WebClap 56

(カイン×千暁)

 「あ、つーい!」
 「は?」
 その声は晴れ渡る五月の空へと舞い上がり、上空の雲と共に流れ去っていくが、疑問の声は地上に残り、その疑問に対して子どものような声が再度暑いと宣う。
 「ぼくは今暑い!」
 そうドイツ語で叫んだのは、芝生にレジャーシートを敷いてその上で小さな身体を精一杯大きく見せるように手足を伸ばしている千暁で、疑問の声を発したのは、そんなことをしなくても十二分に大きく見られているカインだったが、千暁が叫んだ言葉を耳にした瞬間、飲んでいたビールを吹き出してしまう。
 「ぼく、そんなに面白いこと言った?」
 「………アキ、お前、ドイツに来てもう何年になるんだ?」
 「へ?」
 カインの呟きが意外で、大きな目を更に大きく見開いた千暁は、ビールを吹き出してしまったために汚れた口周りを腕で拭ったカインがにやりと太い笑みを浮かべたことに気付いて嫌な予感を抱く。
 「カイン…?」
 「確かにお前はそうだな、うん。間違ってはいないな」
 「へ!?」
 その笑みを見たのは昨夜のベッドの上だったため、自分が発した言葉がいわゆる夜の生活に関係することだったのかと顔を青ざめさせると、そんな恋人に不遜な笑みを浮かべたカインが顔を寄せ、わざわざ宣言しなくても俺は分かっているとその耳に囁きかける。
 「……っ!!」
 爽やかな五月の休日の午後、周囲の住宅からも人の気配を感じられないほど静まりかえっている心地よい時間に、ベッドの中に限られるような色気のある表情と声で囁かれて身体が驚いた千暁は、恋人の顔を押し退けてレジャーシートから芝生に転がりでてしまう。
 「やっぱりぼく、変なことを言った…!?」
 「別に変じゃないな」
 当然と言えば当然だが、わざわざそれを今ここで叫ぶ意味が理解できないと笑ったカインは、煙草に火を付けて美味そうにニコチンを補給した後、その残滓を五月の空に向けて吹き付ける。
 「お前がそうなのはもう分かっていることだ、わざわざカミングアウトする必要はない」
 どちらかと言えばお前がホモであることはカミングアウトして欲しくないと、滅多に見せない本心を垣間見せた後、驚きに固まる千暁を見つめて艶のある笑みを浮かべたカインは、意味を理解したのか顔を真っ赤にした千暁の前に手を付いて躙り寄ると、己の髪に負けず劣らずの色合いの頬にキスをする。
 「お前がホモであることを皆に知られれば、どんなヤツに言い寄られるか分からないからな。黙っていろ」
 「な…っ、黙っていろって…!」
 「ああ。わざわざ言う必要はない」
 カミングアウトする風潮に乗る必要はないと笑ったカインだが、灰色の切れ長の瞳は千暁が見たことがないほど真剣なもので、その言葉が笑いに紛れ込ませた本心だと気付くと、意外な言い間違いから恋人になったばかりのカインの本音が引き出せたことについ笑みを浮かべそうになる。
 「…ぼくが誰か他の人と付き合うって言えばどうする?」
 本音をもっと引き出したくて問い掛けた千暁は、カインが一瞬沈黙した後に煙草を芝生に押しつけて揉み消すのをじっと見つめているが、気がついたときにはカインの肩越しに晴れ渡る空を見上げていて、大きな目を何度も瞬かせる。
 「そんな気が起きないようにしてやる」
 逆光の中の恋人の顔をはっきりと見ることは出来なかったが、己の一言がどうやら奇妙な方向にカインを刺激したことに気付き、ごめん、今の言葉は無かったことにすると口早に叫ぶものの、一度口にした言葉は取り消せないと真実を突き付けられて目を白黒させる。
 「ちょ、カイン…!」
 「うるさい」
 ごめんなさいぼくが悪かった許して下さいと叫ぶ千暁の口を塞ぐため、じたばたと暴れる小さな身体を難なく押さえつけ、言葉だけではなく身体の抵抗もキスで封じたカインは、抵抗の意思が消えたことを察すると素早く身体を起こし、ぐったりする千暁を軽々と抱き上げてベッドルームに入ると、キングサイズのベッドに荷物のように千暁を投げ捨てる。
 「…ぶっ…!」
 顔面からシーツに突っ込んだ千暁が不満の声を上げるが、さっきとはまったく違う、強さよりも優しさを感じる力でシーツに背中を沈められて目を瞠るが、見下ろしてくる顔が自分にだけ見せられるものであることに気付いて目を閉じる。
 「良いな、アキ。お前がゲイであることをわざわざ言うな」
 「…………うん、分かった」
 カインのキスを耳朶や首筋に受けながら頷いた千暁だったが、そもそもの己の発言の意味を教えてくれと今更ながらに申し出ると、先程の言い方であれば、自分はホモだと宣言していることになると教えられ、カッと頬を赤くする。
 「暑い時は暑いだけでいい。わざわざ自分は暑いと言う必要はない」
 「今度から気を付ける…っ!」
 単純な言い間違いだがそれがまさかそんな意味を持っているなど想像も出来なかった千暁は、昼の日中であることを可能な限り考えないようにし、服を脱がしにかかる恋人の大きな手に身を委ねるのだった。


~2014/06/27まで公開。
異文化コミュニケーション(古)


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