少しずつ寒さが和らぎだした事を、日差しの暖かさから感じるようになってきた日の午後、今日も今日とて患者に対して誠実に向き合う時間を持った充実感に溜息を吐いたウーヴェは、今日の診察を恙なく終えられた事への安堵を顔中に浮かべたリアが用意してくれたお茶とケーキに全身から力を抜いていた。
窓際のお気に入りのチェアで珍しく脱力する-といっても誰かさんのようにカウチに寝そべったりはしない-ウーヴェの様子にリアがケーキを食べながらお疲れ様と労いの言葉を掛ける。
「少し、疲れたかな」
「今日は患者が多かったから」
二人とその周囲の人々を巻き込んだ事件から間もなく一年が経過しようとしているが、クリニックを休業している間、患者に不都合が出ないようにと、恩師を通じて患者を診てくれる他の医師を探して貰ったりしていたため、復帰したときには患者は以前よりもかなり減っていた。
ただ、ウーヴェでなければ嫌だと言う患者も幾人もいたため、時間は掛かったがそれでも以前と同じくらいの患者が通うようになっていた。
その一人一人に、己に出来るのは話を聞くこと、薬が必要ならば適切なものを適量出すだけだが、最後は患者自身の力が要る事を忘れずに診察を続けていたが、今日の診察を無事に終えた事を再確認するようにケーキを食べ、甘すぎないそれに満足の溜息を零す。
「・・・リア、昨日のレモンタルトだけど、レシピを教えてくれないか?」
「え?ええ、良いけど、それほど気に入った?」
「今度、母さんに食べさせたいと思った」
「それは嬉しいわ。あれのコツはね・・・」
リアの得意なものの一つであるレモンタルトのコツを語ろうとしたその時、診察室中にドアを殴りつけるような物音が響き渡る。
「・・・そろそろ本当に言い聞かせた方が良いんじゃない?」
「・・・今更、無駄だと思わないか?」
鳴り響く音に二人が深い深い溜息を零した後、ウーヴェがどうぞと力なく返事をすると、ドアが勢いよく開いて寒風をものともしない陽気な声が聞こえ、金色の嵐と称したくなるような騒々しさが室内に満ちる筈だったが、呆れた様な声とともに入って来たのは、同じ金色の嵐は嵐でも限定的なモンスーンの風を纏ったものだった。
「・・・会社でも同じような事をしてノックと言い張っているが、あいつはここでも同じ事をしているのか」
「・・・ノル・・・!?」
「え!?ウーヴェの、お兄さん・・・!?」
入って来たのが呆れた顔で溜息を吐くギュンター・ノルベルトで、あのような物音を立てるのが己の伴侶以外に知らない為にそうだと思い込んでいたウーヴェがチェアから滑り落ちそうになり、そんなウーヴェに驚く以上にその兄の来訪に驚いたリアが口に手を宛がって目を丸くする。
「やあ、フェリクス。連絡なしに来てしまったけど、診察終了の札が掛かっていたから大丈夫だな」
「あ、ああ、大丈夫だ、けど・・・」
一体どうしたんだと、眼鏡の下で目を丸くする弟に悠然と笑いかけた兄は、驚くリアにも同じ笑みを向け、ウーヴェの結婚式以来だが元気そうで良かった、あの時は美味しいケーキを二人のためにありがとうと礼を言い、彼女の手をそっと握る。
「・・・ありがとうございます。あなたも元気そうで良かった」
「ありがとう。少し時間が出来たんだけど、良いかな?」
お茶の時間に邪魔をしてしまったようだが良いだろうかと、さすがに遠慮がちに問いかける兄に弟の頭が上下し、彼女が慌てて立ち上がると、診察室を出て行ってしまう。
「邪魔をしたかな?」
「いや、そんな事は、ないけど、時間が出来たって・・・」
「今日は朝からフランクフルトに行っていたんだけどね」
現地での商談が思っていた以上にスムーズに進み、時間が出来たから少しだけ寄り道をしたんだと笑って紙袋を差し出す兄に弟が首を傾げるが、リアがギュンター・ノルベルトの為に紅茶を運んでくる。
「ああ、ありがとう」
「いいえ。ウーヴェ、私は書類の整理をしているわ」
「気にしなくて良いよ、フラウ・オルガ」
「でも・・・」
