WebClap 61

 目を覚ました時、周囲を見ても誰もおらず、一瞬にして不安に襲われてしまい、その不安を解消する術が分からずに目の前にある壁を拳で殴る。
 その物音が意外な大きさで室内に響くが、不安に襲われた心はその音を掻き消してしまっているようで、何度も何度も壁を殴っているうちに不安が薄らいでいく。
 少しでも早くこの不安を解消したくて-不安から逃れたくて-壁を殴る手に力を込めているうちに睡魔がそっと忍び寄ってくる。
それを受け入れた証として目を閉じると、壁を殴っていた拳も動きを止め、徐々に意識も薄らいでいく。
 その薄れた意識の中で遠くに足音を聞き、暖かな何かが、胸にぽっかりと空いた空洞を埋めるように覆い被さってくるが、その穴が塞がったのか、そもそも穴を塞ごうとした温もりが何であるのかを確かめる術が眠りに落ちた今は無いのだった。


 微かに聞こえた物音が気になって目を開けると、霞む世界を白い素肌が占めていた。
 その肌は眠りに落ちる数時間前に知り合った女のものだったが、つい先日まで己の傍にいたのは小麦色の肌の女だった。
 その前は黄色い肌で、さらにその前は、と記憶を辿っていくうちに己が素肌を重ねた女達の身体が次々に思い出されるが、その誰の顔も思い出せないことに我ながら呆れてしまう。
 その呆れが口から零れた時には自嘲になっているが、呆れが作り出した空洞に言い表しようのない感情が一瞬にして溢れかえる。
 それが口から溢れないように咄嗟に口を拳で押さえるが、拳と口の間から煙のようにそれが流れ出してくるように思え、瞬間的に覚えた恐怖から逃れるように、何かを確かめるように目の前にある小振りな乳房を鷲掴みにすると、同じように眠っていた女が小さく呻き声を上げて目を開ける。
 女の驚く目が己を見つめて来るが、口紅が微かに残る口が何某かの感情を吐き出す前にキスで封じると、何時間か前に己の身体で押しつぶした柔肌をまさぐり、胸の中に生まれた空洞の存在を忘れるように、女の身体を貪るように抱くのだった。
 

 いつもならば目を覚ますことなど無い夜中に不意に目を覚ましたリオンは、何かを確かめるように瞬きをする。
 それが最近は感じることの無くなった感情を呼び覚ましたようで、身体が震えるような恐怖を覚え、いつかの様に拳を口元に宛がうだけでは震えが収まらず、肩に掛かっているコンフォーターを身体に巻き付けるように手繰り寄せる。
 何とかそれで震えを抑え込もうとするが上手くできず、カチカチと鳴る歯にうるささを感じて口元に宛がっていた拳に歯を立てる。
その痛みも感じる事無くつい歯に力を込めてしまうが、それでも堪えきれずに寝返りを打つと、じっとこちらを見つめるターコイズ色の双眸を発見する。
 「……ァ……ッ…」
 出てくるのは震えてかすれる情けない声で、こんな顔を見せたくないと瞬間的に判断して再度寝返りを打とうとしたリオンだったが、コンフォーターの下から伸ばされた手が汗が浮く額を撫でて髪を撫でつけたために動きを止めてしまう。
 「リーオ」
 小さな呼びかけに肩が揺れ、くっきりと歯形が浮かぶ手を握られてきつく目を閉じると、その手を引かれて身体ごと引き寄せられる。
 己と比べれば細身のウーヴェだったが、それでも男であることを示すように力強く引き寄せられて今度は目を見張ったリオンは、情けない言動を見せたことに瞬間的に覚えた羞恥など掻き消せと教えられていることに気付き、薄く血が滲む拳を開いてウーヴェにしがみつくように腕を回す。
 「ここにいる」
 どんな夢を見たのかは分からないが、お前は一人ではないと、優しく強く囁くウーヴェに一つだけ頷いたリオンは、一人ではないことを確かめるために肌触りの良いシルクのパジャマに強く顔を押しつける。
 深呼吸をしろと教えられて何度か繰り返すうちに呼吸が楽になり、胸の中で口を開いていた空洞がじわじわと小さくなっていくのを実感すると、自然と身体の震えも収まってくる。
 今までならばこんな風に胸の中央に穴が開いた-と言うよりは封じていた感情が解き放たれてしまった-時は、その時付き合っていた彼女や、一夜限りの関係の女の身体を貪っても穴が埋まることはなかった。
 それなのに、これから先もずっと一緒にいて二度と一人にはしないと誓いあったウーヴェが、大丈夫だと囁き背中を抱きしめてくれるだけでその穴が小さくなり、もう間もなく塞がりそうな気配を察したリオンは、肌に触れるシルクの柔らかさに身体の緊張が解れ、ウーヴェの匂いとしか言い表しようのない甘く優しいそれを吸い込んでゆっくりと息を吐けば、心に覚えた緊張もやんわりと解けていくことにも気付く。
 「……オーヴェ…」
 「うん?」
 「……ダンケ」
 顔を見ることなく-見せることなく-呼びかけて返事をもらって礼を言うと小さく苦笑が降ってくるが、背中を撫でる手が気にするなと伝えてくれる。
 情けない姿を見せたと小さく告げれば、俺は何度も見せている、どうだ恥ずかしいだろうと茶目っ気たっぷりに返されて瞬間驚きに目を見張ったリオンの口からは、お前の冗談は笑えないと笑み混じりのいつもの言葉が流れ出す。
 「恥ずかしいから寝る!」
 こんな顔、いつまでも見せたくないと小さく叫んだリオンがようやく顔を上げると、からかっている色など一切ない、穏やかでただリオンの心の平穏だけを願っているようなウーヴェと目が合い、咄嗟に唇を噛み締める。
 「お休み、リーオ。…もうさっきのような悪い夢は見ない」
 もしも万が一、そんな夢を見たとしても、ここに俺がいると告げてリオンの額にキスをしたウーヴェは、黙って頷くリオンの肩にコンフォーターを掛けてやり、その上から腕を回して抱き寄せる。
 「……ダン、ケ…オーヴェ」
 「ああ」
 ウーヴェの肩に顔を寄せて目を閉じたリオンは、幼い頃に真夜中に一人きりだと認識した後、誰かがこうして守ってくれたことを唐突に思い出すが、あの時とは違って今は誰が自分を守ってくれているのかをしっかりと認識しながら再び眠りに就くのだった。


 翌朝、気分的にはすっきりと、肉体的にはいつもと変わらない茫洋とした朝を迎えたリオンは、何度か瞬きをして視界をクリアにすると、すぐ近くで柔らかなターコイズ色の双眸がじっと見つめていることに気付き、はにかんだような笑みを浮かべる。
 真夜中に醜態を見せて眠りを妨げてしまったにもかかわらず、一晩中肩を抱き、朝になれば優しい笑顔でじっと見つめてくれ、また言葉通りに一人ではないと教えてくれていることが心に染み渡り、歯型が残る手をウーヴェの頬に宛っておはようと呟けば、柔らかな声がおはようと返してくれる。
 こうしていつもと変わらない朝を迎えさせてくれる恋人の存在が本当に奇跡のようで、感謝の思いと一人ではないと言う確信を胸に秘め、今日も一日頑張るとも告げると、心の底から喜んでいることを示すような笑みを浮かべたウーヴェがそっと頷くのだった。

~2015/03/15までwebclapで公開。
リオンだって弱い時があるよね。あっても良いよね、と思ったのですが、おや……?(゚Д゚)


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