夏の終わりの休日の朝、自宅のバルコニーで爽やかな風を受けながらお気に入りのコーヒーを飲み、焼きたてのパンを食べようとしていたウーヴェは、バルコニーとベッドルームを仕切っている網戸が開く音に気付いて顔を向け、微苦笑を浮かべて頬杖をつく。
「モルゲン、リオン」
「~~~~ん、モルゲン」
まだまだ眠いのか、目をぱしぱしと瞬かせながら髪を掻き、小さな木のテーブルを挟んで向かい合わせに置いた椅子にどっかりと腰を下ろしたリオンに苦笑を深め、コーヒーで良いかと問い掛けて大きく頷かれる。
「今日はこっちで食うのか?」
「ああ。良い天気だろう?」
リオンのぼそぼそと聞き取りにくい声に答えながらコーヒーを注いだマグカップをそっと置くと、ダンケと欠伸交じりの礼が返ってくる。
「オーヴェぇ、ミルク」
「・・・・・・はいはい」
子供のようにテーブルに頬をべたりと押しつけたまま呟く恋人に呆れたように苦笑し、ミルクを注いでやるとこれまた子供のような笑みが浮かび上がる。
「このコーヒー豆、何処で買ってきたんだ?」
「これは何処だったかな・・・」
ペティナイフで桃の皮を剥いて手早く切り分けながら上空を見たウーヴェの前、切り分けられたばかりの桃を一つ摘んで食べたリオンが頬杖をついて目の前の端正な顔を目を細めて見つめる。
短い夏の間でも自分と違い、職業柄外に出ることの少ない彼の肌は白く、白いドレスシャツなどを着ていれば、はっきり言って上半身真っ白と言いたくなってしまう程だった。
それ故かどうかは分からないが、仕事の時以外で着る服は色の濃いものが多かったが、そのどれもが襟が高かったり、開襟であればアスコットタイをしていて首から胸元にかけての素肌は殆ど人目に触れることはなかった。
「な、オーヴェ」
「どうした?」
桃を切り分けて食べようとしていたウーヴェに常々疑問に感じていた事を問い掛けようと身体を起こし、ミルクがなみなみと注がれて程良くなったマグカップを両手で持てば、首を傾げて先を促される。
「いつも思ってたんだけどさ、それ、暑くねぇの?」
季節にかかわらずにいつも首から胸元を覆い隠す服を着ているが暑苦しくないのかと問い掛け、何気なく己の身体を見下ろしてしまう。
「慣れてしまえば平気だぞ?」
「ふぅん?そんなものか」
苦笑と読み取れない色を若干混ぜ込んだ声に頬杖をついて首を傾げたリオンは、いや、そんな事はないと急に声を挙げてウーヴェの手をびくりと揺らさせてしまう。
「俺、スーツに慣れたけど、それでも暑いって!」
「お前は暑がりだからなぁ」
その言葉を証明する様にリオンの今の姿はと言えば、上半身は裸で下はボクサーパンツ一枚という出で立ちだった。
逆にウーヴェは生成のシャツに良く映える綺麗なブルーのアスコットタイをしており、暑いと汗を掻くリオンとは対照的に涼しげな顔でコーヒーを飲んでいた。
「俺が暑がりとかそう言う問題じゃねぇっての」
ベッドの中では別に隠しもしないで見せているのにどうして外では見せないんだと溜息を零しながら問い掛ければ、微かにウーヴェの肩が揺れてしまう。
だがそれを見逃したリオンが人の好みならば仕方がないと肩を竦めた後、焼きたてのパンに手を伸ばした時にちらりと見えたウーヴェの表情が消え去っていることに気付いて眉を寄せる。
「オーヴェ?」
「・・・・・・ん?どうした?」
「考え事か?」
「ああ」
ぼうっとしていたと苦笑し、パンを食べるのならばサラミも生ハムもあると差し出されてついさっき見た恋人の無表情の訳など頭の片隅に追いやってしまう。
「やっぱ黒パンは最高だよなぁ」
目の前に並んだ自分の好物に目尻を垂らしたリオンにウーヴェが呆れた顔で溜息を吐くが、自分も薄くスライスした黒パンにサラミを載せて美味しそうにかぶりつく。
「今日は何をしようか、オーヴェ」
「そうだな・・・お前は何をしたい?」
