Clap93

-Lion&Uwe-

  「・・・どうかしら、ウーヴェ」
  着心地はいかがと、ウソみたいな化粧を施した顔に緊張と汗を浮かべたのは、ウーヴェの新しいスーツが出来上がったからと、クリニックに届けに来たブルックナーだった。
  彼が差し出したスーツに袖を通し、着心地を確かめるように腕を上げたり背中を丸めたりしていたウーヴェは、最後に時計が嵌まる右腕を軽く持ち上げて時間を確かめるように見つめると、ウーヴェの言葉をまるで死刑宣告を受ける人のような顔で待っているブルックナーに向き直る。
  「・・・お前が作ってくれるスーツはやはり最高だな、マルセル。いつもありがとう」
  このスーツもお気に入りの一着になるだろう、ありがとうと、心からの笑みを浮かべて頷いたウーヴェの前、ブルックナーが肺を空にするような息を吐いて胸の前で手を組む。
  「あぁ・・・!ウーヴェに褒められたわ!」
  今日まで徹夜でも何でもやって頑張った甲斐があった、あなたの一言で生き返ったわと、ウーヴェに言わせれば大げさな、本人に言わせれば八割控え目な感情表現にウーヴェがそれほどまでに嬉しいのかと微苦笑するが、ブルックナーが巨体をくねらせて嬉しいものは嬉しいの、そうよねと、ウーヴェお気に入りのチェアに腰を下ろしながら室内の緊張と狂騒を睥睨していたリオンを振り返ると、不意に話の輪に引きずり込まれたリオンが素っ頓狂な声を上げる。
  「は!?」
  「ウーヴェに褒められたらもうそれだけでお腹いっぱいになるってことよ!」
  ブルックナーの力説にウーヴェが呆れて溜息を零し、そんな訳ないだろうとリオンに同意を求めるように見つめるが、最近少しだけ伸びる事が多くなった顎の無精髭を撫でながらリオンが目を細める。
  「・・・リーオ?」
  「・・・これはマルセルに賛成だなぁ」
  「そうよね!?」
  いつもはウーヴェを挟んで軽い敵意をむき出しにする二人がこの意見に関しては敵ではないと認めるようなことを呟き、ブルックナーも何度も頭を縦に振る。
  「そんなに嬉しいものなのか?」
  「嬉しいに決まってる!」
  俺が尊敬する数少ない男に褒められる、それがどれ程嬉しいことかお前には分からないのかと恨みがましい目で睨まれて鼻白んだウーヴェだったが、俺はそんなに立派な人では無いと微苦笑すると、二人がそれぞれの言葉でそれを否定する。
  「俺が尊敬する男を、例え本人のお前であっても否定するな」
  「私の理想はあなたなのよ、ウーヴェ」
  自分は今二人にそんなに恐ろしい顔で睨まれるような事を言ったのかと、思わず我が身を振り返ってしまったウーヴェは、真新しいジャケットを丁重に脱いでデスクに置くとダブルのウェストコート姿になって微苦笑しつつ眼鏡を外してシャツの袖でレンズを拭いて気分転換を図るが、そんなウーヴェの姿にブルックナーが短く息を飲んで顔を背ける。
  「マルセル?」
  どうしたと、友人の様子の変化に小首を傾げて顔を振り向けたウーヴェは、頬を赤らめつつ何でも無いわと視線を逸らすブルックナーに目を瞬かせ、どうしたと今度はリオンへと目を向ける。
  「・・・分かってねぇよなぁ、マジで」
  あぁ、俺の陛下はどうしてこうニブチンなんだと、頬杖を付きながら蒼い目を半ば隠したリオンがぼそりと呟くと、ブルックナーが今回も敵じゃ無いと教えるように激しく頭を上下に振る。
  「本当に・・・!ウーヴェのたった一つの欠点ね!」
  もう、恋する男の気持ちを全く汲み取ってくれないんだからと、涙すら浮かべたブルックナーに非難され、リオンにニブチンと滅多に言われることのない言葉を吐き捨てられてただただ驚きに目を丸くしたウーヴェは、眼鏡を掛けて一体何の話だと二人の顔を交互に見つめるが、まーったく気付いてねぇよと諦めの境地に達した顔で呟かれてさすがに面白くないと眉を寄せる。
  ウーヴェにしてみれば、ブルックナーが届けてくれた新しいスーツの着心地を確かめ、その出来栄えに感心して褒めただけなのに、何故ニブチンだの鈍感だのと言われなければならないのかと言う疑問がむくむくとわき上がってくる。
  「俺が何に気付いていないって?」
  「・・・オーヴェがスーツを着てる姿がマジでもう最高に格好いいって事!」
  己が持つ魅力に全く気付いていないだろうと、何故か涙目になって吼えるリオンに呆気に取られたウーヴェは、同じような顔で見つめてくる二人の顔を交互に見た後、肩を竦めて苦笑する。
