アドヴェントも二週目を過ぎると寒さが本格的になり、出勤時間でもまだ陽がまだ低い場所にしか顔を出さなくなり、帰宅する頃にはそうそうに太陽が寝床に入っている為、重苦しい冬の世界が広がるようになっていた。
そんな中だからこそ、クリスマスを迎えるまでの間に広場や彼方此方で広げられるクリスマスマルクトの明かりが人の心を明るくさせ、その屋台で売られているグリューワインの香辛料とワインの香り、ローストしたアーモンドにまぶされているシナモンやバニラの香りがそこかしこから漂い、冬の寒さに負けない人々の明るい声も香りとともに辺りに広がっていた。
そんな広場をリオンとともに訪れたウーヴェは、リオンが被っているニット帽のイヤーフラップから伸びている紐を軽く引っ張って合図を送ると、引っ張る強さに合わせて首を傾げたリオンが暢気な声を挙げる。
「ん?何だ、オーヴェ?」
「……もう買い物は終わったのか?」
今日は二人揃ってホームに暮らす子ども達へのクリスマスプレゼントを選びに来たのだが、その買い物も大半が終わったことを確かめるような問いかけにリオンが夜空を仰いで脳内で確認するような顔になるが、ウーヴェへと顔を戻したときには満面の笑みを浮かべていた。
「もう終わった」
「そうか。じゃあ…」
「グリューワインはさっき飲んだばっかだからダメだぜ」
だからお代わりはまだダメと、いつもとは逆で子どもに言い聞かせるような顔で恋人の不満を湛えた端正な顔を見つめると、みるみるうちに不満の色が強くなって眼鏡の下の双眸に燻り始める。
「……グリューワインを売ってる店が二つあるんだ、リオン」
「さっきその二つ目で白ワイン買っただろ?」
店が違えば味も違うのだからそれを確かめたいと上目遣いになるウーヴェに、リオンがもうどれだけでも好きなだけワインを飲んでも良いからそんな可愛い顔を見せないでくれと叫びたくなるのをグッと堪え、今飲んだばかりでこの後ゲートルートに出向いて食事をするのだからガマンしろと伝えると、今度は逆のイヤーフラップの紐が引っ張られる。
「呼び鈴じゃないんだから、そう引っ張らない」
紐を引っ張られることで帽子が目深になってしまい、前が見えなくなると口を尖らせたリオンだったが、自分以上に口を尖らせている恋人を見てしまえばそれ以上酒を飲むなとは言えなくなってしまう。
だが、この後の食事で必ず飲むのだから、頼むからガマンしてくれと告げるが、寒さが原因だろうが少し潤んだような目に見つめられて己の決意が脆くも崩れ去りそうなことに気付いて拳を握る。
「……もう一杯だけ、だ、から…」
「あー、もー!さっきもそう言って飲んでもう3杯目だろ?これ以上はダメ!」
ウーヴェが酒に飲まれることがないのは十分に理解しているが、さすがに空腹でグリューワインを三杯目はダメだと少し厳しい声を出せば、この世の終わりを迎えたかのような顔でウーヴェが俯き、残念だなとぽつりと呟く。
「後でメシ食うときに飲めば良いだろ?な?」
酒を飲んで暴れることも不必要な程陽気になるわけでも、ましてや周囲に迷惑を与える程の悪酔いをするわけでもない恋人だが、さすがに仕事終わりの空腹時にワイン三杯は酔いが回ることを苦笑混じりに伝えると腰に手を宛がってウーヴェの名を呼ぶ。
「オーヴェ、人の話を聞いてるか?」
いつもならばリオン自身が言われている言葉だったが、ここぞとばかりに言い返せる幸せを噛み締めていたリオンは、ウーヴェの顔に光が差したような明るさが戻った事に気付き、何を発見したんだと首を傾げる。
「何かを食べれば良いんだな?」
「う、いや、まあそうだけど…」
「分かった」
今飲みたいと思っているワインを飲む為に何かを食べなければならないのならばあれを食べると指さし、リオンが返事をするよりも先に屋台に向かったウーヴェが戻ってきた時にはカシューナッツをシナモンやバニラシュガーでコーティングしたものが入っている袋を握りしめていた。
「あれ、ナッツ買ってきたんだ?」
「食べるか?」
「うん、食う。……それを食べたらもう一杯だけ、ワイン飲んでも良いぜ、オーヴェ」
「ダンケ、リーオ。愛してる」