リアの申し出にウーヴェが返事をするよりも先にギュンター・ノルベルトが笑顔で頷き、時間が出来たからニーアシュタインに行ってきたと笑い、顔を見合わせる二人の前に先程の紙袋を再度差し出す。
「ニーアシュタイン?」
「そう。フランクフルトから思っていたよりも近くてね、ヘクターに無理を言って寄って貰った」
その時の事を思い出したのか、肩を揺らして笑うギュンター・ノルベルトにウーヴェが何とも言えない溜息を零すが、友人であり秘書でもあるヘクターはどこにいるんだと問うと、車の中で待っているといって同行を頑なに拒否された事を教えられる。
「上がって来れば良いのにな」
「本当に。妙なところで遠慮をする癖があるからな」
長年の友人を苦笑未満の顔で笑った兄だったが、そのニーアシュタインで何をしてきたと問われて紙袋を指さす。
「お土産だ」
「・・・ノル、いつも言っていると思うけど・・・」
出張の度に土産を買ってくるのはそろそろ止めてくれないかと、何度目かの溜息とともに兄の好意をやんわりと断った弟だったが、俺が買ってきたいと思っているのだから気にするなと、これもまた何度目になるのか分からない言葉を聞かされて無言で頭を左右に振りながら紙袋を開ける。
「ワイン・・・・・・?」
「そう。今まであまり飲んだことがなかったんだけどね、前に友人に教えて貰った事を思い出したから買って来た」
紙袋から取り出されたのは白ワインのボトルで、両手で持って矯めつ眇めつしたウーヴェの顔にこの時始めて歓喜の色が浮かび上がる。
「・・・ダンケ、ノル」
「ああ。喜んでもらえて良かった」
現地で試飲をさせてもらったが好みの味だったから買って来たと笑う兄に弟も似た顔で頷き、リースリングは好きだし、軽めの白だからランチの時に飲めると、脳内でそのシーンを再生している顔で何度か頷くが、紙袋にもう一本ボトルが入っている事に気付いてそれも取り出す。
「ロゼ・・・?」
「そうそう。マドンナのロゼを見つけて、飲んだ事がないから買ってみた」
日夜忙しく働く女性向けという、意味が分かるような分からないようなキャッチコピーが冠されたロゼワインだが、良かったら飲んでくれと掌を向けるギュンター・ノルベルトにウーヴェが顎に手を宛がい、ロゼはあまり好きじゃないからリアが飲んでくれと彼女にボトルを向けると、まるで危険物を向けられたときのように飛び上がってしまう。
「リア?」
「え、あなたへのお土産でしょう?いただけないわよ」
「ああ、気にしないで下さい、フラウ。嫌いでなければ是非あなたが飲んで下さい」
ウーヴェの為に買ってきた物を受け取れないと断る彼女に血縁関係を如実に示す同じ笑顔で頷き、遠慮するなとウーヴェが更にボトルを差し出すが、本当に貰って良いのかと彼女に恐る恐る問われて肩を竦める。
「二本もワインを持って帰ったらリオンの機嫌がすこぶる悪くなるからな」
「・・・そういうことなら、戴くわ」
ギュンター・ノルベルトが出張の度にウーヴェに土産を買ってくるのをあまり快く思っていない-お前の家族はお前に甘すぎるとはリオンの弁-上に、それがワインだと分かれば上機嫌から一気に不機嫌になりかねない事をウーヴェは熟知しており、そんな危険を冒す必要はないことを苦笑交じりに伝えると、ギュンター・ノルベルトの顔を一度見た彼女がやや遠慮がちにそれを受け取る。
「ありがとう、ヘル・バルツァー」
「ああ、ギュンターで構わないよ。あなたさえ良ければ、だけどね」
弟の片腕として友人として長年一緒にいてくれる貴重な存在だと聞いているあなたなのだから、ギュンターと呼んでくれと笑顔で告げると、リアの頬が僅かに赤くなる。
「・・・ありがとう、ギュンター。このお礼をしたいのだけど、甘いものはお好きかしら?」
リアの言葉に社交辞令ではない笑顔で好きだと頷く兄に弟が複雑な表情を浮かべるが、今度リアのレシピでレモンタルトを作るから食べてくれと笑いかける。
