WebClap 17

 最近ではすっかり春めいてきている為に油断したのか、休日の朝、ベッドから起き上がり、恋人の為に朝食の用意に取りかかったウーヴェは喉の変調に気付いていた。
 朝食の支度を全て終えてベッドルームに戻り、ダブルベッドのど真ん中で大の字になって眠りこけている年下の恋人にただ溜息を零したウーヴェは、それでも起こして仕事に行かなければならない事を教える為にベッドサイドに腰掛けて素肌の肩をそっと揺さぶる。
 「リオン、起きろ」
 恋人がその一声で起きてくれれば良いのにと微かに期待を抱くが、それをいとも容易く打ち破ったリオンの口からは穏やかな寝息が流れ出しているだけだった。
 「リーオ」
 余り大きな声を出せないんだと苦笑しながらもう一度名を呼んで肩を揺さぶったウーヴェは、この世で最大の不満を訴える地を這うような声を聞き、安堵の溜息を零す。
 「グリュース・ゴット、リーオ」
 「………ゴッ…オーヴェ…」
 眠気に取り込まれたままの声で朝の挨拶を交わしてベッドに座り込んだリオンの前髪を掻き上げ、朝食の用意が出来ている事をウーヴェが告げるが、その手を掴まれて恐ろしいほど真剣な青い眼に見据えられて鼓動を早めてしまう。
 「リオン?」
 「オーヴェ、風邪引いたのか?」
 「…風邪気味かも知れないな」
 だから今日は出かける予定を変更して家で一日大人しく本を読んでいると肩を竦めると、リオンがサイドテーブルに置いてあった水を飲んだ後、そっとウーヴェの頬を両手で挟んで唇を重ねてくる。
 ごく自然にそれを受け入れて受け止め、同じようにキスを返したウーヴェの耳にリオンのひっそりとした声が流れ込んで眼鏡の下で瞬きを繰り返す。
 「…昨日さ、俺が頑張りすぎてオーヴェの喉を痛めさせたかと思った」
 「……………朝からそんな事を言うのなら、チーズ入りのゼンメルサンドは俺が食べる」
 「ちょ、ごめっ、ごめんなさい、オーヴェっ!」
 俺の好物を食わないでとわめくリオンの前で両手で耳を塞ぎ、ああ煩いと呟いたウーヴェは、さっさと着替えて来いと冷めた視線を流してベッドから立ち上がる。
 「ん、了解!」
 「オムレツはどうする?」
 「あ、今日はアリーセが作ってくれたスクランブルエッグが食いたい!」
 「分かった。作ってやるから早く来いよ」
 「うん」
 口では煩いと良い、綺麗なターコイズに冷めた色を浮かべつつも、リオンの為の朝食に何を食べたいのかと問いかけてくれる恋人に感謝しつつベッドから飛び降り、クローゼットのドアを開け放っていつの間にかリオンの衣類を納めるようになった棚の前で手早く着替えを済ませる。
 その姿を見つつ苦笑し、念を押すように早く来いと告げたウーヴェは、元気いっぱいの声を背中で聞きながら再度ベッドルームを後にしてキッチンへと向かうと、先程リクエストのあったスクランブルエッグを作る為に冷蔵庫を開けて材料を取り出すのだった。

 朝食を食べ終えて出勤の支度を終えたリオンは、エプロンを着けたまま玄関ポーチまでやってくるウーヴェの頬に手を宛がった後白い髪に差し入れてそっと顔を寄せる。
 「……ん…」
 「今日は俺が帰ってくるまで大人しくしてるんだぜ、オーヴェ」
 「ああ」
 「リビングのソファで読書も禁止だからな?本を読むのならベッドの中でだけ。カウチソファで居眠りも禁止!」
 「分かったから早く行かないと遅刻するぞ」
 くどくどくどくどと言い続けるリオンに心底呆れた様な溜息を零したウーヴェだったが、それもこれも自分を思ってのことだと思い直し、リオンの束ねられている金髪を掴むように両腕を回して首筋の後ろで輪を作る。
 「…ダンケ、リーオ」
 「うん。なるべく早く帰ってくるから、喉を悪化させちゃだめだからな、オーヴェ」
 「分かった。……お前が作ってくれた命の水を飲んで待っている」
 だから早く帰ってきてくれとリオンにもたれ掛かりながら囁いたウーヴェに嬉しそうな気配が伝わり、じゃあと片手を挙げて離れていく。
 「何かあればすぐに連絡をくれよ!」
 「はいはい」
 自分は子供ではないとさすがに口を尖らせて拳を腰に宛がったウーヴェは、心配の中にも絶対に己との約束を守ってくれるだろうという信頼を見つけ、そこまで信頼されているのならば裏切るようなことは止めておこうと苦笑しつつキッチンでマグカップに命の水を注ぐと、朝食の後片付けはリオンが戻ってきてから一度にしてしまおうと決め、心配性の恋人の言葉に従う様にベッドルームに戻る。
 壁際のデスクに積んであった参考図書を何冊かと、先程朝食を食べ終えた後にリオンが作ってくれた命の水と呼んでいる優しい味のそれを満たしたマグカップをサイドテーブルに置くと、ベッドヘッドにいくつかクッションを立て掛けて背もたれにし、暖かなベッドの中でほぼ一日を過ごすのだった。

 帰宅した時にウーヴェの喉の調子が悪化していない事に嬉しさを抑えきれなかったリオンがその夜も好き放題に快楽の海に沈めた結果、翌朝も喉の調子が悪くなってしまうのだが、じろりと無言で睨むウーヴェにただひたすら謝り倒すのだった。 


2011.03.21-04.20


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