すっかりと夏を感じさせる日差しが降り注ぐサンルームのゆったりと座れるラウンドソファに腰掛け、ガーデニングの通販雑誌を興味も無さそうに見ていたカインは、室内に影を作り出す程に成長した観葉植物に目を向けては弱っていないか枯れていないかなどのチェックを行い、また雑誌に目を戻すを繰り返していた。
カインが以前まで付き合っていた一夜限りの女達に比べれば遙かに手間暇そして金を掛けて愛している植物たちは、その愛を一身に受けて健やかに成長し、モンステラなどはカインの腰までの高さに成長しては特徴的な切れ込みのある葉を大きく広げていた。
ジャグジーのあるウッドデッキの横には何処で買ったのかは覚えていないが、バリ島やベトナムなど東南アジアを連想させる、今カインが腰を下ろしているラウンドソファと同じ材質のカウチソファがあり、ガラス張りのテーブルには程良く冷えたビールが注がれたグラスが二つ並んでいて、休日の午後を象徴するように降り注ぐ日差しに水滴を光らせていた。
ウッドデッキに幼馴染みを半強制的に駆り出して作った多目的の棚には小さくても音質の良いスピーカーを持つステレオが鎮座し、雑誌を読んでいるカインとカウチソファで穏やかな寝息を立てている千暁の眠りを妨げないボリュームでクラシック音楽が流れていた。
カイン一人ならば間違いなくハードロックやリズムの良い音楽を聴くだろうが、今午睡を楽しんでいる千暁と付き合いだしてからは聴く音楽のジャンルも大きく変わり、それを知った幼馴染みが腹を抱えて笑い倒した事もある程、彼が耳にする音楽が変化をした。
だがそれは音楽だけの事ではなく、顕著に表れた一つが音楽であり、見えにくい変化で言えば毎朝用意される朝食を食べる事であったりしていた。
カインが己の趣味-千暁に言わせれば趣味の域を超えてすでに生き甲斐-であるガーデニングは今まで付き合ってきた女性達は知ることのないものだったが、千暁はひょんな事からそれを知り、その後折に触れて貯めていたお金や時々やっていた演奏会での出演料からカインが好きそうな花や植物を買って来るようになり、気が付いたときには千暁がカインに買って来た緑が彼方此方に溢れるようにもなっていた。
自らのプライベートを彼女でさえもなかなか見せないカインが音楽留学で日本からこの街にやってきた青年には素直に見せ、時間が合えば一緒に買い物に行ったりもするようになっていたが、それを目撃した先の幼馴染みは呆気に取られて食べていたアイスを落としてしまい、後に恨みがましい目で睨まれしまう程の驚愕を与えながらも幸せだった。
そんな己の変化が良いのか悪いのかはカインには興味などなく、ただ仕事で今まで以上に勘が冴えて金が流れ着く先を読み解けるようになり、自ずとカインが得る報酬も増えてきたことは嬉しい事だったし、そのお陰で恋人の趣味である古いレコード蒐集に金を掛けられることはそれ以上に嬉しい事だった。
今穏やかに眠っている年相応には絶対に見られる事のない童顔と、その童顔を更に特徴付ける好奇心の塊のような大きな双眸を持つ十歳以上も年下の同性の恋人は、嬉しいときには見ている方も思わず笑顔になる程の喜び方をし、人が悲しんでいるときには同じように悲しむことの出来る心の優しい青年だった。
だがただ優しいだけではなく、自らの悲しみや怒りを表に出さないだけの強さも兼ね備えていて、その心の一端に触れた時、カインは今まで感じたことのない感情が芽生えたことに気付き、それが恋だと自覚してもなかなか認める事が出来ない自分でも言い表せない時を過ごし、周囲の言葉からようやく認めた矢先の不幸な出来事を乗り越えて同じ家で同じものを食べる暮らしを送れるようになったのだ。
そんな不幸な時を乗り越えまた一緒に暮らせるようになった今、カインが恋人に望むのはその笑顔を喪わないでくれという願いだけだった。
カイン自身は感動するものを見たとしても素直に表現する術も心もとっくの昔に封じ込めてしまっている為に何ら表に出すことはないが、千暁と一緒にいれば封じていた筈の感情が自然と顔を出し、気が付けば笑っていることが多くなったのだ。
喪っていた笑顔を取り戻せた、そんな風にさえ思ってしまう心の動きをこの童顔で小さな身体の青年がカインに与え、閉ざされていた心を緩やかに穏やかな光を持って揺り動かして目覚めさせたのだ。
自分の心をがらりと塗り替えた千暁が喜ぶのならばどんなことでもするだろうし、その為に金が必要だと言うのならば今以上に頭を使って金を稼ぎ出す自信はあった。
