心地よい風が開け放った掃き出し窓からリビングへと通り、二階へと通じる階段とその左右の開け放っているドアにも滑り込み、天井が高くて広い家中を通り抜けていく。
その風を背中に受けて気持ち良さそうに白と黒の鍵盤を叩いて音を奏でている千暁は、己の足下でまるで行き倒れの人のように大の字に寝そべる恋人を見下ろし、ただ静かに苦笑する。
今日は朝から夏の色に染まった庭に出て二人で花の切り戻し作業や水やりなどを行い、咲き誇っている花を少しでも長持ちさせるようにしていたのだ。
その作業中の恋人の表情を思い出せば自然と笑みが浮かんでしまう千暁は、その恋人がすっかりと寝入ってしまったことに気付いて音を奏でる手をそっと止める。
急に静かになったリビングに風が揺らすブラインドの紐が触れる音と、庭木を渡る風の音が大きく聞こえてきて、千暁もその心地よさに小さく欠伸を一つしてしまう。
このままここで寝てしまえば風邪を引く恐れがあるほど風通しの良いリビングだが、ふと恋人の透けるような白い肌に目をやると、ほんの僅かの時間日差しを浴びていただけなのに、まるで半日以上日に当たっていた時のように赤くなっていた。
赤い髪の人はどうやら肌が弱い人が多いらしく、恋人もその例に漏れずにちょっと油断をすればすぐに日に焼けた肌が赤くなってしまっていたのだ。
多少かゆみを感じたりヒリヒリとする程度で、すぐにまた透けるような白い肌に戻るのだが、少しでも痒みなどから解放されて欲しいと願う千暁は、そんな恋人の為に食事やデザートなどでビタミン類が多少多めに摂れるように気遣っていた。
この後目を冷ました恋人に出来れば水分補給でビタミンが豊富なジュースを飲んで貰う為にそっとピアノの前から立ち上がった千暁は、人の気配に敏感な恋人を起こさないように気遣いつつキッチンへと向かい、家事室の冷蔵庫や食品を納めている棚から目当てのフルーツを取り出してキッチンへと戻ってくる。
色取り取りのビタミンカラーを持つフルーツをカウンターに並べ、ジュースにするかゼリーか何かにして食べて貰うかを腕を組んで考えていたその時、不意に背中に重みが掛かってカウンターに突っ伏してしまう。
「!?」
「………誰がピアノを弾くのを止めても良いと言った?」
せっかく身体に心地よい風と耳に気持ちの良い音楽を聴いて寝ていたのに、勝手にそれを止めてしまうなと地底から響くような低音で囁かれて身体を震わせた千暁は、ごめんと小さな声で謝ると顎の下で交差している腕をそっと撫でる。
「寝てると思ったからさ」
「……何をしているんだ?」
千暁の謝罪を受け入れた彼、カインが身長差にものを言わせるように千暁の身体を抱き上げたかと思うと、難なくカウンターに座らせて目線の高さを逆転させる。
「カインが起きたときに飲んで貰おうと思ってるジュース」
「……そんなのは…」
「要らない、なんて言葉は聞きたくないからね、カイン」
恋人の言葉を先読みして釘を刺した千暁は、いつもと違って見上げてくる恋人の端正な顔にイタズラっぽく笑いかけて片目を閉じ、ジュースが良いかゼリーが良いか選ばせてやると人差し指を立てる。
「……ジュースだな」
「わかった。用意するから手を離して」
千暁の腿に上体を載せるように身体を折っていたカインに囁きかけ、カウンターから降りたいとも告げた千暁だが、己の足の上から恋人の身体が動く気配が全く感じられず、カインと少しだけ語気を荒げて名を呼ぶが、それでもカインの身体は動くことはなかった。
「カイン!」
「うるさいぞ、アキ。聞こえている」
「聞こえてるのなら下りてよ」
「ダメだ」
