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(カインと千暁)

 春を告げるかのような風が吹き抜けると、その風に乗るように淡いピンクの色彩が春に霞む青へと舞い上がる。
 その風の意外な強さに軽く驚き、顔を庇うように手を上げたのは、異国の地で立派に根付いている桜の幹にもたれかかっていた千暁だった。
 千暁の横にはレジャーシートから長い足をはみ出させながら寝転んでいるカインがいて、風の強さに驚いた千暁の声に眠そうに片目を開ける。
 「・・・どうした?」
 「風が強いなぁって思っただけだよ」
 二人の間には今日のためにと、昨夜から下準備を万端に行った結果がサンドイッチやその他の料理として鎮座していて、どちらも早くそれを食べたいと思いつつも、間もなくやってくるだろう友人を思って手を着けられずにいた。
 「・・・ね、カイン」
 「何だ」
 張り出した桜の枝の隙間から蒼空を文字通り仰ぎ見ていたカインに呼びかけた千暁は、素っ気ない声が何だと返してきたのに続けて今日は何故ここを選んだと立てた膝に顎を乗せて背中を丸めると、その背中に大きな掌が宛がわれたことに気付いて頭を傾ける。
 「何となくだ」
 「・・・うん、そういうだろうと思った」
 「だったら聞くな」
 二人が暮らす街から少しだけ郊外に車を走らせると中規模の川が流れているのだが、その一画が公園として解放されていた。
 その公園の川縁に何かの記念行事で植えられたらしい、日本では良く目にする桜が川縁を春色に染めていた。
 その桜の木の下で花見をしようと提案をしたのはカインで、己のパートナーのそれが珍しいと思いつつも嬉しかった千暁が一も二も無く頷いたのだが、友人のリオンとウーヴェも誘おうと続けられて驚きと嬉しさに満面の笑みを浮かべた。
 その数日前の事を思い出し、どうしてここを選んだと再度問いかけた千暁は、しつこいぞと起き上がりつつ言葉では無く切れ長の双眸に睨まれることで伝えられるが、背中に宛がわれた手が頭に載せられ、手慰みにするように髪をくしゃくしゃに乱されて首を竦めて笑い声を上げる。
 「カイン、くすぐったい」
 「・・・毎年、ここで花見をするぞ」
 「え・・・?」
 「他の町に引っ越したとしても、ここで毎年花見をする」
 絶対にする、約束と呟きながら取り出したタバコに火を付けたカインを呆然と見つめた千暁だったが、己から言い出した約束は何があっても守る恋人の言葉の重みを受け止め己の中で昇華し、うんという短い言葉と淡い笑みで返事とすると、髪を撫でていた手に力が込められ自然と引き寄せられる。
 カインの身体に寄りかかりながら桜を見上げ、はぁと溜息を吐いた千暁は、カインのキスをこめかみに受けてもう一度首を竦めるが、あの時は本当に驚いたと、過去を思い出して肩を揺らす。
 「・・・俺の方が驚いた」
 偶然見つけた安息の場所でまさか子どもが木から降ってくるとは思わなかったと笑うカインに千暁が子どもそのものの顔で頬を膨らませて不満を訴える。
 「子どもじゃない!」
 「だったらいい年をした大人が木に登るな」
 お前は動物かと笑われて顔を赤らめるが、あの時は息が詰まっていて気分転換をしたかったと言い訳をする。
 振り返れば十何年も前の事のように思う二人の出会いを同時に思い描き、当事者間の驚愕ぶりを披露し合うと、千暁が声に出して、カインは声に出さずに小さく肩を揺らして笑い合う。
 「・・・この木から降りようと思ったら、カインの肩に足が乗ってしまったんだよね」
 脳裏で当時の様子を再現している様に目を細める千暁の髪を撫で、幹に寄りかかってタバコを吸っていたら上からお前が降ってきて、結果的に肩車する羽目になったと笑うと、千暁の顔が更に赤くなる。
 「・・・肩車など人生で初めてだったな」
 「そっか」
 他人との関わりに興味の薄いカインが、人とのふれあいを積極的にするはずが無く、また子どもと一緒に過ごすことも無い為、肩車をするなどといった行為はしたことがなかった。
 それを思い出して短く返した千暁は、周囲を素早く見回した後、透き通るような白い頬に顔を寄せて掠めるようなキスをする。
 千暁からのそれが珍しくて驚きのあまり灰色の目を見開き、タバコを落としてしまいそうなカインの様子から羞恥を煽られたのか、千暁があわあわと訳の分からない音を流し出す。
 「あ、や、今のは、そのっ・・・」
 慌てふためく千暁に一つだけ溜息を吐いたカインだったが、呆れたような表情を一瞬で切り替え、タバコを地面に押しつけて火を消したかと思うと、ゆっくりと口を開く。
 「千暁」
 「・・・っ!!」
 発音しにくいとの理由からアキと省略して呼ぶことの多い千暁の名をはっきりと呼んだカインは、大きな目を更に大きく見開いて驚きに固まる恋人の頬を大きな掌で撫でた後、薄く開く唇にそっとキスをする。
 「─────Du bist mein Schatzt.」 
 言われ慣れてきたがそれでも照れる、カインからの愛の告白に視線を彷徨わせた千暁だったが、拳を一つ握った後、間近にある端正な顔に蕩けるような笑みを送る。
 「タバコの匂いがする。きみの匂いだ。─────Liebling,カイン」
 千暁からは滅多に口にしない告白を受けて今度はカインが驚くが、それ以上に嬉しさが勝ったのか、触れるようなキスからしっかりと思いを伝えるそれへと変化させて再度口づけると、千暁が大きな目を閉じる。
 「愛してる、アキ」
 「・・・うん」
 面と向かって愛していると言われて赤面するだけでは無く挙動不審になっていた事もあったが、二人の絆を深くするような出来事を乗り越えた今、照れつつもそれを受け入れて返せるようになっていて、うんともう一度頷いた千暁は、カインの目が嬉しそうに細められたことが嬉しくて満面の笑みを浮かべる。
 「・・・二人、早く来ないかな」
 「俺はどちらでも良い」
 リオンとウーヴェがまだ来ないのかと、羞恥から口にした千暁を立てた膝の間に抱え込むように抱きしめたカインは、来ても来なくてもどちらでも楽しめると笑って千暁の黒髪にキスをする。
 「早く来てくれればお前の料理を食べられるな」
 「・・・カインの好きなスモークサーモンとチキンのサンド、早く食べたいよね」
 「ああ」
 昨日から楽しみに準備をしている千暁を見守り時には手伝っていたカインの言葉に大きく頷いた千暁は、恋人の身体にもたれかかるように力を抜き、桜の花の隙間から覗く青空に向けて手を伸ばし、心が感じている心地よさに目を細め、あの日の出会いから続く今日という日に思いを馳せるのだった。

 

 その後、間もなくしてやって来たリオンとウーヴェが合流し、時がたてば忘れてしまいそうな、でも決して忘れない楽しい時間を友と一緒に桜の木の下で過ごすのだった。

 

~2018.05.16
Clapにて公開。久しぶりのカインと千暁のお話でした。


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