最後の荷物を知人からレンタルしたトラックの荷台に放り込んだリオンは、運転席の窓をノックして合図を送り、自らは荷物が積まれている荷台に飛び乗ると、外からは見えにくくするように荷物と荷物の間に寝転がる。
寝転がって晴れ渡る青空を見上げたとき、トラックの振動が身体全体に響き、程なくして絵のように広がっていた青空が風に乗って流されていく。
このトラック一杯の荷物-ウーヴェに言わせればたったそれだけの荷物-を持ち、リオンは今日夢にまで見た恋人と同居するために彼の家に引っ越しをするのだが、がたがたと揺られていると、尻辺りからピアノの音がエンジン音に紛れて聞こえてくる。
慌てずに携帯を取りだし、恋人を示す音楽と着信画面を見ていると、ぷつりと音が途切れて画面が切り替わってしまう。
もう一度聞きたいなぁと暢気に呟き、携帯を顔の上に掲げて早くピアノを聞かせてくれと囁くと、その言葉が聞こえたのか今度は手の中から優雅なピアノの音が響いてくる。
「・・・・・・ハロ、オーヴェ」
どうしたと問い掛けながら流れゆく雲を目で追い、膝を立てて組んだリオンは、もうそちらを出たのかと問われて見えもしないのに満面の笑みを浮かべて大きく頷く。
「ああ、さっき出てそっちに向かってる」
もうすぐ坂を上って丘の上に立つお前の、これからはお前と俺の家に辿り着くと鼻歌混じりに囁くと、携帯を通して嬉しそうな気配と呆れている声がバカと伝えてくる。
「なぁんでバカなんて言うんだよ?」
『・・・・・・・・・・・・お前の部屋はいつ来ても良いように開けてある』
だから早く来い、リーオ。
恋人の胸に秘めた思いが載せられた言葉を受け止め、寝そべっていた荷台に座り込んだリオンは、同じ思いを返す為に言葉を探すものの己のキャパシティでは恋人が驚き喜んでくれそうな言葉が思い浮かばず、短い一言にすべての想いを乗せてもう一度頷く。
「ああ」
その、言葉にすればたった一言だが、人の心を推し量るのを生業にしている恋人には十分だったようで、お前の荷物を一緒に運んでくれる愉快な仲間達も来て部屋で待機してくれていると教えられてじわりと胸が熱くなる。
仕事だけの付き合いではなくプライベートでも交流を持てる人間関係はリオンにとっては嬉しいもので、今日の引っ越しの話をしたときにも自分のことのように同僚達は喜んで祝ってくれたことも思い出す。
辛く悲しい事件を乗り越え、これからもまた同じように悲しい事件があるかも知れないが、それでも二人で一緒に歩いていこうと誓い合った恋人とはまた違うが、リオンにとって掛け替えのない人たちがそれぞれなりの表現でリオンの仕事の復帰を喜んでくれた後、以前と変わらない態度で接してくれるのは本当に嬉しいことであり、また貴重な仲間であることを改めて気付いたのだ。
その仲間達が休暇を取って手伝ったり、仕事の合間を縫って顔を出してくれることになっていたが、もう引っ越し先であるウーヴェの家にいることを知り、くすんだ金髪に手を宛って青空を見上げる。
「もうすぐ行くからさ、もうちょっと待っててくれって言ってくれよ、オーヴェ」
『ああ。ちゃんと伝えておく─────リーオ』
自分の思いをしっかりと酌み取るだけではなく、名前を呼ぶことで思いも伝えてくるウーヴェにリオンが頷き、遠くの小高い丘の上に立つアパートを発見すると、見えたと一言叫んでトラックの荷台から身を乗り出して運転席の窓をノックする。
「あのアパート!」
だから早くあのアパートに向かってくれと叫び、運転しているブラザー・アーベルに呆れたような顔をされるが、リオンの態勢をバックミラーで確かめた瞬間、天使像と瓜二つの顔を蒼白にする。
「大丈夫だって。だから早く行ってくれよ、アーベル!」
荷台から半分身を乗り出して前方を指さすリオンの横顔が子どものようだった為、ブラザー・アーベルもそれ以上は何も言わず、ただアクセルを踏む足に少しだけ力を込めるのだった。