ウーヴェの心からの笑顔が嬉しかったのか、ギュンター・ノルベルトがそっと手を伸ばしてウーヴェの髪を撫でると、どう己の感情を表して良いのか分からない様子でウーヴェが目を伏せるが、もう一度撫でられて遠い昔を思い出し、その手をやんわりと掴む。
「ノル、くすぐったい」
「つい癖で撫でてしまった」
小さな頃から本当に撫でやすい頭だったからと笑う兄にウーヴェが目元を赤らめ、リアがくすりと小さく笑みを零す。
「でも、マドンナのロゼなんて初めて見たわ」
「確かに」
マドンナは甘口のワインの為に飲む機会が少なかったが、ロゼを初めて見たと二人がボトルを前に興味深げに呟き、リアが飲んだ感想を教えてくれとウーヴェが笑う。
「ええ、何と合わせれば良いかしら」
今日のディナーが楽しみだと笑う彼女に二人が頷き、毎日リアの手作りのお菓子を食べられるお前が羨ましいと兄に笑われて弟は何と返そうか一瞬考え込むが、確かにその通りで贅沢だと頷き、驚く彼女に兄弟揃って同じ笑みを浮かべる。
「ありがとう、リア」
「やだ、照れるから止めてよ」
改まって礼を言われると恥ずかしいと頬を赤くするリアにギュンター・ノルベルトが本当に羨ましいと呟いた後、気合いを入れるように小さく掛け声を放った後、立ち上がって一つ伸びをする。
「もう、帰るのか?」
「少し時間が出来たからといってここで油を売っていたら誰に何を言われるか分からないからね」
ヘクターを車で待たせていることだし、そろそろ会社に戻ると肩を竦める兄に頷いたウーヴェは、肘置きを掴んで立ち上がると、ステッキを片手にギュンター・ノルベルトを見送るためにドアを開ける。
「構わないよ、フェリクス」
「・・・俺が、やりたい、から」
「そうか」
ウーヴェの足を気遣ってここで良いと断るギュンター・ノルベルトに躊躇いながらも己が見送りたいのだと小さく告げたウーヴェは、やんわりと背中を抱かれて片手で兄の背中を抱き返し、もう少し仕事を頑張ってくれ、また近いうちに一緒に食事をしようと、リオンが解消した家族間の溝が存在しているときには想像も出来なかった言葉を伝えると、嬉しそうな吐息がウーヴェの肩越しに零れ落ちる。
「そうだね。また近いうちにお邪魔するよ」
「・・・ああ」
診察室を出て行く兄を見送り、両開きのドアが閉まるのを見届けたウーヴェは、チェアではなく患者が座るソファの肘置きに腰を下ろすと、リアが本当に良いのかと問いかけてくる。
「うん?」
「これ、本当に戴いても良いの?」
あなたへのお土産だったのでしょうと、ワインボトルを躊躇いがちに見つめるリアにウーヴェが目を伏せるが、彼女を見た時には心からの言葉である事を教えるような穏やかな笑みを浮かべる。
「リアに飲んで欲しいと思った」
「・・・じゃあ、ありがたく戴くわね」
「ああ。ぜひそうしてくれ」
二本もワインを持ち帰ればリオンの機嫌が悪くなるというのは大げさだが、リアに飲んで欲しいというのは少しの誇張もないと笑うウーヴェにリアもようやく笑い、本当にどんな料理に合わせようかと、ロゼ色のボトルを通して二重窓の外を見つめる。
「マドンナ、か」
「え?」
ウーヴェの独白にリアが顔だけを振り向けるが、何でも無いと小さく笑われて小首を傾げるが、明日の診察の準備をして今日はもう終わろうと告げてウーヴェが立ち上がり、そうしようとリアも立ち上がる。
「今日は迎えに来ないの?」
「ああ、今日は少し遅くなると言ってたかな」
今日は俺が迎えに行くことになっていると笑うウーヴェに、だからギュンター・ノルベルトがドアをノックしたときにチェアから滑り落ちるほど驚いたのかとリアに笑われて眼鏡の下でターコイズ色の双眸を左右に泳がせる。
「早く連絡があれば良いのにね」
「・・・そうだな」
リオンの仕事が早く終われば良いのにと笑い、二人同時に二重窓の外を見ると、いくら日差しが暖かくなってきてもまだまだ日が沈むのが早い冬の空に小さく溜息を吐き、兄の来訪という驚きによって締めくくられる一日にもう一度溜息を吐くのだった。
