WebClap 15

 「オーヴェぇ、あーけーてー!!」
 「!?」
 今日は職場の愉快な仲間達と飲みに行くと言っていたリオンだったが、そろそろ日付も変わろうかという頃、ウーヴェの部屋のベルがけたたましく鳴り響き、次いでドンドンとドアをノック-と言うよりは殴りつけていると言った方が相応しい-音と、明らかに酔っ払っている者特有の陽気な声が響き出す。
 リビングのソファを定位置にするテディベアの足を枕にごろ寝をしていたウーヴェは、突然のその音に文字通り飛び上がってソファから転がり落ちそうになり、慌てて手を伸ばしてテーブルで身体を支える。
 「あーけーてー!!!」
 いつまでもしつこく鳴り続けるベルとノックと開けてくれの声に、このフロアに自分の家だけしかない事にこれ程感謝した事はないと思いながら廊下を大股に進んでドアを開け放つと、矩形に切り抜かれた光の中に近所迷惑で訴えられかねない行為をする刑事が陽気な顔で立っていた。
 「ハロ、オーヴェ!」
 「ハロじゃないだろう!?」
 今何時だと思っているんだと、周囲にはリオン以外誰もいない筈なのに思わず顔を突き出して周囲を確認したウーヴェは、きょとんと目を丸くするリオンの腕を掴んで家の中に引きずり込もうとする。
 「わ、わ、ちょっと待ってくれよ、オーヴェ!友達を連れてきたから!!」
 ウーヴェのその行為を押し止めるように慌てた声を挙げ、奇妙なことを呟いたリオンの前、ウーヴェが形の良い眉をくっきりと寄せて友達だと、と声を低くする。
 「ん、お友達」
 「!?」
 リオンが光の外から引きずり込んだのは、リオンの肩ぐらいの高さがある人形だった。
 元々どんな店先に飾られているのかは不明だが、シルクハットとステッキを手にしたキリギリスが優雅に腰を折っている、そんな意匠の人形だったのだろうが、ウーヴェが目にしたのは、無惨にも首が不自然な角度に折れ曲がり、シルクハットも彼方此方が凹んでいてステッキなどは先の半分が紛失している、目も当てられないような悲惨な姿の彼-もしくは彼女-だった。
 「お前、それを一体何処で…」
 「またまたー!俺の友達にそれなんて言うなよ、オーヴェぇ!」
 取り敢えず玄関ロビーで騒がれるのを阻止するため、リオンが友人だと言い張る彼もしくは彼女を廊下に引っ張り込み、なー、俺の親友と陽気な声でぺしぺしとシルクハットを叩き付けるリオンをじろりと睨んだウーヴェは、朝になってすっかりと酔いが醒めた時にも同じ言葉を言えるのかとぼそりと呟き、リオンの首を傾げさせる。
 「オーヴェ?」
 「何でもない。……確かにお前に友達が多い事は知っているが…昆虫にも友達がいたとは知らなかったな」
 これは自分の認識を改めなければならないと醒めた目つきで友人二人を見つめると、リオンがパチパチと瞬きを繰り返し、俺の友達だからオーヴェの友達にもならないかと問いかけてくる。
 「残念だが、昆虫の友達は遠慮したいな」
 「種族を越えた友情ってのはアリだと思うんだけどなー」
 うちの職場にいるグレッグやハリーなどは本当に友達だから、きっとこのキリギリス氏ともお友達になれると顎に手を宛い、その友人の頭に肘を突いて考え込んだリオンにグレッグやハリーという友達の名前は初めて聞いたと苦笑すれば、突き抜けたような笑みで教えられる。
 「ああ、だってグレッグやハリーは警察犬だから」
 お前は警察犬と店の宣伝で作られたであろう人形とを同列に並べるのかと思わず素直に呟いたウーヴェに、それは差別だと訳の分からない事をリオンが言いだし、深々と溜息を吐いて額に手を宛う。
 「なー。そんなことを言う人とは一緒に寝られませんからねー」
 「…………昆虫の人形と一緒に寝るつもりなのか、お前は」
 それとも、種族を越えた友情を確認しあったグレッグとハリーと一緒に寝るのかと、恐ろしく瞼を平らにしたウーヴェが低く問いかければ、あいつらの毛皮は最高に気持ちが良いんだと返されて絶句する。
 「………分かった、好きにしろ」
 「オーヴェ?」
 「麗しい異種族間の情愛を再確認するためにグレッグとハリーと一緒寝ても良いぞ?彼らだけで寂しいのなら、そちらのキリギリス氏にもご一緒して貰えばどうだ?」
