恋人と一緒に暮らすようになってから、大小様々な変化が起きていた。
細かなことで言えば、そう頻繁に買うことの無かったバターを定期的に購入するようになり、同じく必要なときに必要な分だけ買っていれば間に合っていた卵なども常備しておかなければ不安になるほど食べるようになった。
酒に関してはワインよりもビールの種類が増え、パントリーや家事室にはワインのケースよりもビールケースの方が多くなっていた。
洗濯物なども毎週水曜日に今までは実家のメイドに預けていたが、それでは追いつかなくなってしまったため、購入後自身では殆ど使用していなかった洗濯機の使用方法を知る為に取扱説明書を引っ張り出して来なければならなくなった。
トイレの紙もお気に入りのメーカーのを使用していたが、購入するときに多少贅沢に感じてしまい、今では質よりも量を優先するようにもなっていた。
己の日常生活の様々な場面で恋人の影響が色濃く出始めている事に、その日の食事の用意をしながら気付いたウーヴェは、冷蔵庫のドアを開けっ放しにしたまま目の高さにある正方形のチョコレート-これもリオンと付き合いだしてから食べるようになった-をぼんやりと見つめていた。
「オーヴェ、冷蔵庫開けっぱなしにしてると電気代がもったいないぜー」
そんなウーヴェの背中に暢気な声を掛けたのは、ウーヴェ一人の頃に比べれば遙かに電気を使用しているリオンだった。
「どした、オーヴェ?」
考え事かと暢気な声を上げてウーヴェの背中に張り付いたリオンは、お前と一緒に暮らすようになってから色々と金がかかるようになったと呟かれて目を丸くする。
「昨日、一日中部屋の電気を付けっぱなしにしていたお前に言われたくない」
「…あー、えーと、…うん、昨日はさ、ずっと一日暗かっただろ?」
だから電気を付けて少しでも明るくしたかったんだと、ウーヴェの背中に張り付いたまま言い訳を始めるリオンの後頭部あたり目掛けて掌をぺちりと落としたウーヴェは、背後の悲鳴を聞きつつ身体を伸ばして逆にリオンの胸板に背中を押しつける。
「ぐぇ」
「一日暗かったが、リビングのソファで一日寝ていただろう?」
どうしてお前の部屋の電気を付けっぱなしにしている必要があるんだと、更に悲鳴を発せさせる事を問い掛けつつ身体から力を抜くと、ウーヴェの思惑通りに悲鳴を上げつつもその身体をしっかりとリオンが支える。
「えー、暗い部屋って嫌いなんだよ」
部屋が暗いと嫌な気持ちになる、だからせめて少しでも明るい部屋にいたいんだと、ぶつぶつと文句を宣うリオンの頭を今度は優しく撫でたウーヴェは、今度部屋にいないのに電気を付けっぱなしにしていればこのチョコを一枚ホームの子ども達に寄付すると告げると、思わず耳を押さえたくなるような悲鳴が響き渡る。
「ウソうそ!それだけはダメ、オーヴェ、それは絶対にダメだからな!」
お前に次ぐ俺の好物を取り上げないでくれと、今にも泣き出しそうな顔で叫ばれてウーヴェが小さく溜息をつき、リオンの腕の中で向き直ると同時に鼻を摘んで目を細める。
「だったら部屋にいないときは明かりを消すんだ」
「オーヴェのケチ!」
「………二枚子ども達に渡そうか」
「ごめーん!」
どれだけ暗くてももう照明は付けません、だから許してオーヴェと、一気に捲し立てられて苦笑したウーヴェは、そんな顔をするなと苦笑を深めつつリオンの目尻にキスをすると今夜の料理に必要な食材を取り出す為に冷蔵庫へと向き直る。
「リーオ、ヴルストとクヌーデルだとどちらが良い?」
「んー、今日はクヌーデルかな」
「分かった」
ドイツでは一般的ないわゆる冷たい食事をウーヴェは好んでいたが、自分とは正反対なようで根幹は同じである恋人と同棲するようになってからは夕食でもしっかりと食べるようになっていた。
これも、この子どものように騒々しいが、それが長所に感じられるリオンと一緒にいるようになってからだと気付き、一つ溜息を吐いて作業台に向き直ると、今夜己の腹だけではなく心までをも満たしてくれる食事がどんなものになるのかに全面の期待を寄せる子どもじみた顔を発見し、堪えきれずに小さく吹き出してしまう。
「オーヴェ?」
「なんでもない────リーオ」
「ん?」
ウーヴェの呼びかけにリオンが小首を傾げて次の言葉を待つ、その顔が己にだけ見せるものであることを一年以上前に経験した悲しみを乗り越えている今ならば察することが出来、その頬に掌を宛がって指の腹で頬を撫でると嬉しそうに青い目が細められる。
その顔が本当に嬉しそうで見ているウーヴェまでもが嬉しくなってしまう。
この笑顔が一時期己の傍から喪われていたことを思い出すと自然と身体が震え、その反動のように子どもじみた顔も騒々しいとしか思えない性格でさえも愛しさが増してくる。
だが、さすがに今愛していると告げるのは気恥ずかしくて出来ないが、それに匹敵するかもしくはその言葉を上回る己だけが発することの出来る言葉を音に出さずに吐息で囁くと、それを聞き分けたリオンがウーヴェの手に手を重ねて望んでいる笑みを深くする。
「ダンケ、オーヴェ」
お前のその言葉が俺にいつまでも走り続ける力を分け与えてくれるんだと返され、手の甲に恭しいキスを受けるとくすぐったく感じてしまうが、次いで聞かされた言葉に深い溜息を零してしまう。
「ダーリン、愛してる。だから早く美味いメシを作って」
「……………………」
お前が愛しているのは俺なのか、それとも料理を作ってくれる人なのかと、先程は愛しさから細めた目を今度は嫌味から真っ平らにすると、再度耳を塞ぎたくなるような悲鳴が響き渡る。
「なんでそんな事を言うんだよ、オーヴェのイジワル!トイフェル!!」
「トイフェルでもイジワルでも何でも良いが、そう騒ぐな」
「イジワルオーヴェなんか嫌いだっ!」
明日クリニックに押しかけてリアに今日のことを暴露してやると叫ぶリオンの口を掌で覆って溜息を吐いたウーヴェは、目を白黒させる恋人の鼻の頭にキスをし、美味しい料理を食べたいのなら手伝ってくれと満面の笑みを浮かべ、決して逆らえないリオンに手伝いを命じるのだった。
二人だけなのに何故か賑やかになる食事を終え、後片付けも手短に済ませてリビングのソファベッド-冬の間だけ暖炉の前に置くようになった-で腿に重みと温もりを感じつつ本を読むようになったのもリオンと付き合いだしてからだと気付き、その温もりと重みに心地よさすら感じるようにもなっていた。
先程はリオンに小言をぶつけたウーヴェだが、この子どものような笑顔を持つ恋人の存在を知らなかった日々を思い出すことが難しいぐらいの大きさで己の心を占領していることにも気付くと、これもやはりリオンと付き合いだしてからだと、まるで苦情を告げる時のような声で呟いてしまい、腿の上から怪訝な視線と疑問の呼び声を挙げさせてしまうのだった。
~2014.02.05までWebClapにて公開。


