091:桜色

Your Song-Kain&千暁-

 ざぁ、という音とともに目を開けていられないほどの風が吹き抜け、風の不躾を詫びるように薄紅色の花びらが形をなぞる様に風が通り抜けた後を追いかけていく。
 そのうちの数枚が、芝生に寝転んで春の空を仰いでいた千暁の顔にも降り注ぎ、遮るために上げた掌にひらりと舞い降りる。
 「・・・春だなぁ」
 桜の花が散る光景に情緒を感じるのはやはり日本人だからかと呟きながら掌を見ると、逆さまになった掌から花びらが再度舞い落ちていく。
 芝生に降り注ぐ春の日差しは茫洋としていて、この空は日本でもドイツでも変わらないと思いつつも、どちらの空も好きだなぁと頭上で手を組んで伸びをした千暁は、頭上で窓が開く音が聞こえた為、ごろりと寝返りを打って掃き出し窓を開けた主を見ようとするが、腹ばいになった状態で見上げられる視界、どれだけ頑張っても膝を見るのが限界だった。
 それがつい笑いを誘発したようで、肩を揺らしながら再度寝返りを打って青空を見上げると、視界の端に何がそんなに気に食わないのか小一時間問い質したくなるような表情で見下ろされていることに気付き、羞恥の咳払いを一つ零して起き上がる。
 「・・・何か楽しいことがあったのか?」
 「顔を上げてもきみの膝から上が見えなかった」
 それが何かおかしかったと、隣でしゃがみ込む恋人にへらりと笑いかけた千暁は、何を下らないことを言っていると呟きつつも、切れ長の双眸に、自分にだけ-これは友人一同が断言したことだから間違いが無いだろう-見せる優しい色を浮かべる彼に尚も笑みを浮かべる。
 「気持ち良いね、カイン」
 「そうか?」
 こんなもの、毎年やってくる春の光景だろうと、何も珍しいことじゃないと言いたげに呟き空を見上げるカインに不満そうに頬を膨らませた千暁だったが、ちらりと見上げた横顔がさっきよりは優しい表情になっている事に気付いて大きな目を細くする。
 「・・・カイン」
 「どうした?」
 「うん。この桜の木、ありがとう」
 この家を購入する際、桜の木があるかどうかが決め手になったとリオンから聞かされたと、胡座をかいて両足首を掴んで身体を前後に揺さぶる、その友人の癖を無意識になぞりながら笑った千暁だったが、頭の上に大きな手がぼすっと載せられたことに気付いて片目を閉じる。
 「・・・好きならそれで良い」
 「うん、好き。ありがとう」
 千暁の暗闇に閉ざされた世界を明るくする手術と、一緒に暮らす目処が立ったからと、桜が舞い散る日本に迎えに来てくれた時の事を思い出し、あの時は目が見えなかったからきみの声を聞いて安心したとも笑うと、頭に乗せられていた手が驚くほど優しく髪を撫でる。
 「・・・桜が綺麗だったからな」
 「うん、綺麗だね」
 今二人がこうして日々を過ごすこの家もだが、初めて出会ったのも桜の木の下だったと、二人の出会いを思い出す千暁にカインの口元にも小さな笑みが浮かび、迎えに来て貰ったときとは違って己の目でそれを見届けられる事に千暁が一瞬喉を詰めたように身体を揺らすが、しゃがんでいるカインに体当たりするように腕を伸ばす。
 「どうした?」
 千暁の体当たりを難なく受け止めたカインが顔を覗き込むように首を傾げると、桜が綺麗だとの言葉が胸の辺りにぶつけられる。
 「・・・綺麗だな」
 お前が言う綺麗と同じかどうかは分からないが、それでも綺麗だと思う気持ちは同じだろうと、丸められた千暁の背中をぽんと一つ叩いたカインは、掛け声を一つ放ったかと思うと、千暁を逆に抱え込むように抱き寄せて芝生に千暁ごと寝転がる。
 「わっ!!」
 「・・・晩飯までまだ時間があるんだろう?」
 「ある」
 「じゃあ昼寝をするぞ」
 今日は幸いなことに日曜日だ、生活を維持する上で必要不可欠な食事以外の家事はする必要が無い、このままここで昼寝をするぞと笑うカインの胸の上で大きな目を更に大きくした千暁だったが、ステキだと笑って恋人の胸に頬を宛がう。
 斜めになった視界が桜色の風に埋め尽くされ、薄紅色の花びらが風に舞ってはどこかへと飛んでいく。
 その光景をただ幸せそうに見つめていた千暁だったが、頭にキスをされたことに気付いて顔を上げ、優しい目で見つめられている事に気付いて顔を赤らめる。
 「お、おやすみ、カインっ」
 「ああ」
 お休みは分かったからさっさと寝ろ、そして目が覚めたらピアノを聞かせてくれと、表情とは裏腹なぶっきらぼうな声に微苦笑した千暁だったが、恋人の言葉に素直に従うことを伝えるように目を閉じる。
 「どの曲が聴きたい?」
 「・・・綺麗な曲」
 その、分かるようで分からない言葉に千暁の睡眠へと傾きかけていた脳味噌が目覚めそうになるが、いつだったか練習で弾いていた曲を、今まで聞いたことがないほど綺麗だと、年に一度あるか無いかの素直さで褒められたことを思い出す。
 うん、分かった、きみが望むのなら、あの曲を弾こう。
 そう言葉に出したつもりだったが、それはどうやら千暁の思い込みの様で、カインの身体の上でほどなくして穏やかな寝息が流れ出し、風に乗って上空へと舞い上がる。
 その頭上、ざぁと風が吹き抜けていく音が響いてくるが、カインが背中を守るように回した腕のお陰で心身に与えられたかも知れない寒さを感じることはないのだった。

 


2020.04.08
この話はカインと千暁で書こうと決めてましたが、突然降って湧いてきました(笑)
いつか、カインに「綺麗な曲」と言わせた理由が書ければ良いなーと思ったり(・・;)


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