひとまずは溶けた事を知り、胸の裡で安堵したウーヴェは、リビングを出て行く姉を追いかけようとするが、ここで良いわと手を振られてリビングに戻ってリオンの姿がないことに気付いてキッチンも覗いてみる。
 「リオン?」
 何処にいるんだと廊下で呼びかければ、ベッドルームのドアが少しだけ開いていて、ここにいることに気付いて溜息を零す。
 「リーオ。いつも言ってるだろう?」
 ドアはちゃんと閉めるんだ。
 ぱたんとドアを閉めたウーヴェは、ベッドでさっきのように膝を抱えて転がっているリオンを発見して苦笑するが、ベッドに膝をついてリオンの傍まで躙り寄るとそのまま身体の上に覆い被さる。
 「そろそろ寝るか?」
 「・・・・・・うん」
 くるりと反転してウーヴェの背中に腕を回したリオンに小さく笑い、ガウンを脱いでコンフォーターに二人で潜り込むと、最近のお気に入りなのかどうなのか、ウーヴェが背中を向ける。
 背中を包む熱が安心をもたらし、無くした時の薄寒さを思い出させてしまう。
 「・・・リオン」
 「ん?どうした?」
 勢いに任せてしまった事は否めないが、それでもお前の部屋で伝えた思いは本心だと、胸の前に回されている手に手を重ねてしっかりと組んだウーヴェは、背後から聞こえる吐息混じりのうんという短い言葉に目を閉じ、顎を少しだけ上げて頭を仰け反らせると、頭の下に腕が差し入れられる。
 「オーヴェ」
 「どうした?」
 「何でもねぇ。お休み、オーヴェ」
 何かを言い掛けて話題を変えたリオンを訝ったウーヴェが振り返ろうとするが、頭のてっぺんにキスをされて小さく吐息を零した後、お休みを告げて目を閉じる。
 己の本心をしどろもどろになりながらも伝えることが出来ただけではなく、その途切れ途切れの言葉をしっかりと読み取ってくれたリオンに言葉では言えない感謝をしつつ頭の下の腕を撫でて手を重ねると、手探りで手を掴まれて軽く握ってくる。
 背中を暖められて手を繋がれて更に温もりを分け合うと、家に帰る直前まで感じていた疲労感が一瞬で全身に伝播していく。
 その、心地よくもある疲労に身を委ねたウーヴェは、背後から聞こえる穏やかな寝息につられるように意識を深い場所へと落としていくのだった。


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2011/02/06


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