ギュンター・ノルベルトの突然の来訪から数日後、今日も誠実に患者と向き合おうと誓いを新たにしたウーヴェは、リアが仕事に臨む自分たちのためにコーヒーを用意している事に礼を言い、カウチソファに腰を下ろしていた。
朝一番の診察前の心地好い緊張感を伴うリラックス時間だったが、リアがコーヒーを二人分運んできた時、両開きの扉が静かに開く。
「おはようございます、診察までまだ時間が────」
ドアが開く音に条件反射のようにリアが顔を上げ、その声にウーヴェもマグカップを片手に顔を振り向けるが、二人同時に目を丸くして絶句してしまう。
「やあ、おはよう、フェリクス、リア」
「・・・ノル?」
先日とは違って静かな足取りで入って来たのは、濃紅色のバラを花束にして小脇に抱えたギュンター・ノルベルトだった。
おはようの声に二人驚きながらもおはようと返し、今日は一体どうしたんだとウーヴェが立ち上がろうとするのを手で制したギュンター・ノルベルトは、驚きに己を見つめて来るリアに極上の笑顔でその花束を差し出す。
「・・・・・・え?」
「この間は仕事の邪魔をしてしまったと思ってね」
あと、この気難しい弟の秘書として、また友人として良く付き合ってくれていると、感謝の言葉を述べつつ花束をリアの手に持たせたギュンター・ノルベルトは、花をもらえることは嬉しいが、こんなことをしてもらえるほど立派なことなどしていないと、リアがしどろもどろになりながらギュンター・ノルベルトとウーヴェを交互に見つめる。
「・・・ノルに比べれば、全然気むずかしくない」
「おやおや。先生はご自分のことを理解していないようだ。リア、こんな弟だけど、これからも宜しく頼む」
兄弟の微笑ましい口論でさえもどう対処して良いのか分からない顔でリアが困惑するが、溜息一つで気分を切り替えたのか、受け取ったバラの花束に似付かわしい笑みを浮かべ、ギュンター・ノルベルトの頬に親愛と感謝のキスをする。
「綺麗なバラをありがとう、ギュンター。飾っておくわ」
「喜んでもらえて良かった」
「今日はこれからどこかに行くのか?」
カウチで朝から脱力気味な溜息を吐くウーヴェにギュンター・ノルベルトが顎に手を宛がうが、今日はザルツブルグに行ってくると肩を竦めると弟が眼鏡の下で目を瞠る。
先日はフランクフルトに出張に行っていたが、今日はザルツブルグかとウーヴェが呟くと、社長なんだから馬車馬のように働けと、会長の秘書であるヴィルマに笑われてしまったと嘆く振りをする兄に生来の心配性を発揮したことを示す様に顔を曇らせてしまう。
「大丈夫だ、フェリクス。休むときにはちゃんと休んでいる」
「なら・・・良い」
今もこうしてここで休んでいると笑う兄に何とか己を納得させようとしたウーヴェだったが、両開きのドアが先程のように静かに開き、申し訳なさそうな顔のヘクターが入って来たため、ウーヴェが今度は慌てて立ち上がる。
「おはよう、ヘクター」
「おはよう、ウーヴェ、。フラウ・オルガ」
「え、ええ、おはようございます」
ヘクターの精悍な顔に浮かぶ困惑にリアとウーヴェが顔を見合わせ、そのままギュンター・ノルベルトの整った顔を見つめると、二人の視線を受けたギュンター・ノルベルトの肩が上下する。
「・・・ギュンター、そろそろ行くぞ」
「仕方が無いな」
秘書兼友人の言葉に溜息を一つ吐く事で気分を切り替えたギュンター・ノルベルトは、ウーヴェの背中をやんわりと抱きしめ、そろそろ行くけど仕事を頑張ること、今日は会長が午後から休みだからリオンも早く帰ってくることを囁くと、ウーヴェの手が先日と同じように兄の背中に回される。
「早く行かないと、ヘクターにまた怒られるぞ、ノル」
「そうだった。────リア、バラのことは良く分からないが、受け取ってくれてありがとう」
先程の礼だと言うように彼女の仄かに赤く染まる頬にキスをしたギュンター・ノルベルトは、これからも弟をよろしくと再度伝え、ザルツブルグの土産を楽しみにしていろとも言い残して足早にクリニックを出て行くヘクターを追いかけるのだった。
