WebClap 10

 「…やっぱりさぁ、これはコイントスで決めようぜ、オーヴェ」
 「……何故?」
 やけに真剣な顔をした二人の間にこれまたやけにぴりぴりした空気が漂い、深々と溜息を吐いたリオンは、どうしてそこまで頑なになるんだとくすんだ金髪を掻きむしった後、ジーンズのポケットからコインを取り出す。
 「良いな、オーヴェ?」
 問答無用だと言い放ち、裏か表かと問い掛けたリオンに、何やら随分と納得のいかない顔で腕を組み替えたウーヴェだったが、どちらかを言わない限り先に進めない事に気付き、表と素っ気なく言い放つ。
 「じゃあ俺は裏な」
 アインス、ツヴァイ、ドライと掛け声を掛けながらコインを指で弾き、くるくると回転しながら落ちてきたそれを手の甲で受け止める。
 「ファイナルアンサー?」
 「ああ」
 早く答えを教えろと、メガネの奥の双眸を珍しくぎらりと光らせる恋人に器用に肩を竦め、ぱっと手を離せばコインは裏を見せてきらりと光っていた。
 「俺の勝ちだ!」
 「………気にくわないな」
 「へ!?」
 リオンが歓喜の声を挙げる前、ターコイズを真っ平らにした瞼で半分ほど隠したウーヴェがぼそりと呟き、リオンが何かを言う寄りも早くに手を伸ばして二人の間に鎮座していた皿を取り上げる。
 「あー!!オーヴェ、それ、反則!!」
 「どうして反則なんだ?」
 「俺が勝ったのに何でオーヴェが食うんだよ!」
 一体何の為にコイントスをしたのかが分からないと叫んだ後、ウーヴェの手から皿を奪い返したリオンは、小首を傾げた恋人を小さい子供にする様に睨んだ後、皿の上に残っていた一切れのタルトを食べる為に口を大きく開け、そのままの姿で固まってしまう。
 「………食べるのか?なぁ、リーオ。食べるんだ…?」
 「…………ぅ」
 「俺の好物だと知ってるのに、最後の一切れだとも分かってるのに…食べるのか?」
 「……………」
 ウーヴェの声に潜む悲哀に気付かないリオンではなかったが、ベルトランがわざわざ持参してくれた絶品のリンゴのタルトなのだ。最後の一切れは譲れなかった。
 だらだらと冷や汗を流しながら、食べると言えばどうすると恐る恐る問い掛けてみたリオンは、直後に激しく後悔する。
 メガネの奥の双眸が哀しげに細められたかと思うと、この世の終わりに直面した人間のような顔でソファに力なく座り込んでマイスターシャーレを象ったクッションを抱え、もう一方の腕で異常な大きさを誇るテディベアを抱き寄せ、あろう事か小さく鼻を啜りだしたのだ。
 「え?ちょ、オーヴェ?」
 まさかリンゴのタルトを食えないぐらいで泣くのかと、食っても良いからお願いだから泣かないでくれと慌てふためいたリオンがウーヴェの前に膝を着いてその顔を覗き込み、思いきり青い目を瞠る。
 「────ダンケ、リーオ。食べても良いんだろう?有り難く頂くとしよう」
 「げっ!!」
 リオンが慌てたその隙を突き、ウーヴェの白くて長いキレイな指がタルトを取り上げ、呆気に取られるリオンの前で一口囓ったのだ。
 「騙したなぁ!!」
 「別に騙していないぞ?俺はただ本当に食べるのかと聞いただけだ」
 今にも泣きそうな顔をしていた癖にと、吼えるリオンにふふんと鼻先で笑ったウーヴェは、がるるるると獣のように吼える恋人の頭を何度か撫で、美味しいタルトを譲ってくれる心優しい恋人がいる自分は何て幸せなんだろうと文字通り幸せそうな笑みを浮かべる。
 己の恋人が酒とタルトが絡めば目の色どころか人格すら変わる、その事に改めて気付いたリオンは、己の純情を踏みにじられた悔しさとやるせなさをどうやって発散させようか思案し、ウーヴェが完全にタルトを食べ終えると同時に笑みを浮かべて伸び上がる。
 「オーヴェ」
 「何だ?」
 「さっきのコイントス、俺が勝ったから俺の言う事を聞くってのはどうだ?」
 ああ、そうだ。先に言っておくが、Neinも反対も断固拒否もナシな?
 ウーヴェの言葉の先を読んで笑みを浮かべ、沈黙した隙にキス10回と片目を閉じる。
 「……10回もするのか?」
 「本当は100回でも1000回でもして欲しいけど、それはこれからのお楽しみと言う事で、取り敢えず、────ん」
 躊躇うように視線を彷徨わせるウーヴェに笑みを浮かべて顎を上げ、ほら早くと強請ればそっとキスが降ってくる。
 ウーヴェのキスを数えながら最後の一回を迎えようとした寸前、ウーヴェの白とも銀ともつかない頭を抱え込んで逃げられないようにすると、触れるだけのキスからしっかりと唇を重ねて歯列を割り、口内で驚きに竦む舌を絡め取って息苦しさすら感じるキスへと切り替える。
 「────っ!!」
 不意のそれに息苦しいと訴えるウーヴェの動きを無視せずにしっかりとキスで封じたリオンは、口内に溢れるリンゴのタルトの微かなそれを好きなだけ味わうと、小さく音を立ててウーヴェを自由にするが、ウーヴェはと言えばリオンの腕の中で力が抜けたように身を丸めようとするだけだった。
 「腰抜けたか?」
 「……ぅるさいっ、バカタレっ!!」
 「はいはい」
 「────っ!!」
 その文句が照れ隠しであることを最近感づいたリオンがひょいと肩を竦め、ソファに座るウーヴェの腕をいっそ恭しい態度で手に取るとベッドに行こうと低く囁く。
 「お前の言う事は今聞いただろう!?」
 「うん。でも、ほら────お前も望んでるだろ?」
 リオンにしっかりと見抜かれている身体の変調に唇を噛むが、こうなってしまえばどうすることも出来ず、悔し紛れにリオンの鼻を摘んでやる。
 「ふぐっ!!」
 「────バカタレっ、リオンのバカ」
 「はいはい。バカで結構ですよーだ。でもそんなバカに惚れてるのは何処のどなたでしょうねぇ?」
 「!!」
 ウーヴェの文句にリオンがにやりと笑みを浮かべ、鼻を摘んでいた手を掴んで離させるとさっさとベッドに行くぞと腕を引き、真っ赤になってしまったウーヴェに内心ほくそ笑む。
 リンゴのタルトの最後の一切れを食べる事は出来なかったが、こんなにも可愛い顔を見ることが出来たのだ。タルトを譲ってやって良かったと頷き、大人しくなったウーヴェをぽいっとベッドに投げると、反論をする暇を与えずに押さえつけて服を脱がしていくのだった。 


2010.08.23 - 2010.09.23


Page Top