WebClap 60

 朝方に降った雪が解けずに根雪のようになった上に、新たな雪が静かに降り積もる。
 その雪の気配を感じつつベッドに潜り込んだウーヴェは、サイドテーブル上の明かりでミステリを読んでいたのだが、私立探偵が犯人を追い詰めた頃合いから睡魔に襲われてしまい、瞼が下がると同時に本を支えている手も下がっていく。
 本が手から離れて床に滑り落ちたことに気付かずに寝入ってしまったウーヴェだったが、真鍮のスタンドが照らす明かりの下で携帯が軽快な映画音楽をワンフレーズ流した瞬間、うたた寝から覚醒する。
 「────Ja」
 『……ハロ、オーヴェ。遅くなったけど、今から帰る』
 付き合いだしてから恋人の人となりを知るようになり、いつしかある映画のテーマ曲が離れなくなったために設定した着信音だが、それをワンフレーズ聴くだけで飛び起きる己に微苦笑しつつ気をつけて帰って来いと伝えると、雪が止んだとぽつりと返される。
 「そうか」
 『ああ。俺の日頃の行いが良いから止んだんだぜ』
 こんな時間まで仕事に打ち込んでいる俺を天は見放さなかったと、悪戯っ子の顔で笑っているのを簡単に想像させる声にウーヴェもつられて笑ってしまい、そんなことを言っていると今度は雨が降ってくるぞと肩を揺らすと、何故そんな事を言うんだと、今度は頬を膨らませている声が返ってくる。
 「はは。……今日は自転車だったな?」
 『ん?ああ、そう。でも雪も雨も降ってねぇから大丈夫!』
 「そうだな。────」
 確かに今は雪も雨も降ってないようだが、寒い冬の夜であることに変わりはなく、日付が替わりそうな時刻であることからも早く帰って来いとの思いが強くなる一方、広いベッドで一人で寝ていることに急に寒さを感じてしまう。
 そしてまた、自転車に乗りながら携帯で話すのを制服警官にでも見られれば咎められることを心配したウーヴェが一度口を閉ざしてひとつ身体を震わせるが、小さな欠伸の後に出てきたのは己でも予想出来ない言葉だった。
 「リーオ……一人で寝ているのは寒いんだ」
 だから早く帰って来てくれと、己で呟きながら驚きに目を瞠ったウーヴェは、携帯に伝わる沈黙から己の言葉の真意に気付き、思わず目尻を赤らめてしまう。
 『今すぐ帰る!すぐ帰る!』
 「い、いや、ちょっと今うたた寝をしていて……」
 寝ぼけてしまったんだとの言葉はリオンのすぐに帰るから待っていてダーリンという叫び声に掻き消されてしまい、止めのように通話が切れる音が聞こえ、耳から少し離した携帯から不通の音が流れ出す。
 不通になった携帯に溜息を吐きかけ、どうしてあんな言葉を言ったのかとコンフォーターを頭まで引っ張り上げてしまうが、横臥した背中がひやりとした空気に触れた気がし、身体を震わせてしまう。
 いつももっと素直になれと言われるが、こんな寒さを感じて一人ベッドの中で身体を丸めているぐらいならば、早く帰って来い、早く抱きしめてくれと素直になった方が良いかも知れないとぼんやりと思案する。
 普段のウーヴェならばそのような思考回路を辿ることはないのだろうが、ブラインドを下ろした窓の向こうの空気と、己の身体の形のみに盛り上がるコンフォーターが信じられない様な寒さをウーヴェに伝えてきてしまう。
 リオンが横に寝ていれば、暑さや寒さの感じ方が違うからか、コンフォーターや毛布の奪い合いになったり押し付け合いになったりすることがままあり、それが密かな悩みだったりするのだが、何故一人きりの今それが懐かしくもあり温かくもあったなどと思ってしまうのかと自問し、決まり切っていると笑い声に自答される。
 一人が寒いのではなく寂しいのだと己の声に笑われて否定をしようと口を開くが、確かに素直になってみれば寂しいの一言で済むのだと気付き、前髪を掻き上げながら微苦笑する。
 己が寂しさを内包しながらも認められなかったことをリオンと付き合いだしてから教えられたが、今もまたそうだと気付いて諦めの溜息を吐く。
 以前ならば快適に感じた広いベッド。そこに一人で寝ることがこんなにも心細さを与えるようになったのは、傍にいるだけで火傷しそうな熱を発している男の存在が心の奥深くにまで浸食し、傍にいるのが当たり前になってしまったからだった。
 二人でいる暖かさや心地良さを覚えてしまえば、一人でいる事に耐えられなくなる。
 その真理のようなものにもう一度溜息を零したウーヴェは、廊下から控えめながらも存在を伝えてくる足音を聞き、腕をついて上体を起こす。
 近づいてくる足音は聴覚でのみ捉えられるものの筈なのに、体中の産毛が逆立ちそうなヒリヒリとするような熱も徐々に感じ始め、ドアの前でぴたりと足音が止まった時には肌が一瞬にして粟立つような意味の掴めない感覚がウーヴェの全身を覆っていた。
 「ハロ、オーヴェ」
 ドアが静かに開き、なるべく階下に迷惑を掛けないように静かな足取りで入って来たのは、冬の外気を全身に纏ったままのリオンで、ベッドの上にしっかりと起き上がったウーヴェは、リオンから伝わる外気に身体を震わせるが、ベッドに腰を下ろして顔を覗き込んでくるリオンに無意識に笑みを見せる。
 「オーヴェ?」
 「……お疲れ様、お帰り、リーオ」
 冷たい頬に手を宛がい、驚く蒼い瞳に笑いかけたウーヴェは、本当に早く帰って来てくれて嬉しいことを伝えると、外気を宿したブルゾンを脱ぎ捨てたリオンがウーヴェの背中に手を回す。
 「すげー頑張ったぜ、オーヴェ。だから誉めてくれよ」
 「ああ」
 お前は本当にすごいなと笑いながらも誉めたウーヴェは、言葉だけではなく態度でも示すために額に口付ける。
 「今日もよく頑張ったな」
 「……うん」
 頑張って働いたご褒美だと顔をくしゃくしゃにするリオンの肩に額をぶつけたウーヴェは、疑問の声に素直な言葉を返す。
 「……寒いんだ。暖めてくれないか、俺の太陽」
 「イイぜ。お前が望むならいくらでも」
 外だけではなく内も暖めてやると囁かれ、ウーヴェの身体が期待に震えるが、いつの間にか暖かさよりも熱さを感じさせる腕が背中を抱いたことに無意識に安堵の溜息を零し、誘うようにくすんだ金髪を胸に抱き寄せながらシーツに背中を預けるのだった。

  

~2015.02.04までWebClapで公開。
ちょっと甘えたウーヴェを目指してみたのですがどうでしょうか……(敗北感満載)


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