WebClap 25

 オーヴェ、暑い暑い。暑いったらあーつーいー、と、聞いている方が暑苦しくなるような声を発してソファの背もたれに足を引っ掛けてだらしない態度で寝そべるリオンをじろりと睨み、ああうるさいその口を何とかしろと棘のある声で言い放ったウーヴェは、そんな冷たいことを言わなくても良いだろうと睨み返され、暑い暑いと言われると余計に暑苦しくなると前も言っただろうと、読んでいた雑誌を丸めてソファに行儀悪く寝そべる恋人の頭を一つ叩く。
 「ぃて」
 「うるさい」
 「暑いものは仕方ねぇだろ?」
 リビングの窓を総て開け放ち、その窓から風が通り抜けるようにとキッチン側のドアとダイニング側のドアも開け放っているのだが、さすがに真夏の午後には爽やかな風は通りすぎてくれず、ただただ熱気の籠もった空気だけが遠慮することなく入り込んでくる。
 「アイスでも食べればどうだ?」
 「…んー、今は要らない。後で食う」
 ウーヴェの提案をあっさりと断ったリオンは、その言葉から何かを思い出したのか勢いよく起き上がってウーヴェの目を丸くさせる。
 「どうした?」
 「オーヴェ、トマトあったか?」
 「は?トマト?」
 「そう。野菜も食えって言って買って来ただろ?」
 先日二人揃って近所のスーパーに買い物に行った時、野菜も食べろと笑顔で告げたウーヴェがカートに山盛りの野菜とともにトマトも大量に買い求めていたのだ。
 そのトマトがまだ残っているかどうかを問われて苦笑したウーヴェは、まだいくつかパントリーの中にあるはずだと答えるが早いか、リオンがソファから飛び降りてキッチンと繋がるパントリーに駆け込む足音が響き渡る。
 一体何の騒ぎだと思い、相変わらず突拍子もない事をしでかす恋人の癖を思い出して不安になった彼は、丸めた雑誌をソファに投げ出してパントリーへとゆっくりと歩いて行く。
 「リオン?」
 その頃にはリオンはもうキッチンへと向かっていて、開けっ放しのパントリーのドアを溜息混じりに閉めてキッチンを覗き込んだウーヴェは、冷蔵庫の前で真剣に何かを見つめるリオンを発見し、軽く呼吸を止めてしまう。
 その横顔は仕事中のリオンならば当然だが、こうしてプライベートで寛いでいる時にはほとんど見ることのない真摯なもので、ああやはりこの男の貌に惚れているとひっそりと諦めの溜息を零した時、くるりと振り返ったリオンが音がしそうな程の笑みを浮かべてウーヴェを手招きする。
 「どうした?」
 「今日の晩飯さ、暑かったら冷たいパスタにしないか?」
 「そうだな…それも良いな」
 「ん、じゃあその時に食おう」
 「?」
 冷蔵庫の前で大きく頷くリオンに何を食べるんだと問いかけ、晩飯時の楽しみだと笑われて肩を抱かれてしまう。
 「……暑苦しいぞ」
 「ひでぇ、オーヴェ!」
 せっかくこれからスキンシップを楽しもうと思っていたのにと嘆くリオンの鼻先をむぎゅっと摘んだウーヴェは、目を白黒させる恋人にこれから義兄がエントリーしているレースを録画していたものを見るんだと囁きかけ、俺も見ると鼻づまりの声で返されて苦笑する。
 「じゃあさ、何か飲み物を用意するか」
 「ビールが良いな」
 「ん?今日はどこにも出掛けないのか?」
 昼食を終えてしばらく経つが、この時間でビールを飲むと言う事は今日はもう家から出るつもりはないのかと問われて頷き、それで良いだろうかと軽く首を傾げつつリオンを見れば、一緒に録画したものを見ようと笑われて安堵に胸を撫で下ろす。
 「ビールとチーズがあれば良いかな」
 「…わかった」
 飲み物と食べ物を揃えて観戦といきましょうと片目を閉じるリオンに同調するように苦笑し、冷蔵庫からビールとリオンの好物-もはや主食に成り果てている-チーズとおまけのチョコレートを取り出すと、再度リビングへと戻って観戦準備を整える恋人に運んできたものを差し出すのだった。