勝手にピアノを止めた罰だと言い放たれて絶句した千暁は、そんなにぼくのピアノが良かったのかと問いかけ、無言の頷きを返される。
「…じゃあさ、ジュースの用意をしたらすぐにピアノを弾くから、もう少しだけ待っててよ」
「ダメだ」
まるで駄々を捏ねる子どものように拒否されて溜息を零した千暁は、お願いカインと出せる限りの優しい声で囁き、トラガスと耳朶に填ったピアスを指で撫でてもう一度お願いだからと囁くと、嫌々離れる事を隠さない態度でカインがむくりと起き上がる。
「きみの身体が欲しがっているビタミン補給の準備なんだ。ちょっとだけ我慢してよ」
「そんなのはどうでも良い」
ビタミン補給などサプリで出来るから、そんな事よりも心を宥めてくれるピアノの音色とお前の温もりが欲しいと囁かれて言葉に詰まる千暁を抱き上げたカインがそのままキッチンを出て行く。
「ピアノの音、うるさくなかった?」
「気持ちよかった」
恋人のその言葉に嘘がない事をしっかりと見抜いた千暁が安堵に目を細め、目の前にある綺麗な赤い髪に甘えるように頬を押しつけて感触を楽しむ。
千暁はこの赤い髪に陽が当たった瞬間の色が大好きで、いつも太陽の光を浴びていて欲しいと笑うのだが、当の本人はといえばこの髪の色のお陰で散々な目に遭った為か、可能ならば他の色に染めたいと冷笑するほどだった。
「…綺麗な色だよね、カイン」
「…………そうか」
「うん。ぼくカインの髪の色好きだな」
リビングの一段低くなっている端に置いた革のソファを跨いでそこに座ると、足の上に千暁を座らせて今度はカインが千暁の匂いを確かめるように顔を寄せる。
「ピアノは良いの?」
「お前がいればいい」
ピアノは嫌いではないが、その音を奏でる手の持ち主がここにいるのならばビタミンの補給も心を宥める音も必要がないと断言し、千暁の大きな目を覗き込んだカインは、己の視界で好奇心に満ちた瞳が左右に泳ぐ様を少しの間楽しむと、うっすらと赤くなる目尻に口を寄せて首を竦めさせる。
「くすぐったい!カイン、止めろよっ!」
「うるさい」
「うるさいじゃないって…!」
もう、くすぐったいと文句を言いながらも決して強く拒絶をしない千暁は、止めてくれないのならこちらからしてやると宣言し、カインをソファに押し倒して腹に跨がって勝ち誇った笑みを浮かべて恋人を見下ろす。
どうだ参ったかと鼻息荒く言い放つ千暁に肩を竦めたカインは、千暁の気が緩んだ瞬間を狙い澄まして一気に身体を起こすと、呆然と大きな目を瞠る千暁の身体を難なくソファに押し倒し、暴れ出すよりも先に手足を押さえ込んで恋人の抵抗を未然に封じる。
「────っ!!」
「…アキ」
心地よい低音で名を呼ばれてどきりと鼓動を早めた千暁は、ゆっくりと近づいてくる顔に条件反射のように目を伏せ、そっと唇に重なるそれに自然と笑みを浮かべる。
「カイン」
「何だ」
「このまま昼寝しようか」
「ああ」
千暁の提案に素っ気ないながらもちゃんと応えるように頷いたカインは、背中に回された腕に引かれるように身を寄せて千暁の横に身を横たえるが、さすがにソファに二人が寝るには狭すぎて、カインが己の身体の上に千暁を引きずり上げることで問題を解決する。
「起きたら…」
「うん。ピアノを弾くから、ちゃんとジュースも飲んで欲しいな」
「ああ」
もう分かったからそれ以上は言うなと短い言葉に込めて囁き、言葉ではなく態度でも伝える為に千暁の口を再度口で封じ、じたばたと藻掻く千暁をしっかりとホールドし、うるさい早く寝ろと笑ったカインに顔を赤くした千暁だったが、不意に訪れた睡魔に負けたことを示す様に小さく欠伸をし、恋人の厚い胸板に身体を預けて目を閉じるのだった。
