WebClap 01

 シャリ、と気持ちよい音が聞こえ、コンフォーターと分厚いブランケットを一纏めに握り、目元だけを出して窺うように見上げれば、くるくると赤と白の平らな紐が重力に従って伸びていく。
風邪をひくなど一体いつ以来だろうか。
 やけに頭が重いとは思っていたが、帰宅した途端有無を言わさずにベッドルームに連れて行かれ、身ぐるみ引っ剥がされてベッドに押し込まれた事を思えば、熱でもあったのだろうか。
 「なぁ、オーヴェ」
 「どうした?」
 赤と白の紐を作る作業を邪魔しないようにそっと呼びかければ、いつも優しい双眸がいつも以上の優しさと心配に彩られながら見つめてくる。
 「熱出てたか、俺?」
 素朴な疑問だった。だがウーヴェにしてみれば信じられない問いだったらしく、メガネの奥の双眸が最大限に見開かれて深々と溜息を吐かれ、ナイフとリンゴをナイトテーブルに置いたかと思うと、白い手が伸ばされてぺちりと額を叩かれる。
 「ぃて」
 「40度近くの熱を出していたのに気付かなかったのか?」
 「…げ」
 高熱が万が一数日間続けば、身体のあちらこちらに不具合が残る可能性があるぞ。
 呆れたような溜息を再度吐かれ、メガネを押し上げたウーヴェを上目遣いで見れば、全くと呟きながらリンゴを手に取る。
 「不具合って?」
 「そうだな…役に立たなくなる事もあるな」
 「ウソっ!!」
 小さく叫べばちらりとメガネの隙間から見下ろされ、口を尖らせればターコイズが楽しそうに細められる。
 遊ばれている事に気付き、コンフォーターと毛布を掴んではね除けた途端、素早く伸ばされた手が元の位置に戻してしまう。
 「本当に役に立たなくなっても良いのか?ん?」
 「~~~~オーヴェのいじめっ子!」
 まるでガキのように口を尖らせて頬を脹らませれば、それだけ言い返せる元気があるのならば大丈夫だなと、再度溜息をつきながらリンゴを切り分けていく。
 「リオン」
 「ん?」
 「食欲がないかも知れないが、これを食べろ」
 「うん」
 さすがに鼻の下まで毛布を被ったままでは食えない為、よいしょと掛け声をあげて起き上がれば、すかさずガウンが肩に掛けられる。
 その気遣いに感謝しながらリンゴを受け取って一口食べれば、甘い果汁が口の中に広がり、喉が渇いていたことを教えてくれる。
 「美味い」
 「そうか」
 どうやら食欲はあると判断したらしいウーヴェに笑顔で頷き、喉が渇いたと言えば用意してあった水を入れてくれる。
 これがもし逆でウーヴェを看病する事になった時、自分に同じ事が出来るだろうかと思案しつつリンゴを咀嚼すれば、甘さの中にも何か苦いものが混じり出す。
 同じ事はきっと天地がひっくり返っても出来ないだろう。
 己に出来る事は何だろうと思い浮かべようとするが出てくるものはなく、何だか情けない気分になってしまう。
 「リオン?」
 その気配を敏感に察したらしいウーヴェの言葉に苦笑し、何でもないと告げればくしゃくしゃと髪を乱される。
 「何を考え込んでいるんだ?」
 職業柄という言葉を差し引いても鋭い観察眼にもう一度頭を左右に振り、髪を撫でる手の少し低い体温に気持ちよさを感じてしまう。
 確かにウーヴェの言うとおり発熱しているのだろう。
 髪を撫でた後額に宛がわれた掌が本当に気持ちよくて、その冷たい温もりに身を寄せるようにすれば、肩から落ちかけていたガウンを引き上げてしっかりと肩を温めてくれる。
 「眠いか?」
 「大丈夫。手が気持ち良い」
 身体と心が求めるものを素直に口にすれば小さな吐息が零れ落ちた後、宥めるように肩を撫でられてそっとハグされる。
 「早く良くなれ、リオン」
 いつも元気なだけが取り柄だろうと笑み混じりに励まされ、ひでぇと嘆く振りをして更に身を寄せれば、回されていた手が肩や二の腕をゆっくりと何度も撫でてくれる。
 幼い頃に熱を出してマザーを心配させたことがあったが、熱に浮かされて夢うつつに感じた掌の温もりを思い出し、共通する温もりに目を閉じればこめかみに唇が触れる。
 「……ちょっと寝る…」
 「ああ」
 ゆっくり休んで早く良くなれともう一度囁かれ、目を閉じたまま頷けば、横になれと優しく促されてその手に従うが、寝入ってしまった自分の傍からマザーが離れていった後、目が覚めて急に感じた不安からマザーやゾフィーを呼んだ時の感覚が不意に全身を襲い、過去の不安に身体が震える。
 「大丈夫だ。どこにも行かない」
 先の先まで読み取ったような言葉に自然と安堵の溜息が零れ、ゆっくりと髪を撫でられる温もりに意識が沈み始め、眠りに落ちる寸前に唐突に出来る事があった事に気付く。
 もしもウーヴェが熱を出した時は、今の彼のようにずっと傍にいよう。
 何も出来ないが、今己が感じている思いを感じ取って貰えるのなら、それも悪くない筈だ。
 眠気と思考がマーブル模様の様に混ざり合った時額に濡れた感触があり、そのキスが己の考えを首肯してくれているかのようで、小さく笑みすら浮かべて深い眠りに落ちるのだった。

 

2010/01/25
2010-0107~2010-0125


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