 久しぶりに見た義兄のレースは満足のいくもので、成績こそは三位だったもののドライバーの義兄も長年ナビシートで導く役割を果たしている青年も怪我をすることもなく表彰台に立つことが出来た。
 それが嬉しかったと二人で晩ご飯の支度をしているときにウーヴェがぽつりと呟くと、勝敗も気になるが無事だったことが一番嬉しいよなぁとリオンも暢気に答え、先程まで見ていたインタビュー時の映像の端に少しだけ映り込んだ女性の姿を思い出す。
 「…アリーセ、元気そうだったな」
 「そうだな」
 「うん」
 半月に一度ぐらいは電話連絡が入るものの、夫が世界中を転戦するのに付いていき、現地でも自宅と同じように夫の精神的な支えとなっている姉の姿を画面を通して確認したウーヴェもリオンの言葉に頷き、茹で上がったパスタを冷ましているとリオンが冷凍庫から何かを取り出して不気味な笑い声を放つ。
 「……リオン?」
 「今日のパスタソースはこれ!」
 まるで効果音を着けたくなるような態度でリオンが腕を突き出すが、その手に握られているものはといえば、冷たく凍っているトマトだった。
 「トマトを凍らせたのか?」
 「そう!小さな頃にさ、暑くて仕方がねぇときにトマトをいくつか貰ってきて、それを凍らせてゼップと良く食ってた」
 「ふぅん…それはちゃんと栽培をしている人の許可を貰ったということだな?」
 「……………………そんな事を言うオーヴェなんか嫌いだっ」
 「図星なんだな」
 貰ってきたとリオンが告げたが、その本当の所は農場で作られていたトマトを無断でもぎ取ってきては食べていたと言う事をしっかりと見抜いていたウーヴェが問えば、長い長い沈黙の後、リオンが口を尖らせてウーヴェなんか嫌いだと嘯くが、図星を指されたぐらいで嫌いだなどと言うなとびしっと指摘されて口ごもってしまう。
 「…も、もう、時効だから…!」
 「白ワインを一本飲みたいんだ、リーオ。良いだろう?」
 笑顔でウーヴェが提案する言葉に喉の奥で声をくぐもらせたリオンは、その言葉の奥に潜む願望をしっかりと読み取ってがっくりと肩を落とす。
 「オーヴェ、せめて半分!」
 「一本だ」
 「くそー、ちくしょー!俺のバカ!何でトマトを盗み食いしたんだよっ!!」
 過去の悪事を胸に秘める代わりに食事時のワインを所望したウーヴェにリオンが泣く泣くボトルを差し出し、交渉成立と綺麗な笑みを浮かべられて再度肩を落とす。
 「…で、そのトマトを冷凍させていたものを食べていたのか?」
 「うん、そう。すげー冷たくてさ、氷食ってるみたいだった」
 トマトの出来にもよるが、食べにくいときは蜂蜜を垂らして食べていた事も呟きながらチーズおろし器を取り出して無造作に凍ったトマトをすり下ろしていく。
 「そうやって食べるのか?」
 「この食い方はゾフィーが教えてくれた。直接トマトに口を付けたら吸い付いちゃって凍傷みたいになったからさ」
 だから何か食べやすい方法がないかと模索していた時、ゾフィーが呆れつつもこの食べ方を教えてくれて以降、真夏になればこのすり下ろした凍っているトマトを食べることが習慣になったと肩を竦め、必要な量だけをすり下ろして残りは冷凍庫に戻してしまう。
 「後は普通のトマトを刻んで、バジルと一緒にパスタに載せて、すり下ろしたトマトを載せればできあがり!」
 宣言通りに盛りつけられたそれを興味深そうに見下ろしたウーヴェは、背後のテーブルに並べて自信満々に胸を張るリオンに苦笑し、一緒に食べるサラダを器に盛りつけると本日の戦利品である白ワインをグラスに注いでテーブルに着く。
 キッチンの広さに比べればささやかすぎる小さなテーブルに二人向かい合わせに腰を下ろすが、リビングに出る為のドアと窓を開け放ち、ようやく暮れてきた空が送り込んでくれる風を受け入れていたが、やはりそれでもまだまだ熱い風が入ってきていて、ウーヴェがいつも以上に食欲を無くしてしまう。
 だが今日は冷製パスタだから少しはマシだろうと思いながら一口食べると、すり下ろしたトマトが不思議な食感と思わず首を竦めてしまいたくなるほどの冷たさを与えてくれて、その新鮮な感覚につい食が進んでしまう。
 ウーヴェが食べてくれる事が嬉しくてリオンもすり下ろしトマトを口に放り込み、あまりの冷たさにぎゅっと目を閉じてフルフルと頭を微かに振ると、それがウーヴェの笑いのツボを刺激したようで、グラスを片手にくすくすと笑い出す。
 「笑うなよっ!」
 「そんなに冷たかったか?」
 「冷たい!」
 自らで行った料理法-調理法-だが、予想以上に冷たいと顔を震わせたリオンは、それでも美味しいと笑みを浮かべてあっという間にパスタを平らげてしまう。
 その食べっぷりに感心し、美味しいかと分かっていながらも問いかけると、フォークを片手に満面の笑みを浮かべてリオンが大きく頷く。
 「最高」
 「そうか」
 それならば良いんだと穏やかに笑みを浮かべ、自分の分にも手を付けだしたウーヴェは、その後リオンが身振り手振りで今日一日の中で感じた事などを教えてくれた為、一々頷いたりしながらゆっくりと二人の食事の時間を楽しむのだった。

 そんな二人を冷やそうとするのか、キッチンの窓から心地よい風が流れ込み、美味しそうな匂いが立ちこめるキッチンを通り抜けてリビングへと向かうのだった。


2011.08.23-09.24


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