  「・・・スーツ姿なんて見慣れているだろう?」
  それに、スーツなど仕事のためのユニフォームのようなものだろうと微苦笑しつつ呟くと、お前は何も分かっていないとリオンがチェアから飛び上がってウーヴェの傍に飛んできて顔の近くで叫んだため、咄嗟に挙げた手で耳を塞ぐ。
  「ユニフォーム姿が一番格好いいんだよ!」
  サッカー選手でもプロのアスリートでもユニフォーム姿が最高にカッコイイんだよ!ガッデムと叫ぶリオンにブルックナーも確かにそうね、ユニフォーム姿に惹かれてしまうわねと同意し、ほらみろお前が分かってなさすぎると耳を押さえるウーヴェに詰め寄ったリオンは、その新しいスーツも似合いすぎてると隠すこと無く本音をぶつけると、ウーヴェが溜息混じりに前髪を掻き上げるが、眼鏡の下でターコイズ色の双眸を意味ありげに細め、青い石が嵌まる耳に口を寄せる。
  さっきから何を言っているのかと思えば、スーツ姿が格好良いと教えられ、ありがとうと思うよりも先に馬鹿らしいとの思いが芽生えるが、今これをここで口にすればきっと己は今週末までブチブチと文句を言われ続けることに気付き、何か良い返しがないだろうかと咄嗟に思いついた言葉を囁きかける。
  「そこまで褒めてくれるのは嬉しいな、リーオ」
  ただ、できるのならば二人だけの時にそれを聞きたかったなと、今まで言いたい放題言われていた仕返しとばかりに、二人だけの時でもなかなか聞かせることの無い甘い声で囁くと、ブルックナーが真っ赤になり、囁かれたリオンも耳朶を赤く染めてしまう。
   「~~~~!!」
  リオンが密かに一番好きなスーツ-しかもウェストコート姿で、そんな顔と声で囁かれたら身体のある場所に熱が集まって大変なことになるだろうと、若干涙目になりながら叫ぶリオンを滅多に見せることの無い色気を滲ませた双眸で見つめると、くいと顎に指を掛けてにやりと笑みを浮かべる。
  「ふぅん?」
  「・・・ダーリン、最高」
  だからそんなオトコマエな顔を俺以外に見せるなと、泳いでいた蒼い目でまっすぐにウーヴェを見つめたリオンがいつもの調子を取り戻したのか、ニヤリと笑いながら囁き返すと、二人の会話を聞いていたブルックナーが真っ赤になってもう帰ると一声吼える。
  「ああ、マルセル」
  「何?」
  ウーヴェが苦笑しつつブルックナーを呼び、呼ばれた方も涙目になりながら顔をあげると、格好いいかどうかは別にして、似合っていると言われるスーツを作ってくれてありがとう、また新しいスーツも頼むと、スーツには何の罪も無いと言いたげにウーヴェが満面の笑みでブルックナーの職人としての腕前を褒める。
  「ありがとう・・・!それは本当に嬉しい言葉だわ」
  「ああ、また頼む」
  スーツを着たあなたが本当に格好良くて仕方が無いと思うのは嘘ではないが、職人として満足して貰えるものを完成させられたことに安堵と感謝をしていると頷いたブルックナーは、ウーヴェに手招きされて正面に立つと、友人に見せる笑みを浮かべたウーヴェにそっとハグされる。
  「ダンケ、マルセル」
  「ええ。また必要になったら言ってね」
  すぐに作るからと、ウーヴェには親愛の、リオンには同情の笑みを見せて診察室を後にするブルックナーを見送った二人だったが、ドアの閉まる音が聞こえた後、リオンがウーヴェの身体を挟み込むようにデスクに両手をつく。
  「さっきも言ったけどさ、ダーリン、マジで最高」
  このスーツを着たまま抱きたいと囁くリオンに眼鏡の下で目を細めたウーヴェだったが、リオンのくすんだ金髪を抱き込むように腕を回してデスクに尻を乗せると、真新しいスーツを汚すのは嫌だなと、夜にだけ見せる顔を覗かせる。
  「・・・今日はどこかで食べて帰ろうかと思ったけど、家に帰るか?」
  「・・・・・・帰る!すぐ帰る!今すぐ帰る!!」
  「分かった」
  じゃあ帰ろうと、微苦笑しつつリオンの頭をぽんと叩いたウーヴェは、食欲よりも別の本能を優先させた事に気付いたものの、今夜はどうやら強気になっているようで、廊下側のバスタブに湯を張ろうと囁き掛け、リオンの胸に芽生えていた期待を別の種類のものへと変化させるのだった。


2020.04.10
スリーピーススーツ 姿のメンズにときめいてた時のお話ですね(笑)


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