テレビからキーパーの雄叫びが響き渡り、解説者が悲鳴にも似た声を挙げた瞬間だった。
「クソっ!!」
その声が響き渡ったとき、メガネの奥の双眸を細めたウーヴェは、目の前に舞い上がった円形のクッションの行く末に思いを馳せて溜息を吐く。
「なぁんでアレを外す!?ヘタクソ!!」
テレビで見ている俺が読めるキーパーの動きに何故釣られてしまうのかと、落ちてきたクッションに拳を突き出して再度宙に舞い上がらせたリオンが一頻り罵詈雑言を並べ立てて息切れした頃を見計らい、足を組み替えたウーヴェがこほんと咳払いをする。
「…………ぁ」
「気が晴れたかね、リオン・フーベルト?」
ぼふっと頭上に落下してきたマイスターシャーレを象ったクッションをぎゅっと抱き締め、少し前の己の言動に気付いたリオンの顔からだらだらと汗が流れ落ちる。
「あ…え、と…その………えー……」
「何だね?」
こほんともう一つ咳払いをし、恐る恐る振り返った顔を無表情に見下ろしたウーヴェの前、大きな体が小さくなり、ついには勢いよく振り返って膝頭に両手をついて見上げてくる。
その、まるで叱られた大型犬の様な顔で見つめられてしまうと心だけではなく脳味噌もぐらりと揺れてしまいそうになるが、先程垂れ流しにされた罵詈雑言の事だけは釘を刺さなければならないため、肺の中を空にするような溜息を吐いた後、情けない顔で見上げてくる恋人の額の前、親指と中指で輪を作る。
「?─────ぃでっ!!」
「何度言えば分かるんだ?ん?」
「痛い痛いっ!!オーヴェ、ごめんっ!!」
びしっと額を弾いた後、ピアス穴が盛大に開いている耳を思い切り引っ張れば、悲鳴を上げながらごめんを繰り返す。
「だってさぁ、PKを外したあいつが…っ!!」
「人のせいにするな」
何時かも言ったが、人を余り口汚く罵るなと言っただろうと、じろりとターコイズで睨み付ければ、頭を押さえるように手で庇い、その場に蹲るように小さくなる。
「ごめんっ!!」
小さな子供か何かのように大きな体を丸めて謝罪を繰り返すリオンに、ふんと鼻息荒く息を吹き掛けたウーヴェは、宙に放り投げられ受け止められた後ぎりぎりと締め付けられて挙げ句放り出されてしまっていた円形のクッションを手に取り、ぽんぽんと叩いて形を整える。
「あまりそんな言葉を使うのなら、家でサッカーの観戦は禁止にするぞ?」
「冗談じゃねぇ!!ここでオーヴェと一緒にサッカーを見るのが俺の唯一の楽しみなのにっ!!」
その楽しみを奪おうと言うのならば、例えそれがオーヴェであっても許さないと、青い目に怒りを蓄えてぎろりと睨むが、訳の分からないことを言うなとスパンと切り替えされて喉が詰まったような声を出す。
「……ぁう゛」
「昨日は確か俺が作る料理を食べるのが唯一の楽しみだと言っていなかったか?ん?」
だらだらと冷や汗を流す顎に人差し指を宛ってくいっと持ち上げたウーヴェと視線を重ねずに左右へと忙しく動かしたリオンだが、ふぅと溜息を吐いて両手を肩より上に突き出して器用に肩を竦める。
「ギブ。確かに言ったけどさぁ…」
どっちも本当に唯一の楽しみなのだから間違ってはいないと、やけに自信満々に答えられてさすがに呆気に取られたウーヴェの手を掴んだリオンは、いつも時計の下で隠れている右手首の内側に唇を押し当ててキスをする。
「こら」
「あー。でもあれか。サッカーも好きだし、オーヴェが作ってくれるメシも楽しみだけど、これも捨てがたいよなぁ」
「?」
ウーヴェが何だと小首を傾げた瞬間、リオンが勢いよく腕を引いた為にソファに座っていた身体が引きずり下ろされてしまい、その上両手を広げて待ちかまえていたリオンの胸にぶつかるように抱き留められる。