慌ただしい朝の時間を呆然と過ごした二人だったが、花束をいつまでもデスクに置いたままにしておく訳にもいかず、キッチンスペースにひとまず移動させたリアは、予約患者がそろそろ来る事に気付き、ウーヴェの気持ちを切り替えさせるようにファイリングされたカルテを差し出す。
「・・・今日もよろしくお願いします、先生」
「ああ。フラウ・オルガもよろしく」
仕事を始める前の定例の挨拶を交わし、気分を切り替えた二人は、間もなくやってくる患者の為に居心地の良いクリニックになるよう、表情や身なりをしっかりと整え、完全に気分を切り替えるのだった。
「────へぇ、あのバラの花束、リアに贈るためのものだったのか」
「ああ。今朝突然持って来たから驚いた」
暖炉の前に置いたソファベッドで魔法のブランケットにくるまりながら暢気な声を上げたのは、今日は午後から休みだったためにホームで母達の用事を済ませてきたリオンで、その横に腰を下ろして雑誌を読んでいるウーヴェが微苦笑しつつコーヒーテーブルの上の花瓶へと視線を移動させる。
「このバラ、名前あるのかな」
「あるみたいだぞ。・・・・・・シュヴァルツマドンナ、だそうだ」
「ふぅん。黒い聖母かー。そう言えばこの間兄貴が買って来たのもマドンナのロゼだったよな」
兄貴、三ヶ月ごとに変わる恋人を持っているのにまだ女が欲しいのかと笑うリオンを無言で睨んだウーヴェだったが、兄の深層心理について考えればどうしても過去の事件が張り巡らされた蜘蛛の糸のように絡んでくるため、まだ考えられないと一つ首を振る。
「オーヴェ?」
「・・・聖母のような存在が欲しいのかもな」
「・・・気持ちは分からなくもねぇなぁ」
聖母は物心つく前から毎日見てきたが、それを手に入れた今ならば兄貴の気持ちも分かるとリオンが伸びをし、小首を傾げるウーヴェが惚れて止まない笑みを浮かべて頬を撫でる。
「聖母を手に入れた?」
「そ。俺にとってのマドンナはお前」
全ての事をただ見守り続けるあの聖母マリア像とは違い、己の意志で何があっても目を逸らさない事を教えるだけではなく実行し、その後望むままに抱きしめてくれるお前こそが聖母だと告げると、ウーヴェの目尻のホクロ周辺がバラ色に染まる。
「な、何を言ってるんだっ」
「えー、だってそうじゃん?」
シュヴァルツマドンナという、黒い聖母の名を持つバラの花束を贈られた彼女も誰かのマドンナかも知れないが、俺にとってはお前がそうだと重ねて告白したリオンは、大切なことだから二回言ったと、悪戯が成功した子どもの顔で笑うが、聖母と言われても素直に喜べないとウーヴェが小さく憤慨の声を上げる。
「まぁまぁ、いいじゃん、オーヴェ」
お前に抱きしめられてる時は本当に聖母の腕の中にいるのかと思えると、少しだけ声音を変えて囁くリオンに目元だけではなく頬まで赤らめたウーヴェだったが、口を軽く尖らせた後、青い石のピアスが填まる耳朶を軽く引っ張る。
「いててててっ!」
「う・る・さ・い」
「ごめーん!ホントに俺の陛下は素直じゃないんだからー」
ちょっと褒めただけなのに暴力で返すなんて俺よりも暴君だと鼻を啜るリオンを横目に鼻息荒くふんと言い放ったウーヴェだったが、そっと腰に回される腕を拒むことはせずに自ら身を寄せる。
「・・・オーヴェ?」
「綺麗だな」
リオンに寄りかかりながら花瓶の中で咲き誇るバラへと目を向けたウーヴェは、己の頭に手を回して傾けさせる手にも逆らわず、何よりも頼りになるリオンに寄りかかると、満足そうな吐息が零れ落ちる。
「そーだな。明日会社に行って兄貴をからかってやろうっと」
「ほどほどにしろよ」
「大丈夫だって」
明日の出社後の楽しみを発見したリオンの顔に意地の悪い笑みが浮かぶが、お互いのためにほどほどにしろと忠告をしたウーヴェは、バラの花を綺麗に保つ方法があるかどうかをリアに聞いてみようと決め、そのままリオンの肩に寄りかかるのだった。
2018.03.03
今回は兄が出張ってます。弟のクリニックで油を売らないで早く仕事に行きなさいっての(;゜ロ゜)