夏の長い陽がようやく傾き寝床にもどろうとしつつある頃、今夜から己のものになった部屋からバルコニーに出て風を受けていたリオンは、背後の掃き出し窓から名を呼ばれて顔を振り向け、ウーヴェがトレイとワインボトルとグラスを持って来ていることに気付いて柵に背中を預ける。
「メシ前なのにもう飲む気か、オーヴェ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・引越祝い、だな」
祝い事なのだから細かいことを言うなと片目を閉じ、ソムリエかウェイターのようにワインを載せたトレイを掲げて笑うウーヴェにリオンが肩を竦め、バルコニーにウーヴェが用意してくれていたチェアに腰を下ろす。
「引越祝いなのか?」
「うん?」
リオンが意味ありげに見上げたウーヴェだが、言わんとする事を察して目を細め、ワインを開けてグラスに程良く注いでいく。
グラスをリオンの手に持たせ自らも手に持ったウーヴェは、軽く目の高さに掲げてグラスとワイン越しにリオンを見ると、同じようにリオンもグラスとワイン越しに見つめてくる。
「────記念すべき日に」
「な、引越祝い?それとも────」
お前が言う記念すべき日は俺と一緒に暮らすことかと問いかけると、一息でワインを飲み干したウーヴェがターコイズ色の瞳を細めてリオンの髪に口を寄せる。
「どちらだろうな、リーオ?」
「むぅ。・・・・・・一緒に暮らす祝いって素直に言えよ」
皆に手伝って貰って引っ越しを終えたが、その最中も忙しそうな顔の下では歓喜を隠そうとしても隠しきれないでいた癖にと笑われ、じろりとリオンの青い瞳を見下ろしたウーヴェは、素直に答える代わりにリオンの腿に腰を下ろしてワインをグラスに注ぐ。
「・・・・・・幸せな重さってあるんだな、オーヴェ」
「お前に比べれば軽いだろう?」
「うん、軽い」
でも、今までのまだまだ短い人生で感じた中でもっとも重いと笑う恋人の額にキスをし、重くて悪かったなと目を細めるとにやりと笑みを浮かべて見上げてくる。
「大丈夫────お前の荷物の半分は引き受けたから」
だからお願い、俺の荷物の半分も引き受けてと懇願し、ウーヴェの手からワイングラスを奪い取って飲み干すと、不満そうな吐息が零されるものの言葉に出してのそれは無かった。
「仕方がないな」
この先、必ず来る別れの時まで引き受けましょうと片目を閉じるウーヴェにリオンも満足そうに頷き、互いのグラスにもう一度ワインを注いで縁を軽く触れあわせる。
「────乾杯」
「ああ」
小さな澄んだ音が風に乗って流され、ワインを飲んだ二人がほぼ同時に立ち上がると、今日の晩飯は何だろうなと歌うようにリオンが問いかけ、そんな恋人の腰に腕を回したウーヴェがポテトサラダとクヌーデルなんてどうだと返し、イモばっかりかという盛大な不満の声を受けてくすくすと笑う。
今夜の食事を何にするかだけではなく、これから些細なことから些細では済まされないことまで二人で話し合い、時には口論になる事もあるだろうがそれでも互いの心の在処を見つめながら歩み寄り、こうして肩を並べて歩くだろう。
いつからか願っていた、同じ屋根の下で感情や時間を共有出来ればという願いが叶い、これからは今までと同じでいて違う夢の続きを二人で歩むのだと気付くと、どちらも互いの腰に腕を回して身を寄せる。
「オーヴェ、イモばっかでも良いからさ、メシにしよう」
「ああ、そうだな」
ポテトサラダとクヌーデルは嘘だが、キノコとベーコンのオムレツとポテトサラダ、後は朝の残りのスープがあると笑い、リオンの顔に満面の笑みを浮かべさせたウーヴェは、デザートも食べたいと宣う恋人を適当にあしらいつつキッチンに入り、ご希望に添えるように手早く料理の仕上げに掛かるのだった。
2013/12/13


