094:rental

Lion&Uwe

 ベランダに出る掃き出し窓に雪交じりの冷たい雨が風と共に吹き付けていた深夜、隣で無意識に感じている気配が変化した事に気付いた脳味噌が目を開けろとリオンに命じた為、ぼんやりと眠い目を瞬かせて天井を見た後、惰性のような寝返りを打って手に触れる温もりを確かめようとする。
だが気怠く動かした腕や手が触れたのは、それが今までここにあったことを示す微かな温もりだけだった。
 「?」
 寝ぼけ眼を再度瞬かせてむくりと起き上がり、二人で寝ればさすがに手狭に感じるベッドや、そのベッドを置いてもまだ十二分に広さがあるベッドルームに探し求める彼の姿は無かった。
 何処に行ったんだと首を傾げ、トイレにでも行ったのだろうから寝ていればいいと脳内の眠そうな声に従ってベッドに横臥し掛けたその時、微かに開いていたバスルームのドアの向こうから何かが落ちた音が小さく聞こえてくる。
 そして、その音の後に本当に小さな悲鳴じみた声が流れ出し、それを聞くと同時にリオンが冬用の暖かな毛布と布団をはね除けてベッドから飛び降り、素足のままバスルームへと飛び込んでいく。
 「・・・・・・・・・・・・リ、オン・・・」
 洗面台の大きな鏡の中で白い顔から完全に血の気をなくしたような青白い顔で見つめてくる恋人が掠れた声で名前を呼んだ為、腕を組んで壁にもたれ掛かり、鏡の中でいつもの笑顔を見せる。
 「ハロ、オーヴェ。どーした?」
 鏡の中での見つめ合いを先に降りたのはウーヴェで、洗面台に手を着いて項垂れるように頭を下げた為、リオンも壁から背中を剥がして大股に近づき、項垂れる白い髪を胸に抱えるように腕を回して抱き寄せ、ウーヴェが素直に従ったことから過去を夢に見てしまったのだと気付く。
 「・・・・・・ベッドに戻ろうぜ、オーヴェ」
 その言葉に小さく頷かれて安堵し、言葉通りにベッドに戻ったリオンは、ウーヴェの額にキスをした後、不意に笑みを浮かべて左手を恋人の顔の前で立てる。
 「・・・・・・リオン?」
 「他のヤツには1万ユーロ積まれても貸さないけど、オーヴェには特別に無料でお貸ししましょうかー」
 綺麗でもなければ手触りが良い訳でもないが、暖めることぐらいは出来るこのごく有り触れた左手をお貸ししましょうと片目を閉じたリオンは、呆気に取られたように見つめてくるウーヴェの顔にじわりじわりと血の気が戻っていくことに気付き、後一押しとばかりに目尻のホクロにキスをする。
 「左手で物足りないのなら、寝るまでの間ずっとハグできる右手も貸しますよー?」
 右手左手どちらも無料でお貸ししますがと、茶目っ気たっぷりにウーヴェを見たリオンは、血色の戻った顔に今度は笑みすら戻り始めた事に気付いて胸を撫で下ろす。
 日頃は冷静沈着なウーヴェが唯一取り乱す原因は過去にあり、それが夢にまで現れた時の対応についてリオンはそれなりに学習してきたが、ウーヴェの血の気を喪っていた唇から掠れて震える声が両手と小さく呟いたことに片目を閉じる。
 「はい、オーヴェ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・」
 両手を貸せと言われたと同時にウーヴェの背中へと腕を回して抱きしめたリオンは、耳元に小さな小さな溜息が零れたことに、それが安堵のものであることを願って白い髪にキスをする。
 「もう怖い夢は見ないぜ、オーヴェ」
 「・・・・・・・・・・・・っ」
 リオンの肩に顔を隠すように押しつけている為、寝返りを打ってウーヴェの身体を乗せると毛布と冬用の布団を一纏めにして引っ張り上げ、その下でウーヴェの背中を何度も撫でる。
 こうしてこの有り触れた手でウーヴェの身体から夢の残滓を洗い流すことが出来れば良いと願いつつも、顔と声に出すのはわざと明るくしたものだった。
 さっき夢の中でボスがいつものようにチョコを隠し持っていた為、それを奪い取って部屋を出たら何故かオーヴェのクリニックで、リアにいきなり入って来るなと怒鳴られたけれど、そのチョコを渡したら掌を返されたと笑って告げれば、ウーヴェの肩も小さく笑いの波で上下に揺れる。
 笑ってくれたことが嬉しくて、片手でしっかりと腰を抱き、片手で背中を何度も撫でながら、リアに総てチョコを奪われたことをボスに報告したら逆に誉められたとも告げて笑う。
 「・・・・・・リオ、ン・・・」
 「ん?どーした、オーヴェ?」
 「・・・・・・・・・・・・左・・・手・・・・・・・・・」
 「ああ、うん。はいどうぞ」
 左手を貸せと言う小さな願いにリオンがそっと手を差し出すと、指を折り曲げられて額に軽く押し当てられてしまう。
 自らの為には神に祈ることのないウーヴェのその行為が痛みと愛おしさを感じさせ、空いている手でウーヴェの背中を抱いたリオンは、その祈りが届きますようにと願いながら白い髪に三度キスをする。
 「────ウーヴェ」
 自分だけが呼ぶそれではなく、親しい友人達が呼ぶものに有りっ丈の思いを込めて呼ぶと、左手に押し当てていた額が離れて小さな溜息が手に触れる。
 「・・・ありがとう、リーオ」
 「どういたしましてー。レンタル料は無料だけど、お望みならば特別なスクランブルエッグと極上チーズをサンドしたゼンメルと、ミルクたっぷりのコーヒーの寄付を受け付けております」
 どこまでも冗談っぽく茶目っ気を込めて片目を閉じたリオンに、ウーヴェがついに小さく吹き出してしまう。
 それに安心したリオンが子どものようなと称される笑みを浮かべ、今まで恋人に貸し出していた左手の代わりに己の額をウーヴェのそれに重ねると、笑顔が戻った事が嬉しいと笑う。
 「な、オーヴェ、もう怖い夢は見ないよな?」
 その笑顔が戻って来たのだ、このまま眠りに就いて夢を見たとしても、きっと明るく楽しい夢になると笑うリオンに釣られてウーヴェも小さく頷き、この左手を貸してくれるのならば夢を見ても平気だと笑うと、リオンの笑みも深くなる。
 ガマンするのではなく、リオンがいるから大丈夫だと伝えてくれるようになったことが嬉しくて、もう一度寝返りを打って今度はウーヴェの身体を下敷きにしながら軽く鼻先を触れあわせる。
 「いつでも、いつまででも俺の総てを貸してやる」
 「・・・・・・・・・うん」
 その短い返事に込められた万感の思いに気づけないリオンではない為、頷いて閉ざされた瞼にキスをすると、一つ震えた後にゆっくりと瞼が持ち上がり、信頼の色に染まったターコイズが姿を見せる。
 「・・・ダンケ、リーオ」
 「おやすみ、オーヴェ。次に見る夢は良い夢だぜ」
 願わくば自分が出てくる夢を見てくれと囁き、無言で頷かれて嬉しそうに目を細めたリオンは、目を閉じるウーヴェを護るように抱きながらその後を追いかけて目を閉じるのだった。

 

 雪交じりの雨と風が窓に吹き付けているが、リオンの手を借りて護られているウーヴェに届く事はないのだった。

 

2012.12.02-2013.01.08まで webclapとして公開


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