WebClap 31

 休日の午前と午後が混ざり合っているような時間、冬用のお気に入りの緑のガウンをしっかりと着込んだウーヴェが心なしかぼうっとした顔で、タイル張りのいつも磨かれて埃ひとつ落ちていないようなキッチンへと向かい、冷蔵庫のドアを開けて中身の確認をし始める。
 冷蔵庫内には色取り取りの包装がされている正方形のチョコレートが山を築いていて、この山が出来上がった訳を思い出すと、まだベッドで眠りこけている恋人の世にも不思議な表情が思い浮かんで、無意識のうちに拳を握ってしまう。
 このチョコレートは恋人の好物であり、在庫が無くなれば信じられない程の落ち込み方をするのだが、家にまだいくつか残っている事を伝えても不安なのかどうなのか、次から次へとチョコレートを補給してくるのだ。
 一度ならずも何度もまだ残っている物を食べてから買えばどうだと告げるのだが、その度に精神科医であるウーヴェが舌を巻くほどの話術でもってのらりくらりとやり過ごしたり、まるで取調中の被疑者や容疑者から情報を引き出そうとしているかのような厳しい表情を浮かべたりする為、ウーヴェも次第に忠告することが煩わしくなってしまっていたのだ。
 だがこれ以上の在庫は増やせない事を固く誓い、チョコレートの山を視界の端に捉えつつも朝昼兼用の食事の材料になりそうな物を探すと、数日前に購入していたチーズや使い切れなかった野菜などが残っていて、この材料から何が出来るかを思案していたウーヴェは、不意に背中に温もりと重みが芽生えたことに気付いて顔だけを振り向ける。
 「……起きたのか?」
 「……ゴット、オーヴェ」
 ウーヴェの腹に腕を回し目の前の肩に頬を押し当てておはようと眠気混じりの声で挨拶をしてくるリオンの髪を後ろ手で撫でたウーヴェは、背中に響く欠伸の声に小さく苦笑し、今日はこの後どうするんだと問いかけるが、聞こえてきたのは返事ではなく小さな寝息だった。
 「リオン、寝るんじゃない」
 寝るのならリビングのソファに行くかベッドに戻れと苦笑しながら告げても効果はなく、仕方がないと溜息をついてリオンの腕を掴んで自由を得ると同時に振り返ってリオンの額を小さく叩く。
 「リーオ」
 「……腹減った、オーヴェ」
 欠伸混じりの本能の訴えにもう一度苦笑し、髪を撫でながら目を細めたウーヴェが今から準備をするから待っていてくれと告げると、納得したような出来ないような声が聞こえてくる。
 その声はウーヴェがついつい恋人に対して友人曰くの過保護な扱いをさせてしまう力を持っていて、今もまた仕方がないと溜息をつきながらも冷蔵庫の中から何種類かのチーズと残っていた野菜、オリーブオイル漬けのアーティチョークなどを取り出すと、肩越しにリオンの腕が伸ばされてチーズを奪い取ろうとする。
 「食べるんだろう?」
 「食う!」
 「だったら椅子に座って大人しく待ってればどうだ?」
 軽い物だけれども一時的に空腹を満たす物を作るのだから大人しく待っていてくれと告げ、不満の声を挙げながらも壁際のテーブルではなく、キッチンの中央にある作業台に寄り掛かって何が出来上がるのかを楽しみにしている顔でリオンが頷く。
 「アーティチョークは嫌いか?」
 「あの先っぽが苦いヤツだよなぁ…肉じゃないからあまり食わねぇ」
 「本当に肉が好きで野菜が苦手なんだな、お前は」
 リオンの返事に肩を竦めつつアーティチョークのボトルを作業台に置き、カッティングボードとチーズ専用のナイフを置くと、リオンの目が歓喜に光る。
 「サラミとハムはどうする?」
 「両方食う!!」
 「はいはい」
 本当にチーズと肉が好きなんだからと、最早呆れを通り越した顔で笑ったウーヴェが冷蔵庫からサラミとハムを取りだし、スライスされているそれを適当に取りだしてカッティングボードに見栄え良く並べると、その横ではリオンが己が食べたい分厚さにチーズを切り分け、ウーヴェが食べる分については一般的な物よりも少し厚めにチーズを切り分けていた。
 「なぁ、オーヴェ、チーズとサラミだけじゃダメか?」
 「そうだな…それも悪くはないと思うが、アーティチョークを載せても美味しいし、キュウリを載せても美味しいと思うぞ」