その風を背中に受けて気持ち良さそうに白と黒の鍵盤を叩いて音を奏でている千暁は、己の足下でまるで行き倒れの人のように大の字に寝そべる恋人を見下ろし、ただ静かに苦笑する。
今日は朝から夏の色に染まった庭に出て二人で花の切り戻し作業や水やりなどを行い、咲き誇っている花を少しでも長持ちさせるようにしていたのだ。
その作業中の恋人の表情を思い出せば自然と笑みが浮かんでしまう千暁は、その恋人がすっかりと寝入ってしまったことに気付いて音を奏でる手をそっと止める。
急に静かになったリビングに風が揺らすブラインドの紐が触れる音と、庭木を渡る風の音が大きく聞こえてきて、千暁もその心地よさに小さく欠伸を一つしてしまう。
このままここで寝てしまえば風邪を引く恐れがあるほど風通しの良いリビングだが、ふと恋人の透けるような白い肌に目をやると、ほんの僅かの時間日差しを浴びていただけなのに、まるで半日以上日に当たっていた時のように赤くなっていた。
赤い髪の人はどうやら肌が弱い人が多いらしく、恋人もその例に漏れずにちょっと油断をすればすぐに日に焼けた肌が赤くなってしまっていたのだ。
多少かゆみを感じたりヒリヒリとする程度で、すぐにまた透けるような白い肌に戻るのだが、少しでも痒みなどから解放されて欲しいと願う千暁は、そんな恋人の為に食事やデザートなどでビタミン類が多少多めに摂れるように気遣っていた。
この後目を冷ました恋人に出来れば水分補給でビタミンが豊富なジュースを飲んで貰う為にそっとピアノの前から立ち上がった千暁は、人の気配に敏感な恋人を起こさないように気遣いつつキッチンへと向かい、家事室の冷蔵庫や食品を納めている棚から目当てのフルーツを取り出してキッチンへと戻ってくる。
色取り取りのビタミンカラーを持つフルーツをカウンターに並べ、ジュースにするかゼリーか何かにして食べて貰うかを腕を組んで考えていたその時、不意に背中に重みが掛かってカウンターに突っ伏してしまう。
「!?」
「………誰がピアノを弾くのを止めても良いと言った?」
せっかく身体に心地よい風と耳に気持ちの良い音楽を聴いて寝ていたのに、勝手にそれを止めてしまうなと地底から響くような低音で囁かれて身体を震わせた千暁は、ごめんと小さな声で謝ると顎の下で交差している腕をそっと撫でる。
「寝てると思ったからさ」
「……何をしているんだ?」
千暁の謝罪を受け入れた彼、カインが身長差にものを言わせるように千暁の身体を抱き上げたかと思うと、難なくカウンターに座らせて目線の高さを逆転させる。
「カインが起きたときに飲んで貰おうと思ってるジュース」
「……そんなのは…」
「要らない、なんて言葉は聞きたくないからね、カイン」
恋人の言葉を先読みして釘を刺した千暁は、いつもと違って見上げてくる恋人の端正な顔にイタズラっぽく笑いかけて片目を閉じ、ジュースが良いかゼリーが良いか選ばせてやると人差し指を立てる。
「……ジュースだな」
「わかった。用意するから手を離して」
千暁の腿に上体を載せるように身体を折っていたカインに囁きかけ、カウンターから降りたいとも告げた千暁だが、己の足の上から恋人の身体が動く気配が全く感じられず、カインと少しだけ語気を荒げて名を呼ぶが、それでもカインの身体は動くことはなかった。
「カイン!」
「うるさいぞ、アキ。聞こえている」
「聞こえてるのなら下りてよ」
「ダメだ」
勝手にピアノを止めた罰だと言い放たれて絶句した千暁は、そんなにぼくのピアノが良かったのかと問いかけ、無言の頷きを返される。
「…じゃあさ、ジュースの用意をしたらすぐにピアノを弾くから、もう少しだけ待っててよ」