だが、彼の顔にいつも笑顔が浮かんでいるようにするのはカインにとっては思いも掛けない程難しいもので、いつも失敗をしては怒らせたり悲しませたりしてしまっていた。
己のその不甲斐なさを嘲笑った時、カウチソファから小さな寝言のような声が響き、雑誌を閉じてカウチソファへと身を乗り出すと、眠っている為により一層幼く見える顔にじわりじわりと笑みが浮かび上がり、カインが灰色の目を瞬かせる前で、まるで南国の大輪の花が咲き誇っているような笑みが浮かび上がる。
一体何がそんなに嬉しいのかを問いただしたくなったカインは、ラウンドソファから立ち上がってカウチソファの前に膝を突いてその顔を見下ろせば、笑みを浮かべた千暁が緩く左右に顔を振って口を開く。
「……ダ…だ、よ、カイン……」
千暁の夢の中で自分は一体何をしているのか、何をすればこんなにも嬉しそうな笑みを浮かべさせられるのかを激しく問いかけたくなったカインは、思わず千暁の顔の傍に手を着いて頭を傾げさせてしまう。
「…ん…、…だから…ダメだってば、も…カインのバカ…」
寝言と呼ぶにはやけにはっきりとした声でカインのバカと言われてしまい、お前の夢の中で本当に俺は一体何をしているのか教えてくれと声に出して懇願してしまいそうになる。
そんなもどかしい時間が続くのかと思った矢先、千暁が一度笑みを掻き消したかと思うと、見ているカインが心底驚くほどの笑みを浮かべて顔の傍に置いてあったカインの手に頬を軽く押し当てて口を開いた。
「カイン────好き、だよ…」
「………………」
寝言に答えるべきかそもそも答えても良いものかと逡巡するカインは、脳味噌の中でもう一人の己がそんな事を考えるよりも先にするべき事があるだろうと騒ぎ出した事に舌打ちをし、手の甲に載せられている頬の温もりに目を細め、もう一方の頬と目尻にキスをする。
「千暁……愛している」
今までもこれからも、自分がこの言葉を告げるのはお前だけだとも囁き、その言葉が聞こえたのか少しだけ赤味が差した頬にもう一度口を寄せ、頬の下で掌を返して柔らかな感触に笑みを浮かべると、カウチソファに寄りかかりながら通販雑誌を再度開く。
だが、顔のすぐ傍から聞こえる寝息に誘われてしまい、程なくして雑誌をバサリと投げ捨てると、信じられない程穏やかな気持ちのまま目を閉じ、初夏の午睡で千暁と出会えることを願いながら彼も眠りに向かうのだった。
カインが以前まで付き合っていた一夜限りの女達に比べれば遙かに手間暇そして金を掛けて愛している植物たちは、その愛を一身に受けて健やかに成長し、モンステラなどはカインの腰までの高さに成長しては特徴的な切れ込みのある葉を大きく広げていた。
ジャグジーのあるウッドデッキの横には何処で買ったのかは覚えていないが、バリ島やベトナムなど東南アジアを連想させる、今カインが腰を下ろしているラウンドソファと同じ材質のカウチソファがあり、ガラス張りのテーブルには程良く冷えたビールが注がれたグラスが二つ並んでいて、休日の午後を象徴するように降り注ぐ日差しに水滴を光らせていた。
ウッドデッキに幼馴染みを半強制的に駆り出して作った多目的の棚には小さくても音質の良いスピーカーを持つステレオが鎮座し、雑誌を読んでいるカインとカウチソファで穏やかな寝息を立てている千暁の眠りを妨げないボリュームでクラシック音楽が流れていた。
カイン一人ならば間違いなくハードロックやリズムの良い音楽を聴くだろうが、今午睡を楽しんでいる千暁と付き合いだしてからは聴く音楽のジャンルも大きく変わり、それを知った幼馴染みが腹を抱えて笑い倒した事もある程、彼が耳にする音楽が変化をした。
だがそれは音楽だけの事ではなく、顕著に表れた一つが音楽であり、見えにくい変化で言えば毎朝用意される朝食を食べる事であったりしていた。
カインが己の趣味-千暁に言わせれば趣味の域を超えてすでに生き甲斐-であるガーデニングは今まで付き合ってきた女性達は知ることのないものだったが、千暁はひょんな事からそれを知り、その後折に触れて貯めていたお金や時々やっていた演奏会での出演料からカインが好きそうな花や植物を買って来るようになり、気が付いたときには千暁がカインに買って来た緑が彼方此方に溢れるようにもなっていた。
自らのプライベートを彼女でさえもなかなか見せないカインが音楽留学で日本からこの街にやってきた青年には素直に見せ、時間が合えば一緒に買い物に行ったりもするようになっていたが、それを目撃した先の幼馴染みは呆気に取られて食べていたアイスを落としてしまい、後に恨みがましい目で睨まれしまう程の驚愕を与えながらも幸せだった。
