WebClap 21

 「オーヴェ、暑いっ!」
 「……まだそんなに暑くないだろう?」
 ウーヴェの自宅リビングのソファではなくラグの上でクッションを抱え込んで転がっていたリオンが暑いと喚きだし、その声を聞けば暑くなるといつかも言った言葉をウーヴェがウンザリと返すが、暑いものは暑いとリオンが叫ぶ。
 「…真夏になればどうするんだ?」
 「んー……いつかみたいにジャグジーに水を張ってプールにする!」
 「………そうか」
 いつだったか、あまりにも暑いと喚くリオンが煩くてジャグジーに水を張って涼んでくればいいと告げた事があり、結果的にはウーヴェもディレクターズチェアとワインを運び込んで自宅のバスルームで水辺のピクニックを楽しんだのだが、今年の夏もそれをするのかと笑えばもちろんと返される。
 「美味しいワインを今から選んでおいて、今度はベルトランに料理を作って貰おう!」
 「……馬鹿にされるから止めておけ」
 「えー、なんでだよ。馬鹿になんかされねぇし、笑うなら笑えばいいって」
 横臥して頬杖を付いたリオンがにやりと笑みを浮かべ、その笑みにどきりとしつつもウーヴェが溜息を吐いて苦笑すると、ソファから立ち上がってわざとリオンの腰辺りを踏みつけていく。
 「んぎゃ!」
 「……ああ、そんなところに誰かさんが転がっているからなぁ」
 ふふんと鼻先で冷たく笑いながら涙目で睨んでくる恋人を見下ろしたウーヴェは、がるるるると吼え始めた獣の気配に気付いて素早く立ち退くと、そのままリビングを飛び出してキッチンへと駆け込む。
 「この野郎!」
 逃げ込んだウーヴェを追いかける為に勢いよく起き上がってそのまま駆けだしたリオンは、階下の住人に迷惑になるから走るなと言われてもそんな事は知らないと嘯き、呆れた顔でウーヴェが冷蔵庫からガラスの保存容器とヨーグルトのパックを、冷凍庫からバニラアイスを取り出すと、決してリオンが逆らうことの出来ない笑みを浮かべて棚を指さす。
 「ヨーグルトとアイスだとどちらが好きだ?」
 「へ?んー…んー……今日はアイス!」
 「分かった。器を出してくれ。ああ、マグカップでも良いぞ」
 「いやっほぅ!」
 幼い頃の夢だったマグカップに入れたアイスを食べる夢を叶えてやろうと、胸を張って片目を閉じるウーヴェに大好きと叫んだリオンが、獰猛な獣の顔から手懐けられても牙を忘れていない獣の顔で頷き、ぐりぐりとウーヴェの首筋に顔を埋めて嬉しさを表現する。
 「こらっ!」
 首筋に強い圧迫を感じると恐怖を覚えるはずのウーヴェが困惑しつつも楽しそうな声でリオンのくすんだ金髪に手を宛がって押しのけようとするが、オーヴェ大好きともう一声吼えられて首筋を舐められ、かくんと膝が崩れ落ちそうになった為に作業台にも食卓にもなるテーブルに手を着いて慌てて身体を支える。
 「リオンっ!」
 調子に乗っているんじゃないと叫ばれて舌を出した顔で鼻歌などを歌い出したリオンをじろりと睨み、早く器を出せとその背中を声で押せばマグカップが二つそっと差し出される。
 「今日は何を載せるんだ?」
 「この間はイチゴだったが、今日はヨハニスベーレンを貰った」
 「げー、酸っぱいって、あれ!」
 「うん?だから食べやすいようにコンポートにしたんだが、食べないか?」
 食べ物に対しての不満を口にすることは少ないリオンが顔を顰めた為にくすりと笑みを零したウーヴェがその顔を覗き込むように上目遣いで見つめ、甘くて美味しいコンポートが出来上がったと片目を閉じた為、じわりじわりとリオンの顔に笑みが浮かび上がる。
 「そぉんな事なら…食べましょう?」
 「無理に食べて貰わなくても問題ありませんが?」
 「いやいや、せっかく作ってくれたのだから、一人で全部食ってやる!」
 「こらっ!」
 どれだけ食べるかの攻防を笑み混じりの不気味なやり取りで繰り広げ、結果バニラアイスの上にフルーツソースのようにヨハニスベーレンとその煮汁を掛けたウーヴェの背中から抱きついたリオンは、肩越しに覗き込みながら嬉しそうに顔を輝かせる。
 この恋人と付き合うようになってから気付いたのだが、食べ物を目の前にするときや食べているときは本当に美味しそうな顔をし、見ているこちらをも幸福感に包んでくれるような表情で出された料理を平らげるのだ。
