あちらこちらに跳ねるくすんだ金髪をブラシで梳いていく。
寝る前に大雑把に水気を拭いただけでしっかりと乾かさなかったからか、毛先が絡み合っていて、梳く度に痛みを訴える小さな声が上がる。
バスルームの洗面台の前、ゆったりと座れるワイヤーチェアにリオンを座らせ、欠伸を噛み殺す顔を鏡越しに見ながら髪を梳いていたウーヴェは、絡み合っていたものが解けてふわりと肩に掛かったことに満足げな溜息を吐く。
どうも恋人は無頓着で、出掛ける前に手櫛で髪を整えた後、いつも持ち歩いているらしいゴムで髪を縛っているだけなのだが、ここにいる時やこの家から出勤する朝ぐらいは身嗜みを整えてからにして欲しかった。
それはウーヴェの秘かな願いであったが、恋人のそんな思いに気付いているのかいないのか、今朝もいつもの通りに髪をゴムで縛ろうとしていた為、半ば無理矢理このチェアに座らせたのだ。
「オーヴェ、適当で良いって」
「……お前は良くても俺が嫌だと言えばどうする?」
ぶつぶつと文句を垂れるリオンを鏡越しに睨み、あと少しで終わるから我慢をしろと言われて溜息を吐くが、何かに気付いたらしい碧い眼が大きく見開かれる。
「どうした?」
「……イイ匂い」
「?」
リオンの呟きに首を傾げたウーヴェは、金髪を手の中に握り、手早くゴムで括っていく。
こんな慣れない作業を手早くできるようになったのも、年下の恋人と付き合うようになってからだった。
過去に付き合ってきた女性達には、アクセサリーを着けてやったことすらなかったと、一年前を振り返って苦笑してしまう。
「ほら、出来たぞ」
「ん、ダンケ。すっきりした……あ」
そろそろ前髪も切った方が良いと、昨夜サッカーの録画を見ながら話していた事を思い出し、少し長めの方が好きだと何気なく感想を言った瞬間、ワイヤーチェアが移動し、気がつけばリオンの腿の上に乗り上げていた。
「リオンっ!」
「なぁ、今の方が好きか?」
見上げてくる双眸と言葉で問われるが、そのまま素直に返事をするのも悔しい為、どうだろうなと意地悪く返してそっぽを向き、眼鏡の縁を指で撫でる。
「────そっか」
「何がそうなんだ?」
「今の方が好きならこのままにしておこうかな」
「誰もそんな事は言っていないぞ?」
ムッとしつつ何故本心が読まれたのかが分からずに眉根を寄せれば、朝から見るには刺激が強すぎる笑みが浮かべられ、近付いた唇が顎にキスを残して離れていく。
「そっかそっか。でもあまり長すぎると目障りになってくるからなぁ」
その時は手入れをしてくれよとも笑い、音を立てて唇にキスをしてくるリオンを睨み、いっその事手入れの必要のないスキンヘッドにしてしまえと悔し紛れに吐き捨てる。
「スキンヘッドも意外と手入れが大変なんだぜ?」
毎日剃らなければ毛が生えてくるしと、知り合いの朝の手入れを思い出しているような顔で笑うリオンにつられて笑ってしまい、それは大変だと返す。
「だからさ、オーヴェが出来る時は今みたいにしてくれよ」
子供のような言葉で強請りながらもその表情は夜の色を濃く滲ませたもので、どきりと鼓動が一つ跳ねる。
「…気が向けばな」
「うん、それでいい」
オーヴェの事だから必ずやってくれるだろうと嬉しそうに呟かれ、何度目かの悔しさを紛らわせる為に、自らが縛った髪を握って軽く引っ張ってやる。
「ぁがっ!!」
かくんと顎を上げたリオンにやっと溜飲が下がり、小さく笑みを浮かべて見つめれば、への字に曲がった唇が不満を訴えてくる。
「機嫌を直せ」
自らがした結果なのだが、少しだけその不満顔が気の毒で、両端が下がった唇にキスをすると、あっという間に弧の両端が上がり、嬉しそうに目が細められる。
それを見るだけで楽しくなり、額と鼻先にキスをすればくすぐったいと返される。
「遊んでいると遅刻するな」
「本当だ」
洗面台の端に置いてある時計を見るとそろそろ家を出た方が良い頃になっていて、離れなければならない残念さを一方は押し殺し、一方は隠しもしないで表に出して立ち上がる。
「────行って来い、俺のキング」
「行ってくる」
頭半分高い場所にある顔を見上げて目を細め、送り出す習慣になっているキスをすれば、大事そうに受け止めた後、同じ思いを秘めたキスが返ってくる。
髪を整えてくれてありがとうと手を挙げる背中を見送り、恋人が帰ってくるまでの今日一日の休日をどう過ごそうか、伸びをしながら思案するのだった。
2010.04.19-05.19