「ダメだ」
まるで駄々を捏ねる子どものように拒否されて溜息を零した千暁は、お願いカインと出せる限りの優しい声で囁き、トラガスと耳朶に填ったピアスを指で撫でてもう一度お願いだからと囁くと、嫌々離れる事を隠さない態度でカインがむくりと起き上がる。
「きみの身体が欲しがっているビタミン補給の準備なんだ。ちょっとだけ我慢してよ」
「そんなのはどうでも良い」
ビタミン補給などサプリで出来るから、そんな事よりも心を宥めてくれるピアノの音色とお前の温もりが欲しいと囁かれて言葉に詰まる千暁を抱き上げたカインがそのままキッチンを出て行く。
「ピアノの音、うるさくなかった?」
「気持ちよかった」
恋人のその言葉に嘘がない事をしっかりと見抜いた千暁が安堵に目を細め、目の前にある綺麗な赤い髪に甘えるように頬を押しつけて感触を楽しむ。
千暁はこの赤い髪に陽が当たった瞬間の色が大好きで、いつも太陽の光を浴びていて欲しいと笑うのだが、当の本人はといえばこの髪の色のお陰で散々な目に遭った為か、可能ならば他の色に染めたいと冷笑するほどだった。
「…綺麗な色だよね、カイン」
「…………そうか」
「うん。ぼくカインの髪の色好きだな」
リビングの一段低くなっている端に置いた革のソファを跨いでそこに座ると、足の上に千暁を座らせて今度はカインが千暁の匂いを確かめるように顔を寄せる。
「ピアノは良いの?」
「お前がいればいい」
ピアノは嫌いではないが、その音を奏でる手の持ち主がここにいるのならばビタミンの補給も心を宥める音も必要がないと断言し、千暁の大きな目を覗き込んだカインは、己の視界で好奇心に満ちた瞳が左右に泳ぐ様を少しの間楽しむと、うっすらと赤くなる目尻に口を寄せて首を竦めさせる。
「くすぐったい!カイン、止めろよっ!」
「うるさい」
「うるさいじゃないって…!」
もう、くすぐったいと文句を言いながらも決して強く拒絶をしない千暁は、止めてくれないのならこちらからしてやると宣言し、カインをソファに押し倒して腹に跨がって勝ち誇った笑みを浮かべて恋人を見下ろす。
どうだ参ったかと鼻息荒く言い放つ千暁に肩を竦めたカインは、千暁の気が緩んだ瞬間を狙い澄まして一気に身体を起こすと、呆然と大きな目を瞠る千暁の身体を難なくソファに押し倒し、暴れ出すよりも先に手足を押さえ込んで恋人の抵抗を未然に封じる。
「────っ!!」
「…アキ」
心地よい低音で名を呼ばれてどきりと鼓動を早めた千暁は、ゆっくりと近づいてくる顔に条件反射のように目を伏せ、そっと唇に重なるそれに自然と笑みを浮かべる。
「カイン」
「何だ」
「このまま昼寝しようか」
「ああ」
千暁の提案に素っ気ないながらもちゃんと応えるように頷いたカインは、背中に回された腕に引かれるように身を寄せて千暁の横に身を横たえるが、さすがにソファに二人が寝るには狭すぎて、カインが己の身体の上に千暁を引きずり上げることで問題を解決する。
「起きたら…」
「うん。ピアノを弾くから、ちゃんとジュースも飲んで欲しいな」
「ああ」
もう分かったからそれ以上は言うなと短い言葉に込めて囁き、言葉ではなく態度でも伝える為に千暁の口を再度口で封じ、じたばたと藻掻く千暁をしっかりとホールドし、うるさい早く寝ろと笑ったカインに顔を赤くした千暁だったが、不意に訪れた睡魔に負けたことを示す様に小さく欠伸をし、恋人の厚い胸板に身体を預けて目を閉じるのだった。
そんな二人の上を庭木を通り抜けた風が遠慮がちに通り過ぎ、リビングを一巡りしてから再度庭へと出て行くのだった。
2011.08.23-09.24