「リオンっ!!」
危ないだろうと目を吊り上げるウーヴェの背中をぽんと叩いたリオンは、そのままラグが敷いてある床に寝転がり、己の上から起き上がろうとする恋人の細い腰をしっかりと抱き締める。
「オーヴェ」
「何だっ」
「─────ん」
そっと名を呼んで視線をしっかりと重ねると、微かに顎を持ち上げる。
その態度から何を求めているのかを理解したウーヴェだが、さっきの怒りをまだ忘れてはいない事を示すよう、そっと手を持ち上げた後、リオンの頬を一つ撫でて唇を指で摘む。
「むぐっ!!」
思っていたものとは違う衝撃が訪れた為、青い目を白黒させたリオンに目を細め、ふふんと鼻先で笑いながら唇を引っ張れば、痛いと言っているような音が手の中でもごもごと響き渡る。
「何を言っているのか分からないぞ?」
「ぶはっ!────イジワルオーヴェなんかこうしてやるっ!!」
リオンの胸に腕を付いて顎を支え、勝ち誇った顔で見下ろしてくるウーヴェの手からやっと自由を取り戻したリオンは、驚いた恋人が何かを言う前にごろりと寝返りを打って分厚い胸板の下敷きにした後、有無を言わさないで薄く開いていた唇を塞ぎに掛かる。
「────ん…っ…っ、…」
僅かに躊躇うような舌を追いかけて強引に口内に舌を差し入れ、奥へと逃げるそれを絡め取れば、鼻から抜けるような小さな声が二人の間に弾けて消える。
上下の歯列をなぞり歯茎の裏も舐めていけば、リオンの下でウーヴェが微かに身動ぎ、伸びていた足が曲げられて立てた膝で逆にリオンの身体を挟み込む。
その挑発のような行為にキスをしながら思わずにやりと笑ったリオンは、一度唇を離して大きく息を吸い込んだのを見計らった後、素早くメガネを奪い取ると同時にもう一度さっきと同じように口を塞ぐ。
「ん……っ…っふ、…っん…」
再び鼻から抜けていくような呼気混じりの声に身体をずらして立てた膝で己の腰を挟む足をそろりと撫でれば、腹の下でびくんと腰が揺れる。
「……な、オーヴェ」
「な…んだ…?」
漸く離れたリオンが苦しそうに眉を寄せるウーヴェの耳朶にキスをし、そのまま耳の穴に舌を差し入れながら不明瞭な声で名を呼ぶと、息切れしたまま何だと問い返され、音を立てて頬にキスをする。
「続き、しても良いか?」
リビングでまだ外も明るいし二人揃っての楽しい食事をする前だが、このままここで抱いても良いかと問われ、ウーヴェの全身がびくんと竦む。
「なぁ、オーヴェ」
良いだろうと強請られてしまい、理性ではナインと言いながらも本能では受け入れてしまいそうになり、唇を軽く噛んで顔を背けるが、痛いほど見つめられている事に気付き、溜息混じりに分かったと答えてしまう。
「サッカーを見るのも、作ってくれたメシを食うのもそうだけどさ、やっぱり俺はオーヴェと二人で何かをするのが唯一の楽しみなんだ」
ちらりと見えたその顔があまりにも嬉しそうで、仕方がないと己の後の行動を先に言い訳し、確かに二人で同じ事をするのは楽しいと苦笑する。
一人で静かに本を読んでいるのも好きだが、テレビを見るリオンの傍で本を読んでいるのも捨てがたかったし、また騒ぎながらもスキンシップが出来る今が何よりも大切で楽しいのだと気付き、ターコイズに情を滲ませて半ば目を伏せる。
そうして軽く顎を持ち上げて先程のリオンと同じような表情を浮かべれば、子供のような顔が一瞬にして男そのものに切り替わり、自分と同じ思いを持っている事を教えてくれる様なキスをされて目を閉じるのだった。
2010.05.20-06.26