 例えそれがウーヴェとしてはあり得ない不味さの料理であっても美味いと言って食い尽くし、最後には必ずいつも美味しい料理をありがとうと笑顔で言ってくれるのだ。
 その一言の為に面倒な手順をしっかりと踏まえて料理を作っていると言っても過言ではないウーヴェは、コンポートを作りながらリオンがどんな顔をするかを想像し、その笑顔が見れるようにと祈りを込めていたのだ。
 その願いが通じたのかどうなのか、二人分のアイスとヨーグルトにそれぞれヨハニスベーレンのコンポートを掛けたものをリビングに持って行くのを見送ったウーヴェは、その背中が本当に嬉しそうにしている事に気付いて安堵に胸を撫で下ろし、水のボトルとグラスを持ってリオンを追いかければ、ソファに腰を下ろしてウーヴェがやってくるのを今か今かと待ち構えていて、その姿がまるで好物を前にした子供そのものだった為、ついウーヴェが小さく吹き出してしまう。
 「オーヴェ?早く食おうぜ」
 「…ああ」
 隣に腰掛けてヨーグルト入りのマグカップを手に取れば、リオンがアイス入りのカップを手に取り、甘酸っぱいコンポートと一緒にアイスを一口食べる。
 「……酸っぱ……っ!!」
 どうやら酸味が強いものは苦手なのか、ウーヴェにとっては心地よい酸味と甘みのバランスのそれがリオンにとっては酸味の強いものに感じるのか、顔を覗き込めば酸味の強いものを食べた人特有の顔の顰め方をして小刻みに顔が揺れていて、それがおかしくて小さく吹き出せばじろりと睨まれる。
 「笑ったな、オーヴェ」
 「…お前の顔がおかしいから、だろう?」
 くすくすと笑いつつリオンを見つめて肩を竦めたウーヴェは、ヨーグルトスプーンで掬って口に放り込もうとした寸前に手首を掴まれ、スプーンが隣へと運ばれたことに目を瞠るが、程なくして聞こえてきた二つで更に酸っぱいと言う言葉に苦笑する。
 「バニラアイスじゃないんだ、酸っぱいに決まっているだろう?」
 「オーヴェの意地悪っ!」
 再びがるるるると吼え始めたリオンにウーヴェが身の危険を察してカップを置いてソファの上で身体を反らせるが、すぐに肘置きとクッションに阻まれて身動きが取れなくなる。
 「オーヴェ」
 「……何だ…っ!」
 にたりと笑いながらウーヴェの腰に跨がったリオンが片手でカップを引き寄せ、片手でウーヴェの顎を固定すると、口を開けてと歯科医のように囁いて目を細める。
 「…イヤだ」
 「はいはい、小さな子供みたいに我が儘を言わないの」
 「子供は…!」
 お前だろうと叫ぼうとした時、スプーンに載せられたバニラアイスとヨハニスベーレンのコンポートが開いた口に突っ込まれてしまい、目を白黒させるが何とかそれを口内に移動させてスプーンを舌を使って押し出す。
 「……どうだ?」
 「…アイスと混ざって甘くて美味しいな」
 「んー…俺的にはもうちょっと甘くても好きかな」
 「そうか?」
 「うん。────これぐらい」
 リオンがにたりと笑みを深めた直後、表情とは裏腹な優しさでウーヴェの唇を舐めてキスをし、甘さを確かめるように舌を差し入れて口内を堪能すると、小さな音を立てて唇を離す。
 「な?」
 「……な、じゃないっ!」
 突然のアイスの味を確かめるような、夜の顔を彷彿とさせるような濃厚なキスをされて真っ赤になったウーヴェが語気を荒げるが、リオンはと言えばけろりとした顔でこのぐらいの方が美味いだろうと笑みを深くする。
 その顔がやはり嬉しいし逆らえないものだったが、素直に認めるには悔しくて、視線を逸らしつつ気が向けば今度はこのぐらいにしてやると口早に告げれば、鼻先に感謝を表すキスが落とされる。
 「ダン、オーヴェ」
 「……重いから降りろっ!」
 「我が儘な陛下だなぁ」
 どちらが我が儘だと叫びたいのをぐっと堪え、リオンの足の下から抜け出したウーヴェは、カップの中でヨーグルトが熱によって柔らかくなってきたことに気付いて慌てて食べ始める。
 「あー…美味いっ!一気に涼しくなったなぁ」
 「そうだな」
 「今度はラズベリーが良いなぁ」
 「手に入れば作ってやろうか?」
 「うん。期待してる!」
 のんびりと言葉を交わし、アイスとヨーグルトを食べる二人だったが、そんな二人を窓の外を流れる夏の顔をした雲が微笑ましそうに見守っているのだった。


2011.06.21-07.25


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