モグモグとパンを咀嚼しながらリオンが考え込んでいる事を示す様に斜め上を見上げ、満足な回答が思い浮かんだのか、満面の笑みを浮かべて大きく頷く。
「弁当を持って散歩!」
「いつもの公園か?」
「そう!パンケーキが食いたいな。メープルシロップをたっぷり掛けてさぁ・・・」
この後食べられるであろうものを想像するだけで顔が更に脂下がるのか、リオンが夢を見るような顔で囁くと、最早呆れる事も止めてしまったウーヴェが無言で溜息だけを吐く。
「本当にメープルシロップが好きだな」
「オーヴェもリンゴのタルトには目が無い癖にー」
「うるさい」
お互いの好物についてにやりと笑みを浮かべ合い、指先を突きつけ合うが、次第にくすくすと笑みを切り替えて肩を揺らす。
「オーヴェ、無花果食べるか?」
「そうだなぁ・・・・・・ミラベルが良いな」
「ん、分かった」
黄色い小振りの実をいくつか手に取ったリオンだったが、それをウーヴェに差し出さずに指で摘んで唇に軽く押し当てる。
「リオン?」
「オーヴェ。はい」
口を開けと笑顔で言われ、さすがに言葉を無くしたウーヴェににやりと笑みを浮かべ、頬杖をついたリオンがほらと促す。
「・・・良いから、それをくれないか?」
何を求められているのかを悟り、目元を赤くしたウーヴェが自分で食べると苦笑して掌を差し出すと、そっと掌に大きな手が重ねられてテーブルに固定されてしまう。
「リオンっ」
「ミラベル食いたいんだろ?」
「それは・・・」
二人の間には盛りだくさんのフルーツがあるが、それを食べたいのだろうと夜に見るそれに似通った笑みを浮かべられ、眼鏡の下でターコイズを左右に揺らすが、テーブルに押さえつけられた手も唇に軽く押しつけられている果実もそのままだった為、リオンの青い眼を見つめずに小さく口を開けると、嬉しそうな気配が目の前だけではなく触れ合った場所から伝わってくる。
「良くできました」
「・・・っ・・・食べるからそれをくれないか?」
「はい、どうぞ」
もう一度指で挟んだ果実を笑顔で差し出すリオンに溜息を吐くが、頭の何処かで小さな声が背中を押すようにそっと囁く。
その声に従っただけだと言い訳をし、さっきよりは大きく口を開けて目の前の黄色い果実に齧り付くと果実の向こうでリオンが笑みを深くする気配が伝わってくる。
それが奇妙なほど嬉しかったが、リオンの良い様にされている事が少しだけ癪だった。
だからその悔しさを晴らす為にもう一つと差し出されたそれを一口で食べて素早く種だけを吐き出すと、にやりと笑みを浮かべて抑え込まれてる手を逆に押さえ込み、目を瞠る顔に対照的に目を細めたかと思うと、軽く尻を浮かせてそのまま口付ける。
ウーヴェの口の中にあった果肉が口付けた後に押し込まれた舌でリオンへと移動し、それが飲み込まれたことを示す様に喉仏が上下した後、離れた唇が自慢げな角度に持ち上がる。
「────っん・・・」
「・・・どうだ?」
「最高。これからミラベルを食うときはずっとこうしてくれねぇか、オーヴェ?」
「バカタレ」
普段は照れ屋で家以外でのキスやハグを羞恥から快く思わない恋人だが、二人きりになればこんなにも甘い嬉しい事を照れつつもしてくれる。
その気持ちが嬉しくて、ついそれを素直に表情に出してしまう。
嬉しそうに笑うリオンにバカタレといつもの照れ隠しの言葉を告げたウーヴェの手が桃を摘んだ時、不意に伸ばされた手が手首を掴み、そのまま引き寄せられて桃を食べられてしまう。
「こら」
「美味い。このフルーツを持って公園に行こうぜ、オーヴェ」
「そうだな、それも良いな」
「いやっほぃ」
今日の休暇を有意義に過ごそうと笑い合い、持って行く弁当には果物も入れようと頷き合う。
二人の間に芽生えた甘い気持ちを少しだけ冷まそうとするのか、夏の終わりの風がそんな二人を撫でるように吹き抜けていくのだった。
2010/08/29