そんな己の変化が良いのか悪いのかはカインには興味などなく、ただ仕事で今まで以上に勘が冴えて金が流れ着く先を読み解けるようになり、自ずとカインが得る報酬も増えてきたことは嬉しい事だったし、そのお陰で恋人の趣味である古いレコード蒐集に金を掛けられることはそれ以上に嬉しい事だった。
今穏やかに眠っている年相応には絶対に見られる事のない童顔と、その童顔を更に特徴付ける好奇心の塊のような大きな双眸を持つ十歳以上も年下の同性の恋人は、嬉しいときには見ている方も思わず笑顔になる程の喜び方をし、人が悲しんでいるときには同じように悲しむことの出来る心の優しい青年だった。
だがただ優しいだけではなく、自らの悲しみや怒りを表に出さないだけの強さも兼ね備えていて、その心の一端に触れた時、カインは今まで感じたことのない感情が芽生えたことに気付き、それが恋だと自覚してもなかなか認める事が出来ない自分でも言い表せない時を過ごし、周囲の言葉からようやく認めた矢先の不幸な出来事を乗り越えて同じ家で同じものを食べる暮らしを送れるようになったのだ。
そんな不幸な時を乗り越えまた一緒に暮らせるようになった今、カインが恋人に望むのはその笑顔を喪わないでくれという願いだけだった。
カイン自身は感動するものを見たとしても素直に表現する術も心もとっくの昔に封じ込めてしまっている為に何ら表に出すことはないが、千暁と一緒にいれば封じていた筈の感情が自然と顔を出し、気が付けば笑っていることが多くなったのだ。
喪っていた笑顔を取り戻せた、そんな風にさえ思ってしまう心の動きをこの童顔で小さな身体の青年がカインに与え、閉ざされていた心を緩やかに穏やかな光を持って揺り動かして目覚めさせたのだ。
自分の心をがらりと塗り替えた千暁が喜ぶのならばどんなことでもするだろうし、その為に金が必要だと言うのならば今以上に頭を使って金を稼ぎ出す自信はあった。
だが、彼の顔にいつも笑顔が浮かんでいるようにするのはカインにとっては思いも掛けない程難しいもので、いつも失敗をしては怒らせたり悲しませたりしてしまっていた。
己のその不甲斐なさを嘲笑った時、カウチソファから小さな寝言のような声が響き、雑誌を閉じてカウチソファへと身を乗り出すと、眠っている為により一層幼く見える顔にじわりじわりと笑みが浮かび上がり、カインが灰色の目を瞬かせる前で、まるで南国の大輪の花が咲き誇っているような笑みが浮かび上がる。
一体何がそんなに嬉しいのかを問いただしたくなったカインは、ラウンドソファから立ち上がってカウチソファの前に膝を突いてその顔を見下ろせば、笑みを浮かべた千暁が緩く左右に顔を振って口を開く。
「……ダ…だ、よ、カイン……」
千暁の夢の中で自分は一体何をしているのか、何をすればこんなにも嬉しそうな笑みを浮かべさせられるのかを激しく問いかけたくなったカインは、思わず千暁の顔の傍に手を着いて頭を傾げさせてしまう。
「…ん…、…だから…ダメだってば、も…カインのバカ…」
寝言と呼ぶにはやけにはっきりとした声でカインのバカと言われてしまい、お前の夢の中で本当に俺は一体何をしているのか教えてくれと声に出して懇願してしまいそうになる。
そんなもどかしい時間が続くのかと思った矢先、千暁が一度笑みを掻き消したかと思うと、見ているカインが心底驚くほどの笑みを浮かべて顔の傍に置いてあったカインの手に頬を軽く押し当てて口を開いた。
「カイン────好き、だよ…」
「………………」
寝言に答えるべきかそもそも答えても良いものかと逡巡するカインは、脳味噌の中でもう一人の己がそんな事を考えるよりも先にするべき事があるだろうと騒ぎ出した事に舌打ちをし、手の甲に載せられている頬の温もりに目を細め、もう一方の頬と目尻にキスをする。
「千暁……愛している」
今までもこれからも、自分がこの言葉を告げるのはお前だけだとも囁き、その言葉が聞こえたのか少しだけ赤味が差した頬にもう一度口を寄せ、頬の下で掌を返して柔らかな感触に笑みを浮かべると、カウチソファに寄りかかりながら通販雑誌を再度開く。
だが、顔のすぐ傍から聞こえる寝息に誘われてしまい、程なくして雑誌をバサリと投げ捨てると、信じられない程穏やかな気持ちのまま目を閉じ、初夏の午睡で千暁と出会えることを願いながら彼も眠りに向かうのだった。
そんな二人を、背が高くなった椰子の葉や熱帯の植物たちが繁らせた葉で強い日差しから守るようにさわりと揺れるのだった。
2011.07.25-08.23


