WebClap 32

 置く場所がない為に両手で持っていたマグカップから昇る湯気を顎で受けたウーヴェは、顔の傍で聞こえてくる声に苦笑し、目の前のテレビへと視線を向ける。
 テレビではリオンが愛してやまないクラブのゲームが行われているのだが、いつものように散らかり放題で座る場所の無かったウーヴェが床に置いたクッションに座り、その後ろのベッドにリオンが横臥してサッカー中継を見ていた。
 大観衆が見守る中で一点差で迎えた後半らしく、選手がゴール前に詰め寄る場面ではスタジアムの歓声が控えめにしたテレビからも伝わってくる程だったが、その歓声が背後からも聞こえてくると、まるで自分がスタジアムの中にいるような気持ちになってくる。
 恋人のサッカー好きは何となく理解していたが、こんなにも好きならば一度スタジアムで観戦しても良いかと思ったその時、リオンの手がウーヴェの白い髪を一房掴んだかと思うと、軽く己の方へと引き寄せた。
 その動きにウーヴェの頭が傾ぎ、どうしたんだと背後のリオンを振り返ろうとしたウーヴェだが、リオンの手が握った髪はそのままだった為、僅かに痛みを感じて眉を寄せる。
 「リオン、髪を引っ張るな」
 「…………へ?ああ、悪ぃ」
 ウーヴェの苦言がまるで別の言語のように聞こえた顔でリオンが見つめてくるが、ウーヴェの髪を握って口元に引き寄せていた事に気付いて慌てて手を離す。
 「ごめん」
 「どうしたんだ?」
 「ん?別に何も無いけど?」
 ウーヴェの問いに素っ頓狂な声で返し、テレビから聞こえてくる歓声に我に返ってウーヴェから視線を逸らしたリオンは、フィールドの中央辺りで倒れる選手が映し出されている事に目を瞠り、イエローカードが出たなぁと呟きながら再びウーヴェの髪を手に取る。
 その行為からリオンが無意識にそれを行っている事に思い至り、注意してみても何度も繰り返しそうな事に気付いて溜息を吐いたウーヴェは、仕方がないと決めてリオンの好きにさせることにする。
 マグカップの中には温くなったが自分好みのカフェオレがあり、雑多なものが苦手なはずなのに何故か心地よく感じる空気に包まれ、背後にはその雑多でありながらも何故か暖かみを感じさせる不思議な温もりを持つリオンが、まるで小さな子どもが手遊びをするよううに己の髪を弄んでいる。
 互いの仕事柄忙しくてこんなにも穏やかな時間を持つことはなかなか厳しいが、それでも二人でこうして日々の記憶の中に埋もれてしまうような、ささやかな幸福な時間を持てることがじわりと胸を温めてくれる。
 あっという間に日常に埋没してしまいそうな有り触れた時間を一緒に過ごせる幸せに目を伏せ、マグカップを口元に引き寄せてカフェオレを飲んで満足の証の溜息をひとつ落とすと、そっと背後から頬に口付けられて視線で振り返る。
 「どうした?」
 「何でもねぇ。何となくキスしたくなっただけ」
 「そうか?」
 「うん」
 だからお前は気にするなと笑われ、気になってしまうだろうと小さく笑いながら返すと、小さな音を立てて唇にキスをされてしまう。
 「カフェオレ、美味いか?」
 「ああ」
 疲れている時に飲みたくなる、少し甘さを感じるカフェオレだったが、いつもと同じで美味しいと笑ってマグカップを床に置くと、背後に手を伸ばしてくすんだ金髪を抱え込み、己が望む総てが今ここにある幸せに目を閉じる。
 手に触れる柔らかな髪の感触に自然と睡魔が忍び寄り、小さな欠伸をひとつすると、背後から微かな笑い声とともに再び唇にキスが落とされる。
 そのキスでさえも眠りに誘うもののように感じ、もう一度欠伸をしてベッドに寄り掛かるようにもぞもぞと身動いで溜息をひとつ。
 「…ゲーム終わったら…」
 「起こしてやるから安心しろよ、オーヴェ」
 心地よい空気に包まれて間近に恋人の温もりがあれば睡魔の誘惑に勝てるはずもなく、リオンの優しいキスが頬にされたことにも、テレビの中から聞こえる歓声にも気付くことなく一時の眠りへとあっという間に落ちてしまうのだった。


 2012.03.23-05.13


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