 「えー、キュウリは要らない。絶対に要らない」
 「そうか?キュウリの食感は必要だと思うけどな」
 二人で作業台に向き直り、一方はチーズを切り分けてもう一方は不要論が浮上しているキュウリをスライスし、サラミやハムの隣に並べてチーズも並べ、別の器にアーティチョークも盛りつけていく。
 「…ここまで出来たらワインが欲しくなるが…飲んでしまえば後の予定がな」
 我ながらやり過ぎてしまったと肩を竦めるウーヴェにリオンが歓喜の滲む顔を左右に振り、今日の予定はベッドからでない事と宣った為、咄嗟に意味が理解出来ずに首を傾げてリオンを見つめる。
 「どういうことだ?」
 「今日は一日ベッドから出ねぇの。出て良いのはトイレに行くときだけ」
 「……一日この格好でいるのか?」
 リオンが何を望んでいるのかを察し、己が身に纏っている物を確認するように頭を下げたウーヴェは、朗らかにその通りと断言されて眉を寄せて反論するが、今日はどうも譲る気がないらしいリオンが読みたい本があるのならばベッドサイドに持ってきておけと告げ、自分も見たいサッカーの番組をベッドの中からテレビで見ると胸を張られてきつく目を閉じる。
 「ベッドの中でこれを食べるつもりなのか?」
 「うん。ほらさ、映画とかドラマでもあるだろ?」
 一度それをしてみたかったと夢見心地に呟く恋人に最早何も言えなかった彼だったが、脳味噌の片隅ではそんな休日の過ごし方も悪くはないと密やかな囁きも響いていて、その声に素直に従おうとした直前、いつものようにその素直さを封じるような声が流れ出す。
 「ワインを飲んでも良いのならそれも良いな」
 「今はビールにしろよ、オーヴェ」
 万が一出掛けなければならなくなったとしてもビールぐらいならば大丈夫だろうと笑うリオンの言葉に考え込んだウーヴェだったが、程なくしてにこりと綺麗な笑みを浮かべてリオンの顎を人差し指で撫でる。
 「食べるものはこれだけで良いのか?」
 ベッドに戻ってしまえば今日はもうここで料理を作る事は出来ないんだぞと目を細めると、何やら葛藤している事を表すように青い虹彩が左右に揺れるが、ハムがまだ残っているのかを確かめてカッティングボードに盛りつけられているそれに追加し、二種類のビールをそれぞれ二本ずつ取りだして口角を上げる。
 「これで良い」
 「……分かった」
 休日とは言えパジャマから服を着替えないなど考えたことがないウーヴェだったが、今日ばかりは付き合ってみても良いと先程よりも大きな声が脳内に響き、それに従う様に頷いて片目を閉じる。
 「チーズの種類をもう少し増やすから、ベッドで食べられるようにしておいてくれないか?」
 「Ja!!今すぐ準備に取りかかります、我が君っ!!」
 「うむ、よろしい」
 リオンの戯けた敬礼に付き合うように厳かな顔で頷いたウーヴェは、休日の新たな過ごし方が二人にとって快適なものにする為にリオンの好物のチーズの種類を増やし、サラミとハムに加えて申し訳程度に置いていたキュウリもトマトとセットにすると結構な量になる。
 木製のカッティングボードをもう一枚取りだして総てをバランス良く盛りつけると、一足先にベッドルームに戻ってセッティングをしているリオンを追いかけるように、滅多に見ない浮かれた足取りで彼もまたベッドルームに戻っていくのだった。

 その後、ウーヴェは望み通りにビールを美味しそうに飲みながら時折チーズやハムを摘み、片手で読みかけの本を持ってベッドヘッドに立て掛けたクッションに凭れかかり、その横ではリオンが頬杖を付いてウーヴェの身体越しにテレビを見ていたが、同じようにチーズを摘んでビールで流し込み、番組のCMが流れ出すと思い出した様にウーヴェの足に頭を預けて幸せそうな顔で笑い、それを本と己の身体の間から垣間見たウーヴェもついつい笑みを浮かべてしまうのだった。

 そんなある冬の何も無いが掛け替えのない休日が静かに過ぎていくのだった。


2012.02.14-03.23


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