「オーヴェ、俺の頼み、聞いてくれ!」
「・・・・・・聞ける願いなら、な」
今日も一日仕事に誠実に向かい合い、満足のいく結果とほんの少しの不満-己に対するもの-を内包した身体で自宅に戻ってきたウーヴェは、己よりも何時間か経った頃に帰るコールをしてきたリオンを出迎えるが、玄関のドアを開けるなりの一言に思わず身体を仰け反らせ、聞ける願いなら聞いてやるが、お前は無理難題をさらりと言い放つと目を眇める。
「大丈夫だって!オーヴェにしか出来ないことなんだ!」
だからお願いダーリン、俺の一生の願いを聞いてと、胸の前で手を組んで敬虔なキリスト教徒のマネをしたリオンに、一生の願いを何度も聞けと言うんじゃ無いだろうなと、親子間で良くあるような光景を脳裏に浮かべつつウーヴェが問えば、そんなことは言わないからどうかお願い、パンケーキを作ってくれと小さく叫ばれて軽く目を見張る。
「パンケーキ?」
「そう!最近雑誌とかで紹介されてるヤツ!」
ウーヴェのクリニックには老若男女様々な職業の人たちが訪れるため、その人達の多数に興味を持ってもらえそうな雑誌などを置いているが、その中の一冊を見ながらリアがおいしいパンケーキを食べたいと宣っていたことを思い出す。
「雑誌で見たのか?」
「この間ダニエラが彼氏と食べに行ったって。めちゃ美味かったって言うからさぁ」
どれほどそれが美味いか分からないが、お前が作ってくれたパンケーキには負けると伝えたが、同僚達の誰一人としてその意見に同意をしてくれなかったと怒りと落胆を顔に浮かべたリオンに呆気に取られたウーヴェは、少しの間絶句するが次いで込み上げてくるものを堪えきれずに小さく吹き出してしまう。
「オーヴェ?」
「・・・・・・お前が美味しいと思ったのは前に作ったあれか?」
日本かどこかの絵本を参考に作ったパンケーキのことかと、訝る目で見つめて来るリオンを上目遣いに見たウーヴェは、くすんだ金髪が何度も上下したことに目を細め、あんなものが本当に美味しいとは思えないがと問いかけるが、みるみるうちにリオンの顔がふて腐れたものになるのを目の当たりにし、咳払いをする。
「・・・・・・リーオ」
「んだよ」
「うん。俺が作ったのを褒めてくれてありがとう。そんなに気に入ったのか?」
「・・・毎日食いてぇって言わなかったか、俺」
「うん?週に一度で良いと言って無かったか?」
「あれ、そうだったか?」
あの時、毎日は無理でも週に一度は食べたいと言ったリオンに毎週は無理だと言い放ったウーヴェだったが、そのやりとりを思い出すと同時に、あの時感じていた気持ちも自然と思い出す。
「なあ、リーオ」
「んー?」
さっきの不機嫌はひとまずどこかに追いやったらしいリオンの間延びした声に頷き、ダニエラが美味しいと言ったパンケーキを一緒に食べに行かないかと提案すると、青い目を見開いたリオンがウーヴェを凝視する。
「オーヴェ?」
「俺のパンケーキが美味しいと言ってくれるのは嬉しいけど、プロが作るパンケーキを一緒に食べよう」
そうしてあの時感じたように、同じものを食べて同じ感想を抱くことが出来れば本当に幸せだと、リオンにしか見せないような笑みを浮かべたウーヴェは、今度はリオンの顔がみるみるうちに満足に染まっていくのを目撃し、ホッと胸をなで下ろす。
「うん、行く」
「ああ、そうしよう」
ようやく機嫌を直したらしいリオンにそっと頷いたウーヴェだったが、帰宅した時の一種の儀式をまだしていないことを思い出し、鼻歌を歌い出しそうなリオンの名を呼んで唇の両端を持ち上げる。
「リーオ」
「ん?」
今日も一日全力で頑張ってきただろうお前に、有りっ丈の愛と労いの思いをと囁いたウーヴェは、大切なことを忘れていたと小さく舌打ちをするリオンの頬を両手で挟むと、額に敬愛の情を込めたキスをする。
「・・・お疲れさま。お帰り」
「・・・ダンケ、オーヴェ」
お前もお疲れ様と、同じ場所に同じだけの思いを込めたキスをされ、くすぐったそうに顔をくしゃりと歪めたウーヴェは、自然と腰に回される腕を一つ撫でるが、抱き寄せられるよりも先にリオンに抱きつくように腕を回す。
「パンケーキは次の休みに食べに行こうか」
「うん、そうしよう。ところでさ、今日の晩メシは何にしたんだ?」
「ああ。美味しいベーコンが入ったとベルトランが言ってたから、ポトフを作らせた」
「わ、最高!早く食いてぇ」
最近ではすっかり有名になってしまい、ウーヴェがこっそり訪れたときですら空席が無いことがあるほど繁盛している店の忙しいオーナーシェフに、幼なじみの特権でテイクアウト用にメニューに無い料理を作らせたウーヴェは、総てはリオンの為だと見抜いて笑みを浮かべるベルトランに憎たらしい笑みで応戦し、料理を持ち帰ったのだが、今目の前で歓喜の舞すら踊り出しそうな様子の恋人に自然と笑みを浮かべてしまう。
「オーヴェは食ったのか?」
「ああ、先に食べた」
「ん、先に食ってくれてて良かった」
誰かさんは食べる事よりも本を読むことを優先するからなぁと、ウーヴェの横に並んだリオンが目を細めると、その誰かさんはそっぽを向いて誰の事だと嘯く。
「素直じゃ無いんだからなー」
「・・・・・・うるさい」
キッチンに向かう長い廊下を歩きながら互いを牽制するようなことを言い合っているが、キッチンに入るとそんな牽制など遙か彼方に投げやり、ベルトランが用意した絶品のポトフを食べられるようにウーヴェが準備にかかり、リオンは小さなテーブルに着いて大人しくそれが出てくるのを待っているのだった。
後日、二人の休暇が重なった午後、ダニエラに教えられたパンケーキが有名なカフェに出向いた二人は、同じものを食べて美味しいと、あの頃と変わったようで変わっていない思いを抱くが、店を出た直後にリオンが放ったのは、やっぱりお前のパンケーキの方が美味しいと言う、感心するべきか呆れるべきか判断に悩むような一言だった。
それに対して最早何も言い返さなかったウーヴェは、週末に食べたいから作ってくれと朗らかに注文されてしまい、深く溜息をついた後、あの時もだったが後片付けをしっかりと手伝うのなら作ると返してリオンを一瞬沈黙させることに成功するのだった。
201509.10~09.24まで公開。
やっぱりまだまだパンケーキは人気ですね(^^ゞ