酒が絡めば本当に素直に愛してると言うんだからと、今度はリオンが盛大に不満を顔中に広げると、ちらりと恋人の様子を窺ったウーヴェがカシューナッツを一つ摘んでリオンの尖っている口の前にそっと差し出す。
「……ほら」
「………ん、美味いな、ここのナッツ」
「ああ」
ウーヴェの行動にリオンも尖っていた心を丸くしたらしく、差し出されるナッツを口に放り込んだかと思うと、ウーヴェの手の中にある袋に無造作に手を突っ込んでナッツをとるとそのまま口に放り込む。
「ヘイゼルナッツは売ってた?」
「売ってたが、硬貨が足りなかったからカシューナッツにした」
「そっか」
どっちも好きだからどちらでもイイやと暢気に笑い、ウーヴェをちらりと見たリオンは、控え目ながらも食べたのだからワインを飲ませろと言いたげに目を光らせる恋人に根負けしたことを表すように肩を落とすと、そんな彼にカシューナッツが入っている袋を押しつけて無表情を装いつつも実はかなり浮かれている足取りで屋台へと大股に歩いて行く。
本当に酒が好きだよなぁと呟きながらその背中を見送ったリオンは、ウーヴェが付き合いだした頃からは想像も出来ないほど子どもっぽい態度を見せ始めていることに思い当たり、いつ頃からこんな風に言い合えるようになったのかを思い出そうとするが、ごく自然な流れで今のような雰囲気になった事も思い出す。
初めて出会ったときは取っ付きにくい冷たい男としか思わなかったが、逢う回数を重ねるごとにウーヴェという人を知り、リオン自身もウーヴェに知って貰うような言動を取るようになったお陰で今のような関係になれたのだ。
付き合いだしてからも喜怒哀楽の感情の総てをさらけ出せと言われているような出来事が二人の周りで絶えず起こり、その度に笑ったり怒ったり時にはケンカをして手を離しそうになったりしながらも、それでもやはり互いを思う気持ちが強くて手を離すことはしなかった。
今までの己を振り返れば本当にウーヴェが好きなんだなと苦笑したリオンは、グリューワインのカップ片手に戻ってきたウーヴェに呼びかけられて顔を上げ、湯気の向こうで嬉しそうに目を細める恋人の顔に唇の両端を持ち上げる。
「今回はどっちにしたんだ?」
「さっき白を飲んだから、今回は赤だな」
ウーヴェが言葉とともに差し出したマグカップの中身を覗き込んだリオンは、鼻に突き抜けるようなワインと香辛料の匂いに一瞬だけ顔を顰めるが、ウーヴェが一口飲んで心底満足した顔で頷いた為、一口くれと言ってカップをウーヴェの手の上から固定して口を付ける。
「…あ、ホントだ、美味いな」
「ああ」
湯気を立てるカップを両手で挟むように持ち、嬉しそうに目を細めるウーヴェを見てしまえばリオンも飲み過ぎだとは言えず、そんなリオンの前ではウーヴェが本当に美味しそうな顔をしてワインを飲んでいく。
食事に対する興味がリオンにしてみれば信じられない程希薄なウーヴェが、食べ物を目の前にしてこんな風に顔を輝かせるのはかなり限定的で、そのひとつが酒を飲むことなのだから仕方が無いと諦めつつも、出来る事ならばアルコール以外でも同じような顔になって欲しいと往生際悪く考えてしまう。
「リオン?」
「ん?どうした?」
「いや…何か考え込んでいるのか?」
二人で一緒にいるときに沈黙していることが珍しい為か、ウーヴェが少し心配そうにリオンの顔を覗き込んだ為、内心でほくそ笑んだリオンがカップを両手で持つウーヴェの手に手を重ねて動きを封じると、驚きに目を瞠る端正な顔に目を細めた後、少しだけワイン色に染まる唇に素早くキスをする。
「────っ!!」
「オーヴェ、それを早く飲んでゲートルートで美味いメシを食おうぜ」
「~~~~うるさいっ!」
「はいはい」
本当にすぐ都合が悪くなったり恥ずかしかったりするとうるさいと言うんだからと、顔を赤らめて睨み付けるウーヴェとは対照的に暢気な顔で嘯いたリオンは、それでも気を取り直して美味しそうにワインを飲む恋人を満足そうに見つめ、ウーヴェから預かっていたカシューナッツをひとつまみ口に放り込むのだった。
そんな二人の頭上に、天が呆れたことを伝えたがっているのか、大粒の雪が降り始めるのだった。
2011.12.19-2012.01.07