 それはそれは綺麗な文句の付けようのない綺麗な笑みを浮かべたウーヴェが、掌を廊下の先、つまりは玄関ロビーへと向け、よろしければドアの外で皆仲良く一緒に眠ればどうだ、外は寒いだろうからブランケットの一枚ぐらい提供するが、犬の毛皮があれば不要かなと言い放った為、リオンの赤かった顔が一気に青くなる。
 「無理だって、オーヴェ、無理むりっ!!」
 今外で寝れば間違いなく死んじゃう、アイスマンになっちゃうと、目の青さを顔中に広げたリオンが必至に拒否するが、遠慮などするな、毛皮のない自分と一緒に寝るよりも毛皮のある友人の方が良いのだろうと笑顔で告げた時、今度はリオンの瞼が真っ平らになる。
 「もー。嫉妬すんなって、オーヴェ」
 さっきは友人のキリギリス氏の頭に腕を載せていたが、今度はウーヴェの肩に腕を回したリオンは、己の腕が触れた箇所から凍り付きそうな気配を察し、酔っぱらいとは思えない素早い身のこなしで廊下の壁に背中を貼り付ける。
 「ごごごごごめん、オーヴェっ!」
 「何か言ったかね、リオン・フーベルト?」
 さっきの笑顔などまだまだ序の口だというような、太陽すら凍り付かせるような冷えた声にリオンが竦み上がり、キリギリス氏の不自然な方を向いている頭に縋り付くように抱きつくと、ミシミシと不気味な音が流れ出す。
 「ななな何でもありませんっ!!」
 「そうか?今嫉妬するな、とか聞こえたんだが?」
 ウーヴェが笑顔でリオンの顎をくいっと持ち上げると、その顔がぷるぷると左右に激しく振られ、何でもないと震えた声が流れ出す。
 「─────良いか、ベッドルームにキリギリス氏を連れてくるなよ?」
 例え友達であっても見せたくない顔もあるから遠慮して貰うんだと笑顔でリオンに告げたウーヴェは、金髪が激しく上下する事に小さく溜息を零し、やっと目元を和らげてリオンの頬を撫でる。
 「…お帰り、リオン」
 「あー……うん。ただいま、オーヴェ!」
今日の飲み会は楽しかったのかと問われてもう最高に楽しかったと笑ったリオンは、恋人の機嫌がやっと直った事に安堵し、抱えていたキリギリス氏の頭を手放すと、許しを請うようにウーヴェの背中に腕を回す。
 「まったく。友達に来て貰うのなら時間を考えろ」
 「へへ。ごめん、オーヴェ」
 すごく楽しくて美味しい酒を貰ったからつい浮かれてしまったと反省したリオンは、ただいまのキスをしようとするが、酒臭いから止めろと睨まれてがっくりと肩を落とす。
 「……ベッドは…」
 やっぱり酒臭いからベッドにも入れて貰えないのかと、上目遣いで伺いを立ててくるリオンに腕を組んだウーヴェは、ベッドルームのソファなら空いているとにべもなく返し、更にリオンを落ち込ませる。
 「…くすん」
 「泣き真似をしても無駄だぞ、リオン」
 キリギリス氏をその場に残し、肩を並べてベッドルームへ向かう二人だったが、口では嫌だの何だのと言いながらも互いの腰にしっかりと腕を回して身を寄せていた。
 「ブランケットだけじゃ寒いー、オーヴェぇー!」
 「だから、グレッグとハリーに来て貰えばどうだ?」
 「あいつらは今頃署のオリで寝てるって!」
 だからお願い、ベッドで一緒に寝させてと懇願するリオンに、意趣返しのようにどうしようかなと意地の悪いことを呟きつつベッドルームのドアを開けたウーヴェは、本当に情けない顔で見つめてくるリオンに小さく苦笑し 、仕方がないと甘い顔を見せる。
 「ほら、顔を洗って歯を磨いてこい」
 でなければまた、あの絵に描いたようなマッドサイエンティストの歯医者、アロイスのクリニックに通わなければならないぞと告げて腰を拳で一つ叩くと、リオンが心底げっそりした顔で天井を睨み、ラジャーと呟いてベッドルームにあるバスルームへと飛び込むのだった。
 その様を後ろ手でウーヴェがドアを閉めるまで廊下から見守っていたキリギリス氏は、翌朝素面に戻ったリオンが、ウーヴェに命じられるままにゴミに出されてしまうまで、不自然な方を向いたままで夜を越すのだった。


2011.01.19-2011.02.19


Page Top